本書は2009年4月20日に新潮新書の一冊として刊行された。

 承久の乱で政治の権威、権力を失った天皇、朝廷が明治維新でその権力回復したのはなぜかが本書のテーマである。

 古代から天皇が培ってきたものは何か。

 筆者は律令時代の天皇から院政期の天皇までを通覧する。

 1100年の天皇王権が生き残ったのは王朝文化と圧倒的な情報量があったからとする。

 武士は京都から文化と情報を学び、自らの領地に持ち帰り根付かせたのである。

 わたしが高校の地理で学んだ教師は教科書など教えず、ひたすらご自分が日本各地で撮ってきたスライドを教材にして教えてくれた。

 民家の屋根の写真を何百枚も見せられ地方による違いに着目しなさいと教えてくれたおかげで、その後日本各地を旅すると屋根ばかり見ていた。

 その試験には「小京都」と呼ばれる街を書き出せという出問があり、一問も答えられなかった。高山、角館、松前、弘前、栃木、飯田、金沢、出石、津和野、安芸、伊万里など好きな街である。

 今回の読書で気づいた。

 

 本日の東京の天気予報は晴れのち雨。

 ワールドカップの開幕戦ブラジル対クロアチアを午前3時に起きて観戦したので眠かったが午前8時の晴れ間を見て、洗濯しなくちゃと思った。

 早速、風呂桶の水を使って、洗濯。すぐに干す。

 燦燦と日光が降り注いでいる。

 洗濯の合間に、布団を干す。

 押し入れに入れるためである。

 ところが、東京にはMXテレビがあり、株価情報もデータチャンネルを使えば見えるので、必要があり見た。

 すると、わが街の天気予報が表示されていた。

 雷雨注意報。見たのは午前10時半である。

 頭の片隅に残っていた程度である。

 ところが午前11時半になると、サンさんと照り注いでいた日光は姿を消し、黒雲が空を覆い始めた。雷も不気味さを煽り立てる。

 布団、洗濯物をすぐさま取り入れた。

 ついでに干していたビニル傘、長靴もである。

 午後12時直前、猛烈な雷雨が叩きつけてきた。

 天気予報は信じたほうがいい、と思った瞬間である。

 これほど鋭敏に反応できたのは、布団を干していたからであろう。

 布団を濡らしては取り返しがつかないから。

 冷凍食品だと勘違いして購入してきたクリームコロッケを油で揚げながらラッキーとわが判断をしきりにほめていた。

 午後4時を過ぎて外を見ると、梅雨の中休みか、雨は止んでいた。

 少し明るいが、灰色の雲が空一面を覆っている。

 まだまだ降りそうな感じである。

 そのうえ、寒い。

 午前8時は都立高生の通学時間である。

 何気に彼ら、彼女らをベランダから眺めていた。

 男子高生に共通項があることに気付いた。

 今日の気候に合わせたようなファッションなのである。

 長袖のがら模様の長袖シャツのボタンを留めず、白地のTシャツをかっこよく着こなしているのである。

 30人までは数えたが、下は長ズボンまで一緒だったのである。

 寒い日のファッションと言ってしまえば、まさに理に適っているが、あまりの個性の無さにあきれてしまった。

 すると、白いYシャツのボタンを留めた男子高生が目にとまった。


 いま公営の団地では高齢化が急速に進んでいる。

 わたしの住む団地も65歳以上の居住者が40パーセントを超えたようである。

 わたしの部屋から自転車置き場を眺めて見ると、通勤用で使っているのは2,3台で、役割を持たず置かれている自転車にママチャリは1台もない。

 部屋から出ることもなく生活している高齢者はわたしを含めて多いのであろう。

 本書は清少納言が平安時代中期に書き上げた随筆文学の傑作『枕草子』を昭和の才女大庭みな子さんが現代語訳して2014年2月14日に岩波現代文庫から刊行された。

 古語に造詣がまったくないわたしとしたら、このような現代語訳でなければ、1段として読み進めることはできない。

 ついにほぼ枕草子の完読であった。

 いい現代語は古典のよさを失わない。

 大場さんの感性は、清少納言を正確にとらえ、現代語訳に反映していると思った。

