ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -27ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

こんにちはガリッポです。

早速ですが赤いヴァイオリンが完成しました。

こうやって部品が付けば普通のヴァイオリンです。新品らしくつやがあってきれいなものです。
モダン楽器ではフランスだけでなくドイツでもイタリアでも赤いニスのものは多くあります。
これが100年も経って木材の色が変わり汚れが付き、鮮やかな色が少し退色して落ちつけばそのような感じになるでしょう。

繰り返しになりますがこのヴァイオリンは見習で入った新人が作ってきたものを私がニスを塗って仕上げたものです。
ニスがとても重要だと我々が考えるのはそれで高級感が変わってくるからです。これがラッカーのようなものや、スプレーで塗ったようなものではチープに見えます。量産楽器のようなアンティーク塗装もそうです。
一方でハンドメイドの楽器でも塗り方が汚かったり、ニスの質や色がおかしければ未熟な職人のものであることがすぐにわかります。柔らかすぎてベトベトしていたり、ポロポロとはがれてしまうようでは品質が量産品以下です。

私はオイルニスの研究を10年以上やっているので自分でニスを作ることができます。見習の職人が自分で作るには知識と経験が不足しすぎています。
学校などでもニスの製法についてはあまり教えられることが無く、文献などもありません。
文献を読んでも材料の説明があるだけで著者は楽器用のニスを作ったことがないでしょう。本を書きたがる人というのはそういうものです。
それっぽいものは作れるかもしれませんが実際に楽器を塗る作業の中で改良していく必要があります。
今回は専門外の赤いニスで高度なアンティーク塗装では無いということで不慣れで苦労しました。
もちろん何回かやれば一人前の職人として仕事ができるでしょう。そうなると私が作ったヴァイオリンの特徴が無くなってしまいます。

そういうわけでニスを作る方が、楽器の本体を作るよりも難しいとさえ言えます。だから我々はニスを重要視するのです。
音の秘密ということではありません。楽器の高級感や職人の熟達度に関係するからです。ニスが悪いとせっかくうまく作られた楽器でも安っぽく見えるということです。それで値段がガクッと下がってしまうのです。

逆に中国製の楽器にニスだけ上等な物を塗ってラベルを偽造したようなものも出回っています。
もちろん作者を偽らずに中国製だと言えば問題はありません。中国製の比較的上等な楽器となるのです。

気になる音は?

初めてヴァイオリンを作れば弦を張って音が出る瞬間は感無量でしょう。感情が高ぶってまともに評価できないかもしれません。

先輩としての私の印象はとても良いと思いました。音はこもったり寝ぼけたような弱い音ではなく、カラッと乾いた手ごたえのある強さのあるものです。バランスはやや暗めで低音が強めのバランスです。テールガットがずれていたので私が直してあげるとずっと暗い音になりました。
高音も耳障りな嫌な音ではありません。戦前のザクセンなどの量産楽器に比べると柔らかくて質の良い音がするのが分かります。
下手な新作では古い量産楽器にも叶わないものは少なくありません。

私が初めて作ったヴァイオリンよりもずっと良い音ですし、私が習った学校の他の生徒のものよりもずっと良いでしょう。学生というカテゴリーでなくプロの職人の中でも良い方のものです。

特にうちの店では低音が強いバランスの「暗い音」の楽器は好まれよく売れます。その中でも強さがあってこのタイプの音を好む人は多いでしょう。

そういう意味では私が作る楽器よりも音が良いと言う人は多いでしょう。万人向きです。私のものはいつも柔らかい音がするのですが決して強いと感じるものではないです。中級者くらいまでなら鋭い音のほうが「音量がある」と感じます。
一方でとても才能のある学生では、モダン楽器を試奏すると音が鋭すぎて私の楽器のほうがあっている人もいます。私の作るものは広いホールでは響くのでソリスト向きの楽器であるとは言えますが、耳元では強く感じません。


このヴァイオリンは見た目も赤いニスでアーチも現代としては普通のフラットなもの、音もモダン楽器のように暗く力強いものでとても良いと思います。

あとは同じものを自分の力だけで作れるかということになります。多くの部分を先輩たちの助けを得て作っていますから。2本目でも自力だけで同じものが作れるかは難しい所です。
板の厚みについては私が「答え」を教えたのもあります。ヴァイオリン製作学校などではへんちくりんな理論で教わるとそうはいきません。これがプロの現場で教わるメリットです。私が過去の音が良い楽器の厚みを調べて得た数字です。だから理屈じゃありません、実践というものです。
始めに答えを教えてもらうことは一生それ以上になれないということでもあります。試行錯誤していくのは難しいかもしれません。

同じような作風にしても私が作れば柔らかい音になるでしょう。これは何故かはわかりません。癖としか言いようがないもので、私よりも力強い音になるので、音だけで選べば私のものよりも売れるかもしれません。

このようにヴァイオリンというのは最初粗末なものを作っていてだんだん音が良くなっていくものではありません。
はじめから型とか寸法を与えられてその通りに作ると、わけもわからず作ってもヴァイオリンらしい音になります。良い人に教わればすぐにプロ級の音になるのです。

ただしそれ以上のものを作るのは不可能なものです。違う音のものはできるでしょう。しかし全面的に音が良くなるということは難しいです。
違う音のものが作れるようになった時、その音を好きだという人が現れると同時に、前のほうが好きだったという人もいるのです。

初めて作ったヴァイオリンがよほど変な物なら、違う人に教わることで劇的に音が良くなることはあるでしょう。
得てして職人の腕前としてはそれほどでもない人の楽器が鳴りっぷりが良かったりするものです。デルジェズなどはその典型です。
音が良い楽器は必ずしも名工が作った名品とかそういう物ではありません。純粋に道具として考えるなら平凡な職人が作ったものも十分音が良い可能性があるということです。

私は20年職人をやってきて弦楽器がどういう物なのか知っています。だから今さら驚くようなことではありません。先輩だからと偉そうにできる世界ではありません。欠点を指摘することで面目を保とうとする人もいるでしょう。欠点を指摘することと本質を理解することは違います。



もう一つ証拠となる事は、材料の質と音が関係ないということです。
今回は見習のためということで、グレードの低い木材を使っています。オールド楽器などを知っていれば、木材のグレードが音とは関係ないことは自明のことですが、知識をかじり始めた人は木材のことをうるさく言う人がいます。

この前はミッテンバルトのヴァイオリンにすごく鳴るものがありましたが、フランスでもチェコでもハンガリーでも鳴る楽器はあります。
楽器用に用いられないようなものは良くないというくらいに考えるべきです。


個性的な普通の音のヴァイオリン


新型コロナの感染が急増しパニックになっていた3月と4月は自宅で仕事をしていました。その時に修理していたヴァイオリンの買い手が決まりました。


このヴァイオリンでした。
作者はヨハン・ルーザーです。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12588893348.html
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12592332284.html
さすがにお客さんが来ない時期でしたが、その時の仕事が実を結んでいます。
我々にとっては普段後回しになってしまう仕事ができる余裕があったという程度でした。

個性的なヴァイオリンということで紹介しました。
弦楽器はモダンの時代以降ならお手本というものが定まっています。
その通りに作ればみな同じになって「個性が無い」ということになります。

それに対してお手本から外れていれば「個性がある」ということになります。
実際には9割くらいの職人はお手本通りのものを作ることができません。ということは個性的な楽器を作る職人のほうが圧倒的に多く、個性が無い楽器の方が珍しいのです。
個性が無い楽器はありふれてはおらず、工房で働いていても目にする機会は少ないです。そのようなものがやってくれば「おお、これは良い楽器だ!」と感じるわけです。それに対して個性的なものは、よくあるいつもの楽器だという感じです。つまり平凡な職人の作るものは個性的なのです。

ルーザーという人も才能が十分ではなくお手本通りの完璧なものを作れる人ではなかったようです。そのため個性的に見えます。

修理が完成して弾いてみると意外と「普通だ」という印象を受けました。
さっきの話でもあるように、別にお手本通りに完璧に作れていなくても音響的には問題のないレベルにあることは十分にあり得ることです。
音については見た目ほど変わったものではないということです。

外観で変わっていると思っても、音響的な構造ではあまり違いがありません。逆にお手本通りに完璧に作られていてもあまり変わらないということでもあります。

「普通の音」というのは悪いことではなくて、バランスの取れた素直な音の楽器だということです。
購入を決めた方が弾くと、ボリューム豊かな響きがありました。暗い音というのは響きが抑えられていることもあります。その意味では暗い音の楽器でもなく、ものすごく明るい音でもありません。ほど良い物ということですね。

見た目に個性があろうが、お手本通りに完璧に作られていようが音にはあまり関係が無いということです。

弦楽器とはそういう物です。
具体的な例でまた私も経験を増やしました。

音が出るまでは、どんな変わった音がするのかと期待している部分もありました。どちらもまともな音の楽器で期待は裏切られました。私にとっても新発見です。

音まで個性的な楽器となると作り方は相当変えなくてはいけないと思います。常識をはるかに超えたもので無いとダメでしょう。





こんにちはガリッポです。

赤いヴァイオリンに指板が付きました。

こうやって見ると普通のヴァイオリンです。さらにテールピースやあご当て、白木の駒が付けば馴染むと思います。
見習の職人が初めて作ったヴァイオリンとしては悪くないでしょう。このクオリティで100年以上前のものなら「これは良い楽器だ」と思うレベルです。

これが西洋の職人の教育で作り方を一からちゃんと教えるのです。だから初めて作ってもちゃんとしたものができます。
日本人の考える職人のイメージとは全く違うものでしょう。

問題はこれを作るのに半年~1年かかっていて、見習の職人の楽器なら一人前の職人の半分以下の値段になってしまいます。売り上げを考えるとワーキングプアになってしまいます。
これから修行を重ねて早く作れるようにならなくてはいけません。

このため多くの楽器は手抜きが行われひどい粗悪なものがたくさん出回っているのです。
売名行為で名前を売るか、安く作るかどっちかです。プロの職人から見れば特別なものなどありません。


一方で商業的に必要なのはセールスマンの才能です。逆に言えば、それさえあれば教育を受けていない職人でも構いません。弦楽器職人のスキルは一般的な木工職人とは全く違います。弦楽器職人として専門の教育を受けなければ「これくらいで良いだろう」という水準が全く違います。

ユーザーも教育を受けていないので品質を見分ける目が身についていないからです。修理の仕事をしていれば「なんでこんなひどい物を買ったのか?」とあきれるようなものがよくあります。

「音が良ければいいのではないか?」と演奏者は考えるでしょう。雑に作られたものは製造コスが安いので安い値段で買うべきです。
見た目は悪いけど、使っていて壊れない品質と演奏しやすい機能性を持ったものがあればユーザーには優れた製品でしょう。
しかし実際には外見より中身が優れた楽器は滅多に作られません。たくさんの楽器を見てくれば分かります。

このようにプロとしての教育を受ければ誰でも立派な楽器を作ることができます。独学でこのようなものを作ろうとすれば一生かかっても難しいでしょう。

十分な品質のヴァイオリンを作れる人はたくさんいるということです。音はそれでも一つ一つ違うので好みに合ったものを選ぶしかありません。すべてのヴァイオリンを試奏して評価するような国際機関はありません。実際に楽器の弾き比べをしたことがあれば、音の違いは微妙で優劣をつけるのはとても難しいとわかるでしょう。

また新品だけではなく中古品もあります。鳴りの良さでは新品を圧倒します。こちらも品質が十分であればあとは好みで選ぶだけです。


弓のトラブル


今週はある男性の弓が持ち込まれました。ネジの具合が悪くうまく毛を張ることができないそうです。
弓はフランスの古いもので当然高価で100万円以下ということは無いでしょう。見るとネジが曲がってしまっていてうまく回転しないのです。その結果弓の本体の方にもダメージを与えていました。これはヴァイオリン職人の手におえるものではありません。弓職人に依頼することになりました。

我々職人がうすうす気づいていることはこの人は練習も熱心ではなく超初心者の域を出ていません。そもそも向いておらずなぜ高齢になってヴァイオリンをはじめたのか疑問になります。
高齢から始めても好きな人は遅すぎるということはありません。残りの人生を音楽で楽しんで過ごせれば素晴らしいです。そのような人もたくさん見ています。

当然初心者ならもっと初心者向きの弓を使うべきです。腕が上がってきて弓の良し悪しが分かるようになってから高いものを選ぶべきです。
もちろん初心者だからと言ってものすごく安いものを使うのはさらに演奏を難しくするでしょう。したがって品質や材質の良いものでニュートラルなものを使うのが良いと思います。
普通初心者は数万円のものを使いますが、さすがに安物の大量生産品です。場合によってはカーボンの方がましという先生もいるでしょう。戦前のマルクノイキルヒェンのマイスター弓なら20万円くらいからあります。同等のものでも作者の名前がついていなければ10万円以下になります。このようなものは我々が「良い弓だ!」と称賛するものです。それは掘り出し物という意味です。一般の人にはただの安物と見分けるのは難しいでしょう。
そういう意味では名前が付いた方が無難です。けっこう大量に作られたので多くの中からしっくりくるものを選ぶことができます。良き中級品と言えるもので、ヴァイオリン教師などはずっと悪い弓を使っている生徒が多いので「良い弓だね」と言ってくれるものです。もちろん上を見ればきりがありません。しかし高いからと言ってすべて良いというわけでもありません。よりシビアになってくることでしょう。


そのフランスの弓はとても柔らかいもので古い物にはよくあります。上級者でも柔らかい弓を使う人もいますが、中級者くらいでも難しいと思う人は多いでしょう。素直に使いやすい弓を選んだ方が無難です。
この人は超初心者でその違いも分からないでしょう。

