と言うものの、市役所の同僚と仕事のう打ち上げをしたのである。

 わたしは現役の後見人として市民の前に立ち話した。

 その端緒になったのはわたしと一緒に働いた女性との関係があったのである。

 つまり、貢献をしている人間にシンポジストを断れれ、一人代替を立てなければならなかったのである。

 そこで。昔彼女に話したわたしは後見人をしているという話を彼女が思い出し、彼女はわたしを頼ってきたのである。

 頼られたら、その気持ちを受け止めるのがわたしである。

 そして話したのであるが、いやあ、お粗末であった。

 準備はしたが、その準備の半分以下しか表現できなかった。

 それでも彼女はわたしのエンターテインメントに感謝した。

 非常に少ない謝礼であったが、今日が打ち上げである。

 市民に貢献したいと考えている彼女とわたしとは接点があった。

 楽しいわが街一番での和食を味わい、カラオケに。

 わたしの楽しみ方に付き合ってくれた異世代の彼女をわたしはありがとうと言って別れた。


 今日は書くことがないと思ったが、あった。

 八千草薫さん主演の映画である。

 いくら歳をとっても八千草さんは美しい。老美なのである。

 カメラはアップ、アップの連続であった。

 カメラの暴力は、老女優の美しさを最大限に引き出そうとする監督、深川栄洋さんの企みであったのかも知れない。

 八千草さんの全演技を余すところまでとりきったといえるであろう。

 物語は90歳から詩作を始めた柴田トヨさんの実話に基づいている。

 空襲のさなかでトヨさんは結婚を決意し、一児をなす。

 「やさしい」人間に育てあげる。

 それでも文学を志していた長男は仕事を転々として落ち着かない。

 認知症の夫を看取ったトヨさんはひとりで暮らす。

 ところが、トヨさんは緑内障になり手術を受ける。

 術後回復しないトヨさんを気遣い、長男はトヨさんに詩作を勧める。

 その詩は、地域医療に悩む医者を力づけたり、奥さんに逃げられ女児を抱える父親を励ます。

 そして、最後は最愛の息子に「くじけないで」とエールを送る。

 いつの間にか昭和は遠くなってしまったが、わたしの家族にも一生懸命に働く両親と祖母がいた。

 貧しいけれども温かい家族がいた。

 そして、最期までわたしのことを心配してくれた母親がいた。

 この映画のラストシーンは、たぶん、お亡くなりになった柴田トヨさんの墓前でぬかずくご家族であった。

 日常に戻った。

 この2日間は。

 で、3冊の文庫本を読み切った。

 すべて時代小説であった。

 ただし、読後感を書きたい作品ではなかった。

 火坂雅志さんの作品2冊、佐伯泰英さんの作品1冊である。

 現代の時代小説の最先端を走っている作家の作品だけに残念であった。


 月の後半は仕事が残る。

 これは日常の中に入ってこない。

 仕事の緊張感は特別のものがある。

 日常とは別の世界が仕事の世界にある。

 仕事とは本来、自分の能力やキャリアを伸ばすためにある。

 あくまでこれまでの仕事は自己中心であったのだ。

 ところが今の仕事は相手中心の仕事である。

 相手を中心において考えなければならない。

 この緊張感は自己中心の仕事よりは強く重い。

 よく晴れ渡っている。

 掃除洗濯料理が家にいる人間の大仕事である。

 夏に使用していたシーツを洗わなければと思っていた。

 着手。

 汚れ多いに洗濯機に指示し選択開始。45分もかかってしまった。

 この間、掃除である。

 多少、機能が回復してくれた掃除機を使う。

 よく吸い込む。

 埃は少なくなった。

 息つく暇もなく干す。

 2時間で嬉しいぐらい乾く。

 洗ったカーディガンのボタン付けも手早く済ませた。

 そうしておいて、昨日から買い置きしていた天ぷらを生かすため、蕎麦湯で。

 100%そば粉の麺湯では難しい。

 今日はに八そばを買ってきた。


 メールがきた。

 知り合いに届けたバトンドールのお礼である。

 「幻のお菓子ありがとうございました」

 1時間近く並んだ苦労が報われた瞬間である。


 充実感に満ち溢れた11月19日である。


