赤いヴァイオリン、弓のトラブル、P・グァルネリ型の経過 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

赤いヴァイオリンに指板が付きました。

こうやって見ると普通のヴァイオリンです。さらにテールピースやあご当て、白木の駒が付けば馴染むと思います。
見習の職人が初めて作ったヴァイオリンとしては悪くないでしょう。このクオリティで100年以上前のものなら「これは良い楽器だ」と思うレベルです。

これが西洋の職人の教育で作り方を一からちゃんと教えるのです。だから初めて作ってもちゃんとしたものができます。
日本人の考える職人のイメージとは全く違うものでしょう。

問題はこれを作るのに半年~1年かかっていて、見習の職人の楽器なら一人前の職人の半分以下の値段になってしまいます。売り上げを考えるとワーキングプアになってしまいます。
これから修行を重ねて早く作れるようにならなくてはいけません。

このため多くの楽器は手抜きが行われひどい粗悪なものがたくさん出回っているのです。
売名行為で名前を売るか、安く作るかどっちかです。プロの職人から見れば特別なものなどありません。


一方で商業的に必要なのはセールスマンの才能です。逆に言えば、それさえあれば教育を受けていない職人でも構いません。弦楽器職人のスキルは一般的な木工職人とは全く違います。弦楽器職人として専門の教育を受けなければ「これくらいで良いだろう」という水準が全く違います。

ユーザーも教育を受けていないので品質を見分ける目が身についていないからです。修理の仕事をしていれば「なんでこんなひどい物を買ったのか?」とあきれるようなものがよくあります。

「音が良ければいいのではないか?」と演奏者は考えるでしょう。雑に作られたものは製造コスが安いので安い値段で買うべきです。
見た目は悪いけど、使っていて壊れない品質と演奏しやすい機能性を持ったものがあればユーザーには優れた製品でしょう。
しかし実際には外見より中身が優れた楽器は滅多に作られません。たくさんの楽器を見てくれば分かります。

このようにプロとしての教育を受ければ誰でも立派な楽器を作ることができます。独学でこのようなものを作ろうとすれば一生かかっても難しいでしょう。

十分な品質のヴァイオリンを作れる人はたくさんいるということです。音はそれでも一つ一つ違うので好みに合ったものを選ぶしかありません。すべてのヴァイオリンを試奏して評価するような国際機関はありません。実際に楽器の弾き比べをしたことがあれば、音の違いは微妙で優劣をつけるのはとても難しいとわかるでしょう。

また新品だけではなく中古品もあります。鳴りの良さでは新品を圧倒します。こちらも品質が十分であればあとは好みで選ぶだけです。


弓のトラブル


今週はある男性の弓が持ち込まれました。ネジの具合が悪くうまく毛を張ることができないそうです。
弓はフランスの古いもので当然高価で100万円以下ということは無いでしょう。見るとネジが曲がってしまっていてうまく回転しないのです。その結果弓の本体の方にもダメージを与えていました。これはヴァイオリン職人の手におえるものではありません。弓職人に依頼することになりました。

我々職人がうすうす気づいていることはこの人は練習も熱心ではなく超初心者の域を出ていません。そもそも向いておらずなぜ高齢になってヴァイオリンをはじめたのか疑問になります。
高齢から始めても好きな人は遅すぎるということはありません。残りの人生を音楽で楽しんで過ごせれば素晴らしいです。そのような人もたくさん見ています。

当然初心者ならもっと初心者向きの弓を使うべきです。腕が上がってきて弓の良し悪しが分かるようになってから高いものを選ぶべきです。
もちろん初心者だからと言ってものすごく安いものを使うのはさらに演奏を難しくするでしょう。したがって品質や材質の良いものでニュートラルなものを使うのが良いと思います。
普通初心者は数万円のものを使いますが、さすがに安物の大量生産品です。場合によってはカーボンの方がましという先生もいるでしょう。戦前のマルクノイキルヒェンのマイスター弓なら20万円くらいからあります。同等のものでも作者の名前がついていなければ10万円以下になります。このようなものは我々が「良い弓だ!」と称賛するものです。それは掘り出し物という意味です。一般の人にはただの安物と見分けるのは難しいでしょう。
そういう意味では名前が付いた方が無難です。けっこう大量に作られたので多くの中からしっくりくるものを選ぶことができます。良き中級品と言えるもので、ヴァイオリン教師などはずっと悪い弓を使っている生徒が多いので「良い弓だね」と言ってくれるものです。もちろん上を見ればきりがありません。しかし高いからと言ってすべて良いというわけでもありません。よりシビアになってくることでしょう。


そのフランスの弓はとても柔らかいもので古い物にはよくあります。上級者でも柔らかい弓を使う人もいますが、中級者くらいでも難しいと思う人は多いでしょう。素直に使いやすい弓を選んだ方が無難です。
この人は超初心者でその違いも分からないでしょう。