古くてどうしようもなく柔らかい弓は、投資用の資産と考えたほうが良いかもしれません。その場合、確かな鑑定と部品ができるだけオリジナルであることが重要です。

こういう物の買い方は普通の人よりは詳しいのですが、基本的なことが何もわかっていないとプロには思われます。この人はうちの店にしょっちゅう出入りして、電気技師の専門学校で先生をやっていた高学歴のエンジニアの人です。それなのになにも理解していません。終始ピントがずれています。

ヨーロッパで歳を取ると教養があるということをアピールするためにクラシック音楽を嗜んでいるという体裁にしたいのかもしれません。周りは低学歴の田舎者ばかりで教養もなく元教師なら「先生、先生」と慕われます。聞いていないのに説教ばかりしています。

これは特に男性特有のインテリ気取りと言えるでしょう。高級品の商売をしていれば「お客さん、お目が高いですね!」とお世辞を言っておけば上機嫌にさせることができます。高田純次さんなどは宝石店の営業をしていてタレントになった人です。女性を見かければ「学生さんですか?」とお世辞を言っています。
そんな商売している店ばかりだと、他のお客さんにとっては困ります。ちゃんとした知識を伝える店も必要です。

下手なことは恥ずかしいことではありません。人と比較する必要はありません。
もっとその人に合った弓があるというだけの話です。

ピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリン



ちょっと色がついてきました。これくらいで完成として売ってしまうものがよくありますが、私からすればまだまだです。

ここに汚れがついているというのが肉眼ではっきりわかります。実際には汚れがあるのにそこについているのが分からないくらいのことが多いです。しかし全くの新品と比べると違って見えるものです。
このような段階だと頭で考えて「ここに汚れがあるはずだ」というレベルです。

横板のほうが進展具合としては進んでいます。こちらの方が自然な感じです。いわゆる黄金色のオールド楽器の雰囲気が出ています。

隅っこのほうが黒くなっているのは分かると思いますが、実は全体的に汚れが付けてあります。どこに汚れを付けてあるのかわからないくらいが自然です。
オレンジの新品のようなニスで隅っこだけ真っ黒にしてあるのはおかしいです。

このようなトリックは私が長年の研究で編み出した物で、今でも成功率は100%ではありません。しかしこれを付けて満足するのではなく全体的に古くなっている感じが大事です。

スクロールの汚れの残り方もピエトロ・グァルネリ独特の様子が再現できました。最終的にはもう少し自然になるはずです。

きれいに加工されて、木材も上等で着色も良い感じです。これでも全然悪くは無いように見えるかもしれませんが、私にとっては中途半端なものです。

表板や裏板のニスは仕掛けを施したので、週明けに研磨してニスの半分くらい削り落とせば色の明るい部分が再び出てきます。それでグッと古い感じが出るはずです。さらに横板のように汚れを全体に付けると良い感じになってくるはずです。

ヴァイオリン職人はまともに修行すればだれでもプロとして十分な水準の楽器を作ることができます。
しかし楽器を売るとなると求められるものは変わってきます。値段が安いとか作者が有名だとかそれ以上の何かが必要になります。むしろそれの方が重要です。

そのため安く作るために作業を早くするということが行われます。作業をテキパキとこなし細かいところは無視するようにします。
また名前を売るための売名行為に精を出すことも重要です。

この両方ができればさらに良いわけです。業者は安く仕入れて高く売ることができるので引っ張りだこになります。安上がりに作って高く売るのが商売では理想です。社会人なら当然のことでしょう。

しかし根っからの職人はそのようなことは許さない頭のおかしな人たちです。アマティやストラディバリを見ていれば、なぜそこまで美しく作ったのか不思議に思います。マジーニのようなブレシア派のほうが常識人の作るものです。

私は普通のものなら作る価値は無いと思います。なぜなら中古楽器のほうがよく鳴って音が良いうえに値段が安いからです。

しかし趣味趣向というものがありそのようなものでは満足できない人のために凝りに凝ったものをごくわずかに作ります。それがビジネスとして成立するようにしなくてはいけません。大事なのは業者を通さないで直接販売すること。これでコストを60%以上削減できるでしょう。
ボッタくりはダメですが、値段はやはり通常よりは高くなるのは止むをえません。

この楽器もすでにどうしても欲しいという人がいます。こちらの方が「音を試してから決めたほうがよいですよ」とアドバイスしなくてはいけません。
これまで作ってきたものもすべて完売していますからすでにビジネスとしては成立しています。自信を持ってやっていくことです。

もし最初に教わった正統派の作り方だけを続けていたなら今頃は修理の仕事しかなくなっていたことでしょう。








こんにちはガリッポです。

私は仕事一筋で趣味なども何もない感じだったので、去年はDIYに挑戦してみました。結局、手法があまりにも普段の仕事と考え方が違うので受け入れがたくなってしまいました。一般的な木工は板が外れないように釘やネジで留めるというものです。それに対してヴァイオリン職人の仕事は板にストレスを与えずに積み木のように置いただけでもぴったり合うように加工します。ホームセンターで売っていた材料をカンナで削りなおして完全な平面に加工することをやってしまいました。DIYは趣味としては保留です。

仕事中でも気分よく過ごそうと職場では音楽をかけるのですが、ラジオでは同じような曲ばかりで違うものも聴きたくなってしまいます。
修行時代はお金が無かったのでCDなんて買えませんでした。今は仕事を一生懸命やればお金はもらえてしまいます。長らく買っていませんでした。

これはジョバンニ・バティスタ・ヴィオッティのヴァイオリン協奏曲の全曲録音のもので10枚組になっています。
90年代に録音されたもので当時に2枚だけ買っていました。当時はネットなどもなくそれしか売っていなかったのです。他にも欲しいものがあったのでそれで満足していました。

これは中古で5000円位のものです。単体なら300円位ですが全部はそろいません。

当時世界初の録音として売られていたものです。今になっても他に誰も録音していないようです。

ヴィオッティのヴァイオリン協奏曲は22番だけ名演奏者が演奏したものがあると思います。それすらもレアです。

29番まであってそれだけの数のヴァイオリン協奏曲をモーツァルトやベートーベンは作曲していません。それらは職場にはたくさんCDがあってラジオでも時々かかるので何回も何回も聴きすぎているので他のものが欲しい所です。

曲調は早い時期ほど古典派の影響が強くオーケストラの合奏ではモーツァルトのようです。ソロのパートはパガニーニに似ている感じもあります。逆ですねパガニーニより前の世代です。

イタリア出身のヴィオッティはストラディバリを弾いてフランスでモダン弓の開発に協力したことでも知られていてヴァイオリン職人なら知っているべきですが、どうもそうではないようです。ヴァイオリンに関係ない人ならクラシックファンでも全くマイナーな作曲家でしょう。

かろうじて演奏されるのが22番ということになります。

クラシック音楽が不思議なのは、代表作ばかりが演奏されてそれ以外が全く演奏されないことです。ファンであれば同じ作曲家の他の曲も聴きたいと思うはずです。ドボルザークなんて9番の新世界しか聞いたことが無い人が多いでしょう。
それで感動して「素晴らしい」と思うなら他の曲も聴きたいと思うはずですが、クラシックの世界は独特なものです。

演奏会の様な興業的に考えると仕方のない部分もありますが、録音でも同様です。かつてはレコードやCDも高かったので一枚だけ買うなら代表作をということはあったでしょう。今はこのような全集が安い値段であります。10枚組くらいで1万円もしません。これを集めるのが今の趣味です。よく知っていると思っている作曲家でも知らない曲がたくさんあって新鮮です。
ケースも薄くて10枚あってもかさばりません。容量で言えばブルーレイなら一枚で全部入るのでしょうがまだまだそのようなものは多くありません。

一日に2~3枚でもこのようなCDを聞ければ仕事中も楽しくなるものです。

実は仕事中は集中しているのでほとんど聞こえていません。あくまで雰囲気にしかなりません。
かつては王様や貴族が儀式やパーティーの時に演奏していましたが、当時も出席客はおしゃべりなどに夢中で音楽は聴いていなかったようです。雑談がうるさくて聴こうにも聴こえなかったでしょう。そういう意味ではその時代のものがぴったりです。

ヴィオッティのヴァイオリン協奏曲を聞いていると現代にはあまり流行りそうにない感じはあります。若いヴァイオリン奏者が卓越した技能を見せつけるような感じではありません。
しかしとても美しいものでヴァイオリンの魅力を引き出していると思います。

この曲を弾くのにどんなヴァイオリンが良いかと考えてしまいます。一番良いのはストラディバリでしょう。職場でよく耳にするような鋭い耳障りな「力強い音」のものではなく、柔らくて澄んで美しい音色のものが良いでしょう。

もう少し現実的な価格帯なら私が作ったものです。特にストラディバリ型の物が良いと思います。
奥深いものです。







ピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンにニスを塗っています。慌てる必要が無いのでミスをしないようにじっくりやろうと思っています。

こんな感じになりました。
表板は汚れがたくさんついているのでそれを再現する必要があります。難しいのはニスの色が無いのに汚れだけを付けなくてはいけないのでどれくらいの濃さなのかわかりにくい所です。他が白いのですごく黒く見えます。

細部はこのような感じです。アンティーク塗装では大げさにやりすぎることが多いものです。メンテナンスで汚れをできるだけ取ろうとしてそれでも取り切れずに残った分を再現する必要があります。残りやすい部分は指板の下やくぼんでいるところ、f字孔の周りなどです。
したがってどこもかしこも同じように黒くするのではなく濃淡をつける必要があります。まさにデッサン画と同じです。
レオナルド・ダ・ビンチが油絵でモナリザを描いた時に陰影をつけて立体感を表現しました。ダビンチは途中まで描かれた絵が残っているものだと茶色で陰影を描いた後に色を付けていたようです。西洋の伝統的な絵画では初めに白黒写真のようにモノクロで描いてそれに色を付けて行ったのです。色だけ付けるとおかしいのでハイライトで明るさを強調する必要もあります。

学校などでこのような手法で絵を描いた人はいないでしょう。学校やアマチュアの絵画展でルネサンスのような質感の絵が無いのはそのためです。

白黒を使う方法や緑を使う方法もテンペラ画やフレスコ画では一般的です。
黒の濃い所と薄い所を塗り分けなくてはいけません。テクニックとしては完全にモナリザを描くのと同じです。

実際に使用している顔料は黒ではなくある種の茶色です。これもとても重要です。真っ黒だとザクセンやハンガリーのアンティーク塗装のように見えます。
ちょっと緑がかっていると後でニスが重なったときに程よい色あいになります。
黒くなっていない部分は写真では見えませんが、オレンジ色を付けてあります。これはオリジナルニスが残っている様子を強調するためのものです。


横板でもまずこのように濃淡をつけて汚れを付けます。全体的についていて掃除を繰り返す中で取りにくい所に残って行ったということです。ですから理屈上は全体に同じように汚れを再現して削り取っていけば300年経った様子になるはずです。しかし実際にやろうとすれば取れすぎる所があったり、変なところに残ってしまったりしてうまくいきません。そこではじめから濃淡をつけて汚れを再現するのです。
この後で軽く汚れを取ります。布にアルコールなどの溶剤を付けてふき取ることもできるし、目の細かい研磨剤で削り取ることもできます。
私はいろいろやってきましたが、汚れはある程度意図的に描いていかないとうまくいかないという考えが優勢です。

したがって表板も最初はこのような感じでモナリザのように陰影をつけて描いて、それをできるだけふき取って上の写真のようにしたのです。そのため一時はもっと真っ黒でした。
ただし取りすぎると無くなってしまうので注意が必要です。

スクロールも1週間かかって黒くしただけです。これを週明けには取り去って渦巻の深い所だけに残るようにします。その時に良い残り方をするための下地作りに1週間費やしたというわけです。失敗したらもう一回やり直しです。

その後表板には全体的に黄金色になるようニスを塗っています。少し黄色~オレンジを強めています。さっきの汚れもそれほど目立たなくなってきました。これでも黒い汚れが黄色のニスの間に突然現れていて不自然なものです。一番黒い所だけ付けたので中間的な部分を描いて全体的に汚れているようにしなくてはいけません。全体的に黒くなってしまうのであえてオレンジっぽくしたのです。

こうやって見るとやはりアマティっぽさがあります。グァルネリ家もアマティの影響が強いのです。私はアマティのモデルでたくさん楽器を作っているので、「ちょっとアマティっぽくなってしまった・・」なんてことがあり得ます。現代の職人では無いことです。

前回のビオラとこの楽器を見ればどちらも型が違っても同じ作者のものであることが分かるでしょう。それくらい私の作るものは独特です。私の目標はアマティ派の一人になるくらいです。それ以上は望んでいません。

裏板はほとんど進展が無いように見えます。どうやって行くか悩んでいるところです。どうしたものでしょうか?