 気さくで人付き合いのいい大阪の人間はおもろいと書いた。

書きたいことが一つ残っていた。

 飲み屋を見つけるには時間がまだ2時過ぎなので早い。

 少し考え阪急百貨店うめだ店の食品売り場をぶらつくことにした。

 ぶらついていたら、バトンドール売り場が目に入った。

 テープの内側に入らなければ買い物ができないようになっている。

 思わず、そのチェックをしている店員に聞いた。

 「人気の商品は何かな」

 「ミルクです」

 「並んでいるようなのだが、どこに並べばいいのかなあ」

 「あちらの入り口に近いところで並ぶようになっています。ただいま45分お待ちいただいています」

 列はすぐ見つかった。女性客が多いいが、子供連れの男性もちらほらいた。

 誘導係は、「ただいま、シュガーバターとカフェが売り切れになりました」と告げて回る。

 退屈しないのである。

 しかし、どうやってあの売場まで連れて行くのか理解できなかった。

 ようやく、先頭グループになった。

 「ただいまより番号札をお渡しします。その順番で買い物されるようにお願いいたします」

 なるほど、あのテープを張り巡らしてある空間は10人ぐらいのスペースなのである。

 理解した。

 午後3時7分にお金を支払い、無事終了。

 わたしはミルク2箱、ストローベリー2箱、紫いも1箱購入した。

 このバトンドールは江崎グリコが大阪限定で販売している高級ポッキーであるらしい。

 並ばせるノウハウに感心したのである。

 3か月間待った挙句の愉しみの日である。

 高校時代のクラブ友達と歓談した日、11月のある酒造メーカーの倉開放日に会おうと約束していた。1週間前に11月17日の日曜日に開放日があると友人が知らせてきた。

 その蔵元の副社長が高校の1年先輩なのである。

 この蔵元をわたしは知らなかった。つまりこの蔵元が醸造するブランドは日本酒を愛好するわたしに届いていなかった。

 この日、すごい混雑であった。試飲コーナーに並ぶ列はすごい人だかりで並び気が起こらず、蔵の中の見学をした。

 見学の最後は試飲、醸造水のコーナーがあり、飲む。うまい。

 近くにいた30代の頭(杜氏の下に位置する)と話す。

 「うまい水だね」

 「おいしい水がなければうまい酒は造れません。この水は富士山の雪解け水が流れ込んできている地下150メートルからくみ上げています」

 「ところであなたは杜氏になるためにやっているのか」

 「それは夢ですが、これからどうなるかはわかりません」

 いい社員を育てていると思った。

 「今日は副社長はいるのかな」

 「あっちこち歩き回っていますので場所は特定できませんがいると思います」

 「メガネはかけてる。どんな格好をしているのかな」

 「メガネはかけています。たぶん青い法被を着ています」

 「体型は」

 「痩せていて、ほおはすっきりです」

 5分後に見つけた。

 「Tさん、高校のクラブの後輩のアンクルです」と、呼び掛けた。

 仕込み水を継ぎ足す用事があったTさんはわたしをちらと見て通り過ぎた。

 仕込み水を継ぎ足すTさんに追いすがり、わたしはなおも自己紹介を続けたが、Tさんは思い出さない。

 わたしの連れも二人いて、自己紹介をするが50年ははるかかなたであった。

 わたしはTさんの働き掛けでクラブに戻り、愉しい1年間を過ごすことができただけに思い出してもらいたかったが、さすが相手はお酒を運んでくれたりして気を使ってくれた。

 よしとして、そのあと殿ヶ谷戸公園で紅葉を楽しみ、湯葉料理を堪能した。

 50年は完全に過去になるのである。

 15日は大阪肥後橋のビジネスホテルを午前10時にチェックアウト。

 午後12時までの時間をつぶさなければならない。

 雨の中、喫茶店を探した。

 ビジネスマンが多いので手ごろな喫茶店はあるのだが、広い喫茶店が見つからない。

 地下に下り、ようやく20席ほどある喫茶店を探し当てた。

 持参した柏井壽さんの『京都 冬のぬくもり』を読みふけった。食べ物の話なのだが、ビジネスホテルの朝食はバイキングだったのでお腹は満杯状態。京都には行けないしと思いながら読み進めた。

