先回の続きですが、中村昌生博士は、茶室の権威ですが、近代の茶の湯学の茶室研究者としては、戦前からの堀口捨己、西堀一三、重森三玲、沢島英太郎などを第一期とすれば、その晩年からダブって活動された、第二期のトップと言えるのでしょう。それも学問だけでなく、建築の実践者としても凄い。
自叙伝「数寄屋と五十年」を読むと、まあ、なんと精力的な、旺盛な活動家だと、怠け者の代表的な私は、つくづく感心してしまいます。大学の授業以外に、あれだけの量の現場建築、著述、講演と、よくまあ体が続いて、九十を超える長寿を保たれたものだと。お酒も好きな方だったようですね。桂離宮の修復に関わったり、古い茶室をいろいろ修復されていたということは、何となく承知していましたが、本を読んでみて、ヘーエ、こんなに沢山仕事をされてたんだと、再認識しました。ご自分が設計された茶室も数多くあるわけで、その内の幾つかは私も入った経験がある筈ですが、正直、それが博士の設計だとは知らなかったのです。知っていれば、また、そういう眼で、いろいろ見て気がつき学ぶこともあったのかも知れません。
知らないというのは、よくない事で、例えば私は七、八年前に山陽を旅行した折、広島県の福山の鞆の浦に行きました。その途中、案内されるままに、昭和30年代の街並みを再現したというのが売りの「みろくの里」という遊園地に寄ったのですが、私には面白くも何ともありませんでした。ところが、このすぐ側に、神勝寺というお寺があり、そこに中村博士の設計された不審庵、残月亭の写しがあり、公開されているということを、今度、本を読んで知ったのです。購入して、すぐ読んでいれば、その知識があれば、あの時、遊園地など行かず、絶対に神勝寺に行ったでしょう。知らないというのは損をすることでもあります。
茶室に入る時、別に何の知識もなく、ただ、その時の自分の感受性というか、直感だけで見て、出て来てしまってもいいのかも知れませんし、それが本当という議論もあるかもしれませんが、やはり、私クラスは、事前に詰め込める知識が有れば学んでおいて見た方が、その茶室の特性、見逃すべきでない面白い所見、新しい発見などあるのではないでしょうか。事前の勉強という点では、中村博士の「茶室百選」や「茶室の見方」などの著書には、随分お蔭を被ったものです。次回にまた。
萍亭主