暑い一日でした。
午前中に自宅を出て、JR市ヶ谷駅近くの山脇ギャラリーへ。
街は生きていました。
たくさんの人が街を歩いていました。
女流アジア工芸家の作品は、ギャラリーに入ると、
日本人の作品が並び、中国、韓国などと並んでいた。
大作が多く、漆の特徴をそれぞれの造形に生かしていた。
私の知り合いの作品の説明には、
万物と触れ合うことの装置としての漆
と、あった。
黒漆を基調にしながら優しい造形物を作っていた。
街にはビジネスマンが闊歩し、歩くわたしを勢いよく追い抜く。
わたしは心地よく追い抜かれながら、靖国神社の緑、お堀の水草を見た。
九段会館は、3.11以後今日まで入口を閉ざしたまま。
法務局には、優しく適切な案内人がおり、気持ちよく文書を申請し、受領。
さらに、神保町まで歩き、古本街を歩く。
平日、それでも本屋をおとづれる人はあまりにも少ないような気がした。
午前11時30分、自宅出発。晴天だが、午後降るかもしれない。
市ヶ谷まで出て、アジアの女流漆工芸家の展示会を見る。 この漆作家の中の一人と、
仕事をお願いしたことがあり、彼女の作品を見るのは15年ぶりになる。
どんな作品を展示しているのか、楽しみである。
作品を見た後、法務局まで歩き、必要な書類を入手する。
神保町まで足を延ばし、青春のころ学生時代を過ごし、
仕事でもしょっちゅういた場所の雰囲気に浸ろうと思っている。
市ヶ谷まで出て、アジアの女流漆工芸家の展示会を見る。 この漆作家の中の一人と、
仕事をお願いしたことがあり、彼女の作品を見るのは15年ぶりになる。
どんな作品を展示しているのか、楽しみである。
作品を見た後、法務局まで歩き、必要な書類を入手する。
神保町まで足を延ばし、青春のころ学生時代を過ごし、
仕事でもしょっちゅういた場所の雰囲気に浸ろうと思っている。
降ってきました。
秋呼ぶ、雨ですね。
なんか、秋が突然、
こんにちはと、訪問してくれた感じ。
懐かしい友から、近況を知らせよと、はがきをもらった時の感じ。
懐かしさが、こんな時の気分なのです。
涼しくなるから、秋を待ち望んでいたわけではなかったが、
突然よりは、徐々に季節が変わる、
そんな、気持ちが季節代わりの時、味わいたかったんですよ。
雨が運んでくれた秋。
秋呼ぶ、雨ですね。
なんか、秋が突然、
こんにちはと、訪問してくれた感じ。
懐かしい友から、近況を知らせよと、はがきをもらった時の感じ。
懐かしさが、こんな時の気分なのです。
涼しくなるから、秋を待ち望んでいたわけではなかったが、
突然よりは、徐々に季節が変わる、
そんな、気持ちが季節代わりの時、味わいたかったんですよ。
雨が運んでくれた秋。
9月16日の昼,NHKアーカイブスで日中友好に大きな足跡を残した岡崎嘉平太さんを取り上げた番組を再放送した。
尖閣諸島の領有で緊張関係にある日本、中国の両国民に考えるための一石を投じたかったのだろうか。
岡崎さんは、1962年に民間レヴェルで日中交流の細いパイプをつくるため、日中覚書貿易交渉の責任者として北京を訪問し、その後周恩来首相と親しくなっていき、日中共同声明が実現する1972年9月29日までの10年間さまざまな努力をし続けた。
残した言葉が、
「信はたていと
愛はよこ糸
織り成せ人の世を
美しく」。
この先人の生き方と言葉からわたしは生き方の視点を得た。
尖閣諸島の領有で緊張関係にある日本、中国の両国民に考えるための一石を投じたかったのだろうか。
岡崎さんは、1962年に民間レヴェルで日中交流の細いパイプをつくるため、日中覚書貿易交渉の責任者として北京を訪問し、その後周恩来首相と親しくなっていき、日中共同声明が実現する1972年9月29日までの10年間さまざまな努力をし続けた。
残した言葉が、
「信はたていと
愛はよこ糸
織り成せ人の世を
美しく」。
この先人の生き方と言葉からわたしは生き方の視点を得た。
西川美和さんの本のタイトルである。
1983年のほたる
ありの行列
ノミの愛情
ディア・ドクター
満月の代弁者
の5編が収録されている。
多分、へき地医療をテーマにしたの であろう。
1983年のほたる
人の役に立つ仕事はその人を生き生きさせるが、小学6年生をまず、登場させて、伏線を張
る。
この小学生の登場に、ある期待を抱いて読み進んだが、あまりにも大人すぎる小学生、つまり
夢を語れない、人間を悪意で見る、など、作者の複雑さについていけなくなった。
この小学生は姉とも会話が通じず、友達との関係も拒否したがり、あこがれの塾仲間も出す
が、高校生になったときに同級生になっていたその人間を嫌悪する。
最近の作者はわからない。
1983年のほたる
ありの行列
ノミの愛情
ディア・ドクター
満月の代弁者
の5編が収録されている。
多分、へき地医療をテーマにしたの であろう。
1983年のほたる
人の役に立つ仕事はその人を生き生きさせるが、小学6年生をまず、登場させて、伏線を張
る。
この小学生の登場に、ある期待を抱いて読み進んだが、あまりにも大人すぎる小学生、つまり
夢を語れない、人間を悪意で見る、など、作者の複雑さについていけなくなった。