いずれにしても段々慣れてくるごとに最終的な完成を予想してそれぞれの色の組み合わせを考えて行けるようになってきます。最初の写真ではおかしく見えた事でしょう。途中の段階で良く見えてもしょうがありません。黒くしたつもりが十分でないと出来上がったときに印象が弱くなってしまいます。
逆にわざとらしいと私が一番嫌うものになってしまいます。私はアンティーク塗装が誰よりも嫌いなのです。アンティーク塗装だとわからないようなアンティーク塗装が理想です。

古い楽器の修理でもニスの状態が悪い楽器もあります。表板はほとんどオリジナルのニスが無くなっていることもありますが、それはまだいいものです。汚れなどはあるので薄い色のニスでコーティングすれば十分です。フレンチポリッシュといって布で塗布するだけでも十分できます。
ところが裏板でオリジナルのニスがほとんど失われ、後の時代の人が変なニスを塗って悲惨なことになっているものがあります。今年の夏にもそんな修理がありました。裏板はアンティーク塗装で7割以上塗り直したようなものでした。本当のオールド楽器なのにアンティーク塗装を施すというおかしなことになってしまいました。それでイメージするようなオールドの名器のようになりました。実際にオールドの名器ですが…。


古い楽器でニスが失われたり、新しい部材を足したり、過去にまずい補修が行われたものなら、アンティーク塗装で直す必要があります。

そうやって考えると修理人のセンスはとても重要でオールド楽器はニスの補修をする人によって全く違う印象になってしまいます。

まだそういう仕事が一つ残っています。
ニスの仕事だけでも下請けなどもすればそれだけでも食っていけるように思います。それだけ難しい仕事です。一人前の職人でもさじを投げるような仕事がたくさんあるということです。






こんにちはガリッポです。

ヴァイオリンに赤ニスを塗っていましたができあがりました。見習の職人が作った白木のヴァイオリンにお客さんの注文で私がニスを塗ったものです。注文通りのニスを塗るのは初めてでは難しすぎるからです。

ニス塗りにも難航していましたがそれ以上にカメラの調整に苦労しました。赤の強さにカメラが異常な反応を示してしまいました。
感想は「赤いなあ」としか言いようがないものです。
もっと19世紀の楽器のように古びたようにすれば雰囲気が出るのでしょうが今回の仕事の依頼では予算オーバーになってしまいます。
それでも見習いが作ったヴァイオリンにしてはプロ級の仕上がりになっていると思います。

希望通りなのかわかりませんが色は間違いな赤く、きれいに塗れています。

横板も手が触れる部分は赤いニスが剥げたようになっています。
私としてはもう少しニスが剥げている様子を模した部分は少ない面積のほうが好みですが、それでは「陰影をつけた」ニスの塗り方であることに気づかなくなってしまいます。
これ以上剥げている部分の面積を大きくすると、よくあるもののようで嘘くさくなりすぎるので私は嫌です。

スクロールも赤く塗ってありますが、とてもストラディバリモデルとは思えない独特なものです。縁を黒くしてフランス風などには決してできないクオリティです。個性的なものなどは腕前が十分でなければ誰にでもできます。


裏板が一番赤い色にあっているようです。表板は黒檀の指板や付属部品などで赤と黒の色の組み合わせ効果が表れるかもしれません。
同僚もかつて赤いニスに挑戦したことがあってひどい物になったそうで、それに比べたら良い出来だと言っていました。フルバーニッシュで消防車のようなものになったそうです。
昼間ならちょっと明るい感じがしますが、舞台のような暗い所ではこれくらいの色のほうがはっきりと出るのではないかと思います。



したがって8割型普通の新作のフルバーニッシュと同じようなニスの塗り方になりました。苦労したのはずっとやってなかったからです。アンティーク塗装用に開発したニスは色もさることながら、様々なアンティーク塗装の効果がやりやすいような性質になっていました。フルバーニッシュにするなら色だけでなく配合も変えなくてはいけません。

これならアンティーク塗装のほうが早くできるのではないかと思うほどです。それだけアンティーク塗装の練習ができて来たようです。

赤いヴァイオリンが終ったので今度は連続してピエトロ・グァルネリ型のニスを塗っていきます。これは下地に透明なニスを塗っただけです。まず違うのは木材の質です。さらに木材には着色を施しています。そのためこの時点でも黄金色に見えます。
赤い方は初心者なので白木のまま着色しませんでした。着色はとても難しいもので、一度失敗したら脱色はできません。接着剤のにかわなどが染み込んでいるといくらふき取ってもそこだけ色がつかなくなったりします。したがって着色するなら製造中から着色を考えなくてはいけません。
私は10年以上研究していますから、この通りに見事に色がついています。しかし量産楽器のように色がきつすぎて染みにはなっていません。
戦前のドイツの楽器は薬品を使って染めていて、灰色っぽいものも多くあります。最近のものは合成染料を直に染み込ませてあるのでインクのように染まっています。

白木の楽器にニスを塗っていくとなかなか色が濃くなっていきません。このような下地で始めればもっと深みのある赤になったでしょう。フランスの楽器も着色してあってそれが古くなっているので尚更です。
表板は着色しにくいものです。場所によってステインを吸い込む量が違うからでひどく汚くなってしまいます。
やらないほうがましです。
その代わり汚れがついている様子を再現することで一気に古く濃い色にすることができます。そのあたりはこれからです。

10年以上にやりやすいように教わった作り方を変えているので、初心者の作ったものにニスを塗るのは苦労します。

トータルで20年近くやっていますから多少は見習が作るものよりも良くなければいけません。
これからニスを塗るという段階ですが、すでに研究の成果は出ていると思います。アーチはとても高くて立体で見るとさらに違って見えます。すでにこのヴァイオリンに興味があるという方います。肝心なのは音なのですが、すでに人を引き付ける魅力があることは間違いありません。前に作ったときの音が印象的だったので、むしろそのために選んだモデルです。そのうえ見た目でも美しいということです。師匠もとても気に入っているようです。

このヴァイオリンは新型コロナのロックダウンの時期に作ってきたものです。後の時代の人が2020年作というラベルを見たらひどい年にもヴァイオリンが作られていたことを何と思うでしょうか?
完成させないことには売り物なりませんから他の仕事が増えても投げ出してはその何か月かが無意味な仕事になってしまいます。全力で完成させましょう。

表板もひと夏太陽光や紫外線ライトにあてていたので少し色が変わっています。それ以上に表板は古く見せるテクニックが発揮できますから大丈夫です。

赤いニス

楽器以前に色自体に好き嫌いがあります。赤い色が好きなら弦楽器も赤い色にしたいということもあるでしょう。情熱的なイメージもあります。
今回ももう少し上等な木材を使えば印象は違ったでしょうし、下地の着色とのコンビネーションも含めて新作としての赤いニスを研究して行ったりアンティーク塗装にしても面白いでしょう。

一方でひどい物もよくあります。一歩間違えばどぎつい醜いものになってしまいます。大惨事にならなかっただけでも良かったと思います。
フルバーニッシュに近いニスでは毎日作業で見ていると実感が分からなくなってきます。皆さんはパッと画像を見たので新鮮な印象を受けたと思います。
きれいな赤いニスと思われたのでしょうか?

やってる方は分からなくなってきます。アンティーク塗装でも塗っていると眼が冴えすぎてだんだんよくわからなくなってきて出来上がったころには「ん?」という感じになります。これ以上やったら真っ黒になってしまうから仕方なくやめるというような感じです。
ニスを塗る作業は満足感や達成感が得られないものです。
何年かしてメンテナンスなどのために楽器が戻ってきたときに良かったなとわかるものです。

フルバーニッシュはもっと満足感が得られません。物足りない気持ちが強くなってアンティーク塗装を研究していく動機になりました。

その結果私独自の表現ができるようになってきました。ピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンでも発揮していきましょう。
こんにちはガリッポです。

自宅で過ごす時間が多くなったので楽器が売れているというニュースもありますが、うちでは専門店ということもあって新たに始めるというのは見かけません。お子さんがサイズアップのために楽器を交換するケースが多いです。

前々回、ボヘミア出身のハウスマンがミッテンバルトで作ったヴァイオリンを紹介しました。一組目の試奏でさっそく選ばれて試奏用に貸し出しました。日本風に言えば「商談中」というわけです。明らかに他の楽器よりよく鳴るので不思議ではありません。
3/4から4/4に移行するために楽器を買おうということですが、初めて使う4/4のヴァイオリンがあの楽器というのはレベルが高いです。掘り出し物です。才能もあるようで良い道具を与えようという親御さんの熱意が正しい方向に向かっている例です。





特にここのところビオラを買いに来る人が多くいます。
20年前はビオラを買いに来る人は一年に一人くらいだったと師匠は言っていますが、一日で3人も来る日がありました。どうもビオラブームみたいです。
お子さんがビオラから始めることもあって、ヴァイオリンくらいのサイズのビオラもレンタルで求められています。

中にはベテランの人もいて、私の作ったビオラを弾いて、どうも制作を依頼してくれそうです。来年分のビオラ製造となりそうです。他の職人のところも多く訪れたそうですが、気に入ってくれたようです。
身長は見たところ185㎝くらいでしょうか、サイズも大型で新しい設計が必要になります。

毎年ビオラを作らなくてはいけません。



他には2006年にクレモナの学校でヴァイオリン製作を勉強していた学生を見習として教えていた時期があって、その時に作らせたヴァイオリンをその後販売しました。ハンドメイドの楽器としては割安で使っている人がいるのですが、音のことで相談を受けました。

何年か前にも調整はしているのですが、音が鋭くなってきたと言うのです。
10年以上使ってきて音が変化してくるのは当然あり得ます。

新作の楽器がどう変化していくかの興味深い例です。

弾いてみると前回紹介したギュッターのヴァイオリンと似たような傾向のものです。さらに50年経てばあのような感じになることは想像できます。
うちの楽器は作られてすぐはそんなに力強い音ではありません。それが鋭い音になって来ているのでそれが変化です。

お客さんは当初のようなマイルドな音を希望されていたので、魂柱の調整で少し穏やかにして終わりました。しかし、根本的に問題を解決するために駒と魂柱を交換すれば作られた当初の音に近づくでしょう。しかし、全く同じではなく当時よりも音がよく出るようになっているはずです。

音の個性

現代では同じような設計で楽器が作られているので同じような系統の音のものが多くあります。それに対して私が作る楽器は柔らかいきめ細やかな音がします。何故かはわかりません。
先ほどのビオラでも、他の職人のものはもっと鋭い音だったと言っています。私は一般的な職人が作るものよりも柔らかい音であることは知っていますから、そうだろうなと思いました。


うちでも古い楽器を修理したり、量産楽器を購入したり、お客さんの楽器を調整することがあります。音がすごく鋭くて耳障りということは多いです。我々としては鋭すぎる音の楽器があるときは「これはもう少し柔らかくできないか」と調整を試みるのです。

とくに鋭い音が多いのは安価な量産楽器や50~100年くらい経っているものです。そのため戦前の量産品などはたいてい音が鋭いものです。

鋭い音が良いのか柔らかい音が良いのかは個人の好みの問題で自由です。
もし鋭い音の楽器が好みなら少ない予算でも手に入るというだけです。
中級者以上でも偽造ラベルが付いた安価な楽器を騙されて愛用している人もいますし、生徒などには薦めることあるでしょう。


今回の例からしても楽器が作られてから年月が経過すると音が鋭くなっていくことは十分考えられます。経験的にも100年くらい前のものに鋭い音のものが多くあります。一方200年以上経ったものでは耳障りなものは少ないと思います。オールド楽器には特に柔らかい音のものもあります。ただし作りに個体差が大きいので音にも個体差が大きく刺激的な音のするものもあります。

なぜ安価な楽器が鋭い音がするのかはよくわかりません。
鋭い音は強く感じるので、パッと弾いた瞬間に「意外と悪くない」と思うこともしばしばです。しかし音の鋭さを気にしだすと何をどうやっても柔らかくはなりません。それで楽器の限界を露呈することになるのです。

安価な楽器と高級品の違いは、「雑に作られていること」です。となれば雑に作られていれば音が鋭くなると考えるかもしれません。しかし、丁寧に作られた楽器でも鋭い音のものはあります。この説は否定されます。技術者としては理由は分からないとしか言えません。


しかし私のことをよく知っている人なら、職人の性格と音を結び付けるかもしれません。穏やかでナイーブな大人しい優しい性格と言えるでしょう。一方我が強くガサツで自分勝手な強引な人の楽器なら鋭い音になるような気がします。経験則でそのようなことはあるような気もします。しかしこれは科学的には説明できません。

ただしその人の仕事に違いが生じるなら、音にも違いがあるかもしれません。
この場合は、会話などを通じて感じる性格とは少し違うでしょう。木材と向き合って作業するときの性格です。明るくて気が利いて感じが良い人が仕事をすると、意外と雑で強引だったりします。不愛想で気難しい方が丁寧な仕事をすることがよくあります。いわゆる職人気質です。

これは私が以前描いた絵です。絵にはその人の感性が現れるでしょう。用紙の大きさは42㎝の紙を二枚張り合わせたので縦は84㎝です。木炭で描いたものです。鉛筆ならもっと繊細な感じになるでしょうが、木炭でもかなり繊細な方でしょう。イタリアのバロック彫刻を写しているので力強いべきですが、ボッティチェリのようです。
木炭デッサンなら一般的にはもっと汚らしいものです。私はそれが許せません。

ただし、バロック美術と言えどもイタリアのこの時代の美術は全体的に「優美」なものです。美術だけでなく音楽も何もかもが優美な時代です。ラファエロとミケランジェロを比べれば、ラファエロが優美でミケランジェロは力強いでしょう。しかしミケランジェロでも現代などの全く違う絵と比べれば優美なものです。

不思議なことに私の感性が音になって表れているようなのです。絵の感じと音の感じに共通点があるのです。もっと荒々しい絵なら、もっと迫力があって感じられます。私の絵はそうではありません。でもすぐに飽きるような単調なものでもないでしょう。


美しい楽器を作る人はみな子供のころクラスでは絵がうまいと言われたような人たちです。どんな絵に興味があるかは人それぞれで漫画のキャラクターをうまく描く人もいます。
しかし弦楽器作りでは絵などは描けなくても作業を順番にこなせば作ることができます。楽器を習っていて演奏ではプロにはなれないと楽器職人になった人が多く全くそのような才能の無い人もプロの職人として仕事をしています。むしろ音楽家と話が合うので粗末な仕事ぶりでも信頼は厚いです。音楽家の方にもセンスが無いと美しさが分からないわけです。そもそも音にしか興味がありません。

そのため楽器は美しい必要はないのです。


全く違う造形感覚を持った人が同じようにプロの職人として楽器を作っているわけです。その結果として出てくる音が違ったとしてもおかしくありません。
繊細な感性の人には気になる点も、そうでない人は全く気にならずに完成としてしまうということです。