 あきずに、ぐいぐいと清少納言の世界に引きずり込んでくれるのである。

 清少納言のよさは、滝、川、草、森、原、雪、日、月、星、雲などを複数挙げて描写する力である。

 また、自らが仕えた中宮定子の美しさ、気持ちを率直に表現するさまは好感が持てた。

 一番おもしろかったのは、第184段の「はじめて御殿にあがったころ」である。

 その情景が見事に描かれ、才女清少納言と言えども職場の人間関係、役割などまったくわからないので茫然自失せざるを得ない。そこを見事に描ききっている。

 思わず、新入社員として5月の連休明けに配属先に出向いた自分の姿を思い出してしまった。

 次は『古事記』ぐらい読んでみよう。

 1週間ぶりの外出である。

 わたしの大好きな銀座へである、

 雨は降らないの予報であったが、信じられない。

 で、日傘は持たずに雨傘を持って行った。

 銀座について汗っぽくなる。

 日傘を持つ女性は多いいが、男性はいない、

 今日なら、男の日傘は目立っただろうと、日傘もちのわたしは残念に思った。

 目的地はわしたではない。ラスクのハラダでもない。

 博品館なのである。

 わたしが大好きな女の子への誕生日祝いのプレゼントを探しに来たのである。

 1階にはない。

 2階にエレベーターで昇る。

 なぜは財布を探している自分に気づく。

 前回デートした時に、

 「おじさん、わたしお茶買いたいの」

 と、ポケットから小銭を見せてくれた。

 いくらなんでも抜身の銭はどうかと思ったものである。

 肩に下げられてお金を管理できるものが今日の買い物。

 うまく買い物できたとは言い難いがまあいいか。

 本書は2013年11月17日双葉文庫として刊行された。

 作者は『銀二貫』や『みをつくし料理帖』などで躍進中の作家である。

 なぜか地味なテレビ時代小説とみなされたのか上記二作は最近テレビ化された。

 二作とも端折ってつくられたようなので作者の思いが作中に出るまでには至っていない。

 本書はその時代小説の作者が読み手に元気を与えるために書き下ろした短編小説を集めたものである。

 9話から構成されている。いずれも共通テーマは人間愛である。

 お弁当ふたつ

 車窓家族

 ムシヤシナイ

 ふるさと銀河線

 返信

 雨を聴く午後

 あなたへの伝言

 晩夏光

 幸福が遠すぎたら

 上記4作目まではとてもよく書けている。

 お弁当ふたつは離職させられた夫とそれを偶然知った妻が車中でお弁当を食べる話である。

 車窓家族は大阪の文化住宅の前で停車する電車の中の人間とその住宅に住む老夫婦とのつながり、そこにはカレーライスが介在する。

 ムシヤシナイは、老人と孫がつながり、孫が再生に向けて歩み出す物語である。

 ふるさと銀河線は中三女子が自らの才能を伸ばそうとする話で、背景には兄とのつながりがある。

 誰の人生も交わるのは難しい。

 夫婦、兄弟姉妹、親子ですら交わることは生半可にはできない。

 作者は他人を交えながらなんとかその愛を実現させようとする。

 この作者は人間を、愛を言葉の力でもって表現しつくそうとしている。今後とも読み続けなければならないと思っている。

 本リフレットは山川出版社から2014年2月25日に刊行された。

 中世史の五味さんが藤原定家を日本人初の芸術家としてとらえ、それを定家の『明月記』と定家の和歌を手掛かりにして本リフレットで実証しようとしている。

 芸術家でありながら定家は自らの地位向上に腐心し、除目のたびに一喜一憂する。人間的すぎるのである。

 そして、筆者は定家が芸術家になったのはパトロン後鳥羽上皇の存在と言い切る。

 「芸術家とは、もちろん優秀な作品を残し、特殊な才能と強烈な自負心をもつ存在であるが、さらにそれを評価し支持する審美眼の肥えたタパトロンの存在も欠かせないものであり、それとの刺激的な関わり合いから、新たな理論や作品が生まれ、後世に多大な影響を与えるのである」

