午後7時半には帰宅した。

 逆上がり記念と娘さんの食欲の満足を狙ったこの回転すし会は狙い通りの結果をもたらした。

 10年以上前に行った回転すしのシステムはすっかり変わっていた。

 まず順番はタッチパネルに入力して番号札を手にする。

 番号を呼ばれると関番号を手にし、その席に一目散に。

 お寿司の上にはカバーがかかっている。皿を少し上にあげ皿を取る。

 回転しているお寿司はわさび抜きである。

 大人はわさびを傍らに、お寿司を食べるのである。

 注文もタッチパネルから。上の回転に注文品が現れ、取ったらボタンを押す。

 まあ、味もそっけもないが寿司はうまかった。

 2人とも12貫は食べた。

 女の子が食べていたのはイカとタコであった。

 わたしは中トロ。

 5時から回転すしを食べる。

 どれぐらいの混雑なのかわからない。

 今日は、ご家族デイの日曜日である。

 わたしは回転すしを食べたのはいつのことか思い出そうとした。

 家族、友人と行ったのは10年前だから、もう10年は立ってしまったのである。

 回転すしは絆食なのであろう。

 一人では入りずらいところなのである。


 今日の狙いは、食の細い女の子に食欲を感じてもらうとともに、小学1年生の男の子が逆上がりができるようになったお祝いである。

 ともかく、めでたいことをお祝いし、お寿司大好きな女の子にたくさん食べてもらうことがわたしの思惑なのである。

 

 ところが、混み具合がわからない。

 本当は午後4時からと考えたが、相手が午後5時を希望した。

 この1時間は大きいと思う。

 どのくらい待って回転すしにありつけるか。


 朝7時にカーテンを開けた。

 まばゆい光が目に飛び込んできた。

 洗濯日和である。

 昨日は、冬用の衣類をようやくハンガーにつるし終えた。

 残るは夏掛けの上布団とタオルケットを洗濯し、また来年活躍してもらうためしばらく休んでもらえばいい。

 まず、上布団を洗濯した。

 これがいけなかった。

 上布団を洗濯器から取り上げたら、やたら羽毛が出てきていた。

 大きな裂け目があった。

 やばいと思ったが、そのままタオルケットを洗濯した。

 タオルケットにも羽毛がびっしりついていた。

 仕方がないので、二つとも干した。

 乾いたので取り込んだ。

 あわれ夏掛け上布団はごみになる。

 タオルケットは羽毛を取り去り、何とか収納した。

 もう少し、全体を見る目があったならばと悔やんでいるが遅い。

 本書は1985年8月24日に旺文社文庫から発行された。

 落語家の6代目名人三遊亭圓生さんの名随筆である。

 本は黄ばんでいたが、文章は落語の噺のような語り口でたいへん楽しく読ませてくれた。

 わたしは落語は好きだが、浅草演芸ホールに1年に1度行くぐらいの人間である。

 圓生さんの顔には見覚えがあるが、落語の印象は何も残っていない。

 しかし、圓生さんは頭の中に随一の話が詰まっていたといわれる落語界の巨人である。

 本書の高座は四つから成る。

  人情浮世床

  寄席のこしかた

  風狂の芸人たち

  本物の味

 人情浮世床と寄席のこしかたで落語界全体の風潮を語り、ご自分の生きてきたこと、やってきたことを総括し、何気なく落語界の若手に活を入れている。

 お金と人気にすぐ気が行ってしまう若手のために、風狂の芸人たちの中で気になっていた落語家、講談家などを淡々と紹介する。

 そして最後に本物の味と称して、本物の味を無くしてしまっている社会を風刺しながら、そば、フグ、クサヤの話に誘う。

 読ませる内容は聞かせる噺の名人になっていた方の得意とするところなのだろう。

 なぜ、この本を読んだかと言えば、わたしは活字からでないと門を入れないのである。

 圓生がけなし、褒めていた古今亭志ん生ともども、圓生の落語を鑑賞することにした。

 

 今日は朝から姉に同行して、小規模のハウスメーカーに行った。

 なかなか決められなかったが、姉の予算に近づけてくれた抗酸化と健康住宅をうたう、この会社に姉が決めた。

 工事請負契約を結ぶ決断を姉がしたのである。

 このハウスメーカーの会長とは3度話し、わたしも姉がストレスを感じずに気持ちよく自分の家づくりに集中できると判断した。

 先日よりも姉ははるかに健康的な顔つきになっていた。

 ひさしぶりに、笑顔がよい姉の表情を見て、わたしは穏やかな気持ちになっていた。

 ただし、契約前にわからないこと、聞いておきたいことがあれば聞くようにとアドバイスをしておいた。

 聞くは聞くは。延々3時間は質問の山であった。

 ひとつひとつ、会長は誠実に答えてくれた。

 これで、工事が始まってからも、この人間関係でやっていけると思った。

 3時間が過ぎたところで工事請負契約書に署名捺印。

 今日の天気のように暖かく穏やかな日であった。

 デジタルプリントをしに行った。

 カメラを換えてから2度目のプリントである。

 最近は自分でプリントすることは止めた。

 プリンターのインクカートリッジの交換が面倒なのである。

 どうも昨今の機器はわたしには使いずらいのである。

 さて、プリンターはどこにあるのか、店内案内図で探した。

 以前はパッと目につくように表示してあった。

 ものの5分探してようやく地下2階にあることを確認できた。

 やれやれと思いながら地下2階に行く。

 降り切った階段に立ち見渡す。

 あった。

 たどり着く。

 4台のうち1台が開いていた。

 

