ネクスト・ゴール・ウィンズ | inosan009のごくらく映画館Ⅲ SINCE2019

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HPでの『ごくらく映画館』(2003)からYahooブログの『Ⅱ』を経て今回『Ⅲ』を開設しました。気ままな映画感想のブログです。よかったら覗いてみてください。

 このところの外国映画、やたらと上映時間の長い作品が目立つ。『哀れなるものたち』2時間22分、『落下の解剖学』2時間32分、『瞳をとじて』2時間49分、『ボーはおそれている』2時間59分、といった具合だ。ジャンルも制作国もまちまちだが、どれも意欲溢れる力作とはいえいかんせん長すぎる。なかにはそこはいらないんじゃないのと思うようなところも散見され、見終わってどっと疲れること甚だしい。そんな中での本作、『ジョジョ・ラビット』のタイカ・ワイティティ監督、1時間44分という簡潔な尺が潔い。ついでに言えば邦画なら『レディ加賀』の1時間48分、短め尺の両作のなんと心地よく爽やかなことか。

 ワールドカップ予選でなんと31対0という歴史的大敗、チーム結成以来1ゴールも決めた事がないという万年最下位のフットボールチーム、米領サモアの代表団だ。そこへ送り込まれてきたのが、本国での素行が疎まれていわば島流しのアメリカ人サッカーコーチ。『プロメテウス』での頭だけになっても任務を果たそうとするアンドロイドが印象的だったマイケル・ファスベンダーが演じるこの人物。
ふてくされてやる気なしかと思いきや、意外や意外の熱血漢。チームの立て直しに獅子奮迅、というよりチームのあまりの暢気さにあきれはててのよく言えば熱烈指導、悪く言えば強烈なしごきが始まるのだ。

 米領サモアといえば独立国サモアから分割した米国の準州、サモア諸島南端の島嶼。ポリネシア文化の色濃い南国の楽園だ。そんな土地柄のサッカーチーム、プロスポーツにあるべき闘争心も勝ちにこだわる意欲もない。プロのコーチから見れば自分とは真逆の集団である。そんな水と油のようなコーチと選手たちがスポーツを通じてどう変わってゆくか、というのが本作のキモである。目標はただ一つ、ワンゴールを決めること。熱血コーチが弱小チームを立てなおすパターンは、古くは『がんばれベアーズ』をはじめ幾多ある。イーストウッドの『インビクタス』や、日本でなら『フラ・ガール』もその変形といえるだろう。どれも胸熱くなるスポーツ映画の傑作である。そんな中でも本作がひときわ光るのは、サモアの人々のおおらかな人柄とその人情が映画の中に息づいているからだと思う。それを丁寧に掬い取るタイカ・ワイティティ監督の人柄までもが映画ににじみ出る。

 チームの一人にゲイの若者がいる。自ら第3の性だと自認するその彼(彼女?)が新任コーチの熱意に意気投合し、ホルモン治療薬の服用を止めてまでサッカーに取り組もうとする。チームの仲間は、そんなマイノリティの彼女を何の拘りもなくごく当たり前に受け入れている。まさにジェンダーレス、LGBTQとかSDGsとか、そんな言葉もいらない世界がここにある。政治集会の懇親会に水着姿の女性ダンサーを招聘してそれが『多様性』だと勘違いしているどこかの政策集団とはえらい違いだ。

 さてはてこのサッカーチーム、次の試合で初めてのゴールを決めることができるのか。映画終盤のオセアニア予選の模様も実にあっさりと描き、あえて大盛り上がりとしない潔さ。試合の勝ち負けよりも、一つのゴールこそが彼らの勝利であるとするこの心意気。爽やかで実に後味の良い映画なのである。

                        2024.3