image

 

テラに夢中だ。寝ても醒めてもテラのことばかり考えている。

そんなことになったのは、一月ほど前のこと。遂に、夢にテラが出てきてしまったのだ。

 

夢の中のテラは「彼氏設定」。ちょうどテラの地上波初主演ドラマ「ラストノート」のビジュアルが出始め、ティザー予告を見ながら寝落ちしたら、夢の中でテラが彼氏で、私は内田有紀だった。

 

1年前に1度だけ、みっちーこと道枝駿佑の夢を見たことがある。やはり彼氏設定で、ねぇねぇと甘えてきて、「近い近い近い近い近いってば!」と心で悲鳴を上げる私という、やけにリアルな夢だったが、その1ヶ月後、まさかの神席でみっちーからリアルに確定ファンサを受け、膝から崩れ落ちたのだった。夢は現実化した。

 

対して、今回も設定は同じだが、テラは大人の包容力で「甘えてきていいんだよ」と・・・いやいやいや、30近くも年下に「大人の包容力」ってことはないでしょうと突っ込まれるのを覚悟でカミングアウトしてみた。どうか暴言を許して欲しい。

 

 

いずれにしてもそのやけにリアルな夢を見た翌週に、横浜アリーナで角松敏生デビュー45周年記念ライブがあり、そのまた数日後、私はまたも横浜アリーナにいた。timeleszのライブである。

 

image

image

image

 

客のテンションと舞台演出が、同じ横アリとは思えなかった。同行者も角松ファン&道枝担&テラ担なので、「ねぇねぇ、数日前に私たち、同じ場所にいたんだよ!?」と互いに興奮を伝えあった。

 

そしてライブスタート!数日前の光景とは比べものにならないペンライトの渦、圧倒的なパフォーマンスで歓喜に突き落とし、客席とメンバーが一体となって1つの空間を支配する、その没入感。しかし、私にはテラしか見えない。他のメンバーがファンサしようと間近に来てくれたが、目はどうしてもその向こう側のテラを追ってしまう。

 

360度全方位どの角度からどの瞬間を切り取っても、この世の者とは思えない完成されたカッコよさに、すっかり心を射抜かれた。

 

image

 

image

 

 

その日からますます、テラのことしか考えられなくなった。その直前まで、みっちーが私の絶対的センターで、最後の恋人はみっちーだと固く信じて疑わず、「みっちーごめん、しばし浮気を許して」な感覚だったのに。

 

それなのに、timeleszの最新アルバムMOMENTUMが滅茶苦茶心に刺さる&何なら号泣できるアルバムだったこともあり、日々のルーティンからなにわ男子が一掃され、timelesz&テラに取って代わられた。

 

そしてテラ主演ドラマ「ラストノート」放送開始で、燃料投下だ。初回放送時はリアタイ、直後に録画でもう一度、TVerで寝落ちと3回視聴がルーティンとなった。

「テラとみっちー、どちらか選べない」状態を経て、一瞬で「ごめん今はテラかも」と即答できる状態になってしまった。

 

image

image

 

テラのことばかり考えている。テラの歌声を聴いていたい。テラのダンスパフォーマンスに酔いしれたい。テラをもっと知りたい、もっと見ていたい。テラの情報しか求めない。だから私の見るSNSはテラ一色だ。

広告でテラがお勧めするまつげ美容液は3本買ったし、テラが宣伝する柔軟剤もシャンプーも化粧品も・・・日常がテラ一色に染まっていく。

剰え、ネットでテラの記事中のテラの写真を見た瞬間、胸が痛くなる。テラの姿を見ると、なんだか少しだけ、心の奥でキュッと痛む音が聞こえるようになってしまった・・・

 

・・・ってまるで秒速5センチメートルで「遠野くんを見ると胸の奥が痛くなる」カナエと同じじゃないか。

それは最早、「恋」ではないか?私は本気で恋に落ちてしまったのか?これが所謂「リアコ」ってやつか、なんてこった。

 

 

image

 

運命のtimeleszのライブの少し前、私は同じ横アリにいて、角松敏生45周年に参加していた。デビューから凍結までの11年間で出されたアルバムの1曲目だけで構成された第一部、リアルタイムでは私は高校生から大学生、そして社会人数年目だった。

 

当時の自分の半生を、一年一年サムネイルのように蘇らせ、つくづくあの頃の自分が置かれた環境は苛烈だったと思う。普通だったら、少年犯罪者かその一歩手前か自分で死ぬかの何れかだっただろう。単に私が死ねなかったのは、私の親友が先に自殺を決行してしまったから。彼女が死んでいなかったら、死んでいたのは私かもしれなかった。

 

死にきれなかった私が立ち上がった頃、リリースされたのがアルバム「TOUCH AND GO」である。アルバムコンセプト通り、人生の緊急事態で地上衝突すれすれで体制を立て直し、大空へ再び舞い上がるように浮上させてくれた。つまり角松敏生の音楽に、私は救い上げられたのだ。

 

