本書は2014年4月30日に河出書房新社から刊行された。

 上巻と比べ、物語の展開がわかりやすく楽に読めたが、丸山さんの言葉に引きずり込まれないように、距離を置きながらの態度で接した。

 読み終わったとき、これはおとぎ話だと思ってしまった。

 物語は思ったとおり、崇高な娘瞽女を中心に進み、特攻隊帰りの青年とここ巡りが原で出会わせる。

 栄養失調と心を失った青年を娘は助け、看病をする。

 しかし落雷が娘、青年、黒牛を一瞬のうちにその存在すら残さないように消し去る。

 それでも筆者は人間二人と一頭の黒牛をあの世から呼び戻す。

 娘は黒牛に乗り、三味線を弾きながら明るく歌を歌う。

 青年は元気に黒牛を引く。

 若い男女と黒牛が巡りが原で巡り会い、新しい人生を紡ぎだす。

 最近、乳母車に複数の犬を乗せて散歩する初老の女性を見かける。

 人間だけでは生きていけないのだ。

 人間と黒牛は手を取り合って生きていくのだろう。

 現代のおとぎ話は巡りが原で巡り会った、人間と黒牛を主人公に大切な出会いとは何かを語りかけてくれた。

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高年齢者の夏の必需品と思い至った日傘をプレゼントしてもらった。

わたしは雨傘を買ったことがない。

いま自宅には、しっかりした長傘が3本、ビニル傘が3本、折り畳み傘が3本ある。

近所にはビニル傘、街中に出るときはお気に入りの長傘の内の1本、雨の予報があるときは折り畳み傘の一番コンパクトなものザックに入れる。

雨で使用した場合は必ず日なた干しをする。

忘れることなしに、もう10年以上の付き合いとなっている。

日傘は自分で購入しようと考えていたが、ブログに書いた書いた日傘のことを書いたとあちこちにメールで吹聴しておいた。

すると、今日宅配便が送られてきた。自分で注文するもの以外で宅配便など自宅に届くはずがないのだが、友人からのプレゼントであった。

写真左がギフト用に放送された状態。右がしっかりした作りの日傘の全貌である。

一目見た瞬間気に入った、

効能はというと、1級遮光生地使用、遮光率99.99%以上、UV遮蔽率99%以上とうれしいデータが記載されていた。

手紙には昨年から男性の日傘購入が増えているので、あなたは気がつくのが遅いとお叱りの言葉が書かれていた。

これさえあれば、夏の日差しも怖くないはずである。

日差しを持ち歩けば、少しは今年の夏も活動的になれるはずである。

もつべき友とは知恵のある友である。

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今日は花曇り。

ピクニックには都合がよい日和になった。

目的場所は高尾山。

高校のクラブの仲間3人と8か月ぶりの再会である。

平日に会えることはいいことであると、高尾山をケーブルで登りながらそう思った。

平日なのに、ケーブルは往復満員、

薬王院には人人人であった。

写真は杉の種苗奉納額が表示されていたものの中から10万苗を奉納したサブちゃんの写真である。

八王子市に在住のサブちゃんは信仰心が強いのである。

この観察結果を知らせてくれたのは連れで、その後彼女の観察力の鋭さには驚嘆した。

古いなじみの新しい像を見つけ出すのも再会の愉しみである。

今日は初めて高尾そばなるものを食べた。

わたしは今年3月までの高尾とろろそばを食べているので彼女らもそれを食べる情報を持っているだろうと思っていたのだが、温かい天ぷらそばとかも南蛮そばを頼んだには驚いた。

わたしも思わず天ぷらせいろを頼んでしまった。

懐かしい高校時代の話をしたり、近況を話すことはおもしろい。

思わず、ではなく、あらかじめ午後5時過ぎには立川のスペインバルに行くことを告げて、愉しい時間の継続の意義を言ったら同感を得た。

スペインバルでもいろいろな話が弾み、絶えることがなかった。

再会を約して中央線バイバイをした。  

 昨日は暑かった。

 昨日の歩き方を思い出すと、日陰沿いに歩いていた。

 日陰のないところは足早に歩いていたかと問われれば、一向にそんな前向きな歩き方ができなかったと答えざるを得ない。

 今日も、さんさんと陽が照りつけている。

 外へは出たくない。

 まさか、太陽と遊ぶには紫外線も怖い。目にも悪影響を与えているといわれている。

 暑いうえに、体にも悪い。

 昔は日光浴は奨励されていた。

 時代は変化し、昔の常識は科学的知見で非常識になる。

 夏の携行品が外出には必要になる。

 紫外線を防ぐ日傘である。

 女性の必需品なのだが、女性は日光の怖さを体験と美容から理解していたのである。

 わたしは美容よりは日陰を持ち歩けるということで紫外線も防げる

男性用折り畳み日傘を今夏の携行品として購入しようと考え始めた。

 男が日傘とは時代はますます混沌としてくる。

 あつーございました日に。

 わたしは夏用紺のブレザーを身にまとい出かけました。

 午前9時35分であります。

 すなわち、テレビ途中下車の旅は5分間しか見ていないわけでありますが、公私の区別のつくわたしは仕事のためにはまっしぐらでありました。

 まず、八王子に向かい、時間どおりに八王子着。

 目的地には歩いて30分のはず。

 予定どおり、午前10時40分着。11時が約束なので、最近のビジネスマナーに則り11時まで待つ。陽が燦燦と降り注ぎ建物の影はなしである。何とか時間をつぶし午前11時にチャイムを鳴らした。

