ベランダから通りを眺めるのは好きである。

 多くは老婦人や老紳士がゆったりとした足取りで歩を刻んでいる。

 昼間は温かいと老婦人と老紳士が目につく。

 ところが、若い娘が猛スピードで道路の右側端を駅に向かい自転車を走らせていた。

 交番が30メートル手前にあるのにもかかわらず。

 視界から自転車が消えて数秒後に、左側端を走ってきた自転車が3台交番に向けて走り去った。

 あの交通法規を踏みにじった自転車は交通法規を順守している自転車3台とすれ違ったことになる。

 わたしの常識は自転車は車道の左側端を走るである。

 わたしがそのとおり走っていても、真向いから自転車が来ることがある。

 昼の光景はこのひずむ人間がいる社会を生き抜くことの困難さを感じるものであった。

 朝からどんよりとした空から小雨が降ってきていた。

 午前11時を過ぎたら雨が止んだ。

 わたしは外出である。

 ラッキー。

 自転車で駅まで行けるし、言うことなしなのである。

 目的地に着いたら小雨。

 それでも、目的の沖縄、山形、広島のショップを巡る。

 野菜が置いてあるショップが多い。

 買わない。

 わたしは本日使用ではなく、日持ちで考える。

 久しぶりに銀座の本屋に行った。銀座通りにはもう2店しか本屋さんはなくなった。

 まさに時代が本屋さんを衰退産業にしたのだろう。

 今日も、電車に乗ったがスマホ人が多い。わたしは当然本を読んだ。

 本は知識獲得の泉であった。

 今は、インターネット。

 まして、デジタル読書まで普及しようとしている。

 紙の本は滅びるのみである。

 今日はそんな風潮にノンを言うために、岩波文庫「徒然草」とちくま文庫の『徒然草と方丈記』を購入した。

 今後の座右の書として、あの世まで持っていくつもりである。

 今日は待ちに待った日である。

 3か月ほど会えず、今月で市役所から永久の別れをする女性との昼そばである。

 ところが、待ち合わせ時間30分前に店の前に立ったわたしは驚愕した。

 「本日8日から11日まで臨時休業いたします」

 の張り紙が堂々と貼られていたのである。

 慌ててメールした。

 「臨時休業なので、もう一軒のおそば屋さんに変更します」

 ところが返事が来ない。

 車の運転をしていたのである。

 わたしは臨時休業した店を恨んだ。

 その店には、3回行って3回とも山口の獺祭が品切れになっていて、12月には入荷するはずだったのである。

 その大吟醸が飲めるというひそかなる楽しみがあった。

 午後12時を過ぎたところで待ち合わせ相手から連絡が入り、わたしは店に入った。

 すかさず、昼そば相手が到着した。

 懐かしい顔の近況を説明してくれる。

 ご自分の近況を説明してくれる。

 束の間、かつていた職場を思い出した。

 おいしいそばと天ぷらが話を盛り上げる。


 どこかに行く。お土産を買う。

 この行為には、この人には自分がどこに行ったのか、あなたのことは忘れていないというメッセージがあると思う。

 わたしの母は、それこそ目的地に着くとお土産を買いまくっていた。

 母にもたえず、忘れていけない知人がいたのだろう。

 宮古島で三線を弾いた知人のお土産は宮古島空港限定販売の泡盛「さしば」であった。

 吉田兼好の『徒然草』は高校の古文で冒頭を習っただけである。

 その知識だけで、わたしのブログを位置づけたが、どうも覚束ない。

 それでも居直ってはいなかった。

 知識の渇望は、知識習得のチャンスを読んでくれる。

 何気なく眺めていた公民館便りで、来年から『徒然草を読む』講座がスタートするとお知らせが載っていた。

 12月12日に申し込みが始まる。

 岩波文庫の『徒然草』をテキストにすると書いてあったので、図書館に借りに行った。貸し出し中であった。

 そこで、徒然草をキーワードにして類書がないか調べた。

 すると、岩波書店の古典を読むシリーズの中に杉本家住宅の後継者、杉本秀太郎さんの『徒然草』があることを見つけ。書架に行った。

 目次を見たら、どうも全文解釈ではなく、徒然草の杉本さんがこれがポイントだと考える要素を解説する本だと思った。

 歌と随筆、ざわめく心、色好みなど目を引く文字が連なっていた。

 杉本さんの豊かな感受性と知識が、新しい徒然草の世界を創りあげていた。

 いい本に巡り合えた。わたしは杉本さんを図示の案内人と随筆家だととらえていた。

 決めつけて人間を見ると、狭い世界しか知ることができない。

 気を付けないといけない。

アンクルのブログ


 うれしいぐらいみごとに黄葉したいちょうである。

 わたしのベランダから今日のみごとな光の中に黄葉が輝いている。

 この黄葉は道沿いに東西南北にそれぞれ1キロメートルほど続く。

 もう季節は冬なのに、秋の名残りはあるのである。

 昨日撮った写真は1メガ以上あったのでアップできなかったので、その反動である。

 秋はほんとうに人間の気持ちをそそる。

 たぶん、春夏と穏やかな時を過ごしてきたわれわれに秋が最後のサービスをしてくれているのであろう。

 本格的な冬を覚悟をもって迎えさせるために、秋はその冷たさをやんわりと紅葉と黄葉とでクッションにしてくれているのかもしれない。

 深川散歩は深川食べ歩きであった。