古くてどうしようもなく柔らかい弓は、投資用の資産と考えたほうが良いかもしれません。その場合、確かな鑑定と部品ができるだけオリジナルであることが重要です。

こういう物の買い方は普通の人よりは詳しいのですが、基本的なことが何もわかっていないとプロには思われます。この人はうちの店にしょっちゅう出入りして、電気技師の専門学校で先生をやっていた高学歴のエンジニアの人です。それなのになにも理解していません。終始ピントがずれています。

ヨーロッパで歳を取ると教養があるということをアピールするためにクラシック音楽を嗜んでいるという体裁にしたいのかもしれません。周りは低学歴の田舎者ばかりで教養もなく元教師なら「先生、先生」と慕われます。聞いていないのに説教ばかりしています。

これは特に男性特有のインテリ気取りと言えるでしょう。高級品の商売をしていれば「お客さん、お目が高いですね!」とお世辞を言っておけば上機嫌にさせることができます。高田純次さんなどは宝石店の営業をしていてタレントになった人です。女性を見かければ「学生さんですか?」とお世辞を言っています。
そんな商売している店ばかりだと、他のお客さんにとっては困ります。ちゃんとした知識を伝える店も必要です。

下手なことは恥ずかしいことではありません。人と比較する必要はありません。
もっとその人に合った弓があるというだけの話です。

ピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリン



ちょっと色がついてきました。これくらいで完成として売ってしまうものがよくありますが、私からすればまだまだです。

ここに汚れがついているというのが肉眼ではっきりわかります。実際には汚れがあるのにそこについているのが分からないくらいのことが多いです。しかし全くの新品と比べると違って見えるものです。
このような段階だと頭で考えて「ここに汚れがあるはずだ」というレベルです。

横板のほうが進展具合としては進んでいます。こちらの方が自然な感じです。いわゆる黄金色のオールド楽器の雰囲気が出ています。

隅っこのほうが黒くなっているのは分かると思いますが、実は全体的に汚れが付けてあります。どこに汚れを付けてあるのかわからないくらいが自然です。
オレンジの新品のようなニスで隅っこだけ真っ黒にしてあるのはおかしいです。

このようなトリックは私が長年の研究で編み出した物で、今でも成功率は100%ではありません。しかしこれを付けて満足するのではなく全体的に古くなっている感じが大事です。

スクロールの汚れの残り方もピエトロ・グァルネリ独特の様子が再現できました。最終的にはもう少し自然になるはずです。

きれいに加工されて、木材も上等で着色も良い感じです。これでも全然悪くは無いように見えるかもしれませんが、私にとっては中途半端なものです。

表板や裏板のニスは仕掛けを施したので、週明けに研磨してニスの半分くらい削り落とせば色の明るい部分が再び出てきます。それでグッと古い感じが出るはずです。さらに横板のように汚れを全体に付けると良い感じになってくるはずです。

ヴァイオリン職人はまともに修行すればだれでもプロとして十分な水準の楽器を作ることができます。
しかし楽器を売るとなると求められるものは変わってきます。値段が安いとか作者が有名だとかそれ以上の何かが必要になります。むしろそれの方が重要です。

そのため安く作るために作業を早くするということが行われます。作業をテキパキとこなし細かいところは無視するようにします。
また名前を売るための売名行為に精を出すことも重要です。

この両方ができればさらに良いわけです。業者は安く仕入れて高く売ることができるので引っ張りだこになります。安上がりに作って高く売るのが商売では理想です。社会人なら当然のことでしょう。

しかし根っからの職人はそのようなことは許さない頭のおかしな人たちです。アマティやストラディバリを見ていれば、なぜそこまで美しく作ったのか不思議に思います。マジーニのようなブレシア派のほうが常識人の作るものです。

私は普通のものなら作る価値は無いと思います。なぜなら中古楽器のほうがよく鳴って音が良いうえに値段が安いからです。

しかし趣味趣向というものがありそのようなものでは満足できない人のために凝りに凝ったものをごくわずかに作ります。それがビジネスとして成立するようにしなくてはいけません。大事なのは業者を通さないで直接販売すること。これでコストを60%以上削減できるでしょう。
ボッタくりはダメですが、値段はやはり通常よりは高くなるのは止むをえません。

この楽器もすでにどうしても欲しいという人がいます。こちらの方が「音を試してから決めたほうがよいですよ」とアドバイスしなくてはいけません。
これまで作ってきたものもすべて完売していますからすでにビジネスとしては成立しています。自信を持ってやっていくことです。

もし最初に教わった正統派の作り方だけを続けていたなら今頃は修理の仕事しかなくなっていたことでしょう。