それから頂点を極めた角松が徐々に落ちていき、音楽活動凍結に至る道と歩調を合わせるように、私も落ちていった。絶望の淵から這い上がって浮上した頃、角松もまた、長野オリンピックにてWAになっておどろうを歌い上げて復活した。

 

ここまでは、私の人生は、ピタリと角松のそれと符号していたのだ。

 

 

いつからだろうか、角松が紡ぐ楽曲が私の心に刺さらなくなったのは。

角松が音楽活動を解凍後も、私は相変わらず新たな試練に見舞われていて、と同時にかつてのささやかな志も徐々に明確に変化して、つまり自分的には乗り越える度にレベルアップしていく感覚だった。けれどきっと、角松とは駆け上がる方向性がちょっとずつズレていったのだろうと思う。

 

あれはいつからだろうか?SUMMER 4RHYTHMの頃は確かに熱狂していた。CitylightsDandyだってなんとかついて行けたし、10年前までは角松の音楽しか聴いていなかった。

けれどその頃から予兆はあったかもしれない。

 

決定的だったのはミニアルバム「東京少年少女」だった。幾多の挫折を経て、私はもう、「夢」だとか「希望」だとか「愛」だとかいった言葉が空虚なものにしか聞こえなくなっていた。

恐らくあの頃からはっきりと、「角松が望む方向性」と「私が角松に望む方向性」の違いが明確になったのだと思う。

 

 

今、私の人生を支え、救い、奮い立たせてくれる楽曲は、RADWIMPSであり、髭男である。timeleszの「RUN」も永久殿堂だ。

少し前まで私のテーマソングは髭男の「SEOUL SOUP」だったが、最近RADの新譜の一曲目「命題」に入れ替わった。「命題」の歌詞は私が言いたかったこと全てを余すことなく一言一句言い切ってくれているが、中でも秀逸なのがこのフレーズである、“誰もが幸せになれるわけではないこの世界 これを超える真実がどうにも見当たらなくて目眩がする”“ほとんどの夢なんか叶わない それをなんで入学して一番最初の授業で教えない 教えない”

相変わらず野田洋次郎は凄い言葉を突きつけてくる。私たちが足搔いているこの人生を“希望ごっこ”と言い棄てられるのは、真に絶望の淵に立ったことのある者のみだろうと思う。

 

一方、求めて止まない懐かしい“角松っぽい”音楽は、意外にSNOW MANなどジャニ系アイドルの楽曲や、タイプロでお馴染みROIROMのデビューアルバムにもあるのだ(「DRESS CODE」そして「AISHITE U♥」は正に“都会的でスタイリッシュな”CITY POPの流れを汲んだ王道、懐かしさに涙する)。

 

 

今、私の日常はハードだ。歩みを進める毎に敵の数が増えていくような気がする。国家権力に歯向かい、司法権の剣を振るう快感を識ってしまった自分には、最早普通の幸せは望むべくもない。

角松の音楽が私の人生を支えていた過酷なあの頃よりも、今の方が遙かに苛烈な状況が続いている。ただ、挫折と絶望から繰り返し這い上がる経験を経て、圧倒的に自分が強くなっただけだ。

 

だからこそ、私には心を癒やし、心をときめかせ高揚させることで現実を忘れさせる“アイドル”が必要なのである。

アイドルとアーティストは真逆である。アーティストは「自分がありたい姿」を演じ、アイドルは「相手があって欲しい姿」を演じる。アーティスト自身が臨む方向性が違えば、付いていくことはできない。

 

 たぶんあの時僕らは歩き出したんだ 互いに違う道を

 いつか二人が会った意味が分かる時まで

 車輪が回り出したら 旅は始まってしまうから

 もうはぐれないように 過去をそっと抱きしめる

 

嵐の名曲“Still...”のこの箇所にくるといつも泣いてしまう。本当にまったくいつから、私たちの道は離れていったのだろうか・・・。

 

 

それでも確かに、かつて私がその生き様に心酔し、紡ぐ楽曲すべてをバイブルのように聞き込んで自らの血肉とし、「俺の音楽を聴け!」と言われるがままなすがまま盲目的に受け入れ、「角松から説教される夢しか見たことがない」のに、角松に恋していたような、そんな時代があったのだ。あの頃の私にとって、角松は教祖であり、恋人だったと思う。

 

テラこと寺西拓人がtimeleszに加入した際に付けられたキャッチフレーズは「国民の元カレ」だが、今、ハッキリと言える。私の心の彼氏ポジションは、テラだ。

 

image

 

人生を支えるアーティストポジションを失い、心地よい音楽を提供するポジションも失い、もちろん心をときめかせる彼氏ポジションも失い・・・

 

それでも私の人生の中央にはやっぱり角松がいる。

それはかつて自分が苦しい時期を共に乗り越え、支えられてきたという私の歴史そのもの。懐かしさと感謝と、それから同志のような感覚。そうこれは、元カレに抱くような感情ではないか。

 

image

 

こうして、45周年を経たある日、角松敏生は私の「元カレ」になった。