春のさくら祭り、秋の産業祭りとわが街には大がかりの祭りがあり、年に2回だけ市民をはじめ遠方から人が押し掛ける。

 さきほど、さくら祭りの中心をなす公園に行ってきた。市民団体の屋台が20ほど、そこから離れて屋台のプロたちの30ほどが立ち並んでいた。ガスを使った屋台はない。

 プロの屋台が気の毒である。

 中央にはステージがしつらえてあり、第一回目の講演が始まろうとしていた。

 若い娘たちの歌とダンスである。

 「さあ、行くよ」

 メンバー全員で気合を入れてステージに登った。

 わたしはそれを横目に会場を一巡した。

 すると、子供たちと遊ぼうコーナーに目がいった。

 主宰者は他市のボランティアである。

 実績のあることは他市にまかせる。

 この考え方は行政のものである。

 宮本常一さんがいたら、変化を受け入れただろうかと考えた。

 文化は地域固有のものである。

 しかし、地域から地域への文化移入はあるはずだから、あってもいいと思う。

 今日は午後から天気が変わりやすくなるという。

 祭りには晴れが似合うのに。

 本書は『宮本常一講演選集3』として一般社団法人農山漁村文化協会から刊行された。本シリーズは全8巻で構成されるが刊行中である。

 本書は、

1.社会生活の変貌と新生活運動

2.祭りと若者

3.都市文化と農村文化

4.明日を信じて生きる

5.ふるさとの心

6.手づくりの地域文化

7.地域づくりと文化

8.日本における地方の意味

 の八つの講演でまとめられている。

 宮本常一は日本全国の農山漁村を訪ね歩き、民俗学的視点で、現場に残された資料、人間と話し合って、日本を理解しようとした人間である。

 宮本の有名な著作物は当初未来社で刊行し、現在は岩波文庫に収載されている『忘れられた日本人』である。

 われわれが知らない世界を突然発掘し、知らしめてくれるのが宮本の真骨頂なのだが、本書にもそのような内容がぎっしり詰め込まれている。

 京都祇園祭の成り立ちと変遷、地域振興の方策、第二次世界大戦末期のさまざまな話など興味が尽きない。

 宮本の考えの中に通底しているのは農山漁村が創りあげてきた文化こそ本物だと考えていることである。

 続巻の刊行が待ち遠しい。

 TBSで昨日の午後7時から午後10時まで放送された。

 どうも独自に視聴者から調査した結果で100位までの順位をつけ番組をつくったようである。

 100位からの順番をメモしようと考えたが、途中で電話がかかったりであきらめ、ベスト10ぐらいはきっちりメモしようと考えなおした。

 順位は以下の通りだった。

 1.上を向いて歩こう 坂本九

 2.いい日旅立ち 山口百恵

 3.名残り雪 イルカ

 4.愛しのエリー サザンオールスターズ

 5.青い山脈 藤山一郎

 6.愛燦燦 美空ひばり

 7.祭り 北島三郎

 8.卒業写真 荒井由美

 9.北国の春 千昌夫

10.昴 谷村新司

 わたしはサザンの歌は知らないが、ほかの9曲はよく知っている。

 いい歌だと思うが、ベストテンにもっと違う歌が入った方がいいのではないかと思ってしまった。

 1、2は飛行機事故で亡くなり、現在は歌手活動を止めている方である。他の要素が入ったのではないかと思わず疑ってしまった。

 ひばりさんはもっと違う曲が1,2に来てもいいと思った。

 この名曲とは歌謡曲である。

 昭和から平成にかけて歌い続けている歌手はたくさんいる。

 昭和で区切るなら亡くなった方々の名曲であろう。

 歌手はなくなっても歌は残るを映像にしてもらいたかった。

