平成10年度刑法第1問(ランクA、難易度B+) | 予備校派のための司法試験・予備試験塾 KLOライセンス

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1 乙の罪責
 乙が、睡眠薬を増量してAに渡した行為につき殺人罪(199条)が成立しないか。
(1)乙がAに渡した睡眠薬の量は通常人であれば死に至らない程度のものである。そこで、当該行為は不能犯となり殺人の実行行為性は認められないのではないか。実行行為性の有無の判断基準が問題となる。
 ア この点、実行行為とは構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為をいう。そして、実行行為性は構成要件該当性の問題であるところ、構成要件は社会通念を基礎とした一般人に対する行為規範であり、さらに、行為は主観と客観の統合体である。
 そこで、行為者が認識していた事情および一般人が認識していた事情を基礎として、行為の時点に立って、一般人の立場から見て構成要件的結果発生の現実的危険があったといえる場合には実行行為性が認められると解する。
 イ 本問で、乙はAが病気であることを認識している。かかる認識を基礎とすると、病気のAに増量した睡眠薬を渡すことは、一般人からみれば殺人の構成要件的結果発生の現実的危険性があったといえる。
 ウ よって、乙の上記行為は殺人罪の実行行為にあたる。
(2)そして、A死亡という結果も発生している。
(3)では、乙の上記行為と結果との間に因果関係は認められるか。乙がAに渡した睡眠薬の量は通常人であれば死に至らない程度のものであったことから因果関係が否定されないか。
ア 思うに、因果関係は構成要件該当性の問題であり、構成要件は違法・有責な行為を社会通念に基づいて類型化したものである。
   とすれば、条件関係の存在を前提に、一般人が認識・予見しえた事情および行為者が認識・予見していた事情を基礎事情として、当該行為から当該結果が発生することが社会通念上相当といえる場合に因果関係が認められると解する。
 イ 本問で、乙はAが病気であることを認識している。かかる事情を基礎とすれば、増量された睡眠薬によりAの病状とあいまってAが死に至ることは社会通念上相当といえる。
 ウ よって、因果関係も認められる。
(4)以上から、乙に殺人罪が成立する。
2 甲の罪責
 甲がAの薬を睡眠薬とすり替え、乙に渡すよう指示した行為につきいかなる罪責を負うか。
(1)甲の上記行為により、乙は殺意を生じ、殺人罪を犯している。とすると、甲の行為は客観的には殺人罪の教唆犯(61条1項、199条)の構成要件に該当する。
(2)他方、甲は、上記行為により乙を道具として利用する事により、Aを熟睡させるつもりしかなく、傷害罪の間接正犯(204条)の故意(38条1項)を有していたものといえる。
(3)とすれば、乙の罪責については抽象的事実の錯誤として処理すべきである。では、抽象的事実の錯誤につきいかに処理すべきか。
 ア 思うに、故意責任(38条1項本文)の本質は、反規範的人格態度に対する道義的非難にある。
   そして、規範は構成要件という形で一般人に与えられている。
   とすれば、構成要件を異にする抽象的事実の錯誤の場合、構成要件的故意が認められないのが原則である。
   もっとも、両罪の構成要件が実質的に重なりあう限度においてはその範囲で規範に直面しているといえ、構成要件的故意が認められると解する。
 イ 本件で、傷害罪と殺人罪は傷害罪の限度で構成要件が実質的に重なり合う。また、教唆犯と間接正犯は教唆犯の限度で実質的な重なり合いがある。
   よって、傷害罪の教唆犯が成立する。
(4)では、Aが死亡していることから乙は傷害致死罪(205条)の罪責まで負うか。結果的加重犯の教唆の成否が問題となる。
 ア この点、結果的加重犯が重く処罰される根拠は、基本犯の行為の中に重い結果を発生させる高度の危険があるという点にある。
   とすれば、結果的加重犯の成立のためには、重い結果につき過失は不要であり、基本犯の行為と重い結果との間に相当因果関係があれば良いと解する。
   よって、基本犯の行為と重い結果との間に相当因果関係があれば結果的加重犯の共犯は成立すると解する。
 イ 本件で、甲は、乙が甲の意図を察知して睡眠薬を増量することは予見していないし一般人にも予見し得ず、かかる事情は基礎とならない。
   とすると、増量されていない熟睡させる程度の量の睡眠薬を飲んだことでAがその病状とあいまって死亡することは社会通念上相当とはいえない。
 ウ よって、甲の行為とAの死の結果との間に因果関係はない。
(5)以上から、甲に傷害罪の教唆犯が成立する。
以上