先日、仕事仲間から電話があった。

 われわれの仕事では、毎年一度研修を受けなければ資格を失う、決まりがある。

 その研修を、一緒に受けようと申し出てきたのである。

 あまり深く考えずに、4月の研修、それも平日に行われる日程の受講を決めておいた。

 その研修の日程が決まったと、所属している機関からメールが入った。

 約束をしている以上、勝手に返事を出せずにいる。

 申し出てきた仕事仲間も、メールを読んだはずなのに今のところ何の連絡もない。

 こちらは受け身なので、こちらから連絡する気持ちにはならない。


 約束は守らなければならないと思うが、むやみやたらと約束はしない方がよかったと、実は後悔しているのである。

 わたしの仲間は、メールで次々に申し込んでいる。


 約束の重さを感じつつ、自分一人ならさっさと申し込んでいたのに、

と昨日から思っている。

 やれやれ・・・・・。

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天満宮の梅園は、白梅と紅梅が寒春の中、梅の香りを甘くわたしの嗅覚に運んでくれた。

右の写真は、少し小高いところから撮った。

紅梅が目立つが、この梅園はほとんどが白梅である。

毎年、ここを訪れるが、この甘い香りに包まれたのは、今回が初めてである。

園内には、老人ホームの入所者10人ほど、夫婦づれ3組、単身のシルバー男性が4人ほど、それぞれ梅を楽しんでいた。

今日は平日なので、売店は休み。甘酒が飲めなかったのが残念。



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上の写真は絵馬である。

高校・大学入試突破の願掛けが多かったが、最近多くなったなと思うのは資格試験合格祈願。

資格取得が就職に結びつきやすい現在の社会状況の反映である。

 タイトルはわたしの決意である。

 昨日、仕事先から電話があった。

 「先月の郵便物でお知らせしました家族会に出欠のご連絡をいただいておりませんが、いかがいたしますか」

 そういえば、毎月送られてくる郵便物は、わたしの仕事には重要なので封筒ごと決めた場所に保管してある。

 つまり、2月の上旬に送付されてくるので、その封筒の表にはマジックペンで「1月分在沖」と書かれてあるはず。

 保管場所に行き、、見ながら電話を続ける。

 目的物がない。

 這う這うの体で、明日は予定があるので行けないと御断りを言って電話を切った。


 再度、保管場所を探したがない。


 そこでその郵便が届いた時のことを思い出そうとした。

 ちょうど、わたしは郵便局に行く予定があり、出かける準備をしていた。部屋を出て郵便ポストを見ると、紛失した郵便物が来ていた。

 部屋に戻り、開封して、在中の請求書のみ取り出して、その仕事を処理してしまおうと考え、郵便局に行った。

 現金自動支払機で、送金、引出をして安心してしまったのだ。


 ふつうなら、請求書を封筒に戻し、中を改めたのち、封筒の表に「1月分在沖」と書き、保管場所にいれておくのだ。

 安心した後の記憶がまるでない。まして、請求書は貯金通帳に挟まれたままである。


 郵便物を受け取ってから昨日まで、4回ほどは紙類、本などの廃棄をしている。そんな時には封筒は中身を改めている習慣が身についている。しかしないので捨ててしまったと結論を出した。


 いまや、封筒、郵便物は捨てるなと、自分に言い聞かせるしかない。

 トホホホホ。

 こういう時にはおどけるしかないが、心に受けた傷は大きい。

 今月末に高校のクラス会を行う。

 クラス会の案内を2月末までの返信とし、2月1日に出した。

 まだ、10人ほど返信なしだが、出席率が38%である。

 女性が24%、男性が56%は意外であった。

 わたしの卒業した高校は、旧高女であったので、一クラスには女子が6名多かった。


 にもかかわらず、女性の出席率が悪いのはどうしてだろうと考えた。

 思い当たったのは、男性は地域とのつながりがあまりないので、昔の仲間には会いたいという気持ちが強い。それに対して、女性は地域とか趣味とかで仲間にはことかかない。わざわざ、昔の仲間に会う必要はないのかもしれない。