 ところが、どこにSDカードがあるのかわからない。

 探す。3分はかかった。

 プリンターの所定位置に挿入する。

 いい調子。とんとんと進む。

 印刷したい画面を選んで、お金を入れ終了。

 ついでに、領収書必要と選んでしまった。

 あと、35秒で終了しますよガイドは親切丁寧であるが、この親切さはどこまで続くのか。

 ようやくプリント終了。取り出し口から取り出すようにと指示。

 左右のそれらしいところを引っ張ろうとしたがうんともすんとも反応しない。

 さっき、わたしの隣で作業していた若者も苦労していたことを思い出した。

 左右がだめなら上下とは頭が働かない。

 順番を待っていた熟年がみかねて、こうすれば開きますよと言いながらやってくれた。

 あげく、近くの椅子で写真を仕分けていたわたしに熟年の方は領収書まで届けてくれた。

 まったく、時代遅れになった自分がいた。

 それでも助けてくれる人は必ずいるのである。

 京都旅行の自分と酒蔵訪問の自分が笑っていた。

 本書は平成23年5月30日に角川書店から刊行された。

 筆者は北海道札幌市生まれであるそうな。

 あのアウトロー作家の東直己さんも札幌生まれである。

 サッポロは楽しい作家を生み出す環境があるのだろう。


 本作は地縛霊をモチーフにしている。

 てふてふ荘は保証人不要で、権利金敷金なし、家賃は1万3千円で最初の1か月は家賃ただと大家さんから説明を受ける。

 てふてふ荘は6室あり、住人は3人いる。

 その空き部屋に恋をしないと決めた若者が流れ込む。

 入居した若者は翌朝、枕元に可愛い女性がいることに驚き、その女性が地縛霊であることを知る。

 若者はその女性との触れ合いで徐々に自信を取り戻す。

 残りの部屋にもこの世から離れられない地縛霊がいるのである。

 住人と地縛霊は面白おかしく交流する。

 住人が触れると、地縛霊は天国に旅立つことができる。

 このことによって、地縛霊は人魂、人魂気配を消す。

 問題は大家さんも地縛霊であったのである。

 「てふてふ荘」が大家さんの地縛を解くカギになる。

 バタフライショットで6個の玉を落とす。

 これが大家さんの地縛を解くのである。

 住人は必死にビリヤードの腕を上げようと努力する。

 そして・・・

 

 海路の日和あり、はゆったり待てば幸運がきたるということであろう。

 姉がハウスメーカーとの契約を解除する決断をして、かれこれ1か月たった。

 ようやく解除の文書がハウスメーカーから送られてきた。

 姉の主張が100%と通ったと思ったので、署名捺印して送るように私は判断した。

 そして、10分後に信頼が置けると姉とわたしが判断した建築会社の会長が姉の家を訪問してくれた。

 わたしと姉はこの会社に建築依頼をしたかったが、予算と400万円違っていたため、わたしは姉の用意している予算はこれだけなので何とか考えてくださいとお願いした。

 その答えが今日出ることになったのである。

 予算に合わせ、建坪面積を減らし、建築工法も変えたが、室内の建材はほとんど変えていない。

 信頼できるとわたしは直感した。

 このようにして、この建築業者に姉は依頼することにした。

 無駄な2か月だったが、施主の姉は成長したと思う。

 わたしは午前10時からの打ち合わせに臨んだが、帰宅したのは午後6時前であった。

 正式契約前に、姉にはもっとわがままになるように言って、雨の中帰宅した。

 今日は後見をしている方の施設の運動会である。

 身上監護を兼ねて行った。

 以前、娘さんとの鎌倉旅行をどのようにとらえているかも聞きたかったのである。

 本人はいたって元気ではあったが、鎌倉の思い出を思い出すには時間がかかったが、娘さんとの旅行を楽しんでいたのは間違いない。

 ホッとした。

 午後2時になった。

 「今日は運動会ですよ。下に行きましょう」

 本人の頭の中には運動会などないのである。

 わたしの赤いセーターが気に入ったみたいである。

 運動会は二つのグループ同士の争いである。

 わたしが後見をさせていただいている方は選手宣誓をした。

 元気なのである。

 職員が考えた運動競技はみごとであった。

 ボーリング、玉運び、パン食い競争、玉入れ、二人三脚などなど。

 わたしは、目立つ家族であったので、二人三脚、玉入れに参加した。

 二人三脚は若い女性の職員とペアーを組んだ。

 久しぶりに胸が弾んだ。

 わたしのクライアントも楽しんだ。

 得意のパン食い競争に出て、ぶっちぎりのトップであった。

 最後の玉入れにはわたしも参加しあらんかぎりの力を振り絞ったが負けた。老人パワー恐るべし。

 わたしは。車いすでも参加できるこのような催しは老人に笑顔をプレゼントすると思った。

 

 話しは戻る。

 大阪での江崎グリコの大阪限定ポッキー購入の話である。

 大阪限定よりも、自分が並んだ時間をお土産を渡した友人には話した。

 45分も並んで買ったんだぜ、がその時の言葉。

 ところが、最期に渡した友人には1時間で購入できた、であった。

 レシートを見たら15時7分と書かれていた。

 並んでから買うまでなんと1時間かかったことを確認したのである。

 それで最後に渡した友人には「1時間かかったんだぜ、購入までに」となったしだいである。

 つまり、並んでも買っていきたいから購入時間がお土産の価値を向上させると考えたわけである。

 「おっしゃられた意味を考え、口にしたいと思います」

 お土産の価値が向上したのである。

 やったと思う、愚かなわたしでありました。