 とてもよい人で、今回の仕事は無事に終了。

 次は午後1時に被後見人に裁判所の事務連絡を伝えること。

 久しぶりにバーミアンで昼食。

 えっと思うぐらい店員は言葉づかい、態度がいい、思わずウーロンハイを注文してしまった。

 ここからゆっくり。

 しかし暑い。施設に午後1時に着き、いろいろな連絡事項を職員と被後見人と話し、終了。

 これでようやく仕事は終わり。午後2時である。

 ここからはマイタイムである。

 大学時代の友人に連絡を取り、2時間半をカラオケで過ごす。

 友人は毎日のようにカラオケに通っているのでうまい。

 だけれどもわたしになじみのある歌なので心地よい。

 そんな時間を過ごし、精算時には驚いた。

 いまや、カラオケのスタッフまでお客さんの審査が入っているのである。

 「カラオケスタッフコンテス」

 わたしは思わず。かわいい二人の娘さんに「あなたたちはライヴァルか」と訊ねてしまった。48の影響はここまで来ているようである。

  暑いですね。北海道も25度以上の真夏日とのこと。

  中世のころは京都、博多と西はそれなりの先進地域だったが、関東、東北などは夷の地であったのであろう。人々は住んでいたのに。

  上記の本は2007年10月10日にちくま新書として刊行された。

  筆者はわたしの師である。

  大胆にも網野善彦さんにノーを突きつけた本郷さんの考え方を知らなければわからないと思い読んだ。

  おもしろい。中世が生きている。つまりお上にしろ庶民が生きているのである。

  中世古文書学を専門とする本郷さんには豊かな想像力、疑問力がある。

  わたしは網野さんが好きであり、いまも好きである。

  網野さんは人間に焦点を当て、あのわかりずらい中世の自由民にスポットライトを当て生き生きと甦らせた。

  その網野さんに現代の視点で疑問符を投げかけたのが本郷さんである。

  本書は、

 1.中世の王権

 2.実情と当為

 3.部門の覇者から為政者へ

 4.土地と貨幣

 5.東と西

 6.顕密仏教と新しい仏教

 7.一向宗、一神教、あるいは唯一の王

  7章建てで論を進める。

  論は明快である。

  鎌倉王権の確立を自立、自律、袖半下文で論証し、宗教的な点から庶民の平等感を導き出す。

  わたしは歴史の中で亡くなった多くの人々が生きている時は躍動していてもらいたい。

  天皇とか、貴族とか、権力者には興味がない。

  その時代にどれだけ個人の人生を横溢できたかを知りたいし、身分性が固定されていなかった中世はとくに知りたい時代である。

タイトルに挙げた日本中世における自由、平等、平和はgacco『日本中世の自由と平等』講師本郷和人さんのリポート課題であった。

 時代を絞ってこのような課題が提示されるのは初めてのことであり、先々、近世、近代、現代の自由、平等、平和を考える基礎になると思うので、わたしの800字の論文を掲載することにした。掲示板を読んでいると、この講座を2万人が受講したようである。仲間が多いと言うことも心強い。

