憂さ憂さうさぎ -42ページ目

憂さ憂さうさぎ

世の中は憂さだらけ!
はき出す場所のない憂さを、ここで晴らしてみましょうか。

三人の目はベンチの上の煮込みハンバーグへ移る。

煮込みハンバーグは一つ。一瞬の沈黙。

たまらず、お弁当屋のおくさんに声をかける。

「すみません。煮込みハンバーグってこれだけですか?」

すると店の奥から「もっとできるよ。今作ってるから。」 と先ほどのおじさんが

顔を出した。

「いくつくらい出来ますか?」と訊く。とりあえず七つ出来るそうで、ほっとする。

とりあえずベンチの上の一つをもらおうとすると、

「今温かいの出してあげるから、ちょっと待ってて。」 と声をかけられた。


おくさんが、「煮込みハンバーグいくつ?」 と尋ねる。

こちらは二つ欲しいのだが、後ろに並ぶ女の子はいくつ必要なのだろうか。

振り返って尋ねると、彼女は

「私の事は気にせずに、必要なだけどうぞどうぞ。」 と言いながら、手で

”どうぞ” という動きをしてみせる。

「でも、それでは・・・。」とこちらが迷っていると、「弱肉強食ですから。」 と

彼女は笑って言った。

『なんとも、ゆるーい感じの ”弱肉強食” だな』 と心の中で笑ってしまう。

それではと、ハンバーグ二つ注文する。


煮込みハンバーグが出来るのを待ちながら、少しだけ雑談。

彼女の口調や雰囲気から、しっかりした印象を受ける。

顔の中で、見えるのは目だけ。

そこから想像すると、結構美人さんのようだ。


煮込みハンバーグが袋に入れられて出てきた。

良心的な金額の代金を払って袋を受け取ると、袋の中にはお惣菜のパックも

一つサービスされていた。かなり嬉しい。


自分と友人は、温かい ” 煮込みハンバーグ ” を手に、この弱肉強食と

いう言葉とはかけ離れた空間から離れて行った。


お弁当屋の入口にはベンチが置いてあり、その上には即席味噌汁とお惣菜、

それにソースのたっぷりかかった煮込みハンバーグが1つ。

カセットコンロを使って、とにかく作る事が可能な分だけ作る事にしたのだ

そうだ。

その食欲をそそる姿に目をくぎ付けにされる。ちょうど昼時。食べたい。

買う気満々の二人。


まずは新聞を見せてもらおうと友人が言い、店の奥へ声をかける。

顔をのぞかせたおじさんに、

「すみません、新聞見せて頂きたいんですけど。」

と友人が言うと、おじさんは快く新聞を持ってきてくれた。


折りたたまれた新聞を広げ、目に飛び込んできた写真に言葉が出ない。

地震の前までは、人間の生活を守るために存在していたはずのものが、

様々な状態で水面を埋め尽くしていた。

その印象が強すぎて、他に視線が移らない。

目は写真を映したままで、頭の中では昨夜携帯で見た、

”宮城県仙台市若林区荒浜の海岸で200~300人の多数の水死体発見”

という内容が姿を現す。

一応、写真の周囲を埋める文字に目を通し、他の面も見ようとするものの、

その内容は、自分の脳には残れなかった。

新聞を一緒に見ていた友人も、怖い顔をしながら新聞上で視線を走らせ

ている。

一通り新聞を見終わって、元通り折りたたんだ。

言葉も少なく会話の形式にはならない。

今この時も、悪い状況が次々と人間達の前に姿を晒していることだろう。

そこへ、若い女の子が一人やってくる。手には折りたたまれた段ボール。

マスクをしているため、顔は目の部分しかわからない。

避難所でボランティアをしているそうで、腕には腕章代わりのガムテープが

貼られていた。たまたま通りかかったようだ。


自分の手にある新聞を見つけると、「新聞見せてもらえますか?」という。

どうぞと言い、お弁当屋のおじさんから借りた新聞を差し出した。

しかし、大きめの段ボールで片手がふさがっていては、新聞が見づらい

だろうと思いなおし、新聞紙を彼女の前に広げて見せた。


彼女は食い入るように紙面を見つめ、気になる地域の情報を探していた。

一通り見終わった表情は硬い。


その新聞の中に、心が救われるような内容は何一つ見い出せなかった。

今日、ふと思った事があります。

地震以来時々思っていたことではあるのですが。


自分ははたして ”被災者” と言えるのだろうか?

