岡倉天心と明治の茶の湯
先回の続きですが、茶の湯文化学会総会の最後は、「岡倉天心と明治の茶の湯」という題のシンポジウムでした。 最初に、大日本茶道学会会長田中秀隆先生の「近代茶道と岡倉天心の位相」という基調講演があり、中村修也会長の「外国人の見た茶の湯」、斉藤康彦先生の「数寄者と茶の湯」、依田徹先生の「明治東京の家元と茶道」という講演、その後ディスカッションという次第でした。私は講演の終わったところで所用の為に後は聞けなかったのですが、なかなか難しいところもあり、下手にご紹介すると、理解が浅いとか、間違っていると先生たちから叱られそうなので、あまり、要約紹介はしない方がいいのでしょうが、乱暴に纏めるとこうなります。基調講演では、近代茶道史研究の骨格として、近代茶の湯の特徴は何か?という点につき、各研究者により「大衆化」「芸術化」「美術品化」という点が提示されているといいます。「大衆化」は、女子教育の普及を通して、女性の茶の湯への大量参加によるが、教育というアカデミズムが茶道を受け入れた契機は、岡倉天心の「茶の本」にあると位置付けられているそうです。「芸術化」すなわち、茶道が芸術であると認識されるようになったのは、この辺難しいので大省略しますが、やはり岡倉天心の「茶の本」の影響が認められる。「美術品化」という点でも、茶道具が美術品と認識され、貴重視されるようになったことの下支えは、これも岡倉天心の影響であるとされている。じゃ、岡倉天心とは、どういう活動、生涯を送ったかを、田中先生は述べられ、天心は、国民が共有出来る「国民美術」を作り上げようとした、その一環に茶の湯もあり、「近代茶道史から、明治期の茶の湯の研究という課題を独立させた時、その分野はまだ研究が始まったばかりである。近代茶道史は、明治期の意義を、近代世界への日本文化全体の適応の大きな潮流の中に位置づけることを目標にすべきではないか」と結ばれました。(あー、しんど) 中村先生の「外国人の見た茶の湯」は、明治期、お雇い外国人と呼ばれた、日本に大きな影響を及ぼした人々の残した資料を細かく紹介されました。初耳の話が多く、面白かったです。一般的な茶でなく、茶の湯体験をしいるのは、そう多くはないが、千家の茶の湯を体験している人もあり、大森貝塚の発掘で有名なエドウイン・S・モースは、茶の湯の実技、点前も学んでいる(師は古筆了仲)そうです。斎藤、依田両先生の話は、前に著作で読んだような概論で、特に目新しいものはありませんでしたが、斎藤先生が、渋沢栄一の関係した茶会を三十回弱、紹介されたのと、依田先生が「西山松之助先生の家元論の定義で、我々は、千家が非完全相伝制と思っているが、幕末明治の頃の情勢を見ると、千家も完全相伝制を、一部で有していたのではないか」という見解を示されたのが、面白かったといえます。 萍亭主