憂さ憂さうさぎ -44ページ目

憂さ憂さうさぎ

世の中は憂さだらけ!
はき出す場所のない憂さを、ここで晴らしてみましょうか。

友人は自分の事を気遣って、しばらくの間一緒に行動する事を提案してくれた。

勿論大歓迎、心強い。

二人でマンションまでの道を急ぐ。消防署を通り過ぎると、その先の道に明かり

はない。生き物の気配も感じない。

自分をとり囲むようにそびえ立つ、全ての窓が真っ暗なビルは達は、まるで

人間達に捨てられた事を恨んでいる怪物のようだった。


間もなく自分のマンションに辿り着く。

車のダッシュボードから懐中電灯を探し出しすと、布団をとりに家へと向かう。

さて、一匹の怪物の腹の中・・・もとい、マンションの中へ。

エレベータは勿論動いていない。

懐中電灯の明かりだけをたよりに、鉄の扉をくぐりコンクリートの階段を上る。

明かりのないコンクリートの階段は、まるで廃墟を思わせる。

勿論、散らかっているわけではない。

徐々に息はあがり、足はあがらなくなっていく。

『日頃の運動不足がたたったな。』

こんな時だけは、もう少し下の階に住むべきだったと思ったりする。


懐中電灯の明かりで踊り場の数字を確認し、やっとのことで階段終了を知る。

げっそりだ。

友人は余裕の表情、言葉も口にできない程ゼーハーしている自分を見て、

「体力ないなぁ」と笑っている。 『・・・ふん』声に出せない。


よれよれの自分のかわりに、友人がドアを開けた。中は真っ暗。

懐中電灯で照らした床の上はぐちゃぐちゃで、テレビでよくみる廃墟そのもの。

『ああ、片付けを考えると本当に気が重い。』

自分の手にある懐中電灯を見てふと思いつき、お約束な事をしてみたりする

ものの、気持ちが明るくなるわけもなく。

「はいはい。いいから早く布団もっといで。」と、軽くあしらわれてしまった。


靴を履いたまま寝室へ行き、掛けられそうな毛布の類を適当に丸めて両手に

抱える。

「とりあえず寝るだけだから、今はこれだけでいいや。明日明るくなってから、

もう一度ここに来よう。」


ドアの鍵をかけ、懐中電灯の明かりだけをたよりに、布団で見えづらい足元に

集中しながら、ゆっくり階段を下っていく。


そういえば避難所を出てから、自分達意外の人の姿は、全くみていない。





右隣に肩を並べて座っていた老婦人が、

「寒いからくっつきましょう。みんなでくっつけば少しは温かいはずだから。」

と言ってほほ笑む。

自分達も「そうですよね。」と言い、その老婦人を含む数人の御婦人達と、

まるで子供が遊んでいるかのように、にこにこしながら肩を寄せ合う。


温まるのは身体だけではない。


隣の老婦人は時々「家に帰りたい。」とつぶやいていた。

慣れない場所、知らない人々、固い床、長時間の辛い体勢、それに寒さ等

いろいろなものが重なって、心身ともに疲れているのだろう。

たまに自分が身じろいだり立ち上がったりする度に、「帰っちゃうの?」

と元気のない視線を向ける。

「いえいえ、まだ帰りませんよ。」と、笑って見せながら勤めて元気な声

で答える。すると、「そう。」と笑ってくれるのだ。

そんなことを何度かくりかえしながら、時間は流れていく。


小型テレビを見せてくれた御婦人は、夫婦そろって既に帰っていった。

帰り際、周りの人達に「ありがとう。」と頭を下げながら。


「やっぱり帰りたい。」老婦人が言う。

「家に帰ったって、電気もつかないし暗くて寒いよ。」周りの人が口々に言う。

「それでも、帰る。帰りたい。」

自分とは反対隣に座っていた老婦人の娘さんが、度々「帰りたい」と口にする

自分の母親の様子を見て、避難所に留まるのを諦めたようだ。

荷物が多かったため、偶然そこを通りかかった、かなり若い男性に運ぶ

のを手伝ってもらいながら、二人はこの避難所を出て行った。


別れ際、二人は自分達に向かって「お世話になりました。どうもありがとう。」

と何度も頭を下げていた。

「いえいえ、こちらこそお世話になりました。」


午後9時を過ぎると、横になる人が増えてくる。

自分達は比較的早い時間に避難所に来ていたのだが、横になるスペース

を確保していなかった。

自分は『一晩くらいなら、座ったままうとうとしていてもいいだろう。』くらいに

考えていた。甘かった。

尻は痛いし寒いしで、目を閉じていても到底うとうとなど出来そうにない。

『車の方がましかもな』 少なくとも身体はもっと倒せるし、尻もこれほど痛く

はないだろう。

『ここで眠るのは絶対無理!』という考えが、どんどん頭の中を占領していく。

「車で寝ようか?」友人に言ってみる。

「うーん、どっちがいいのかなぁ。」

二人でしばらく迷ったあげく、出した答えは ”車中泊”