この小学生は姉とも会話が通じず、友達との関係も拒否したがり、あこがれの塾仲間も出す
が、高校生になったときに同級生になっていたその人間を嫌悪する。
最近の作者はわからない。
昨晩は、自分が読みたいブログ探しをした。
タイトルから予測をして、訪問がわたしのやりかた。
訪問してブログを読んでも、読者登録に至るには20ブログのうちの1ブログくらい。
もう、訪問疲れしたころ、ようやくみつけた。
読者登録のアイコンがない。
せっかく見つけたので、メールだけでもと思い、メールした。
今日午前中に何とかしますと返事をいただき、さきほど読者登録ができるようにしました、
とメールをいただいた。
読者登録をしたので、今後は新規アップをしたら連絡をいただける。
さきほど、新規アップの連絡をいただいた。
訪問後、これを書いている。
自分のブログを愛している人と知り合えるのはうれしいことである。
タイトルから予測をして、訪問がわたしのやりかた。
訪問してブログを読んでも、読者登録に至るには20ブログのうちの1ブログくらい。
もう、訪問疲れしたころ、ようやくみつけた。
読者登録のアイコンがない。
せっかく見つけたので、メールだけでもと思い、メールした。
今日午前中に何とかしますと返事をいただき、さきほど読者登録ができるようにしました、
とメールをいただいた。
読者登録をしたので、今後は新規アップをしたら連絡をいただける。
さきほど、新規アップの連絡をいただいた。
訪問後、これを書いている。
自分のブログを愛している人と知り合えるのはうれしいことである。
予定がないことは緊張感ゼロ。
これはストレスもないことを意味する。
緊張感ゼロ、ストレスゼロは健康維持にはよいが、
生きることには何かが足りない。
それで、昼過ぎに郵便ポストを見に行ったら、
お待ち申し上げていた裁判所からの連絡郵便が届いていた。
これで、月曜日の予定ができた。
東京九段にある法務局で必要な書類をもらい 、
かつて仕事で知り合った方が、出品している、
アジア女流漆作家展を見に行ける。
楽しみである。
これはストレスもないことを意味する。
緊張感ゼロ、ストレスゼロは健康維持にはよいが、
生きることには何かが足りない。
それで、昼過ぎに郵便ポストを見に行ったら、
お待ち申し上げていた裁判所からの連絡郵便が届いていた。
これで、月曜日の予定ができた。
東京九段にある法務局で必要な書類をもらい 、
かつて仕事で知り合った方が、出品している、
アジア女流漆作家展を見に行ける。
楽しみである。
わたしの周囲にいる知り人は、みなさん働いている。
老いも若きもである。
ということは、平日は会社などに通勤しているわけで、日中は遊べない。
それで、自由業のわたしも平日に働くようにしている。
平日に私的な用事もすべてこなすようにしている。
そうしておけば、土日に、会いたい人間と遊べるというわけだ。
このリズムを大切にしたいと思う。
老いも若きもである。
ということは、平日は会社などに通勤しているわけで、日中は遊べない。
それで、自由業のわたしも平日に働くようにしている。
平日に私的な用事もすべてこなすようにしている。
そうしておけば、土日に、会いたい人間と遊べるというわけだ。
このリズムを大切にしたいと思う。
やはり80台代の石原か林がいいのではないか。
もう、60台はいまの世の中を正しく受け止めることができない。
外交、安全保障、エネルギーなど山積みの政策課題はあるが、
これは経験だけでは乗り越えていけない。
清新さが必要になると思う。
次代を担えるリーダーが出ることを願う。
もう、60台はいまの世の中を正しく受け止めることができない。
外交、安全保障、エネルギーなど山積みの政策課題はあるが、
これは経験だけでは乗り越えていけない。
清新さが必要になると思う。
次代を担えるリーダーが出ることを願う。
好ましい作家である。
『まほろ駅多田便利軒』『風が強く吹いている』『仏果を得ず』と楽しく読ませて いただいた。
サラリーマンをやめて、便利屋を始め、中学生時代の知人との出会いから生まれる話、箱根駅伝をめざす、それに向けた仲間たちとのドラマ、そして駅伝当日、文楽の義太夫の道を志させた今の師匠との関係、相棒の三味線弾きとの葛藤、芸に生きるべきか、恋に生きるべきか迷う義太夫としての若者の必死な生きざま。
どれも、主人公は、道半ばの若者である。
この若者たちを、時代を、見事に描ききる力量に、ますますの成長を願っている。
『まほろ駅多田便利軒』『風が強く吹いている』『仏果を得ず』と楽しく読ませて いただいた。
サラリーマンをやめて、便利屋を始め、中学生時代の知人との出会いから生まれる話、箱根駅伝をめざす、それに向けた仲間たちとのドラマ、そして駅伝当日、文楽の義太夫の道を志させた今の師匠との関係、相棒の三味線弾きとの葛藤、芸に生きるべきか、恋に生きるべきか迷う義太夫としての若者の必死な生きざま。
どれも、主人公は、道半ばの若者である。
この若者たちを、時代を、見事に描ききる力量に、ますますの成長を願っている。