これについてバスバーの取り付けなどははっきりしていてバスバーの材料を削って表板の面に合うように加工します。この時にバスバーの曲面と表板の内側の面がぴったり合っていれば力が均等に伝わるはずです。面が合っていないのに「できた」と判断して無理やり接着すれば表板にストレスがかかることになります。
実際新品の安価な楽器でもバスバーを交換すれば音が柔らかくなります。弓がちょっと触れただけでギャーと音が出ていたのが、じんわりと音が出るようになった経験があります。

これがバスバーだけではなくアーチのような立体造形などありとあらゆるところに作用するということです。


同じように現代のセオリー通り楽器を作っても人によって音が違ってきます。ストラディバリモデルでもガルネリモデルでもその違いよりも、ずっと大きな違いになります。同じ人が作ったらストラディバリモデルでもガルネリモデルでも似たような音になるということです。

私は現代風に作ろうが、モダン風に作ろうが、オールド風に作ろうがいずれも柔らかい音がします。

どのような造形センスの違いがどんな音の違いになるかは法則性を見出すのは難しいでしょう。そこはブラックボックスとして考える必要があります。

このため私は「癖」と考えています。
作者の癖によって楽器の音には個性が出ると考えるべきで、その癖は自分ではコントロールすることができないので意図的に音を作り出すことは困難だと申し上げているわけです。このためどこの誰の作ったものに、自分の好みとあうものが存在するかはわかりません。「世界的に評価の高い巨匠」などという考え方が全く弦楽器の現実からかけ離れたファンタジー(空想)の世界の話だと我々は感じるのです。


統計的な偏差などはあるでしょう。平均的な職人がセオリー通り作れば音は似てくるということですし、同じような音の楽器が多くなるということです。
全く作り方が関係ないということでもありません。


また優秀な弟子だけ選抜されて師匠の厳格な指導の下で作られたものは見た目もそっくりなら音もかなり近いでしょう。お手本通り作れない職人たちなら音の個性もバラバラになってくるはずです。ただし、お手本通り作れる方が特殊な人たちで、お手本通り作れないほうが凡人なので同じような物はたくさんあることになります。

量産メーカーでも機械で作られている最近のものは全く同じ音ではないが、そのメーカーの傾向というのはあります。チェロは量産楽器がほとんどですからチェロ教師から評判の良いメーカーのチェロが定まってきます。それがそのお店で売っているチェロというわけです。同じメーカーなら音の個体差はかなりありますが、全く逆の傾向ということはありません。一定の方向に絞られていますが試奏して選ばなくて履けません。

チェロの場合もやはり安いチェロほど耳障りで鋭い音のものが多くなります。一方でチェロの弦はスチールなので安い弦ほど耳障りな音がします。安いチェロほど何万円もする高級な弦が必要になるというのですから困った事態です。
量産チェロの場合には柔らかい音のもののほうがうちでは評判が良いため、いつも同じメーカーから仕入れています。
そのあたりはその地域のユーザーの好みを反映していれば商売が繁盛します。

鋭い音の量産チェロと柔らかい音のもので作りの違いを調べてもよくわかりません。決まった法則性は見出せません。

自己満足のための高級品

高級品というのは人々を魅了するとともによこしまな欲望も駆り立ててきたものです。

日本でもバブル時代までなら、世界の一流品を手に入れ自慢できるとなれば、人々を惹きつけたものです。当時のビジネスの手法は、これを持っていると一流の人物だと人から一目置かれたり、異性にモテたりすると宣伝するものでした。そのような洗脳の広告手法はかつては機能していました。今の人たちはそのようなものはすぐに見抜いてしまいケチがつけられてしまいます。実用的な物や機能的なものが求められる傾向が強まっているでしょう。

このような宣伝文句やウンチクを聞かされるほど、逆に「別に人からどう思われようとかまわないから安いもので十分だ」という考えを強めていくでしょう。私も本気で音楽をやりたければ楽器は名前ではなく実力で選ぶべきだと考えています。


高級品や美しいものを作れる人というのは職人の中でも限られた才能を持った人だけです。職人でも全く違いが分からない人が多いから粗雑なものがたくさん作られてきたのです。
それでも機能的には必ずしも悪いというわけではありません。最低限機能するポイントさえ押さえていて音が好みに合っていれば道具としては良いのです。



誰にでも分かるものが良いものなら、クラシック音楽よりもヒット曲のほうが優れているはずです。ランキングの順番が音楽のすばらしさの順番でしょうか?

やはり分かる人にだけわかるものというのがあると思います。
高級品を持っていてもほとんど誰にも気づかれないのが本来でしょう。誰にでも分かるようなのは大げさにしたものです。大げさにしたものは成金趣味というものです。しかし弦楽器職人の世界は幸いにもそこまでビジネス化が進んでいません。今時高級品といえども何から何まで手作りで作られているものは少ないです。
たまに分かる人に会うと意気投合です。高級品とはそんなものです。

「ストラディバリはフラットなアーチを発明して音量を増大させた」と信じられています。19世紀の人たちの解釈が今に続いているもので事実ではありません。
調べてみるとストラディバリはなんの発明もしておらず、他のクレモナの作者と異なる「癖」を持っています。それがストラディバリの音なのです。

このように業界で正しいとされる知識もまったく信用できません。
だからこそ自分で良さが分からないと、わけのわからない「言葉」にとらわれてしまいます。
多くの日本人は自分などにはわかるはずがないから、世界の専門家が絶賛しているものを求めます。しかし実際にはそんな人はいませんし、専門家同士でも意見が分かれ客観的に評価できるようなものではないのです。

自分だけに良さが分かるものに囲まれていることが幸せでしょう。
自分が満足するために高級品を買うということです。
そのような幸福な人をお客さんにたくさん見ています。

私なら高級品を買おうか買わないか迷った時には自分が心の底から満足できるかということを考えます。そうすればおのずと答えが出てくるでしょう。

100%理解できるようでは面白くなくて、全力で取り組んで分かりかけているくらいが一番面白いものです。それが私にとっての弦楽器です。














































こんにちはガリッポです。



新学期は9月からなので新しい楽器でレッスンを受けようとお客さんも多くなっています。夏休みを利用したメンテナンスとともに、売るための楽器を用意しなくてはいけません。

前回、スイス製のホフマンという作者のヴァイオリンの買い手が決まったという話でしたが、それまで使っていた楽器を下取りとしました。


これは、マルクノイキルヒェンのオスカー・ギュッターのヴァイオリンです。
パッと見てもきれいな楽器でマルクノイキルヒェンの楽器の多くとは違い品質の高いものです。

すぐにガルネリモデルだとわかりますが、形は整っていて粗悪品とは全く違います。ニスもラッカーのようなものではなく高級感があります。

オスカー・ギュッターは1887年に生まれ1982年に亡くなっています。東西ドイツが統一されたのが1990年なので戦後は東ドイツの職人ということになります。

この作者は一流のドイツモダン作者、シュツットガルトのゲルトナーのところで修行しています。
マルクノイキルヒェンの外の世界を知っている職人ということができます。

この楽器は焼き印だけが押されていてラベルはついていません。そのため作られた年代が分かりません。本に出ているものでは1947年のものとそっくりです。そちらはストラドモデルなので完全に同じではありませんが雰囲気がよく似ています。そのため1950年頃のものではないかと予想されます。60~70年代になるとかなり高齢なので50年頃と考えるほうが自然でしょう。60~70年代でも50年くらい経っていますから鳴るようになっているはずです。
2歳年下の同じ苗字の別のギュッターもゲルトナーのところで修行しています。兄弟なのか従弟(いとこ)なのかわかりませんが協力していたすれば生産能力が増大します。

今の時代でもこれだけのクオリティのものが作れる職人の割合は決して多くありません。私たちはマイスターの資格には興味がありません、楽器の質がマイスター作と呼ぶにふさわしいかどうかが重要です。資格だけ持っている下手くそなマイスターは多いです。

ザクセンの楽器のパフリングには白い木を黒く染めたものが使われていることが多いです。これはイタリアでも使われていますが、特にザクセン特有なのは黒の部分が太くて白い部分が細いものです。黒い部分も色が褪せていて灰色になっています。
この楽器は全くそれとは違い真っ黒なものです。おそらく黒檀でしょう。大量生産費ではなくマイスター作と呼べるクオリティの楽器です。

戦後の楽器ということで国としては東ドイツの製品ということになります。ソビエトや中国では工業製品の質が悪く発展しなかったことでも有名ですが、東ドイツの弦楽器の製造では必ずしもそうではないようです。特にマルクノイキルヒェンの弓の評価は高く、フランスで修行して技術を持ち帰り良質な弓が製造されました。お客さんのプロの演奏者でも愛用者は多いです。フランスじゃなくてはダメと言う人はむしろアマチュアです。
東ドイツになった後も、弓は密かに西ドイツに密輸されていたそうです。

現代の教科書通りのヴァイオリン

楽器を見て私は、現代の楽器製作の教科書通りだと思いました。

スクロールも現代のものです。写真はちょっとボケていますがまるみもきれいで角がちょっと丸くなっています。イタリアのモダン楽器にも多いです。
量産品のものとは違い一人前の職人として認められるレベルです。

マルクノイキルヒェンの作者なので自分で楽器を売るよりは楽器を卸していたはずです。そうなると安く買いたたかれてしまうのでかなりの速さで作ったはずです。その割には合格点の出来だと思います。これはボヘミアの職人もそうですし、現代のクレモナの作者でも同じことです。
かなりの数を作っていたせいか、安定感があります。とても手慣れていて探り探り作っている感じがしません。その方がハンドメイドっぽいですが、この楽器では欠点が少なく仕上がっています。これは現代の楽器製作では良しとされるものです。ヴァイオリン製作コンクールでは欠点のないものを皆が目指しています。
作り手の癖のようなものが現れていません。
その辺はイタリアの現代の楽器のほうが癖が強いものが多いでしょう。

これはお手本通りにちゃんと作ることができるということです。お手本のように作ることができないのを「個性がある」と称賛するなら下手くそな職人のほうが優れていることになります。

板の厚みを調べるといわゆる「グラデーション理論」で作られていることがわかります。表板や裏板の中央が厚く周辺に行くにしたがって薄くなるというものです。
これが規則的に行われているということは加工がきわめて正確であるということが言えます。安価な量産品では厚みにむらがあります。これも戦後の楽器の特徴でしょう。

前回のハウスマンも後の時代の楽器として紹介したものは同様になっていました。西ドイツのミッテンバルトと東ドイツのマルクノイキルヒェンで同じような考え方で楽器が作られていたというのが面白いです。

19世紀のフランスの楽器であれば表板はすべて同じ厚さで作られているのが代表的です。すべて薄いので全体としても薄くなります。
それに比べるとグラデーション理論では表板はずっと厚くなります。

裏板でもフランスのものは中央が厚く、それ以外はごっそりと薄く作られているのに対して、グラデーション理論では中心から周辺に行くにしたがって徐々に薄くしていくので中間の厚みの部分が広くなって全体としても厚めになります。

現代の職人も初めにこのようなものを教わります。理屈が出来上がっているので説得力があり、新人にも教えやすいものです。「なんとなく勘で作れ」と言われてもわけがわかりません。

現代の職人でもこの考え方を信じている人は少なくなく、薄い板の楽器を作ってはいけないと教えられています。
職人の工房を訪ねて、「薄い板の楽器はどうですか?」と聞いてみれば、私の意見とは違って「厚い板の楽器が本物だ、薄いものは最初は鳴るけどそのうち鳴らなくなる」という答えが返ってくることが多いでしょう。
20世紀後半からはこのように信じられているからです。

総じて見ていかにも20世紀後半の楽器ということが言えます。その中ではこの楽器はかなり古いものです。戦前の楽器製作と少し作風が変わってきているようです。

持ち主の人が買い換えたのも戦前の作風のホフマンのものです。こちらの方がフランスのモダン楽器の影響が濃いものでした。それがワンランク上の楽器として買い替えたということになります。

20世紀の職人たちはそれまでより進歩したのでしょうか?後退したのでしょうか?
判定は未来の人にゆだねられることになります。

気になる音


修理は状態が良いのでほとんど必要がありません。通常のメンテナンスのようなものです。魂柱、駒、ペグ、テールピース、弦、あご当てなど付属部品をすべて交換しニスを補修すれば完了でした。

出来上がって弾いてみるとすごくよく鳴ります。ただし音の質自体は現代の楽器のようです。オールド楽器の様な音ではありません。

教科書通り作られた現代の楽器は我々職人ならみな最初に作るおなじみのもので珍しいものではありません。一般の人にとっては量産楽器から始める人が多く、ハンドメイドの楽器は高級品として珍しいものと感じるでしょう。東京ならクレモナのものが200万円以上で売られていますが、我々にとってはよくあるものです。
この楽器もそれとよく似たような音のものです。私も日本に帰るとクレモナの現代の楽器を持っている人に会います。それと同じような音の楽器です。

ただし、これはとてもよく鳴ります。80年代のクレモナの楽器でもよく弾き込んだものはよく鳴りますが、それ以上です。ずっと古いからです。そういう意味では新作のクレモナの楽器よりはワンランク上の音と考えられるでしょう。しかし遠鳴りするものではありません。

値段はマルクノイキルヒェンが大量生産の産地というイメージの悪さで1万ユーロ(約125万円)を超えるのはなかなか難しいでしょう。この作者も特に有名ではありませんし、戦前の作者でも1万ユーロは壁で上がつかえています。
マルクノイキルヒェンのマイスターなら50~60万円くらいという見方もあります。しかしドイツのマイスターのヴァイオリンとして見れば安すぎるので100万円程度の値段でも高すぎるということは無いでしょう。

