つくづく嫌になっちゃうよ。
おはようございます『つ』つくづく嫌になっちゃうよ。って言葉は、つくづく(自分)が嫌になっているってことを大概は示しています。嫌なことを繰り返している自分嫌なことだけど懸命に頑張っている自分理不尽さに耐えて必死にやっている自分理不尽さを分かってはいてもはい出せなく、抜けることも出来ない自分甘えと分かっていても変えられない自分例えば、これらが背景にあり、「つくづく嫌になっちゃうよね」って言葉を吐息まじりに呟くゆうべ。そんな時は、その言葉に続けてこんな風に言ってみたらいかがでしょう。「そんな嫌なこと(そんな嫌な奴と)をまだまだ続けていくのかい?(まだまだ付き合っていくのかい?)」⏬1「つくづくって、腹の底からそう思うほど、賢明に自分はやってきたのなら」2「つくづくって言ってはいるが、向き合うこともせず、振り返ることもせず、流れのままにやってきているものならば」⏬1「しみじみ嫌と感じるくらいに後悔がないのなら、きれいさっぱりやめちまう。」2「しみじみ嫌と感じるくらいに何もやってこなかったなら、しみじみ嫌だと思うくらいまでとことんこの世界に浸ってやる。」1の選択の場合は、やめちまいましょう。2の選択の場合は、つくづくを腹の底から感じるくらいまで待ちましょう。やりましょう。腹の底から感じるのなら、大概は1に移行するもので、腹の底から感じないものなら、そこまで嫌ではないのだから、その環境下での順応性、適応力を高めていく。人は天秤である。天秤ではあるが、それは巧みなバランスを意味する天秤であり、決して両極のどちらかに極端に地面につくくらい振れるような天秤ではありません。極端に振れた方が楽ではあるし、極端に振れた方が楽なようには感じるが、その極端な振れた方が良いという価値観が、単純に、やる。やらない。という狭い選択肢を採用させ、それに伴い快、不快のそれぞれの振幅が更に大きくなり、結果、新たな経験に踏み出す恐怖を内に創り、その恐怖が、自らの可能性を段々と閉ざしていく。だから、「つくづく嫌になっちゃうよ」ってことを呟く時、私は自らの中にある自らの価値観を見ていますで、大概はね。くだらない価値観がほとんどですそして、『自分はこういう人である。』ってのはね。大概は生きる為の口実であり、大概は嘘っぱちって思っておいた方が、より良く楽に暮らせます。『自分はこういう人である』は、今の自分の場所を指し示すだけのものであり、自分そのものを示すものではない。ただの自分の位置を指すだけの、参考とするだけの、言わば指標に過ぎないものそう思っておいて間違いはないでしょうね。そのあたりの詳細は生き塾ブログに書いておきますね。自分←こちらご参考まで素敵な一日をお過ごしくださいませ。心理カウンセリングキャリアコンサルティングココロテラス大阪つむらけんじ