 でもと思う。わたしの高校は3年間同じクラスで過ごすが伝統であった。それゆえ、クラスの仲間のつながりは長く深かったはずである。

 少し、ため息が出た。

 


 

 東京には春いちばんが吹き、暖かくなった。

 暖かいのは、心が穏やかになり、とても快適である。

 過日購入したハラダのラスクを、週末のおやつと言って渡す日である。午後4時までの勤務の二人に渡すので、二人の勤務先の近くで会うことにした。

 4時になった。

 4時ちょっと過ぎの約束をしていたので、図書館によってから待ち合わせ場所で待っていた。

 午後4時5分、現れた。

 一人しかいない。

 もう一人は、「アンクルさんにメールをしたと言っていましたよ」。

 今日は午後5時までの彼女は、勤務が終わってからわたしの自宅を訪ねるということであった。


 しばらく、若いお母さんと話す。

 わたしが先日、みぞれ鍋ををごちそうになったお母さんである。

 明るいし、数学の先生を経験してきた女性である。

 先日、みぞれ鍋をごちそうになったときに。彼女の小学1年生の息子さんの算数の試験用紙を見せてもらった。

 どの試験用紙も100点であったが、わたしが感心したのは、設問に対して、数値と問題が何を求めさせているのかのキーワードにしっかりと赤鉛筆でアンダーラインを引いくていたことである。

 国語能力がみごとに算数能力を引き出していたのである。

 思わず聞いた。

 「このアンダーラインは誰が引いたの」

 「ぼくだよ」


 あの日、越乃寒梅をたらふく飲んだ。

 お母さんは二日酔いとなり、わたしは電車を乗り過ごした。


 そんな話しをして、娘と息子を迎えに行くお母さんと別れた。


 さて、5時になった女性とは、無事に午後5時15分に自宅で会えた。

 この女性はわたしが大好きは女性であるが、妻であり、母でもある。

 お土産を渡すのは数秒で終わるが、そのあと1時間話した。

 19歳の息子さんが、大学を休学して今年の4月から宣教師の実地研修を受けるとのこと。

 このお母さんが息子さんを洗礼させたのだが、高校時代から宣教師の道を考えていたようで、大学1年の課程を修了して、2年間の宣教師実習を受けることになったとのことである。

 実習期間の2年間は、家賃、生活費は自費で、家族との交流も一切ないということである、

 日本で実習なのであるが、2年間は親子の交流は厳禁、正月休みは帰宅も許されないということである。実習の終わるまで丸2年間は親子は離れ離れで暮らすという、

 すさまじい、実習である。

 まだ大人といえない若者がこのような生活を選び、親がそれを認める。わたしはただただ、頭が下がる思いであった。

 この若者が幾度の試練に立ち向かっていってもらいたいと思い、思わず、昨日観た『遺体 明日への十日間』を観ておくようにアドバイスをした。

 この3月に母子で観に行くと言っていた。

 彼女は、2月に故郷岩手に帰っている。

 映画ご遺体の話を聞いた彼女は、

 「岩手の海岸沿いを見ていた時に、墓地から流された墓石が防波堤まで流されて、引き上げられ海岸沿いにただ並べられていた。悲しくなった」

 とつぶやいた。

 東北は復旧すらしていないのである。

 彼女とは4月に谷根千に行く。

 自然を愛し、人間を愛する彼女をわたしは大好きであり、あんことお菓子を愛するこの女性が大好きなのである。

 わたしの大好きな、いちご大福を作って持ってきていただいた。

 明日食べる。


 今日は映画を2本観賞した。

 まず『草原の椅子』を観て、『遺体 明日への十日間』を観賞した。

 