 その日、下北沢で二人に会った。

 仲のよいクリエイター夫婦である。

 ご主人はカメラマン兼映像クリエイター、奥さんは装丁家兼デザイナーである。

 2年前はご夫婦のご自宅に伺い、もてなされた。

 2人とも、えっと思うほど料理がうまい。

 料理はセンスだと思っているが、2人のセンスは秀逸であった。

 手間暇をかけさせたくなかったので、その日は下北沢にしたのである。

 駅はあちらこちら工事中で、わたしの想像力ではついていけないほどであった。

 「わたしたちが知っているお店がほとんどなくなってしまった」

 唯一、生き残っている台湾料理の店に行った。

 わたしは渋谷と新大久保にある麗郷という台湾料理が好きでお二人を何度か誘ってよく食べ、よく飲んだものだが、2人は台湾料理好きのわたしのことを覚えていて、その店にしたのである。

 わたしは台湾に行ったとき、あちらこちらに腸詰はあると思っていたのだが、なかった。

 その店にはあったので早速頼んだ。

 最近の2人の様子よりも、わたしの孤独死、老人が骨折したら手術をしたほうがよい、わが街のさくら見物に多くの人々が繰り出していることなどを、一人でしゃべっていた。

 約4時間楽しい時間を過ごした。

 昔は日日が変わるまで付き合ったものだが、年齢による衰えはいかんともしがたかった。

 本書は1991(平成3)年の第105回芥川賞受賞作である。

 文藝春秋社から1991年8月31日に刊行された。

 わたしはこの作家のことは1994年に刊行されたノンフィクション『もの食う人びと』で知った。ジャーナリストだと思っていたのである。

 しかし、小説家、ジャーナリスト、詩人が辺見さんにつけられた呼称であった。

 辺見さんは共同通信社の記者であったが、ご自分の能力の赴くままに文藝の世界に羽ばたいたのだろう。うらやましい。

 

 本作はノンフィクションだと、わたしは思い込んで読んだ。

 しかし10ページほど読んだところで小説だなこれはと思った。


 作者は読み手をよく知っている。

 どうすれば作中に読者を引きずり込めるか怖いぐらいわかっている。

 本作は引きずり込む場所を誰もがわかっている「駅」から始め電車内、乗り換えて地下鉄とわたしが体験したことのある社会を描く。

 主人公が行く先はアルバイト先。彼はそこで「起こし屋」のアルバイトをしている大学生である。

 彼は通信社で早朝勤務の社員を起こすためのアルバイトなのである。彼にはアルバイト仲間の個性的な同僚がいる。

 そこに、会社は自動起床装置の導入を決める。

 起こす人、起される人の関係から、起す機械と起こされる人という関係に変わってしまうのである。

 見事なテーマである。

 わたしの知らない作家が本の中にいる。どこで巡り合うのか。

 相手はわたしを拒まない。ストーカーになる必要はない。

 いい人間関係を求めて、とりあえずは辺見さんにすり寄ろう。

 久しぶりに、この満開を、接写と遠景の写真で紹介したくて撮ったが、その写真がどこに行ったのか見つからなかった。

 わたしの目の前には15センチほどの小枝に咲く、花弁が12輪ほど、お互いの花弁にすり寄っている。

 5枚の花弁は、長さ18ミリでうすい桜色である。それを丹念に眺めると、奥ゆかしくわたしの視線を受け止めてくれる。

 「さくらさん、散らんでおくれ」

 と、話しかけると、桜色のほほが動いた。

 遠景で見ると、うすい桜色の綿のように見えるのは、ここまで花弁が密生するからだと納得した。

 どこまでも、さくらの知恵は奥深いのである。

 