その値段でも現代の立派な楽器と同じような音ではるかによく鳴るのです。

それでも持ち主の人は不満に思い、フランスのモダン楽器の名残を残すホフマンに買い換えました。それも150万円もしません。

このような楽器は日本では売っていないでしょうが、もし売るなら最低150万円はするでしょう。そうでなければ業者には旨味がありません。150万円で売れる要素がこの楽器にはあるかということを考えるでしょう。何らかの形でイタリアの作者の影響があるとか、何か宣伝文句になるような要素が無いと仕入れることは無いでしょう。日本の商売人は「聞こえの良さ」を何よりも大事にするからです。ゲルトナーではだれも知らないのでネームバリューにはプラスになりません。値段は無知な人によって決まると考えることができます。
音が良いとかそういうことではないです。むしろ音が良かったらもっと高価な楽器が売れなくなってしまいます。

現代の名工ともてはやされたような職人と同じような戦後の主流派の作風でその中では最も古い方なためよく鳴るようになっています。値段は新作より安いのですから、同じような作風の新作を買うのは全く意味がありません。
現代の職人が修理ばかりの仕事をしているのには訳があります。

テレビやユーチューブなどで現代のヴァイオリン職人が取材されたときに、ウンチクを語った後出来上がった自慢の楽器を弾くのですが、その時の音に似ています。テレビのクルーは音楽録音の専門家ではありませんし、機材も貧弱ですから独特の音になります。それでも現代のヴァイオリンの音というのが分かります。
このヴァイオリンもいかにもそんな感じの音です。その中でははるかによく鳴る楽器です。

現代の楽器の音が悪いと私が言ってるわけではありません。そのような音が良いのなら同じような物はたくさんあり、その中でこれなら安くてよく鳴る優れたものだということです。

学生のステップアップとしても妥当なものです。粗悪品ではないちゃんとした楽器で練習して来てモダン楽器に買い替えたのですから。

趣味となれば別の楽しみ方もあるでしょう。





こんにちはガリッポです。

弦楽器の音を外観や作者名、値段などで予想することは不可能です。どんな音がするかは弾いてみないとわからないというのが弦楽器です。

とはいえ我々も楽器を買い取るときには勘を働かせる必要があります。壊れていたり、長年使われていなくて弦も張っていない楽器や、修理が必要で本来の力を出せない状態にある楽器が多いからです。

高くて音が悪い楽器を好んで買うのは日本人くらいのもので、こちらでは安くて音が良い楽器が求められます。楽器を買いに来る人は予備知識も持たずただ単に試奏して楽器を選ぶからです。

したがって安くて音が良い楽器を見分けることが重要になります。
中高生でこのような楽器を使用していれば、さらにランク上の楽器にステップアップするときに「名ばかりの巨匠」に何百万円も出すことはありません。
日本人はピラミッドの頂点ばかりを求め特定の物しか知らないため、それが実際には平凡なもので頂点ではないということに気づかないのです。


今年に入って初めに紹介したホフマン作のスイス製のヴァイオリンがありました。
〈過去記事参照〉
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12573753296.html
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12578557858.html


これはアーチが真っ平らで板が薄いものです。私もパッと見て「これは良さそうだ」と思いました。板の厚みを測ってさらに期待値があがります。
実際に修理を終えてみると力強くよく鳴る楽器で音色にも深みがあります。
この度買い手が決まりました。
こんな時期でもすぐに売れたのですから勘は正しかったです。
こんな時期だからこそ安くて音が良い楽器が求められるのかもしれません。

引き渡す直前にあご当ての調整のために手に取って見ると本当にアーチは真っ平らでごくわずかのふくらみしかありません。板が薄くまっ平らなアーチでもでも変形などは無く強度としては十分であることが分かります。オールド楽器の時代にはこれで十分だということは分かっていなかったのでしょう。どれだけ少ないアーチで楽器が耐えられるかを物語る貴重な例です。
音も良いわけですからフラットなアーチを否定する材料は何もありません。

本当に楽器の機能性だけに突き詰めていくとこのようなヴァイオリンになるのかもしれません。記事のタイトルにも「こんなので十分」と書きましたが、まさにその通りです。物を作る人は余計なことをしてしまうという過ちを犯しやすいです。買う方も余計なことをしてあるものを求めてしまいます。

私も20年くらい職人をやってきてたどりついた境地です。


他にはミルクールのヴァイオリンも紹介しました。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12605555099.html


さらに今回同じような価格帯のヴァイオリンを紹介します。

オットマー・ハウスマンのヴァイオリン



直訳すると
『オットマー・ハウスマン、ヴァイオリンメーカー、ミッテンバルト、1947』
と手書きで書いてあります。とてもシンプルです。
ラベルが偽造でなければ1947年にミッテンバルトでオットマー・ハウスマンとい人が作ったということです。

普通はミッテンバルトの作者だと思うでしょう。しかし私はパッと見た瞬間にチェコのボヘミアの流派のものだと思いました。ラベルを見るより先にチェコの楽器があるなと思ったのです。
文献で調べてみるとやはり出生地はチェコのシェーンバッハです。ボヘミアの楽器製作では中心地です。
もともとドイツ人で戦争が終わってチェコから引き揚げて来てミッテンバルトに移住したのでしょう。
文献によるとミッテンバルトで下働きをした後、会社を相続し多くの従業員を抱えて工場を経営したようです。
作者としては量産工場の経営者ですからオークションなどで注目されるような人ではありません。

表側です。いわゆるガルネリモデルであることはすぐにわかりますが、巨大なf字孔はいかにもボヘミアの流派のものです。角は摩耗したように丸くしてあるのもはっきりした特徴です。形は整っていて品質は悪くありません。
文献にもガルネリモデルでニスは「陰影をつけた」と書いてありますので、まさに本の通りです。

シェーンバッハ出身の職人であるという記述とも一致しますからまず本物と考えて良いでしょう。とはいえ特に有名な作者ではありませんから、名前によるプレミアはありません。間違っていても値段は変わりません。

このようなニスの塗り方はボヘミアの楽器ではあまり見ません。どちらかと言うとミッテンバルトの流儀でしょう。ボヘミアの楽器はモダンイタリアの影響が強いのに対して、ミッテンバルトはフランスの影響が強いです。
ボヘミアのものでは角を丸くして琥珀色に塗ったのが典型的です。
それに対してミッテンバルトはフランスですから赤いニスは典型的です。

楽器の作り方は修行時代に身に付いたそのままで、ニスの塗り方はミッテンバルトに来て変わったのかもしれません。それくらい最初に教わった作り方というのが作風に決定的な影響を与えるということです。
ヴァイオリン職人は初めに教わった作り方で生涯を終える人が多いのです。

日本では明治時代などにヴァイオリンを作ろうと思えば、外国から輸入したヴァイオリンを分解して自己流に研究したかもしれません。しかし西洋では完成された作り方を始めに教わるのです。

だから特別な才能や超人的な情熱など無くても初めて作ったヴァイオリンですでにちゃんとしたものができるのです。うちにも職人の見習いがいますが、いきなり売り物になるものです。

この楽器で面白い点は裏板はボヘミアの楽器によくあるような厚さで、中心は3.5㎜程度でそれほど厚くありません。現代の厚めの表板のような厚さです。ボヘミアの楽器には表板と裏板が同じ厚さのものがあります。
このようなボヘミアの楽器にはとても音量があるものがあります。

それに対して表板は全体が2.5mm程度以下と薄くフランスのようです。
裏がボヘミアで表がフランスのような板の厚さということです。
いずれにしても厚すぎるということは無いので期待が持てます。


同時にもう一つハウスマンのヴァイオリンがありました。

これはもう少し後の時代のものです。

ボヘミアの特徴は少なくなっています。板の厚みを測っても現代の楽器のような厚めのものです。おそらく工場で従業員が作ったものでしょう。作者の特徴は希薄になっています。逆に考えれば1947年のものは作者自身が作ったものではないかと思います。
工場製の楽器としては品質も良く、見た目もきれいです。木材の質も良いです。
しかし板が厚くなっていてよくあるような20世紀の楽器です。むしろこの時代には最新の作り方でそれまでの自分の作り方を変えたのかもしれません。

もちろん西ドイツ製で60年代くらいのもので上級品ですからひどい安物ではありません。

ラベルも印刷会社で印刷されたものに変わっています。今で言えばブランドロゴです。

一方1947年の方は指板の質も悪いです。指板の裏側の加工の仕方を見るとボヘミアの作者の特徴があるのでおそらくオリジナルの指板でしょう。指板は消耗品で削りなおしているうちに薄くなってしまうので交換することになります。そのため指板は作者の特徴とは言えませんが、オリジナルのものが残っている場合ははっきりとした特徴になります。一般の人には同じように見えるかもしれませんが指板の加工の仕方は修理経験の豊富な職人が見ると千差万別に見えるのです。量産品と一流の職人の違いを一発で見分けられます。

これは材質が悪いです。真っ黒ではなく明るい色の部分が混ざっています。しかしこれも終戦直後に作られたと考えれば時代を感じないでしょうか?この時期の楽器にはネックなどにも違う木材が使われたり、料理で使うようなナイフを使って作られたりその場にあったもので作られたりしました。職人のたくましさを感じると同時に、食べ物にも困る時代にも音楽を愛した当時の人たちの想いがしのばれます。

ニスも硬いもので人工樹脂のものだと思いますし、f字孔の裏側に垂れた色を見ても色素は人工のものです。贅沢に作られた高級品ではないですが、作者本人が作ったハンドメイドの楽器だと思います。ヴィヨームでも自分で作っていたのは若いころだけですから似たような感じです。

このように弦楽器というのは初めて作ったときに完成された作り方を教わるのですでにプロのものができます。音は人によって違いがあります。意図的に音の違いを生み出したのではなく、教わった作り方で作ったらこんな音になったというわけです。
腕を上げて次第に音が良くなっていくのではなく、いきなりプロの職人の音になるのです。

見た目は何年も続けていくと完成度は上がっていきます。仕事の早さもプロのレベルになって行きます。

だからどこの誰が作った楽器に音が良いものがあるのか全く分からないです。オークションなどで取引されるのは転売してお金になる楽器です。お金の話だけです。
そのため楽器を選ぶのは名前ではなく試奏で選ばなくてはいけないのです。

この楽器は表板がぱっくり割れていた上に、瞬間接着剤のようなもので素人が修理したものでした。プロでもこのような修理をする職人はたくさんいますが・・・。
それをやり直して補強しました。過去にまずい修理がされた楽器では傷口を見えないように仕上げるのは至難の業です。

バスバーをどうしようかということになりました。1947年ですからどうしても交換しなくてはいけないというほど古いものではありません。金儲けを考えるなら手間はできるだけ減らすべきですが、悪くない楽器だとわかっていますから悩むくらいならと交換しました。ディーラーでなくて職人の強みです。

修理完了




高音側のf字孔のから下に向かって割れがあります。修理しましたがきれいにはいきません。割れてから経過したものでは修理が難しくなります。今回は素人の修理がされていたので最悪です。
それでも強度面では問題なく修理しました。

ニスは作られた当初からこのように塗られた「陰影をつける」塗り方です。アンティーク塗装の一種で、傷などはつけられていません。
特に周辺の溝のところが黒く塗られていて締まって見えます。リアリティで言うと縁だけが真っ黒なのはおかしいです。
またニスが剥げたところは黄色い色をしています。この楽器はまず黄色に塗った後で赤いニスを部分的に塗ったのだと思います。

これはエンリコ・ロッカのヴァイオリンで戦前のものです。そんなに古い楽器ではありませんがそれでもニスが剥げている所の色は黒ずんでいます。黄色なのはおかしいです。


再びハウスマンに戻りますが、スクロールはきゃしゃな感じです。多くの場合ボヘミアの楽器はスクロールだけを作る職人のものを付けていることが多いと思います。このスクロールはそれには似ていないようです。決して完成度の高いものではありません。だからこそ自分で作ったかもしれません。ペグボックスの感じからしてもミッテンバルトのものではないようです。

赤いニスの剥がれ方からすると19世紀前半~中ごろのフランスの楽器のようではありますが、それ以外のところは新しい感じがしてリアティのあるアンティーク塗装ではありません。ただし、見た目の雰囲気は悪くなく作者の美意識と考えても良いでしょう。
後の時代のもののように一色で塗るほうが手間はかかりません。

私個人的には中途半端なアンティーク塗装よりもフルバーニッシュで塗ってあったものが古くなったもののほうが好きです。
ニス自体は硬くて薄いものでフランスやドイツのモダン楽器のような分厚いリッチなものではありません。

値段は高級品とまでは言えないので100万円が上限でしょうね。うちでは70万円くらいになると思います。

とんでもなくよく鳴るヴァイオリン


気になる音ですが、弦を張るためにはじいて調弦するだけでもやたらよく鳴ることが分かります。
弾いてみてもとにかくよく鳴ることが実感できます。

鋭い音、輝かしい音、キンキンする音など音色の特徴で音が強く感じることがありますが、それとは全く違ってとにかくよく鳴るのです。強い音の楽器にありがちな高音の鋭さもありません。私がバスバーを変えたことも一役を買っているでしょう。

柔らかい音は弱く感じ、鋭い音は強く感じるものですが、そのような次元ではありません。鳴るというのはこういう事だということをこの楽器で一度体験したほうがいでしょう。

値段は70万円程度ですがどんな新作楽器よりもよく鳴ります。東京で300万円以上で売られていて巨匠だと言われていてもこんなに鳴るものは無いでしょう。もちろん私が作った楽器でも不可能です。

もし10台ヴァイオリンが並んでいても抜きんでていることがはっきりわかるでしょう。それくらいよく鳴る楽器です。

音色自体はオールド楽器のような味のある音ではありません。しかしやかましく耳障りでもありません。
特別な好みが無ければ、たくさんの楽器の中でも「これは鳴る」と目立つものです。

この楽器を持っていたら、次に高価な楽器に買い替えるときに何を弾いても物足りなく感じるでしょう。300万円から1000万円するイタリアの新作やモダン楽器では満足できないでしょう。それこそ19世紀のフランスの楽器くらいでしょうか?

