憂さ憂さうさぎ -43ページ目

憂さ憂さうさぎ

世の中は憂さだらけ!
はき出す場所のない憂さを、ここで晴らしてみましょうか。

車へ戻ると、まずは腹ごしらえ。

持ってきた魚肉ハムを厚切りにし、食パンにのせる。見た目は寂しい。

それなりに美味しいのだが、水分が足りない。

昨日避難所でもらったペットボトルの水がある。

水分の乏しい咀嚼物を、その水で流しこむ。


とりあえず、腹は膨らんだ。日が出ているので少しは外気も温かい。

友人に「全く眠れなかったんだろ、倒れると困るから、少しは眠ったほう

がいいよ。」と言われ、試しに寝てみる事にする。


シートを可能なかぎり倒して、額のところまで布団をかぶる。昨夜より温かい。

何だかこのまま眠れそうだ。目を閉じて、何も考えない努力をしてみる。


ほんのりとした温かさの中、少しづつ意識が浮上する。瞼の外は明るい。

どうやら眠っていたようだ。日の光が温かくて気持ちいい。

少しだが眠ったおかげで、調子が良くなった・・・気がする。

隣では、友人も寝ていた。昨夜は熟睡など出来なかっただろう。

自分がごそごそ動いたせいか、友人が目をさます。


そろそろ行動おこそうか。



午前6時、結局一睡も出来ぬまま朝を迎えてしまった。隣では友人が微睡中。

『おーい、もう明るくなったぞー!・・・・・・・なんか・・・むしゃくしゃ・・・する。』

全く眠れなかったせいで、自分はもう ”具合が悪い” 域に達している。

むしゃくしゃついでに、友人を叩き起こしてしまった。

”今起きました!” という顔で少々びっくりしている友人。

「もう明るくなったし帰ろう。もう家に帰ろう。帰りたいよ。」

と情けない声で言う自分に、友人は嫌な顔もせず

「わかった。じゃあ、帰ろうか。」 と言ってエンジンをかけた。

ゆっくりと、車は走り出す。


まだ、寝起きの余韻が残る友人の横顔を見ながら、起きてすぐ車を運転して

大丈夫かな?と心配しつつ、『自分はなんて悪い奴なんだ』 と心が痛んだ。


まだ人気のないマンションへ到着。布団類は車に放置したまま部屋へ向かう。

さほど大きくはない窓から朝の光が差し込んで、コンクリートの階段を照らす。

またこの階段を上るのだ。

『そうだ、これはトレーニングだ!』自分を騙してみる。辛いのは変わらない。

やっと自分の部屋に到着する。

全ての物が定位置から移動し、床は細々したものに占領されていて、

足の踏み場に困ってしまった。

固い物を踏んだりして怪我をする事が無いようにと、昨夜同様靴のまま部屋へ

上がる。

台所や物置は日の光がほとんど入らないため、片付けるのはまだ無理だ。

電気がつくまで、日中は明るい窓側の部屋の片づけだ。


まずは、数日の食糧を確保しようと、普段居間として使っている和室へ行く。

25インチのブラウン管テレビが、テレビ台から前のめりに落ちていた。

換気のため片側だけ開け放していた押入れの上段から、殆どの物が飛び出

しぶちまけられている。畳の上は足の踏み場もない。

そんな中に埋もれているいくつかのお菓子を拾い集める。

実家から送られてきていたリンゴが数個、畳の上で無残な姿を晒していた。

無傷のリンゴ1個と、少々傷のついたリンゴ1個を見つけ、お菓子と一緒に

袋の中へ。


ふと 『テレビは大丈夫かな?』 と心配になり、少しだけ持ち上げて、下の

隙間を覗き込む。テレビ自体が壊れた様子はない。

重いテレビの画面の下で、ガラスのコップとビデオテープが1本砕けていた。


『そういえば、台所に食パンがあったな』と暗い台所へ行き、懐中電灯で床を

照らした。ビニール袋ごと床に落ちている4枚の食パン。

ビニールは濡れているが、中身に影響はない。

『冷蔵庫には、魚肉ハムが半分程あるはず』

冷蔵庫のドアを開けると、中から ”シメジ他いろいろ” がボサガサ落ちる。

落ちてきた物を適当に押し込むと、真っ暗な冷蔵庫内を照らし、目的の物を

探す。・・・いた。

これを切って食パンにのせれば、この状況での朝食としては十分だろう。

包丁を持ち歩くのは危ないなと思い、食器棚の引き出しからステーキ用の

ナイフを取り出した。それをキッチンペーパーでくるみ、魚肉ハムと一緒に

袋の中へ。


地震の後、避難所へ向かおうとマンションの外へ出た時、偶然管理人に

会った。その時管理人は、マンションの近くにあった貯水槽の水を、飲料水

意外になら使っても大丈夫と言っていた。

『トイレ用水でも汲んでおこうか』 と思い立ち、バケツ2つととポリタンクを

用意する。


未だに余震が続く中、まだぐちゃぐちゃの家で食事する勇気はない。

車の中で朝食にしようと、見つけた食材その他を手に二人は一旦家をでた。







今の自分にはやることが見つからない。ならば、さっさと寝てしまおうか。

車外気温の表示は ”1度”

