14. 一期一会 | 憂さ憂さうさぎ

憂さ憂さうさぎ

世の中は憂さだらけ!
はき出す場所のない憂さを、ここで晴らしてみましょうか。

右隣に肩を並べて座っていた老婦人が、

「寒いからくっつきましょう。みんなでくっつけば少しは温かいはずだから。」

と言ってほほ笑む。

自分達も「そうですよね。」と言い、その老婦人を含む数人の御婦人達と、

まるで子供が遊んでいるかのように、にこにこしながら肩を寄せ合う。


温まるのは身体だけではない。


隣の老婦人は時々「家に帰りたい。」とつぶやいていた。

慣れない場所、知らない人々、固い床、長時間の辛い体勢、それに寒さ等

いろいろなものが重なって、心身ともに疲れているのだろう。

たまに自分が身じろいだり立ち上がったりする度に、「帰っちゃうの?」

と元気のない視線を向ける。

「いえいえ、まだ帰りませんよ。」と、笑って見せながら勤めて元気な声

で答える。すると、「そう。」と笑ってくれるのだ。

そんなことを何度かくりかえしながら、時間は流れていく。


小型テレビを見せてくれた御婦人は、夫婦そろって既に帰っていった。

帰り際、周りの人達に「ありがとう。」と頭を下げながら。


「やっぱり帰りたい。」老婦人が言う。

「家に帰ったって、電気もつかないし暗くて寒いよ。」周りの人が口々に言う。

「それでも、帰る。帰りたい。」

自分とは反対隣に座っていた老婦人の娘さんが、度々「帰りたい」と口にする

自分の母親の様子を見て、避難所に留まるのを諦めたようだ。

荷物が多かったため、偶然そこを通りかかった、かなり若い男性に運ぶ

のを手伝ってもらいながら、二人はこの避難所を出て行った。


別れ際、二人は自分達に向かって「お世話になりました。どうもありがとう。」

と何度も頭を下げていた。

「いえいえ、こちらこそお世話になりました。」


午後9時を過ぎると、横になる人が増えてくる。

自分達は比較的早い時間に避難所に来ていたのだが、横になるスペース

を確保していなかった。

自分は『一晩くらいなら、座ったままうとうとしていてもいいだろう。』くらいに

考えていた。甘かった。

尻は痛いし寒いしで、目を閉じていても到底うとうとなど出来そうにない。

『車の方がましかもな』 少なくとも身体はもっと倒せるし、尻もこれほど痛く

はないだろう。

『ここで眠るのは絶対無理!』という考えが、どんどん頭の中を占領していく。

「車で寝ようか?」友人に言ってみる。

「うーん、どっちがいいのかなぁ。」

二人でしばらく迷ったあげく、出した答えは ”車中泊”

比較的少なめの荷物をまとめ、立ち上がる。


この時隣に座っていた年配の御婦人が、微笑みながら「帰るの?」と自分の

顔を見上げて言った。

「はい、帰ります。お世話になりました。」と言いながら、互いに頭を下げていた。


避難所の外に出ると、夜の空気が冷たい。

しかし、冷たい空気にふれている自分の頬からは、ほんの少し力が抜けていた。