人とのつながりは、
 まず話すことから始まる。
 次には、昼飯を一緒に食べる。 
 親しくなると、夜にお酒を飲むに進む。
 相手が異性であれば、
 結婚に進み、朝、昼。夜と、
 三食を共にする仲になる。
 食事は重要な絆の表れである。
 さて、今日は二人のママと昼食を一緒にする。
 おそばを食べるつもり。
 長い付き合いをしたいと思う相手である。
 しかし、これはある資格を取るための、通り抜けなければならない実習。
 交通費は自己負担。
 時間に対する報酬がない。
 行政が考えそうな、しくみである。
 お金が発生しないから、そう真面目にはなれないけれど、
 周囲の協力には感謝しなければならない。
 わたしは、福祉の世界で当たり前になっているボランティアには疑問がある。
 働いたらその働きに応じて、報酬を得なければならない、という信念である。
 働くことは尊く、価値のあることを証明しなければならない。
 その証明がお金なのである。
 
 それが福祉の世界では、人を助けていることに酔ってしまい、
 無償で仕事をする。

 働いたら、報酬が今の世の中の価値である。
 そういう仕組みの中で福祉を語り、福祉への参加を決めてもらいたい。
 久しぶりの仕事の予行練習。
 仕事とは、決めた時間に相手先を訪問し、
 話し、説明すること。
 この繰り返しを何度も経験してきたが、
 分野が変わると、
 様相がかなり違う。
 
 それでも、慣れなければならない。
 仕事に慣れることが、仕事の一歩。
 それから、仕事に習熟するわけだ。
 
 今度の仕事は、職場はない。
 だから人間関係をまず作ることは、
 スキップ。

 しかし、仕事は人間関係から始まる。
 この基本を肝に銘じて、
 明日は、取り組む。
 一番、信用ならないのは天気予報と政治家である。
 それでも、頼りにしているのは天気予報。
 さて、本日9月26日は、雨の心配はない。服装は日中は半袖でいい、と
 天気予報がおっしゃっていた。
 これを信じて、お出かけ。
 外出時、必携は傘。
 ちゃんと、ザックに入っている。
 雨が降ろうが、ほんとはいいんだけれど。
 結果論を滔々としゃべる、天気予報士たち。 
 結果に責任を負わないでいいのも、
 天気予報士と政治家はよく似ている。
 金不足から始まり、電力不足、水不足と続く。
 日本においては、経済、生活に欠かせないと思われているものばかりが不足している。
 ここ数年、1970年代からの高度成長から以後、満足が当たりになってしまった日本市民を
 悩ます状況が到来してきた。
 この状況を閉塞というのだろうか。
 物事をよく考える方が一致していう言葉がある。
 「日本はこれで、本当に豊かになったと言えるのだろうか」
 と。
 不足は、強者をより強く、弱者をより弱くすることにつながる。
 この不足が、新しい価値を創造する知恵を持って、
 生きていることが楽しくなる社会をつくっていける端緒になることを願う。 
 
 

 
 街を歩いていると、歩道に落ち葉を見かけるようになっている。
 見上げると、木々の葉も、濃い緑色一色ではない。
 ところどころに、黄色やら、枯れ色の葉が目に入ってくる。
 秋がいよいよ、山から街にかけて訪れ始めたのである。
 景色が夏から秋に変わる。
 川で水あそびをしていたこどもも、
 海水浴を楽しんでいた若者も、
 川辺や海岸から遠ざかる。
 川も海も、眺める対象になる。
 人間は活動しているときは、体を動かすことに集中する。
 自然とともに遊んでいる。
 
 秋は、人間に自然を眺めさせ、考えさせる。

 さあ、落ち着いて考えましょう。
 

 筆者は島田雅彦さん。新潮新書、2009年7月20日刊である。
 タイトルが徒然草とあったので一読しようと思った。
 内容がよかったので、紹介する。
 筆者は、アメリカを見直したいと思い、1988年6月から1989年6月と2008年7月から2009年3月の2度、ニューヨークで暮らす。
 2度の在米の時はアメリカ大統領選のあった年にあたる。

 そのころを、つれづれなるままに執筆した内容であるので、つれづれに内容を紹介する。

 文明史家の目線のある筆者は、アメリカの大統領選は革命であると言い切る。
 その超大国アメリカの大統領が何をなしてきたか、つづる。
 
 2009年の大統領選に当選したのはCHANGEのオバマである。
 したがって、筆者はニクソン、レーガン、父ブッシュ、息子ブッシュ、いづれも共和党の大統領のなしてきたことを論じる。
 ニクソンは中国の国際社会進出への道を付け、父ブッシュはEUの経済的・政治的な影響力増強させ、息子ブッシュはイスラム勢力を鍛えたと言い切る。
 つまり、最近の歴代大統領は、アメリカの覇権を放棄した、と。つまり、自国の経済的な必要でのみ政策を実行してきたのではないか、と。中国は経済大国になっているし、EUは様子がおかしくなっているが、力はある。
 アメリカ一国では世界を牛耳れないと知ったアメリカは、均衡支配の道を探ったのかもしれない。息子ブッシュは戦争と石油の輸出をし、外交問題はすべてオバマに押し付けたと、筆者は考えている。
 
 世界は、いまさまざまな紛争を抱え込み、自国の問題にしか頭が向かないアメリカに頼るわけにはいかない。

 日本人はどうすればよいか。
 筆者は、日本人が経験してきた歴史から創りだした文化と、20代の若者が新しい事業を起こし、さらなる文化を創りあげることに期待している。

 わたしも、グローバリゼーションとはアメリカンゼーションだと思っている。したがって、アメリカ人は日本人、日本のことなど一顧だにしていないと思っている。
 われわれ日本人は、知性を磨き、判断して生きていく、自立した生き方を身につけなければならいのではないか、と思う。

 兼好法師の時代とは違うが、歴史は生かしたいと思ったしだい。
 著者は、島田雅彦さん、新潮新書、2009年7月20日刊行。 
 タイトルが気に入ったので読んだ。
 筆者は1988年6月から1989年6月と2008年7月から2009年3月アメリカで暮らしたという。
 その時期はアメリカ大統領選挙があった。
 筆者がアメリカ大統領選挙は、革命だという、その時期に変貌するアメリカを内部で見つめ、独 
 自の視点でつれづれなるままに書いた文明論であると思った。
 筆者の視点は歴史を観察する見るところから始める、
 
 今日ほど、秋なのかなと思った。
 衣類を欲しがっている、とわたしの体が叫んだんです。
 体とか目で知る季節の変わり目。
 夏から秋は、体の体温調節が知らせてくれているのかと、感じた。
 食欲の秋、行楽の秋、読書の秋。
 舌にも、目にも、頭にも秋は楽しみをもたらしてくれる。
 わくわく、どきどき。