 と、端的に表現する。

 わたしは短歌は作ったことはあるが、和歌は読み解けない。

 定家が選んだ『小倉百人一首』も知らない。

 せめて、『新古今和歌集』ぐらい読んでみよう。

 筆者は本郷和人さんの師匠にあたる。歴史上の人物に焦点を当てて、歴史を紐解くのは大変興味深い分野である。

 

 今日は朝の8時から初戦のコートジボワールを想定したザンビア戦を観た。

 アフリカ人の身体能力は優れている。その一人ひとりの能力に組織的な力を加味してチーム力を挙げてきているアフリカは恐ろしい存在である。

 試合は2点をザンビアのチーム連携で早々と奪われた日本チームは見事なパス回しで対抗する。2点先行されて観ているわたしからすると日本の底力を信じるしかなかった。香川がゴールエリア内に入り、相手のハンドを誘い、ゴールキックを獲得。あの本田がキーパーが右に飛ぶのを見極めたように左に決める。

 前半はザンビア2対日本1でハーフタイムに。

 後半に入り、香川がゴール前に蹴ったボールがネットを揺らした。

 さらに、本田が冷静にゴール前に詰めヘッドを決める。

 今日初めてのリードである。

 ザンビアは4年後のワールドカップを捕えてのチームである。

 終了間際に見事なチーム力で得点する。

 10年前のわたしであれば勝利より引き分けでいいと思ってしまう。

 時間がない。

 青山がゴール前にふわりと浮かせた縦パスを出す。途中交代していた大久保がそのパスを体勢を崩しながらトラップして次にはゴール上部に突き刺さるシュートを放つ。

 なんと、4対3の劇的な勝利を得たわけだ。

 今日はコートジボアール戦のためのテストマッチである。代表選手はいい体験ができたはずである。

 日本時間のテレビ放送の予定を挙げておく。

 コートジボワール 6/15 午前9時 NHK

 ギリシャ       6/ 20 午前5時50分 日本テレビ

 コロンビア     6/25 午前4時40分 テレビ朝日


 テレビ放送は早朝である。日本代表がどこまでやるのか観てみたいと思う。


 アスファルトをたたきつけるように雨が終日降り続いている。

 ところがわたしの部屋の前には草原が緑を輝かせるように広がっている。

 雨は草原でははじけることなしに静かに吸い取られる。

 この雨のようすはおもしろさを感じ取れる。

 枕草子にも徒然草にも方丈記にも、雨について趣があるとか、いとおかしとか書かれてはいない。

 雨は日本人の情感には訴えない日常では迷惑な自然現象なのであろう。

 ところが、草原に降る雨は豊かさを称えながらやさしく、いとおしむように草草を濡らす。

 雨は草や木に恵みを与える。

 それすら忘れて雨は迷惑ものと思い込んでいたわたしは雨の偉大なる愛を目の当たりにした。

 こんな気持ちになったのも雨の降る日に出かける必要がなかったからであろう。

 梅雨には空梅雨などの言葉がある。

 梅雨寒にぴったりの寒さである。

 ようやく、ガスストーブを出したままにしていた理由までわかった。

 

 関東甲信、北陸が梅雨に入ったとみられると気象庁が意味不明の言葉で梅雨入りを宣言した。

 今日は少し降っていると思うと止むといったはっきりしない気象である。

 昨日、図書館に行って驚いた。

 なんと7月1日から12月2日まで休館するというのである。

 理由は耐震補強工事のためであるのでしかたがないが・・・。

 いましていることからすると非常に不都合なのである。

 死生学のデーケンサンの著作の中に自身の価値観と生活のずれを見直す方法が書かれていた。

 それによると、

1.あなたの人生で大切なもの(こと)を10挙げてください。

2.その中で、最も失いたくないものを1番にして自分にとって大切なものから順に番号を振ってください。

3.次にあなたが実際にいま、自分の人生の時間を何のためにどのように使っているか書き出してください。そして前のリストと比較してみてください。

4.どちらも同じ項目が同じ順位であれば、十分調和のとれた生活を送っているわけです。

5.しかし順位が違っていればそのずれを正すようにしてください。

このことは、5、6年に一回見直すといいでしょう。


 わたしの価値観と実生活は読書が1位で一致している。

 そこに図書館が占めるウェイトは普通の人の5倍ぐらいあるので困惑しているのである。