 とりあえず、『経営入門』と『俳句』を受講することにした。継続は力になると思うからである。

「日本中世における自由、平等、平和」 

 中世の自由については網野善彦さんの天皇に使えた道ゆく人々とアジールとの関係のなかで言われている。しかしその自由とは強者の自由であり、多数の弱者にはなじまない自由と言える。中世は所有概念が曖昧であった。つまり所有権の未成熟さが荘園の領有形態に見られたのである。さらに闕所地や当知行の扱い、鎌倉幕府での地頭の権限には所有の不安定さを露わにしている。近世に至り、秀吉が権力を握り始めたころから所有権に関して明確になる。強い公権力のもとでは所有権の明確さは所有の自由を相互承認の形で保障される。中世の自由とは自由を獲得する過程にあったと理解すべきである。
次に平等である。熊谷直実は法然に帰依した。法然が九条兼実に呼ばれ対話する場面に直実が伴をし、階で控える姿ある(法然上人絵伝)。このとき直実は「こんな場所では師匠のお話が聞けない。極楽ではこんな差別がないだろうに」と叫んだと伝わる。仏の前では人は皆、平等であるとの意味を読み取ることができるが、あくまで直実個人の魂の叫びにすぎないと思う。ところがこのような考え方をもつ一向宗は各地で一揆をおこし勢力を拡大する。主従制を根幹とし、天下統一を目指す織田信長は徹底的に一向一揆を叩き、勝利する。ツリー対リゾームの戦いはツリーの勝利に終わり、平等は後退する。まして信仰の主たる対象であった惣村においては地主、作人と下人との身分差は歴然としており、平等意識すら持ちえなかったであろう。
最後に平和である。まず、わが国の人口の変化を見てみたい。
600年 600万人
1600年 1200万人
1700年 2500万人
明治時代 3000万人
600年から1600年にかけては600万人しか増加していない。江戸期に入り2500万人と飛躍的に増加しており、士農工商を問わず、人々は平和のなかで生活を営み、人口を安心して増やせたのではないか。
このように中世から近世への道筋で、惣村では平和を強く願い、自由と平等は兆しがあった程度ではなかったと考える。 

 昨晩から喉がおかしい。

 だるいし、熱がある。

 風邪薬を飲んだのだが、あまり効かない。

 やむをえず、うがいを1時間ごとにしている。

 しだいに、元気が戻ってくる。

 しかし、寒いわけではないのに、なんで風邪気味になったのか考えた。

 昨日はいつものように午後6時ぐらいに散歩をした。

 汗をかく距離だったので、たっぷり汗をかいた。

 シャワーを浴びてすぐ着替えたのに。

 原因はこれしかない。

 それにしても、この虚弱さはなんでかと考え込む。

 いまは風邪が流行っていると聞いた。

 なんとか、つじつまをあわせた。

 風邪のウィルスをどこかでもらってきた。

 虚弱さが原因ではないと。

 人間は弱さを自分では認められないのだ、と思わざるを得ない。

 本書はワイド版岩波文庫として刊行された。

 わたしは漱石文学の中でこの作品は苦手であった。

 行人とは行く人である。

 人生そのものなのだが、この人生を感じるにはあまりにもわたしの人生経験はたらない。

 学者である兄、高等遊民である弟。

 兄は嫁の直に不信感を持っている。

 兄の性癖は弟を使って、自分の連れ合いの性格、行状を確かめるというとんでもない企てをたくらむところにある。

 弟は現状維持のために兄に従う。

 この明治のとんでもない家族関係が直をのっぴきならぬ状態に追いやるが、直の幸福感はそのすべてに打ち勝つ。

 結局、この兄の幸福は寝ているところにあると漱石は断じる。

 寝るか死ぬかが、人間の煩悩を避ける唯一の解決策である。

 漱石は自死に解決を見出さない。

 生きると言うことを前提にして解決を模索する。

 寝るがこの小説の逃げ場であることがわたしには残念である。

 午前6時過ぎにメール。

 「今日です。よろしく」と、心配性の姉からであった。

 昨年夏からの姉の懸案であった平屋の新居に入る日である。

 建築会社を代えたり、いろいろと問題を克服して、健康でバリアフリーの新居が完成したわけである。

 姉と姉の家財が入らないことには始まらない。

 その記念すべき日である。2014年5月26日(月)は。

 弟のわたしからしてもようやく新居での生活が始まることに準備段階から関わったので感慨もひとしおであった。

 まして、過去5年の天気予報と一週間前の予報を勘案して26日を選んだわたしとしたら、雨さん降るなの思いで昨日から気が気ではなかった。

 曇りのち雨が今日の予報であった。

 天気予報士は責任を取らない。

 朝も天気予報を見たが、降るのは午後6時過ぎてからであった。

 わたしは姉の新居で待つ係。

 鍵を開け、シャッターを開け、姉が記したところに家財を置いてもらう係である。

 向こう三軒さんとは顔見知りである。前日に姉が挨拶をしていたので、皆さんと会い挨拶をした。

 わたしは姉には終の住み家と思い、隣近所とは今まで以上に気を付けて付き合った方がいいと言っておいた。

 言った以上、わたしも丁寧に顔を合わせたご近所さんに挨拶をした。

 待つこと20分で引っ越し業者が到着。

 冷蔵庫などの大物を搬入してもらい、所定の場所に置いてもらう。

 1時間で搬入終了。

 わたしは、電子レンジのアースの取り付けや仏壇の設置、布団類の整理を手早く済ませた。

 重いものは持たないと決めて引っ越しに参入したのだが、朝はテレビ体操を念いりにしておいた。

 午後1時にはほぼ終わったら、なんとお隣さんが昼食だと手作りを差し入れてくれた。

 こんな人間関係をつくってくれたのはわれわれの両親である。

 帰り際に仏壇に感謝の気持ちを伝えた。