 最初に観た映画は宮本輝さんの同名の小説が原作だ。

 純文学の名手の作だけに、洒落ていた。

 雨と星を効果的に映像に取り入れて、いい仕上がりにしてあった。

 芸達者の佐藤浩市と西村雅彦がいい味を出していた。佐藤さんが主役であるが。西村さんがしのいでいた。

 人間を結び付ける役割を持った貞光奏風さんは、4歳児の設定で、児童虐待、育児放棄の母親にトラウマを持ち、周囲の暖かさで徐々に回復していく役どころを、うまい、とわたしを感じいれさせた。

 タイトルは草原の中であるからこそ、居場所が大切であるとの原作者のメッセージかと思うが、その役どころは佐藤、西村、吉瀬、貞光が担っていたのだが、いい演技で演じきっていた。

 この映画の売りは、パキスタンのフンザである。この場所が4人の絆を深める。

 少年、貞光さんはフンザには写真集を見て友達がいると感じていた。佐藤さんはその写真集のカメラマンから聞いたフンザの長老が瞳の中にある真実を見抜く力があることを知り、貞光さんの瞳にあるものを知りたいと思ったこと。それがフンザ旅行のきっかけになったのだ。会社経営に行き詰まりを持っている親友、西村さん、これまでの生き方に疑問を感じている吉瀬さん。四人のフンザ旅行が四人の未来に明るさをもたらす。

 星の輝きが東京では見ることが無くなったが、フンザの星☄は気高く美しかった。

 貞光さんの瞳の美しさが特段であった。


 映画が終演して、何人かの人と感想を話し合った。


 『遺体 明日への十日間』は『ご遺体』とすべきであった。

 原作は釜石のご遺体安置所を取材したジャーナリストの本が原作である。

 西田敏行さんの抜群の演技で、十日間の物語が伸展する。

 市役所の職員、医師役の佐藤浩市さん、歯科医師役の柳葉敏郎さんが脇を固める。

 非常事態なのでストレートに市長に掛け合う状況が頻出する。

 それなのに、わたしが演技力を認めたのが歯科の看護師役をしていた女性である。以前非常に世話になった社長が水門を閉じるために命を落とした。それを知ったときは仕事より情を優先させた。ところが、焼き場に同行を求めた社長の奥さんの願いを、突然断る。職務優先の演技をさせるのである。

 わたしは、ここが残念であった。とことん、情に流されていい状況であると思ったのである。そういう演出をすれば、名前がわからないが、この演技者は一層輝いたと思った。


 それにしても、死者、行方不明者1万人を超えた東日本大震災の津波。ご遺体安置所をテーマにしているだけに、涙、涙、また涙。観客みな同じなので、涙を隠す必要がない映画であった。

 ただ、西田さんにやたら説明させる演出には、くどさばかり目立ち、西田さんが気の毒になった。ジャーナリストの軽薄、説明が脚本に反映し過ぎていたと残念に思った。

 

 

 しかたなしに銀座に行った。

 ところが銀座は、えらい賑わいであった。

 買い物袋を手にしたかなりお歳の女性が行きかう。

 銀座4丁目をピークに人々が切れ目なく歩いている。

 わたしの目的は松屋の地下。

 ガトーフェスタハラダ。

 あの行列の人気のお店である。

 一目散に向かう。

 行列が目に。

 並ぶ。

 品のある男性、女性、女性、

 そしてわたし。

 待つこと10分。

 げんきな若い女性店員が、

 「お客様、どうぞ」

 買い物かごに入れたホワイトラスク3個を差し出す。

 電卓で素早く計算。

 2100円。

 「袋はおいくつご用意」

 「二つ」

 「承りました」

 気持ちの良い接客。

 買い物が終わる。


 おいしいホワイトラスク。

 いま、食べた。

  