 200ページを超えたところでタイムアップ。

 12時から開催される友人の陶芸展に駆け付けた。

 「よう、よう」と言い合って再会を喜び合い、観賞。

 友人の作品は二ついただいている。

 小鉢と花挿しである。5年前である。

 うまい。典雅な作品がずらりと展示されていた。

 本人曰く「自然柚の焼き締めが好き」ということもあり、この好みがわたしをファンにしてくれているのだ。

 友人のサービス精神は旺盛で、続々と駆け付ける友人知人に作品を紹介して回り、帰る人とはツーショット。わたしも撮られてしまった。

 さて、雨も止んだ。

 まず、昼飯はお好み焼きと決めていたので、梅田に出た。

 地下街を徘徊して、ようやくお好み焼き店を見つけた。

 その店のマスターがわたしと同年配であった。

 43、44年前に大阪で勤務し、独身寮のあった近くにお好み焼き屋があり、その味が忘れられずに食べに寄ったと話すと、

 「お客さん、うちの店に来てよかった。ねぎ焼のすじにしなさい。うまいよ」

 と、言ってくれた。

 お奨めに従った。

 食べた。うまかった。大正解。

 すっかり打ち解け、延々とお互いの身の上話を話し、最後は年齢まで自己紹介し、次回の再会を約束して別れた。

 お店の名前は「五菜」である。

 さて、食べたらウォーキングである。

 5時まで歩き、新梅田商店街を見つけ出す。

 よさそうな飲み屋を探す。

 サラリーマンではなさそうな30代の男の人が入った店がある。

 魚料理「丸」と店名が書かれていた。

 入った。

 おいしい刺身と関東では食べられないおでんの店であった。

 カウンターの中には包丁を使う男性と気さくな女性が二人いた。

 わたしは女性におでんだねの話を振り、すっかりこの店が好きになった。

 初老の老人の他愛ない質問を嫌がることなく聞き、丁寧に説明してくれる優しさに惚れたのである。

 わずか1時間のお店であったが、行きつけの店ができたと思った。

 大阪はホンマにおもろい街であると思った。

 しかし、神戸の友人が言うように「梅田の地下街はほんまわからへん」は当たっていると思う。

 

 

 

 わが家に帰ってきました。

 いい旅でした。

 待ち時間はたくさんありましたが。

 それでもいい旅でした。

 東福寺の五分咲き紅葉、乙女たちに見ももれれた泉涌寺

の楊貴妃。

 靴擦れ、おおなんという情けない事態。

 だけど歩きました。

 杉本家住宅。

 二人のお巡りさんがとても親切で、みごとにわが目的地を一言で説明してくれた。

 「綾小路があの道だから。あそこを左に曲がれば7,8軒目に杉本家はあります」

 教えてもらい、そこにたどり着いたのは初めての経験。

 うれしかった。

 京都。杉本家。

 杉本秀太郎氏の実家。

 すばらしい京の町家と辻子はわたしの目の前にあった。

 午前3時過ぎに目を覚ましてしまった。

 泊りがけの旅は久しぶりなので興奮しているのだろう。

 ぐっすり寝たのでさわやかな目覚めではある。

 新幹線に乗れるし、駅弁も食べることができるし、京・大阪だしと内心かなり興奮していたのかもしれない。

 旅はこんな興奮から始まる。日常からの脱出はわたしの人生でいつも必要なことなのだ。

 それでも旅の終わりのことを考えると少し興奮が冷める。

 明日から2泊3日の旅行に行く。

 今年最初で最後の泊りがけの旅である。

 この旅行をイタリアにできたらよかったんだけど、残念ながら京都。

 目的は、京都ではなくて、実は大阪肥後橋。

 わたしは大阪には正味2年はいたのだが、梅田、心斎橋ぐらいしか行っていない。

 大阪時代の友人が陶器展をするのである。

 わたしは、その友人から2点作品をただいている。

 友人らしい優しさ、奥深さがにじみ出て、わたしのお気に入りである。

 いただいたのは9年、5年前である。

 どうしても見たいのである。


 すると、友人の家に泊まらないわたしにメールが来た。

 わざわざ来てきれなくてもいいよ、と。

 しかしわたしは新幹線の切符を購入し、肥後橋のビジネスホテルを予約していた。

 そう、2日前から京都の紅葉を観に行く用事と重ね合わせたのである。

 京都は東福寺、杉本家に行くつもり。

 紅葉を見、辻子を歩く、京都の醍醐味である。

 そして、友人の年輪を重ねた焼き物を観る。

 久しぶりに心が踊る。