20代から、本格的に温泉に行ったと、思い出す。
 会社の慰安旅行と称する1泊旅行だった。
 志賀、草津など有名温泉はそこそこ足を運んだ。
 年を取り、時間ができると、
 長時間の滞在を目指したくなる。
 長期間だと、お金がかかる。
 
 湯治が長期間滞在できる、日本の知恵と知ったのが始まり。

 福島の猪苗代湖のちかくにある中の湯温泉を知った。
 昭和20年代から創業した建屋が今に残る、典型的な湯治宿である。
 食事は自炊。
 食料は自分で持ち込み、湯船にはつかり放題。

 含鉄単純泉、36度、かけ流し。

 おかみの達筆で、長湯を注意する張り紙が脱衣場に張られている。

 わたしはふだんは烏の行水なのだが、この湯には1時間は入っていられる。

 湯治場が湯治場であった時代こそ、自分をいたわる思想が生きていたのではないか、
 ふと思った。

 会社を解雇された女性がいる。
 頑張ろうとしてきたが、上司の一言、業務の忙しさで、
 体調を壊し、結果は解雇。
 会社の論理と個人の倫理。
 倫理ははるか高みにあると思うのだが、論理が勝つ。
 負けた倫理は、存在すら否定される。
 資本主義の論理の中で生きてきたわたしは、
 そのような論理は許せないと思う。
 人間は誰でも、自分らしく生きたいと願っている。
 そのことを社会もわからねば、永遠に、
 個人の幸せは来ないと思う。
 この自然の気まぐれに、人間はびしょ濡れになる。
 ただ、自分が濡れたってだれも関心はないし、心配しない。
 傘をさしかけてくれる人がいなくなってから、何十年たったのだろうか。 
 災害にあった人々を「きづな」という言葉で勇気づける。
 遠い人は思いやれるが、そうだろうか。
 身近さからだと思うのだが。
 夏疲れは継続中。
 人間関係の疲れは強烈である、と思う。
 10月解散の歌会に、花道なし。
 今日は、けんか別れの典型的な状況がありました。
 それだけでも疲れるのに、
 駅に着いたら、暴雨。
 疲れを雨に打たれて倍加させ、
 しおしおと、自宅にたどり着きました。
 わたしが、すきなブログにツイートしようと書いたら、
 また、同文がツイートしているから受付できませんと。
 二度目だよ。
 同じ感性で、同じ文章を書く人間がいるのだなあ。
 今日は、10月で解散する歌会に出なければならない。
 2月から始まった会なのだが、人間の集まりなので、いろいろあった。
 わたしのように、鈍感なのも困るのだが、敏感すぎるのも困る。
 職場の人間関係であれば、職場の雰囲気にそろえればいい。
 ところが、短歌が縁で集まったとなると、個性を発揮する。
 自分以外の歌を評することが、歌会の主要場面である。
 「この歌はわからない」「文法的に間違いがある」 
 ある歌を認めない発言が出る。
 これを許せないと思う人が、会員の中にいる。
 否定的な発言を認めないのである。
 否定的な発言をしている人にも悪意はない。
 あるのは、上手な歌を作りたい気持ちなのでSる。
 そのための歌会なのだが、思うようには、
 人間の集合体は、まとまらない。
 ふぅー。
 明日からローマ、ベネツィア、ミラノを回り、モネのジベルニーに立ち寄る旅をする知人がいる。
 姉妹で回るという。
 いい思い出づくりかもしれないし、ローマの休日に引かれたのかもしれない。
 旅は、非日常空間に身を置くことである。
 三木清は、旅策でつぶやいた。
 「わたしは、人に会いたくて旅をしている」
 と。
 ことばなど通じなくても、
 よき人との出会いがあることを祈ろう。
 企業社会小説である。
 ロケットエンジンの研究者であった佃は、自らが開発した宇宙ロケットの打ち上げで失敗する。
 夢破れた佃は、父親が創業した精密機械製作会社の跡を継ぐ。
 彼には、次々に試練が襲い掛かってくる。
 お得意様からは、不況のため、いままで佃に出していた業務を内製にすると断りの話がである。
 10億円の減収にさらされる。
 ついで、佃が持っている特許のある部分が大企業の特許鵜を侵害していると訴えられる。
 佃のもとにある大企業から特許買取の話が来る。
 資金繰りに悩む佃だったが、その話を断る。
 特許侵害問題も和解に至り、佃の特許を欲しがった大企業から特許の使用を申し入れてきた。
 宇宙飛行士を夢にした佃の真骨頂がここから再度、ロケットエンジン開発へと動き始める。

 会社経営という現実と自己の夢への実現と、相反する命題に立ち向かう佃。
 
 人間は、いろいろな人間がいるからこそ自分を生かし、人も生きられることを証明しようとする
 作品であった。
 しょうがいをもつ妻が妊娠した。
 妻の母は、出生前検査を受けるように勧めた。
 検査結果から、妻は胎児が自分と同じしょうがいを持つことを知る。
 いま、お子さんは結衣と名付けられ、家族を結び付けている。
 いのちとはかけがえのない、人間の最大価値である。
 人を思いやる気持ちを持ちすぎる、結衣さんのおかあさんが、
 自分が生き、幸せになった道筋を、ぜひ、愛嬢に伝えてもらいたい・・・。
 
 第145回直木賞受賞作を読んでいる。
 選考委員の評を読んだら、これは読まなければと思った。
 9人の選考委員のうち、たぶん積極的に本作受賞に賛意を示したのが5人。
 4人は採らなかったのであろう。
 文壇には特に民主主義の最大価値の多数決が必要なのであろう。
 決める必要があるときは、決を採る。
 それでも少数意見をグダグダ言えるところが民主主義のいいところか。

 この作品のテーマは企業社会。
 われわれが主人公なのである。  
 関東軍が仕組んだ柳条湖事件は中国侵略の端緒になった。その日を、中国の方がたは「国恥の日」としている。
 尖閣諸島の領有権問題が火に油を注いだのだろう。
 それでも私は、歴史から学ばなければならないと思う。日本人として、二度とやってはいけないことを確認するためである。
 お互いを罵倒するために、歴史事実があるのではない。
 歴史を理解し、繰り返してはいけないことを学ぶのだ。
 これは、中国の方がたにも、学んでもらいたい。
 
 21世紀は、争わない世紀にしてもらいたい。
 宗教問題、領土問題、人種問題と人間が克服しなければならない課題は数限りなく存在する。
 それら問題は大きな戦争を引き起こす可能性が高い。
 しかし、暴力と怒りからは何も生まれない。
 それが、歴史が教えてくれる一番大切なことだと思う。