 昼は少し早かったが、午前11時30分に釜匠に着いて、深川飯を頼んだ。

 盛り上がった。

 おいしい美味しいと食べ、あっという間に3人とも完食。

 地下鉄に乗り、門前仲町に。

 深川不動尊、富岡神社を見て、月島に。

 わたしが事前に調べていたマグロやが見つかり入る。

 もんじゃは、まず具をよく炒める。

 その後、土手をつくり汁を流し込む。

 そして汁と具をよく焼くのであるが、おいしかった。

 つまり、旅は食を楽しむものなのである。

 歴史の長さがその楽しみを倍加する。

 深川飯は深川にいた江戸時代の漁師の賄飯であったそうな。

 つまり400年の歴史がその食べ物にまとわりついているのである。

 もんじゃは昭和初期から焼かれてきた。下町の子供のおやつであった。

 それが、いつのまにか、大人も食べて楽しい食べ物になった。

 今日は、深川飯ももんじゃもお店は空いていたが金曜日の午後5時を過ぎると人でごった返す。

 食欲が先行した旅だったが、芭蕉のことを知り、白河清澄庭園の紅葉と回遊式のつくりに絶句した感動は東京にいるからこその感動であったと思う。

 明日は芭蕉と深川を訪ねる旅である。

 気の合う二人の女性が道連れである。

 この旅は、東京を知らない女性を浅草、谷根千を案内した延長線上にある。

 深川は深川芸者、辰巳芸者、羽織芸者の故郷である。

 そんなことすら知らないであろう人間を案内するわけだが、芭蕉は国語で習っているから大丈夫だろう。

 なぜ、一人増えたかと言えば、明日の参加者の一人が最近元気がないと聞いたので、誘ったら来たいと言うので三人になった。

 職場では三人とも気があったせいか、よくしゃべった。

 職場では話せないことでも三人で会えば気がまぎれるだろう。

 まして、食いしん坊の二人である。

 昼の深川丼、夕方の月島もんじゃがおしゃべりを促すだろう。

 これに付き合う、男は大変なのである。

  明後日に地下鉄森下町に行き、そこから芭蕉記念館を経て、清澄公園、富岡八幡宮に行く。

  この計画は5月の末に実行される予定であったが、連れの都合とわたしの都合が合わず、今回は3人で行くことになった。

  浅草、谷根千と東京の良さを残した場所を案内するとわたしは東京のことをほとんど知らない岩手県人に約束していたのである。

  旅の連れとしては非常にスイートフルな人で、風とか緑とか味とかに敏感に反応する。

  で、結構予備情報を集めておくのだが、今日探したがそのファイルがないのである。

  旅の情報がないのである。

  まさに、暗雲立ち込めると言っていいのである。

  しょうがない、明日早速つじつま合わせになるが、情報収集をするしかないと思っているが、あのファイルどこへ行ってしまったんだろう。

 朝の9時に携帯が着信を告げた。

 ここのところ、姉しか電話はかかってこない。

 着信は携帯に登録した人からである。

 それ以外の着信はまず出ない。

 それで、すぐ出た。

 この人と会ったのは8月6日であるから、なんと4か月ぶりの交流である。

 「幻の味、バトンドールありがとうございました。わたしは9月に大阪に行ったときバトンドールを並んで買って食べていたの。まさか年に2度幻の味を食べられると思わなかった」

 まず、電話をかけてくれた人が説明してくれた。

 こう言われると、並んで買ってきてよかったと思うのである。

 この人はようやく43年間勤めた職場を今月去る。

 一か所で、わたしなどは想像もつかない職場生活を送ってきたのであろう。

 「沖縄に住居を買ったと言う、うわさが出ていますけど」

 「これからじっくりあちらこちら泊まって、それからここなら飽きない場所を見つけるのよ」

 「宮古島でいい泡盛を探してきたの。お渡しした」

 歓迎である。

 来週月曜日に会うことにした。

 朝から忙しい日となった。

 朝早く、姉から電話。

 建物の滅失登記をしなければならないと分かったのは昨日。

 わたしの味方はインターネットである。

 確かに、家屋を壊したら滅失登記をしないと、10万円以下の罰金を払わなければならなくなる。

 しかし、この登記はわたしにもできるものであった。

 早速申請のひな型に則り、こしらえた。

 それを姉の基に届け、姉が東京法務局に質問の電話をかけるようにした。

 その質問の結果、申請の訂正をし、姉に届ける用事が発生したのである。

 ところが、姉がわたしの家に来るという。

 わたしは、わが家に何人であっても上げないと決めている。

 姉とは団地のある場所で会い、用事を済ませた。

 これをやらないと、罰金10万円を取られる。

 国は絶対に損をすることはないのである。

 

 もう1件用事があったのである。

 昨日、この12月に市役所を退職する人が出た。

 その人のために送る言葉をつくり、メールで送らねばならなくなった。


 それも、わたしの写真つきである。

 わたしは、デジタルカメラで撮った写真はパソコンに保存してある。

 しかし、どれも1枚1メガ以上なので携帯メールでは送れないと思ったが、市役所は公私混同は許されない。

 携帯に送ったがアンデリバリー。

 わたしが控えた送り先のメールアドレスは間違えていない。

 とんだ時間浪費となっている。