確かに、家の中はめちゃくちゃにはなりました。

ライフラインは途絶えました。

店には何もなくなりました。

普段とは違う状況に苦労はしました。


でも、生きています。怪我もありません。

身内も同様です。家は賃貸だし、崩壊もしていません。

とりあえず、現在は地震前の生活環境とほぼ同じ状態まで

回復しました。


なんだかんだ言っても人間らしい生活を営むことが出来る

状態になっています。


テレビに出てくる被災者の方々を見ていると、

『自分は被害にあった部類には入らない』

『この人達はもっと大変なのだから、自分ももっと我慢が必要だ』

と感じます。


現在このような内容のブログを書いている事に関して、今の自分が

感じている事は、

『意味が無いのではないか』

『それほど、酷い目にあった訳もないのに、もっともらしくこんな事を

書いて、こんな内容を誰が読みたいと思うのだろうか?』

という事。


ピグの ”おでかけ” の行き先表示で、次々入れ替わるNEWの項目

をみていると

『この震災を、一時の流行物の一項目程度にしかとらえていない

人達も少なからずいるのではないか?』

という思いを抱いてしまったりします。


このような事を考えた今、自分が自身の体験をブログという形で

公開する事自体に ”無意味” というレッテルを貼りたくなっています。

水で満たされたバケツを両手に階段を上り始める。

友人が運んでいるポリタンクは20リットル以上入るそうで、さすがに辛そうだ。

二度目の踊り場を見た時点で既に息はあがっていた。

バケツの持ち手が指の付け根に食い込む。腕の筋がピキピキする。

肩が痛い、腰が痛い、指が痛い。我慢出来ずに一旦休憩。

先が思いやられる。我が家への道のりがいつもよりやけに遠い。


まだ息が整わないまま、再度登り始める。

もう少し、あと少し。

やっとのことで玄関前に到着。

自分の手にくっきりと、持ち手で圧迫した肉の形を残して、一旦バケツは

離れて行った。


当面の生活用水確保のために、「あと2往復しようか。」 と言う友人。

自分は考えるのをやめた。


この後二人は、普段より遥かに遠い道のりを、全身で味わった。


部屋から持ってきた、2つのバケツと1つのポリタンクを手に貯水槽へ向かう。

近所にあるお弁当屋のおじさんが水を汲んでいる最中だった。

おじさんは、水を汲み終わり自分達と入れ替わると、「大丈夫だった?」と

声をかけてくれる。「はい、家の中はめちゃくちゃですけど。」

そこから始まる情報交換を兼ねた井戸端会議ならぬ貯水槽端会議。


その日は新聞が届いたそうで、そこに掲載された写真はとにかく酷いものだ

という。今後、大きな余震がくるそうだから気をつけるようにとも言っていた。

おじさんの母親が海側の地域に住んでいて、地震以降連絡がとれないという。

「多分もうだめだろうな。」と、大きな表情の変化を見せずに言うおじさんの

心中は、理解したいと思っても出来るものではないだろう。


ちょうどそこへ、自分が時々お世話になっている近所の美容室の女の子二人

が来ていた。

女の子達は、車で若林区役所の辺りを見てきたそうだ。

彼女達の話によると、その辺りは水のためぐちゃぐちゃになっていたという。

貯水槽の前に集まっていた人達の顔はみな険しいものだった。


自分達が水を汲み終わるのと同時に、その場は解散した。

水汲みが終わったら、お弁当屋のおじさんに新聞を見せてもらいに行こう。