比較的少なめの荷物をまとめ、立ち上がる。


この時隣に座っていた年配の御婦人が、微笑みながら「帰るの?」と自分の

顔を見上げて言った。

「はい、帰ります。お世話になりました。」と言いながら、互いに頭を下げていた。


避難所の外に出ると、夜の空気が冷たい。

しかし、冷たい空気にふれている自分の頬からは、ほんの少し力が抜けていた。

夜は冷える。こんな日の夜は尚更だ。

少し前、町会長の挨拶があった。それによると、この避難所には現在

1,000人程の地域の住民が避難しているそうだ。ぎゅうぎゅう詰めなのも

うなづける。


この避難所へ来た始めの頃、すぐ横で男性がペット用のキャリーバッグ

に手を入れて、中にいる猫をなでていた。

あの時は、狭いキャリーバッグの中でじっとなでられている猫を見て

少しばかり顔がほころんだ。


どこかで、かすかに犬の鳴く声がする。

人々のざわめきの中で、超音波のような子供の叫び声が聞こえる。

混雑する避難所の中で、人々の間を縫うように駆け回る子供達がいる。

母親の膝に頭を預け、毛布にくるまって横たわる子供がいる。

何時間も、車椅子に座ったままじっと目をとじている人がいる。

家族と思われる人に手をひかれ、ゆっくりとした足取りでトイレへ向かう

人がいる。

体調の悪そうな家族を気遣い奔走する男性がいる。


少しして、拡声器から聞こえてきたのは、ペットを避難所へ連れてきて

いる人達へのお願いだった。

「犬や猫などペットを連れてきている方は、申し訳ありませんが外に

ペットを置いて下さい。かなり込み合っているのに加え、衛生的な問題

もありますので。」という内容。

確かにこれほど長時間ともなると、ペットも ”うんち” や ”おしっこ”

はするだろう。

普段一緒に暮らしている人達はにとっては、ペットの匂いもペットの排泄

物の匂いも、気にならないものなのかもしれないが、その周囲にいる

人達にとっては、はたしてどうだろうか?

勿論、ペットの排泄物処理用のシート等対策はしていると思うが。


全ての人間が動物好きとは限らない。

全ての人間が子供好きとは限らない。

全ての人間が親切とは限らない。

長時間ぎゅうぎゅう詰めの避難所で辛い状態のまま過ごし、心身ともに

疲れがたまってきている人間の目に、平常時は可愛いと思えるはずの

存在がどのように映るのだろうか。


避難所という所は、様々な人々が集まる場所なのである。

今日 (日付が変わって昨日ですが) ガスが復旧しました。

これで、ライフラインが全てそろったことになります。


約二週間ぶりに外出し、自分がちょっぴり浦島太郎さん状態だった事を

感じてしまいました。


ガソリンは並ばなくても満タン入れられるようになっています。

一般車両は入れないガソリンスタンドもありましたが。


買い出しに出かけた大型スーパーは、一部のものを除いて以前と同じ

ように売られていました。パンコーナーにもしっかりといろいろなパンが

並んでいて、パンに向かって『ひさしぶり~』という気分です。

時々涙が出そうでした。


未だに 『物がないのがあたりまえ』 な感覚から抜け切れていませんが

地震の前まで 『普通』 だと思っていた状況がこんなにも素敵な事に

感じられるなんて。


何でもある事が 『普通』 『あたりまえ』 という感覚は、少し怖いと感じた

一日でした。

「これから、どうなるのかな。」 隣で友人がつぶやく。

「どうにかなるよ。」友人の膝を叩きながら言ってみた。実は何も考えていない。

「その、根拠のない自信はどこからくるんだい?」友人は苦笑している。

「だって、絶対どうにかなるもん。」

「さすが、O型だな。」友人は笑いながら言うと、力強く続けた。

「どうにか”する”だろ。」


さしあたり、今の自分にとって一番の問題は、固い床のせいでじっと座っていら

れない程痛む尻。何度も微妙に体制を変えてはみるものの、そろそろ限界だ。

そんな自分に気付いた友人が 「少し散歩でもしてきたら?」 と言った。

名案だ。

「じゃあ、ちょっと外の空気でも吸ってくる。」と言って立ち上がると、軽く自分の

尻を叩き、周囲にいる人達の懐中電灯の薄明かりをたよりに足の踏み場を探し

ながら、やっとのことで体育館の出入り口へ辿り着く。


外へ出ると、数人の男性が発電機を準備している最中だった。

自分はゆっくり歩きながら、避難所から離れていく。

真っ暗な建造物の群れ。勿論街頭も含めて、明かりは何もない・・・と思ったら

一つだけ明るい建物があった。

消防署だ。

今頃きっと、そこの消防署の人を含め、沢山の人達が自分の想像も出来ない

ような厳しい現場で、休む間もなく大変な作業をしているのだろう。

感心と感謝が含まれた何とも表現出来ない気分だ。


そういえばさっき友人が、「星がすごくはっきり見えるよ。」って言っていたっけ。

上に視線を移すと、漆黒の生地に大小の星々がくっきりと浮かび上がり、探さ

なくてもオリオン座が目に入る。


正直、”どうにかする” を言える友人がうらやましいと思う。

自分の場合、”どうにかする” 自信はまだない。


今までいろいろと辛いことも逃げたくなる事もあったが、今自分がこうしている

ということは、全てがとりあえずはどうにかなったからなのだ。


数年後の自分はきっと、こんな空の下のどこかで

『ほら、やっぱりどうにかなったっじゃん。』

などと考えているのだろうな。