1 甲の罪責
(1)まず、甲がAを平手で叩く等してせっかんをした行為につき暴行罪(208条)が成立する。
次に、バットでAの足を殴打して重症を負わせた行為につき傷害罪(204条)が成立する。
さらに、死んでも構わないと思いつつ、Aの頭部をバットで強打し死亡させた行為につき殺人罪が成立する。
そして、これら暴行罪と傷害罪は、殺人罪と被害者が同一であり時間的場所的に接着してなされているので殺人罪に吸収される。
(2)そして、甲はバットを持ち出した時点以降で是非善悪の判断力が著しく減退していたことから、心神耗弱(39条2項)にあたり、刑が必要的に減軽されるのが原則である。
もっとも、甲は酒癖が悪く酔うと是非善悪の判断力を失うことを自覚していた。かかる場合にも完全な責任を問い得ないとすると国民の法感情に反することから、いわゆる原因において自由な行為の理論により完全な責任を問えないか。
思うに、責任の前提として責任能力が要求されるのは、責任能力ある段階での意思決定に基づき犯罪を実現しているときに初めて非難が可能だからである。
とすれば、結果行為時に限定責任能力の状態であっても、結果行為が責任能力ある時点での意思決定の実現過程といえる場合には完全な責任を問えると解する。
具体的には、①原因行為から結果行為にかけて故意が連続しており、②原因行為と結果行為および結果の間に因果関係があれば完全な責任を問えると解する。
本件で、甲が酒を飲み始めた原因行為時においては、甲は殺人の故意を有していなかったのであるから、原因行為から結果行為にかけて殺人の故意が連続していたとはいえない(①不充足)。
よって、甲に完全な責任を問うことは出来ない。
(3)以上から、甲に殺人罪が成立し、刑が必要的に減軽される。
2 乙の罪責
乙が甲のAに対する殺人を止めようとしなかった点につき、殺人罪が成立しないか。
(1)まず、乙は甲のA殺害の一部始終を見ていたという行為態様であるから、共同正犯(60条)と幇助犯(62条1項)のいずれに問擬すべきか。
(2)この点、自己の犯罪として行為をした場合には共同正犯となり、他人の犯罪に加功したにすぎない場合には幇助犯となると解する。
本件では、乙は、Aに対する殺人に関して、甲の犯行を見ていただけであって、何ら重要な役割を演じたとはいえないから、自己の犯罪として行為をしたとはいえず、甲の犯罪に加功したにすぎないといえる。
よって、殺人罪の幇助犯に問擬すべきである。
(3)では、乙に殺人の幇助犯は成立するか。乙は甲の行為を見ていたにすぎず、何ら作為を行っていないことから不作為による幇助の可罰性が問題となる。
ア この点、幇助とは実行行為以外の方法で正犯の行為を促進することをいうところ、不作為によっても正犯の行為を促進することは可能であるから不作為も幇助たりうると解する。
もっとも、あらゆる不作為が幇助にあたるとすると元々不定型な幇助の範囲がますます不明確となり罪刑法定主義(健康31条)に反するおそれがある。
そこで、作為による幇助と構成要件的に同価値の不作為のみが幇助たりうると解すべきである。愚弟的には①作為義務があり、②作為の可能性・容易性が必要と解する。
イ 本件では、まず、乙はAの母親であるから、Aに対する監護義務(民820条)があり、また、その場には、甲の他には乙しかおらず、甲の生命は乙に依存していたといえる。とすれば、甲の行為をやめさせようとする作為を行う義務があったといえる(①充足)。
また、自ら甲を止めることは困難であったとしても、外に出て人を呼んだり110番通報をする等と言った作為を行うことは容易かつ可能であったといえる(②充足)。
ウ よって、乙に殺人罪の幇助犯(62条1項、199条)が成立する。
以上