残り少ないガソリンを節約するため、エンジンをとめた。


携帯をアームレストの窪みに入れると、シートを倒せるだけ倒す。

ヘッドレストのせいで、頭の納まりが悪い。首が痛い。

目を閉じてしまえばそのうち眠れるかな。

時々くる余震に車ごと揺られながら、とにかく目を閉じ続ける。


・・・足元がスースーする ・・・ 腰の辺りもスースーする ・・・要するに

寒い。


隙間を塞ぐように布団を身体に巻きつけてはみたものの、隙間から侵入

する冷気は防ぎようがなかった。

ふと考える。避難所の中のほうが、車の中よりは幾分温かいかな・・・と。

しかし、その他の条件はこちらの方がましなはず・・・と自分に言い聞かせ

避難所を出た事を後悔はしない、したくない。


時々体勢を変えながら、とにかく眠る努力をしてみる。


・・・足が冷たい ・・・ 眠れない ・・・ 頭痛まで・・・してきたな。


視線の先に見える車の窓ガラスが、曇ってみえる。その曇りは微かな外の

明かりの加減でキラキラ光っているようだ。

ごそごそと身体の向きを変えると、隣で横になっている友人が大きめの

寝息をたてて寝ている。羨ましいけど憎たらしい。

自分はさっぱり眠れないのに。

油性ペンでも持っていたなら、顔にらくがきしてやりたい。クソッ!


静寂の中、突然自分の携帯が「ブーブーブー」といいながら震えだした。

アームレストに触れる携帯の振動音が、異様に大きく車中に響く。

自分もかなり焦ったが、うとうとしていた友人は、更にビックリ飛び起きた。

慌てて携帯のメールを開くと、それは ”エリアメール” というやつで、

要するに緊急地震速報だ。

二人で身構えてはみたものの、数分たっても揺れは来ず、徐々に緊張が

解けていく。

『最初に大地震が起きた時には、このメールが来ていたのだろうか?』

確認してみると、来ていた。

最初の地震の時、自分の傍らに携帯を置いていなかった事を少し悔んだ。


今はまだ夜明け前。

外の気温は既に氷点下。

もう少し眠る努力をしてみよう。




車に戻り思い出す。ガソリンはほとんど入っていなかった。きついな。

車の周りは高い建物で囲まれているため、どこか広い駐車場へ移動

しよう。

二人で、近場のだだっ広い駐車場を思い出す。そこなら周りに高い建物

は無いから、大きな余震が来ても建造物の下敷きになることはない。

その点だけは安心だ。


考えが一致して出発。

エンジンが動いている間は携帯の充電が出来る。ラジオも聴ける。

暖房もいれられる。

すぐに目的の駐車場に到着し、車の中が温まるまでエンジンを点けたまま

ラジオを聞いた。自宅から引きずり出してきた毛布も早速使う。

携帯を開いて ”yahoo!” に接続すると、地震関連の言葉が並んでいた。

次々に起こる地震の情報を探し出す。

震源地は、東日本の太平洋側を中心に広く分布している事を知る。


なんかおかしい、”異常” だ。


今自分が知りたい情報に関連する言葉を探しながら、携帯の画面上で

視線を移動させると、 ”若林区” という文字が目に入った。

詳しい情報を表示すると、

”宮城県仙台市若林区荒浜の海岸で200~300人の多数の水死体発見”

という内容。

『・・・はぁ・・・!?』 急に信用しろという方が無理な話だ。

頭の中は 『悪い冗談はやめてくれ』 という思いだけ。

しかし、ラジオからは同じ内容を読み上げる声が聞こえた。本当なのか。

気持ちがずっしりと沈み込んでいく。

身近なところで、しかし自分の見えない所で、考もつかないような事態が

起きているのだ。

 

いつまでたっても終わりそうにない余震に身体も心も揺すられる。

地震の後、ライフラインが全て途絶えている事意外には、街並みの大きな

変化を目の当たりにしていない自分。

本当の ”恐ろしさ” ”大変さ” を思い知るのは、これからだ。


 

つい数時間前、大きな地震がありました。

3月11日の地震から、27日目。

小耳にはさんだ話では

『統計的に大地震の後、26日後くらいに本震より少し小さい程度の

大きな余震がくる』 という説があるそうで。

本当かどうかはわかりませんが、一応心構えはしていました。

27日目に今回の地震が起きたという事は、意外と信憑性はあるのかも、

と思いました。


また、テレビをはじめいろいろ落ちたり、マグカップのお茶がこぼれて、

周りが濡れたり 『あーあ・・・』という感じにはなりましたが。