 京都祇園と言えば、舞妓さん、芸妓さんが住む花街。

 その花街が五つもあることが分かった。

 わたしは、歌で有名になった先斗町、祇園甲部が祇園のすべてで

 あると思っていた。

 ところが、祇園東、宮川町、上七軒と、行ったことのない花街が三

か所もあったのである。

 祇園東は八坂神社を背にして右側に、宮川町は祇園甲部のすぐ

 近くにあり、上七軒は北野天満宮の近くに位置しているらしい。

 表面的にしかガイドブックを眺めていかない癖が、裏目に出てい

た。

 分かっていれば、昨年少なくとも祇園東と宮川町を訪ねることがで

きたはずである。

 つまり、あるテーマを決めてそのすべてを観光しようとするならば、

きちんと情報を収集しなければいけないのである。

 このことを教えてくれたのが『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』。

 相原恭子さん筆で、文春文庫の一冊として平成13年10月20日に発

行されたものである。


 花街の歴史からはじまり、花街の人間関係、花街のしきたりなどが

解説されており、ああなるほどと興味を掻き立てられながら読むこと ができた。


 「一見さん、お断り」は京都の文化だと思っていたのだが、花街の

成り立ちと運営の仕方、つまり花街文化を維持するための知恵から 生まれたものだと理解できた。

 排他主義の典型で、いやな文化だと思っていたが、花街組織の成

立、運用から出てきた考え方であると理解できたので、京都を見る 目が変わるであろうと思った。



 

 今日も寒い。

 この寒さに、体と心が、もう感覚で外に出るなと訴える。

 雪が降る地域では、イメージは明確である。

 雪は降らない東京では、感覚だけである。


 感覚はちゃんと、寒さを受け止めているから、まだまだ人間をやっていられる。この感覚がなくなると、どうなるのか。

 感覚として寒さを感じられないと、命が失われるのではないかと思う。

 生きる力は、感覚として、いまは外に出るな、部屋を暖かくしろと、体温維持の本能に従う、生きたい思う無意識が働く限り、生きられるのあろう。

 

 生きたいと思う働きかけが、まだわたしにはある。

 中国から飛来するかもしれない2.5に対して、、それに対応できるマスクを買おうとドラッグストアに行った。

 花粉症のマスクばかりで、2.5対応のマスクは置いていなかった。


 関東地方にも飛来のニュースが流れないと、マスクは用意されない。置かれ始めると。わたしは買い遅れる。


 この間の悪さがわたしであると、安心もしているわけである。

 昨日、吉祥寺にある井之頭公園でデートをした。

 3年ぶりに、好きな女性と会った。

 高校生のころから井之頭公園はわたしにとって女の子とデートをする場所である。


 何をするのか。ボートに乗るのである。

 狭い池を1時間漕ぐだけである。

 波はないので、力強さはいらない。

 ひたすら、他人のボートに接触しないように漕げばいいだけだ。

 5分漕いで10分お話しする。

 これは昔とまったく変わらない。

 ただ、寒い冬にわざわざボートに乗ったことはなかった。

 冬には、池の周りを手をつなぎながら歩き回ればよかったのだ。

 読んだ本の話をしながらお互いに盛り上がる。

 高校のときは、石坂洋次郎、ジイド、白樺派の作品が話題に上った。


 この日は、話題は近況のみ。

 働いている彼女からは給料が下がった、仕事の単価が下げられている、人間関係がギスギスしている、と明るい話題ではなかった。

 それでも、現在の状況で自分がやれることをしっかり考えて行動していると力強く話してくれた。


 早めの夕食を近くの焼き鳥屋に入り摂った。

 この焼き鳥屋は大学からいまにいたるまで必ず入る店である。

 ビールを頼み、焼き鳥を頼む。

 飲むほどに、酔う。

 

 話題は、これからどんなことをしたいかになって、お互いの計画を語り合った。

 彼女は、沖縄に行きたいと言った。この寒さなら沖縄だな、と答える。今年の夏は沖縄に行こうとなった。


  おいしいビールになった。帰りも遅くなった。

  井之頭公園でボートに乗ったカップルは必ず別れると言われている。それが怖い。