コロナ禍の中の茶の湯で、最も大きな打撃を受けた伝統は、濃茶の点て方ではないでしょうか。

 今や、一碗の濃茶を飲み回しにするという点法は、どこの茶会、稽古でもやっていないだろうと思います。この長い伝統は、今後一体どうなるのか。もともと、飲み回し(吸い茶)になった安土桃山時代、起源は、いろいろ言われていて、一碗づつ練るのでは、時間がかかり過ぎて、客も退屈だからと、考え出されたという説、一人前を練るより、複数人分を練る方が、美味しい茶を練れるということからという説、なによりも、茶席の中で、一座建立、一味同心、和敬の心を具現する大事な作法としての説とあるですが、これは今後どうなる?式正織部流、珠光流の様に、元来、濃茶は各服点という流儀もありますが、殆どの流儀はそうではありません。

 まず、少なくとも、大寄せの様な、誰と一座するか分からない場合、当分、抵抗があるでしょうから、各服にせざるを得ない。どうやるのか、主茶碗だけ点前の人が練り、残りは水屋から点て出してが一般的な様で(点前がニ服練るのもあるらしい)、しかし、従来の大寄せだと、小間でも十人内外、広間だと、淡交会なんかでは、三十人くらい入るのを見ましたから、人数はソーシャルディスタンスで減るとしても、水屋も大変なら、用意しなければならない茶碗の数も席主には負担でしょう。一人分の濃茶を美味しく練り上げるのは、修練にょって克服出来なくはないという人もいますが、今まで三から五人のために美味しく練る練習をして来たわけですから、水屋も戸惑いもするでしょう。いや、大寄せはともあれ、茶事では、一体どうやればいいのか。各家元が、これに関して、明確な指導方針を示しているのか、寡聞にして私は存じませんが、どうも明確なもの、テキストにして示すなどという事はなさそうです。裏千家家元は、円能斎考案の各服点を推奨されているようですが、実際にやってみると、四客、末客の辺のお茶は冷えてしまう欠点があります。某業躰に聞いたところでは、粗く練れば冷えないというのですが、それでは本来のしっかりした濃茶の練り方の茶は味わえない。大体、飲み回しにしないと、挨拶のタイミングなども変わるわけで、その辺の指導はどうしているのでしょう。重ね茶碗で、後は大寄せ並みに水屋から点て出してにするなども、一般的であるようですが、これだって、どうも各自の工夫に任せきりで、家元が関わっているように思えない。いずれにせよ、いつかコロナは完全に消えて、かっての平穏が訪れれば、昔の伝統に戻ればいいと、おっとり構えている向きもあるかもしれませんが、ウイズコロナが長引けば、一般や若い人の衛生意識も変化して来て、例え昔の状態に戻っても、他人の口をつけた茶碗で飲むのなんか嫌だ、だからお茶を習うのは御免だという人が大半で、茶の湯人口が減少して行かないとは言い切れません。十数年前、ある先生から、新しい若いお弟子さんが、濃茶の飲み回しを嫌がるので、説得に苦労したという話を聞き、「よほど潔癖症の人なんですね」と、その頃は呑気に応じたものですが、そういう人が普遍的になっても、これからはおかしくない。茶の湯も時代により変わって行くと認識するなら、今が変化の時なのかも知れません。円能斎が各服点を考案したきっかけは、スペイン風邪の流行でなく、西洋的衛生論者の影響であったようで、そういう意味で、非常な必要に迫られて作ったのではなく、その為、長く眠っていた点前なのでしょうが、ある意味、先見の明があったのかも知れない。各家元も、今や先見の明を示すべき時かも知れないと、無責任に言っておきます。

  萍亭主