 明日から消費税が8%になる。

 電車も上がれば、そば代も上がる。

 そこで仕事を兼ねて外出した。

 電車に乗り、グループホームへ。

 ご本人が元気に歩いているのを確認し安心する。

 普段はまっすぐ家に帰るのだが、高尾山口に行く。

 今日もまだパンフレットが掲示されていたのだが、高尾山では今年は「冬そば」が売りだったのである。

 ケーブルカーの駅までには高尾そばの店が15、16店ある。

 わたしは1階しかそば屋には入ったことがない。

 冬そばとは、とろろそばのことである。

 目をつけておいたそば屋やっていた。

 とろろそばとお酒1合を注文する。

 気分は冬そば。

 高尾山の桜はほぼ満開。

 季節のはざまで、楽しむことができた。

 しかし、増税は庶民いじめである。

 わたしの誕生日が近づいてきた。

 わたしは、わたしのことは語らない。

 誕生日は母親ですら忘れてしまい、多少ショックを感じたこともあったが、わたしは知人の誕生日を祝うことは好きなので、ここ6年は祝ってきた。

 そんな中の知人が、わたしの誕生日を祝いたいと連絡してきた。

 祝ってくれる人がいると言うことだけでも幸せだと思わなければならない。

 で、誕生日は過ぎてしまう指定日に訪問することにした。

 それにしても、春の雨は元気である。

 さくらはほぼ7、8分咲いているのに、雨は降り注いでいる。

 それでも、さくらの花びらは一輪として落ちない。

 花弁は1週間の寿命を持っているがゆえに、それまでは生き続けるのかもしれない。

 生き続けるさくらを見ていると、心が晴れる。

 室内にいても、靴下をはかないで済む春になった。

 春の雨は暖かいのである。

 昨晩、アニメが6チャンネルとか4チャンネルでやっていたので、今朝は8時過ぎに目覚めた。

 そこにメール。反応がよく、礼儀正しいわたしのお気に入りのお母さんからである。

 昼そばを約束する。

 土曜日の昼そばは本格的で高い。

 しかし、うまかった。

 楽しく、わたしと姉とのやり取りを話すと、面白そうに反応する。

 ツーと言えば、カーである。

 楽しい昼そばは1時間であった。

 わたしはその後消費税上げ前の買い物にいそしんだ。

 すると、帰り際に昨年もお気に入りのお母さんと昼そばを食べた後に出会った人間と、今日も会ったのである。

 この偶然は何かあるとは思ったが、わたしは深くは考えない人間である。

 喫茶店に誘い、昨年の課題を聞いた。

 わたしは、よく話しを聞いたのちに、今後の方向性をアドバイスした。

 少し力を貸さなければならないと考えて1時間ほどで別れた。


 それにしても、さくらが咲けば、気分は上向く。

 上向いた揚句の人間関係はいい。

 わたしはイーモバイルでインターネットに接続している。

 消費税アップの前に姉が急にソファ、テーブル、電化製品を買いたいと、わたしに泣きついてきた。

 インターネット通販で解決しようと考え、わたしはこの初夏の気温の中、自転車でパソコン一式をもって姉の家に向かった。

 セットして始めたが、つながらない。

 何度もやってみたが、つながっても次のページに行かない。

 2時間ばかりやったが、あきらめた。

 結局、電化製品は買いに行くことにした。

 わたしは東芝には偏見を持っている。

 掃除機は東芝製だが、ごみ袋の交換のときに、いつも開け閉めに苦労してきた。

 姉には、

 「東芝の掃除機はだめだ」

 と言って、東芝の掃除機は素通りしていた。

 そこに、販売員が現れた。

 彼は東芝からの応援要員であった。

 わたしの誤解は解けた。優秀な販売員であった。


 姉は心配性である。あれも揃えないといけないと思うと、それを実行するまではああでもないと考え込んでしまうのである。

 兄弟のわたしはそんな心配はしないのだが、最近付き合ってみてようやく姉の性格を理解できるようになったのである。

 やりたいことしたいことをその瞬間瞬間に実現させればいいと考え、

瞬間実現をモットーにしたのである。

 残念ながら、インターネットは何の役に立たなかったが、帰宅してすぐにアクセスしたら容易にできた。

 しかし。どんな環境でも安定した機能を実現できなければ、どうしようもない機械である。