本書はワイド版岩波文庫として刊行された。

 わたしは漱石文学の中でこの作品は苦手であった。

 行人とは行く人である。

 人生そのものなのだが、この人生を感じるにはあまりにもわたしの人生経験はたらない。

 学者である兄、高等遊民である弟。

 兄は嫁の直に不信感を持っている。

 兄の性癖は弟を使って、自分の連れ合いの性格、行状を確かめるというとんでもない企てをたくらむところにある。

 弟は現状維持のために兄に従う。

 この明治のとんでもない家族関係が直をのっぴきならぬ状態に追いやるが、直の幸福感はそのすべてに打ち勝つ。

 結局、この兄の幸福は寝ているところにあると漱石は断じる。

 寝るか死ぬかが、人間の煩悩を避ける唯一の解決策である。

 漱石は自死に解決を見出さない。

 生きると言うことを前提にして解決を模索する。

 寝るがこの小説の逃げ場であることがわたしには残念である。