とはいえ一流の演奏者が使う楽器ではないと思います。そのような人たちはどんな楽器でも鳴らしてしまうからです。しかしアマチュアや学生では別次元によく鳴る楽器で音が出やすく助かるでしょう。

開けて修理したわけですが、何か特別な特徴はありませんでした。板が薄くて70年以上経っているということが特徴です。
ニスもラッカーのような硬いものでよく鳴るのですから、「柔らかいニスのほうが振動を妨げないから音が良い」と言う理屈が嘘であることがはっきりします。さすがにスプレーで分厚く塗ったものとは違います。


裏板の厚さがボヘミアスタイルであることも特徴です。現代の表板のような厚さで中央は3.5㎜ほど、3.0㎜くらいの中間の厚みのゾーンが広く、2.5㎜程度の一番薄い所の面積は狭いです。フランスの楽器では中央が4.5~5㎜くらいでそこをのぞくとごっそりと薄くなっているのが特徴です。このためか、この楽器ではフランスの楽器のような深みがありません。しかし低音が弱いということはありません、なぜならやたら鳴るからです。
音色には裏板が重要な役割を果たしているのかもしれません。

表板はフランス風でどこもかしこも2.5㎜程度になっています。表も裏も厚さの差が少ない楽器ということが言えます。
だからと言ってこれと同じ厚さにすれば同じようによく鳴るかはわかりません。

よく聞く「薄い板の楽器は初めは鳴るけど・・・」というのも70年経っても鳴るのですから嘘ですね。少なくとも新作なら生きているうちは大丈夫です。分かっている範囲では言えば400年くらいなら大丈夫ですけど。


同じボヘミアでも有名なマティアス・ハイニケであればもっと大人しいです。他のボヘミアの楽器にはずっとよく鳴るものがあります。

職人の知名度や腕前と音はあまり関係が無いのです。無数にいた無名な職人の楽器でもバカにできません。

作り方の秘密があって音が良いというのではなくて、今回の記事タイトルにもあるように突然変異かもしれません。そしてせっかくよく鳴る楽器を作っていたのに、その後の製品では20世紀の主流派の作り方に変えています。秘訣を分かっていたわけではないようです。


だから弾いてみないと楽器は分からないのです。
とはいえ、品質はまずます良さそうで、板も厚すぎずこの楽器に目を付けていました。まともに作ってさえあれば、第一次審査は合格です。さらに弾いてみてそれ以上の結果になったのが今回です。

究極の腕前の職人である必要はなく、有名でも高価である必要もありません。大体音が良い楽器というのがこんなものだというのが経験で分かってくるものです。見た目は平凡なものです。平凡なものの良さが分かる境地にまで達したと言えるかもしれません。

総合的に見ればまっ平らなアーチのスイス製のホフマンのほうが音色には味があると思います。柔らかい音ではないのでそうなると全く別のものが候補になります。ドイツのオールドヴァイオリンで高いアーチのヴィドハルムも修理中で楽しみです。逆にドイツでは珍しいフラットなブッフシュテッターも低音などは本当に良いです。

ハウスマンのヴァイオリンは「鳴る」という一点に関して言えばずば抜けたものです。現代の職人は同じ路線では対抗できません。

こんにちはガリッポです。

私のところも観光客が増えてきました。
よく写真を撮らせてほしいと工房を訪ねてくる旅行客がいます。古い街なので伝統的な職人の工房を見つければたたずまい自体が素敵なものに見えるのでしょうか?
こちらは単に仕事をするための工房ですが、それ自体が何か素敵な物のようです。

そのような「素敵さ」を消費者は求めているのかもしれません。
私もそのようなイメージを作り上げてアピールするべきです。


しかし、実際に仕事をしていると素敵だということでは済みません。
作られた楽器の9割以上は単にお金のためだけに作られたもので、世の中の他のものと変わりません。

先日も高齢なお客さんが古いヴァイオリンを持ってきて修理をしてくれというのです。私たちが見ると安価なザクセンの量産品で駒の位置を意味するストップの位置が20㎝ありました。通常は19.5㎝で規格として決まっています。弾けるようにして売ろうと考えているなら他にもっとましな楽器がいくらでもあるため真っ先に売れることは無いでしょう。

それでも修理には5~10万円くらいかかります。師匠は修理する価値が無いと伝えてもまったく理解してくれません。修理することになり私に渡されたわけですが、駒をどこに立てたらいいかわかりません。作られたように20㎝のところに持ってくればとても弾きにくいヴァイオリンになりますし、f字孔を無視して19.5㎝に持ってくれば見た目のバランスが明かにおかしくなります。理屈で考えればf字孔が切れていることで表板の中央が柔軟になっているのでその真ん中に駒が来るのが安定した形です。
とにかく直してくれというわけですから、間を取って19.75cmのところに駒を立て、好きな位置にずらして使ってくださいとしかやりようがありません。
楽器の質からしても細かいことを気にしても音質に影響するようなレベルではないでしょう。駒の位置は「表板と弦の間のどこか」というくらいに緩く考える必要があります。

実は楽器というのはだいたいそのようなもので何千年も人類は「音楽」をやってきたのです。我々がミリ単位で仕事をしているほうがおかしいのです。ほかにはシリアの民族楽器でリュートのようなものが持ち込まれました。持ち主はペグの具合が悪いのでYoutubeを見てジャムとベビーパウダーをペグに塗れば良いというのを知って真似したそうです。砂糖でべたべたになりカビが生え、固まってしまい無理に動かしてペグが折れてしまいました。我々ならコンポジションという専用のものがありますからそれを使います。せっけんやチョークを使う伝統的な方法もあります。
その楽器を見た音楽教師の方が、自分の持っているトルコの民族楽器を持ってきてやはり具合が悪いというのです。大きさに合うような工具が無いと言って断りましたが、もともと専用の工具などは使わず精巧に加工されていないのが原因です。しかし、人類の歴史上では楽器というのはそのような物なんでしょう。


ザクセンのヴァイオリンに話を戻せば、なぜこのようなヴァイオリンが作られたのか不思議です。アマチュアの素人が作ったならこのようなこともあるでしょう。しかし明らかに専門の業者によって作られた「プロの仕事」です。多くの人たちが分業で仕事を担当していました。製造以外の仕事も含め多くの人がかかわっていたはずです。しかしそのプロフェッショナル集団の一人も、ストップの位置がおかしいということに気づかなかったのです。

なぜ20㎝にしたのでしょうか?19.5では半端なので20㎝のほうがキリが良いと考えたのでしょうか?

職人たちが寄ってたかって作ったのがこれです。
職人の仕事がそんなに素敵なものではなく、単なる汚れる肉体労働でその町ではそれしか仕事が無いからお金のために働いていたはずです。イタリアのモダン楽器でも他に仕事が無かったからヴァイオリンを作ればアメリカなどに輸出できたというのもあります。

他にも弦楽器の商社が来て新品の量産楽器や弓を持ってきました。それとともにオールドのドイツの楽器もどうかと見せてくれました。おそらくいろいろな工房に出入りしているので売ってほしいと頼まれたか何かでしょう。

見ると確かに少なくとも200年くらいは経っている本物のオールド楽器でした。作りなども悪くはありません。音は良いかもしれません。
ひどい粗悪品ではないとはいえ、美しいものを作ろうという気概が全く感じられません。手先が器用だとかクリエイティブな才能や美的センスなどは全くない人が職人の仕事をやっていました。
単にお金のために作っていただけに見えます。
昔は農業をやりながら冬の農閑期に楽器を作ったりしていました。雪の時期の副業であって、人生をかけたようなものではありません。

このようなものはイタリアのオールド楽器にもよくあります。数千万円の値段がついています。


私も職人の魅力をアピールすべきところなのに、いかにそれが幻想であるかを語ることに文字数を費やしてしまいます。「勘違いするな、職人なんてものはろくなものじゃない」と必死にアピールしています。

しかしそれこそが職人の魅力だと思います。
これがテレビや雑誌、楽器店の営業マンなら「上辺の素敵さ」を見せて現実は隠すものです。ヴァイオリンでも「見た目は悪くないのに表板を開けるとひどい」ものが多くあります。職人でなければ見ることができません。

メディアや営業マンなら何よりも営業成績が求められます。いかに人々の気を引いて販売成績を伸ばすかに興味が行かざるを得ません。それに対して職人はその品物がどんなものなのかを知っています。その飾り気のなさこそが職人の魅力だと思うのです。

素敵さは作り出すのではなく、醸し出されるものでしょう。職人の場合にはその「実直さ」が素敵さだと私は思います。

失われて行く職人の世界


そのうえで、反省すべきこともあるでしょう。
大きな企業は都会的な先進的なイメージを作るのがうまくて、職人などは苦手とするところです。伝統も惰性で続けているだけなら古くて田舎臭いものになってしまいます。

カーボン製のヴァイオリンもあります。見た目はいかにもカーボンという編み目が交差したものです。弾いてみると思ったよりもヴァイオリンらしい音でした。
ただしちょっと攻撃的すぎると思います。優しく優雅で美しい音ではありません。それが現代の美意識かもしれません。
カーボンのヴァイオリンは作られた数が少ないのでもっとたくさんの業者が異なる設計で作れば中にはずっと音が良いものもできるでしょう。そのような可能性は感じるものでした。

テニスのラケットも昔は木製でしたが、今木製のものを使う人はいないでしょう。スポーツ用品では勝敗に左右するため、伝統的なものなどはすぐに使われなくなってしまいます。ヴァイオリン演奏でも音の大きさを競う大会などがあれば木製などは誰も使わなくなるでしょう。

試したカーボンのヴァイオリンは安価なもので10万円もしないものだと思います。そのため作りはかなり雑でした。持ってみてもカーボンとは思えないほど重いもので余計な部材が多く使われているでしょう。

これは木材はとても軽くて強度に優れた素材ということが言えます。

カーボンのヴァイオリンは強度が高すぎると思います。強度についてはオーバースペックです。厚みを変えようにも薄く削ったりすることはできません。それだけ硬いなら魂柱も必要ないのではないかと思います。だとすれば魂柱でつながっている裏板も必要ないかもしれません。弦の張力は木製とは全く違うものでも耐えられるかもしれません。新素材のハイテク弦もカーボン用に開発されていく必要があるでしょう。

もしカーボンに素材が変わるなら楽器の形もまるっきり変わってしまうでしょう。
ただ単に木材に置き換えるには性質の違いが大きすぎると思います。こうなればデザインも伝統的なヴァイオリンの形にする必要はありません。工業デザイナーのような人たちが未来的な流行のデザインを作り出せば良いでしょう。
これをやれば普通は売れるはずです。木製のヴァイオリンは劣った過去のものとなり「カーボンのヴァイオリンがストラディバリを超えた」と人々は考えるようになるのです。かつてチェンバロがピアノに変わったような革命です。大金持ちになりたいならぜひこのアイデアを実現してください。


もし失敗する可能性があるとすれば、ヴァイオリンの愛好家がこのようなものを好まない場合です。それはヴァイオリンという楽器がクラシック音楽の中心的な存在であるということでしょう。クラシック音楽とヴァイオリンは切っても切れない関係にあります。他のジャンルの演奏者なら気楽にハイテクヴァイオリンに移行するでしょう。大手メーカーならそこをターゲットに製品開発をするはずです。
クラシック音楽は「古典」であるということが独特です。古典はいつの時代にも失われない価値を持ったものです。人間の本質はあまり変わらないからです。ただし時代によって古典が尊ばれるときもあれば、軽んじられる時もあります。
また当時は最新の音楽であって、古典ではなかったということも言えます。それに対して現代の作曲家がそれよりも魅力的な作品を作れるかということでもあります。古典が勝ち続ければヴァイオリンも古典的なものが好まれるはずです。

古いものの魅力


私個人は古いものの面白さに取り憑かれた一人です。

さっきも言ったようにカーボンの「未来のヴァイオリン」は想像できます。後は実現するだけです。それに対して過去のものは発想が我々とはかけ離れています。最近は「アマビエ」というものが話題になっているようですが、あの絵を見てもびっくりします。一目見ただけで強烈な印象を与えます。今になっていろいろなイラストやグッズが作られているようですが、オリジナルの絵を超える破壊力のあるものはありません。新しいキャラクターを作ろうと思って、あのような絵を狙って描くのは現代のイラストレーターには無理でしょう。

10年~20年でも人々の感覚はどんどん変わっていきます。古いものはそれだけ面白くなっていくわけです。

現代のヴァイオリンの製造法も、数十年前では「最新のもの」と考えられていました。現代の名工などと扱われる人たちの考え方です。オールド楽器とは全く違うのはこのためです。しかしよく調べてみると100年くらい前にはすでに考え方が出来上がっていることが分かりました。100年も前のもので最新ではないのです。かといって300年前から伝統を受け継いでいるのではありません。

思い起こせば、明治時代以降日本人にとっては日本のものは古いもの、西洋のものは新しいもので、それを学ぶことは最新のことだと考えられてきました。クラシック音楽も西洋の進んだ文化と考えられてきました。同様に西洋に渡ってヴァイオリン製造法を学び日本に作り方をもたらすのは最新だったのです。

それが今では考え方が逆になっていることさえあるでしょう。ヨーロッパの宮殿や教会を訪れたとき圧倒されるのはその新しさではなく古さなのですから。

日本で「職人」と言うと伝統工芸などをイメージすることが多いでしょう。しかし西洋の職人の技術を学んだ日本人も少なくありません。この分野は日本の伝統文化を重んじる保守手的な人にも、最新の文化を求める革新的な人にも当てはまらないのでマイナーな扱いです。「日本=古い」「西洋=新しい」という発想はもうやめましょう。
外国のもので、昔のものとなると発想がさらに違います。それがとても面白いです。

古いものが持っているインパクトを現代にアピールしていくのが私の仕事なのでしょう。西洋の人たちが忘れていることに価値を見出すのも我々なのです。













こんにちはガリッポです。

今年も暑くなってきました。
ここまでのところ例年に比べればそれほど暑くはないですが、さすがに8月ともなれば覚悟が必要でしょう。

チェロの話も考えていましたが、赤いニスについて考えてみたいと思います。

先週はこのようでした。


次が一週間後です。


実際より赤く写っているかもしれませんがずっと赤くなりました。

このままではかなりどぎつい印象が強いので100年くらいは古くしていきます。

でも新品の楽器ならこのような鮮やかな赤いニスはヴァイオリン製作コンクールなどで主流で色鮮やかさを競っているくらいです。他よりも目立たなければいけないという思いもあるでしょう。

高級店を装う店のショールームは暗めになっていて暖色系の照明をあてれば深みがあるように見えます。ちょっと暗い部屋のほうが楽器は高級感があって見えます。
白昼に持ってくれば本当の色だと気づきます。うちは作業場なのでそのままの色で見えてしまいます。

実際日本の方でお会いして現代の楽器を買った人で鮮やかなオレンジ色の楽器を持っている人は多いです。私はあまりやりません。

自分たちで楽器を作っているので、お店の照明で高級感を出すのではなく、実際のニスで高級感を出せばいいわけです。それが商業と製造業の違いです。

今回は「赤いニス」は注文なので茶色になってはいけません。赤すぎるくらいから初めて、古い感じにして落ち着かせるのが良いでしょう。いつもは最初から古くしていきます。想定している年代が違うからです。1700年頃を想定すれば初めから古くして行かないといけませんが、今回は100年くらい前の感じにしましょう。


このような感じでヴァイオリン製作コンクールの出展楽器を見ればみな赤いニスです。コンクールの「流行」です。流行に敏感な職人は赤やオレンジのニスで塗って、お店は暗い照明で売るというわけです。

色の流行があるのかということですけども、オールド楽器を振り返ってみればアマティなどは琥珀色のようなニスが多くて、アマティ系の楽器はそのようなイメージがあります。できたときはオレンジだったかもしれませんが古くなってそうい見えるということもあるでしょう。私は琥珀色ととらえていますが一般的には黄金色と言われているでしょう。
実際にはこの黄金色はニスの色ではなく木材の色です。古くなると黒ずんで暗くなるので黄色やオレンジのニスが黄金色に見えるのです。補修するときはオレンジのニスを塗れば良いのでニスの色は必ずしも黄金色ではありません。
アマティになるとニスと地肌の色が似ているのでどこが剥げていてどこが残っているかはわかりにくいです。この残っているニスはオレンジ~琥珀色なのです。ニス自体の色なのか木材の地肌の色なのかを混同してはいけません。

一般的にはイタリアの楽器は黄金色だとごちゃ混ぜにして語られてきました。20世紀でも古い時代ほど「黄金色」のオールド楽器が珍重されたようです。20世紀の楽器には琥珀色のものが結構あります。角は丸くしてオールド楽器のようにします。オールド楽器の修理でも角をやすりで丸くしていたようです。このような趣味は私たちにはちょっと古風な感じがします。


ストラディバリも若いときはそのような感じで特に装飾付きのものは有名です。その後もうちょっと赤いニスの楽器もあります。グァルネリ家は琥珀色~オレンジ系です。
赤いニスで有名なのはモンタニアーナのチェロです。モンタニアーナも琥珀色もありますが、イメージするのは赤いものです。亀裂が生じているのが有名です。
G.B.グァダニーニははっきりしたオレンジ色です。ニスがポロポロと剥げているものが多いです。これはニスが堅くて脆い物でしょう。衝撃が加わるとポロっと剥げていくのです。ゴムのようなニスなら消しゴムのようにこすれて薄くなっていきます。
こういうのはコピーを作るのが面白いニスです。

ミラノのテストーレやナポリのガリアーノにはとても黄色いニスがあります。ニスが剥げた所に汚れが付着すると灰色に見えます。このためニスが残っている所のほうが明るく見え、ニスが剥げている所のほうが濃い色に見えるのです。できたころは本当に明るい色で安い値段で売られていたものだと思います。濃い色にするにはニスを多く塗らなくてはいけないからです。

ドイツの南の方やオーストリアでは黒いニスが特徴です。今でははげ落ちていますが、新品のころはピアノのようだったのでしょうか?1900年ころになってもドイツのオールド楽器に見せかけて真っ黒に塗られた量産品があります。スズキバイオリンでもこれに習って黒いものがあったと思います。

全部が黒というわけではありません、特にウィーンではレンガのような独特の赤いニスがあります。土系統の顔料を使っていたんでしょうか?赤土のような赤さです。酸化鉄ですね。

東ドイツのほうは黒いというイメージはありません。イタリアのオールドの様なものもあります。赤いものは印象にありませんが、琥珀色や黄色っぽいものもあります。いわゆる黄金色になっています。

フランスのオールド楽器はあまり見ることがありません。資料の写真で見るとオレンジ色のものを見ます。実際に見たものはニスも剥げていてイタリアの物と区別つきません。そのようなわけで偽造ラベルに変えられていることも多いでしょう。

イギリスは南ドイツに近いものがあります。ミッテンバルトから楽器を買っていたというのもあります。作風は南ドイツに似ているものがあります。

オールド楽器はこのように地域によって特徴がありました。
しかし個人によってもバラバラで、古い楽器ならニスもほとんど剥げ落ちてしまい、汚れて真っ黒になっていることもあって実際にはよくわからないことが多いです。修理によって上から違う色のニスを塗り重ねている場合も多くあります。住宅などでは壁を塗り直すのは普通ですから、昔はそんな修理もしていました。
オールド楽器で19世紀に塗り直したものはすでにモダン楽器のようになっています。


赤いニスで何よりも有名なのはフランスの19世紀のものです。ストラディバリにも赤いニスのものがあったのでそれを理想のニスと考えさらに赤さを増していったのでしょう。19世紀でもとくに前半のものはどの作者もニスが似ているので、ニスを作る工場から皆買っていたのか、決まった材料を使っていたのかなどが考えられます。

赤の染料は茜が代表的です。
茜は水溶性の染料で白い粉末を赤く染めて顔料を得ます。これをオイルニスに混ぜれば赤いニスになるわけです。アルコールニスでは顔料は沈殿してしまいます。振れば混ざらないことは無いかもしれません。

染料というのは液体の溶けるものです。顔料は粉末でニスに混ざっているだけです。砂糖と小麦粉のようなことです。


茜の赤い色素はアリザリンと言って人工的に製造できるようになりました1868年にドイツで発明されています。茜はアリザリン以外にも不純物を含んでいるので紫っぽい色なのに対して、アリザリンは真っ赤です。

このように生産コストの安い人工的な染料が開発されていきました。大量生産ではよく用いられているものです。今でも購入が可能です。


19世紀にフランスの楽器がヨーロッパで優れていると評価されるようになると、それに憧れて他の国でも赤いニスの楽器も作られました。トリノなどはフランス人が来て楽器作りを教えたわけですから当然です。プレッセンダなどは代表的です。グァダニーニ家ではフランス人が代わりに楽器を作っていたこともあるので完全にフランスのニスの楽器があります。
しかし一般的にはイタリアの作者の赤いニスはちょっとフランスのものとは違うようで個人の趣味で赤いものも作られたという程度でしょう。赤い色は色があせやすいものが多いです。初めは赤く塗られていたニスが変色して茶色になってしまうこともあります。私が修理したアンサルド・ポッジはあご当ての下が赤くなっていました。もともとは赤く塗られていたものが光に当たって色が褪せて琥珀色になったのです。20世紀の作者ですからすでにあご当てが普及しています。
イタリアのモダン楽器には琥珀色のものが多くあるように思いますが新品のころは分かりません。


ドイツでも独自に赤いニスのものが作られました。とても柔らかいニスのものがあって100年経ってもまだ固まっていないものがあります。永遠に固まらないわけですが、我々も「柔らかニスのほうが音が良い」と聞いたことがあると思います。このころのドイツの考え方が伝わっているのでしょう。

安価なものでは人工的な染料や樹脂を使ったためいかにも安っぽく、とてもフランスのモダン楽器のようなものではありません。特に戦後の人工染料は色があせやすいものがあります。駒の足の下だけが赤くなっているチェロもあります。

フランスでは真っ赤なニスが「正式」と考えられていたでしょうが、オールド楽器をイメージしたアンティーク塗装も行われ出しました。様々な方法がありますが落ち着いた色合いのものも作られるようになりました。

ドイツの大量生産ではアンティーク塗装が特に好まれて独特な手法が確立されていきました。私が見れば即座に「マルクノイキルヒェン」とわかるものです。

ヨーロッパ各国でも同様です。
今ではいろいろな色のものがあるというのが現状でしょう。

クレモナのヴァイオリン製作学校ではオレンジ色のニスだとイタリア人の職人は言っていました。オレンジなどは割と主流でしょう。ミッテンバルトの学校はもうちょっと赤茶色のような色で軽いアンティーク塗装だそうです。

このあたりがスタンダードでしょうか。
新作楽器のオレンジや赤のニスが一番基本的なものです。
ムラなく均一に塗るのが難しいため、ヴァイオリン製作コンクールではいかに均一に塗るかが評価されるのです。
これについてはスプレーのほうが優れています。スプレーは最も安価な楽器に使われる塗装法です。最も安価な楽器で最も腕の良い職人と同等以上の塗装ができることになります。

このような楽器を見慣れているとオールド楽器のほうが希少で美しく見えます。そこで職人や工場では古い楽器のようなアンティーク塗装をしてきました。イギリスではかなり古い時代に行われいたようです。フランスでも19世紀中ごろには多くなります。J.B.ヴィヨームが特に有名でした。東ドイツで大量生産がおこなわれるようになると「ストラディバリウス」のラベルとともにアンティーク塗装されたものが定番となりました。

これらがあまりにも大量に作られたためアンティーク塗装のほうがありふれたものになり安物の代名詞となりました。我々職人ならアンティーク塗装ではない新品の塗装(フルバーニッシュ)は初めて習う時にするものであり見慣れたものですが、楽器店では高級品に限られます。高級品はオレンジや赤いニスのものでアンティーク塗装の方が安物というイメージになるかもしれません。

実際には必要なノウハウや技術、作業の手間などはアンティーク塗装のほうがはるかに高度なものです。一度に何台もの楽器を塗るなら神経を使うアンティーク塗装は無理でフルバーニッシュにするでしょう。チェロなどもアンティーク塗装は手間がかかりすぎて高度なものは不可能です。

フルバーニッシュが良いのか、アンティーク塗装のほうが良いのかは好みの問題です。そのため自由に好きなものを選べば良いわけです。どちらが上等ということはありません。ただモダン楽器では同じ作者の場合アンティーク塗装の楽器のほうが高い値段になることもよくあります。アンティーク塗装の名人のほうが少ないからです。

フルバーニッシュでもアンティーク塗装でも汚いものは汚いですが、神経質で完璧さを求める人ならフルバーニッシュのほうが良いでしょう。お客さんでもいろいろな好みの人がいます。


私個人としては下手なアンティーク塗装ならフルバーニッシュのほうがましだと考えています。実は私は誰よりもアンティーク塗装が嫌いなので完成度が高くないと許せません。職人は毎日何層もニスを重ね塗りするため同じ楽器をずっと見続けます。そのため単色では飽きてきて物足りなくなってしまいます。オールドの名器がはるかに魅力的に見えチャレンジするのです。

フルバーニッシュが完璧に塗れるようになるまで何年もかかるでしょう。苦労して目標を実現したときに「あれ?スプレーと変わらない」と物足りなくなるのです。フルバーニッシュもまともに塗れない職人のアンティーク塗装は汚いだけです。ましてや金儲けのために古い楽器に見せかけたものはすぐにわかります。木材の無駄です。


さらにきれいな赤いニスは意外と難しいものです。紫っぽくなったり、色が弱すぎればオレンジになってしまいます。完全に赤く塗ってしまうと思っていたのと全然違う感じになってしまいがっかりするものです。

フランスの楽器を見て同じような物を作りたいと思ってもフランスの楽器は100年~200年くらい経っていますからすでにアンティークです。フルバーニッシュとして真っ赤に塗ったものとは違います。

それで私はもし赤いニスにするなら、すべてを均一に赤くするのではなくちょっとでもはげ落ちている部分を作りたいと考えていました。今回はまさにそれです。人間の視覚的な2色(ツートーンカラー)の効果を出したいと考えいてるからです。
フランスの楽器が赤いのに良い感じで見えるのは多少はニスが剥げているからではないかと考えています。

そこに赤いニスという注文があったのでそれを実行するチャンスです。もちろんすべて真っ赤に塗れば100~150年後には勝手にそのようになるので必要はありませんが、生きてる間は見ることができません。いかにわざとらしくなく自然にできるかが重要だと思います。


こんにちはガリッポです。

市営劇場は長期間休みでしたが、例年通り夏休みにメンテナンスをしている人たちの楽器も入ってきています。修理代は国立のオーケストラに比べて気前が良いとは言えませんが一応予算はあります。手続きはめんどくさいものの費用として認められます。こちらも納税者としては気を使って大掛かりな修理は避けるのですが、簡単なメンテナンスで済ませているといずれは必要になります。指板が薄くなっていてそろそろ限界に近いです。指板交換をすれば同時に駒の交換も必要になります。

そのビオラです。


ニューヨークで現代に作られたものです。ラベルには作者の名前とともにG・グランチーノのモデルと書かれています。

ニューヨークの職人の楽器と聞けばどんなイメージをお持ちでしょうか?私はほとんど何も知りませんが、ニューヨークという場所が世界でももっとも繁栄した国の中心都市であることは誰もが知っていることでしょう。世界一の都です。

首都はワシントンDCですから首都ではなく、もともと移民が船でやってきて自由の女神に迎え入れられた場所です。今でもアメリカの人からすれば外国人の住む都市というイメージかもしれません。

音楽家も例外ではなく、名だたる有名な音楽家が活動し、弦楽器の分野でもジュリアード音楽院などはとても有名です。したがって世界中から才能ある音楽家や、名器が集まる場所ということだというイメージがあります。

世界最高の音楽家と名器の集まるニューヨークで作られた楽器であれば世界一の職人のものと言えるでしょうか?

この楽器は20年近くずっとメンテナンスをしています。ニスがとにかくオレンジで目が痛くなります。しかし20年でいくらかましにはなってきました。

もともとアンティーク塗装がされたものですが鮮やかなオレンジ色のため全く古い楽器には見えません。

グランチーノのモデルらしいですが、元のものは分かりません。形から見るとランドルフィのヴァイオリンもこんな形です。上と下が極端に平らになっていてアマティのような繊細な丸みは無く、上下をぶった切りにした感じです。

フランスのストラディバリモデルのようなモダン楽器のクオリティはありません。かといってオールド楽器の感じもまったくありません。しっかりした教育を受けていない人が何とか作ったという感じがします。

ニスはオレンジ色でアンティーク塗装をやる人が苦心して作り出す黄金色とは全く違います。正統派のモダン楽器のクオリティは無く、オールド楽器の複製としてもまったく違います。

板の厚みは厚めで音も明るいいかにも現代の物という感じがします。胴体は巨大でネックは短いものがついています。巨大にもかかわらず低音に深みが無く明るい音がします。


もしニューヨークの職人だからオールド楽器に精通していると考えるのなら完全な思い違いです。普通のものすらちゃんと作れない人がグランチーノというちょっとマイナーな名前を出すことで何か「通」ぶっているように感じます。

私ならこのようなニスの色なら大失敗として恥ずかしくて消してしまいたい過去となるでしょう。


私はまずプロフェッショナルとしてはスタンダードなものを美しく早く作れることでプロとして認められるべきだと思います。研究や工夫をするのはそれからでしょう。

実際にあったことです。
ヴァイオリン製作を数年学んだくらいの職人がどこかの博物館で古い楽器を研究して作ったとプレゼンテーションしていました。一般の人はそこら辺にある楽器よりも優れているように思うでしょう。

我々が見れば、単なる下手くそな未熟な職人でオリジナルとは似ても似つかないし、おそらくスタンダードなものもちゃんと作れる腕ではないでしょう。

「博物館で見た」というだけで良い楽器が作れるなら、だれでもストラディバリを作ることができます。

修行にかかる時間よりも旅行にかかる時間のほうがはるかに短くて済みます。

こんな事がまかり通るのが今の時代です。プロとして通用する腕が無く、博物館で見たというだけではただの趣味です。プロではありません。
でも口がうまければ通用する時代です。


このビオラの所有者のプロの演奏者の方は、私がこの前作ったビオラを試してとても気に入ったそうです。30年弾き込んだんビオラに対して、出来立てほやほやのビオラですからどれだけ潜在能力があるかというわけです。
胴体のサイズはずっと小さいのにですよ。



オレンジのニスの楽器のメンテナンスも目には優しくはありませんが、徐々に古くなっているのでもう新品の時のように直すのは無理で、過去の修復の跡も無数にできて古びた感じとして残そうとしています。何年か前からはそのような修理の方針です。



次の話題です。
見習が作ったヴァイオリンを購入したいという人で赤いニスにしてほしいという依頼があります。

もっとひどいことになっています。
5回ニスを塗ったところですが強烈な色です。

とはいえ見習が作ったわりには悪くないでしょ?
教えれば誰にでもヴァイオリンは作れるのです。

これはオイルニスなので当たり前のように塗れていますが、これがアルコールニスならハケの跡が線になって残ってしまうので今頃はしま模様かまだら模様の楽器になっています。
それを直すだけで余計に1週間はかかってしまいます。オイルニスの良い所はその必要が無い所です。ムラが無いわけではありませんが、自然で目に馴染むものです。

アルコールニスの成分のほとんどはアルコールで蒸発して無くなってしまうので塗る回数も相当多くしなくてはいけません。


私はいつもは木材を着色します。

今作っているピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンでこんな感じです。
乾いているので明るく見えますがニスが入ればずっと暗い色になります。

白木に赤いニスを塗ればピンクになります。着色はとても難しくて新人が失敗すると大惨事なので無着色で白木のままにしました。
私も白木のままの楽器を10年以上塗ったことが無いので驚くような色になっています。
光はニスを通過し木材のところで反射し再びニスを通過して我々の目に届きます。この時ニスはフィルターのように特定の色を通過させるのでその色に見えるわけです。木材は反射板ですから新しい木では光が強く反射して明るい色になります。古い木材や濃く着色されていれば反社の光が弱くなりずっと色が濃く、暗く見えます。同じニスでも150年経った楽器であればずっと暗い色に見えるはずです。さらにフランスでも木材の着色は研究されていてとても強く着色されていることも少なくありません。これはストラディバリでもやっていたことだと思います。

19世紀のフランスの楽器ならすでに150年くらい経っていますから、汚れもついているし、木材も変色しています。
フランスの楽器も新品のころはすごく鮮やかな赤やオレンジだったことでしょう。

まだまだニスの層が薄いため光を多く通してしまい明るく見えすぎます。あと3~4回くらい塗ればおそらく真っ赤っかになると思います。

「陰影をつける」という塗り方で全面を均一に塗るのではなくて、ニスが剥げ置ている様子を再現したりするものです。
このような手法は19世紀にも盛んにおこなわれました。フランスのものなどは特徴があり、すぐにフランスのアンティーク塗装だとわかります。自然とそうなったものとは見分けがつきます。

これはイタリアでもドイツでも同じことです。
19世紀終わりくらいからドイツのマイスターも盛んに赤いニスで陰影をつけたニスの塗り方をしました。
私が見れば作った当時にわざとそうしたことは分かります。実際に使っていてニスが剥げるのとは違うからです。

やり方に独特の特徴があるためにドイツのモダン楽器だとわかるわけです。なぜそうなるかといえば、実際の古い楽器を観察して塗り方を身に付けるのではなく、塗り方を師匠に教わるからです。だから実際の古い楽器とはかけ離れたものになります。

漫画やアニメに近いでしょう。実際に人間を観察して人の描き方を身に付けるのではなく、過去の漫画の絵をまねして書き方を身に付けるのです。だから実際の人間とはかけ離れているのです。それと同じことです。もちろんたくさんの絵を短時間で描かなくてはいけないので簡略化されたのが漫画の絵です。



今回私がやっているのはフランスの1850年頃のものをモデルにしています。均一に塗られたものが今になってニスが落ち始めている様子です。
体が触れるところのニスが剥げ始めている様子です。7~80%はオリジナルのニスが残っている様子です。

一般的にアンティーク塗装でやるときはもっと50%くらいニスが剥げている様子にすることが多いです。しかしこれをやると他の部分も全体的に古くしないとおかしいです。今回の依頼ではそこまで凝ったアンティーク塗装ができません。

ニスが50%剥げているのに新品のような塗装は私が大嫌いなものです。

後でもう少し落ち着かせますが、今回のものはニスがちょっと剥げているだけなのでニスが残っている部分がまだまだ新しい感じでもおかしくありません。

多くの場合アンティーク塗装ではその楽器がどのくらい年月を立ったものなのかを想定しておらず古さの年代がめちゃくちゃです。

最初のビオラでもグランチーノの1700年頃ならあんなオレンジではダメです。
オリジナルのニスはオレンジでも良いですがそれは半分以下の面積しか残っていないのが普通です。それ以外のところは木の地肌の色である黄金色にしなくてはいけません。すべてオレンジなら100年以内の楽器です。そこに黒い傷をつけています。数十年使った楽器では傷は黒くなりません。楽器全体に汚れが付くと傷のところだけに残って黒くなるのです。表現している年代がバラバラです。

一方私が今やっているのも強烈なオレンジです。もっと赤くなりますが、これはモダン楽器を再現するものです。
そのため鮮やかなニスで良いわけです。
19世紀終わりくらいの感じをイメージしています。

しかしながら依頼内容はアンティーク塗装とはしていません。コストがかかりすぎるからです。
19世紀終わりの楽器のように古くは見えないでしょう。しかしちょっとニスが剥げている部分があることで視覚効果が生まれます。


それを目指すのが今回の塗装です。
どうなるか楽しみです。


さっきも出ましたが、ピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンの続きです。

バスバーなどは特に変わったことはできません。アーチが高いので形状はだいぶ違います。上下の端と中央の高さがほとんど同じくらいです。

中も古びたようにします。f字孔からのぞいて真っ白ならおかしいです。

胴体ができるとアーチの膨らみが違って見えます。

クレモナ派のオールド楽器という感じがします。

ネックの取り付けはとても難しいものです。
高いアーチの楽器の場合、モダンのネックはうまくつけることができません。

アーチが高いので駒の高さを標準にすればネックの角度がすごく斜めになってしまいます。
ネックが斜めになると表板を駒が押し付ける力が強くなります。弓矢を射るときに大きく引っ張ったほうが強い力で弓を射ることができるのと同じです。
力が強くなりすぎれば表板を押し付け自由な振動を妨げます。ふわっとした豊かな響きはなくなり締まった音になるはずです。表板の変形のリスクも高まります。

もしミディアムアーチの楽器と同じにするには写真のオレンジに塗った部分をアーチが高い分だけ高くしなくてはいけません。サドルも同様です。
この楽器では標準よりも4mmくらい高いですから9.5mmくらいになります。それは見るからに高すぎます。

高いアーチの楽器は私の経験上ネックが下がりやすいと思います。ネックが下がるというのは弦に引っ張られて角度が狂うことです。緑のラインが水平に近づいていきます。そうなると弦と指板との距離(弦高)が広くなって演奏しにくなります。
駒を低く削れば弦高は正しくなりますが、駒にかかる力が弱くなり音が弱くなってしまいます。

アーチが高い分多少駒が低くてもいいのではないかと思います。
でもネックが下がりやすいわけですからはじめは高めの駒にしておく方が良いでしょう。
駒の幅は普通は42mmですが、これを40mmくらいにすると見た目ではそんなに駒が低く見えなくなります。縦横比が変わるからです。42mmというのも徐々に広がっていて一昔前は41.5mmでした。その前は41mmだったはずです。
この手の楽器なら40mmくらいでも良いかもしれません。それに合わせてバスバーの位置も考えておかなくてはいけません。アマティなどは左右f字孔の間隔が狭いのでどのみちバスバーの位置が内側に来てしまいます。幅の狭い駒で良いわけです。

標準よりは斜めに入れたほうが弦の引っ張りに対抗することができるのでネックは下がりにくくなるでしょう。

どうやっても「間違い」になってしまうのが高いアーチの楽器のネックです。
物事の優先順位を考えなくてはいけません。表板は陥没しないようにアーチを作っておくのも重要です。

指板などが付くとヴァイオリンらしくなります。
f字孔はさっきの見習の作ったストラディバリモデルに比べて丸いところが大きいです。
ピエトロ・グァルネリ独特の感じは出ていると思います。オリジナルと配置や穴の太さが違いますが十分キャラクターは出ていて美しさもあると思います。

最初のビオラに比べてもいかに調和がとれているかです。
イタリアの楽器が美しいということはこのタイプの楽器に限れば本当にそうだと思います。ドイツのオールドはここまでバランスが取れていません。

近代のほうが完璧かもしれませんが独特の美しさがあるように思います。近代の弦楽器製作ではストラディバリとデルジェスだけが正しいヴァイオリンと考えられていて、いかに他のものが無視されているかです。
ストラディバリやデルジェスに次ぐ第三のモデルとして私はピエトロ・グァルネリが有力です。
アマティも調べてみるとばらつきが結構あって中には音響的にも有利そうなものがあるかもしれません。

ビオラについてはアマティのモデルでたくさん作っています。他にもっと良いものが見つかりません。

このような楽器は近代の常識ではとても理解できないものです。形だけピエトロ・グァルネリやアマティにしてもまったくの別物になってしまいます。ストラディバリやデルジェスもそうですが…。


f字孔は楽器の顔になる部分です。失敗したら大変です。コーナーもパフリングの先端も良いでしょう。

エッジやコーナーは後で丸くします。丸くするのがもったいないくらい綺麗にできていますが…。

スクロールは大きく見ればアマティのような雰囲気があり、アンドレア・グァルネリの癖も加わっているように見えます。

見習の職人のものは「これがストラディバリ?」と首をかしげたくなるようになってしまいました。どちらかと言うとテストーレなどのミラノ派のように見えます。
グランチーノももともとはアマティのようなものを作ったはずですが、テストーレになると形がかなり変わって独特なものになっています。
これは個性を出そうとして自分のスタイルを追求したというよりは、うちの見習の職人のようにそうなってしまったことでしょう。彼らが個性的なものを作ったのは別に天才ではなく、単にアマティのようなものをきちっと作れなかっただけと考えるのが普通でしょう。現代の職人でも未熟なら同じような物ができます。アマティやストラディバリはやはり造形センスが飛びぬけていて並の人がやればテストーレのようになるということです。楽器は特別才能が無くても作ることができます。テストーレも味のある音がしています。

私はお手本の通りに作ってしまうのでテストーレのコピーとしてしか作ることができません。

未熟な職人の楽器がオールド楽器に似ていることがあって、古いものならこのようなものも偽造ラベルが貼られるものです。ラベルが貼られてしまうとそう見えてしまう人もいるでしょう。「興味深いヴァイオリン」と言われるものです。
何が興味深いのでしょうか?

多くの場合はスタイルがアマティ派のものとは違います。
ただ職人の才能としては変わらないのです。


後で摩耗したように角を丸くしていくのでもうちょっと雰囲気が出るでしょう。
どうせぐずぐずになるのできっちり作らなくても良いのですが、しかし初めから丸くするからと適当に作るとわかるものです。

次回は赤いヴァイオリンがどうなったかとチェロの話をしたいと思います。