こんばんは
『つ』
辻褄が合わないってことを他者に感じると、
あっ、嘘ついてるな。
や、
あっ、なんかおかしいな。
なんて感じ、
浮気しているのでは?
不実されているのでは?
騙されているのでは?
自分勝手な人だなー。
おかしな人だなー。
嫌な人だなー。
などと人は思う。
大体が、
不安か不信か怒りかやるせなさか
そんなものが伴ってくる。
ただ、
自分の辻褄の合わなさに気づく人は
割と少なく、
気づいていても
まっ、仕方ないや
って都合良く流す人は多い。
他人に厳しく自分に甘い
とも言える。
それはある意味
生きる上では仕方のないことで、
誠実、不誠実で言えば、
明らかに不誠実。
でも、
自らが、そんなに不誠実だとは
皆んなあまり思いたくないので
辻褄が合わないものを
無理矢理にでも合わせようとする。
素直に正せればいいのにね。
素直に謝れればいいのにね。
素直に認めれればいいのにね。
そして、
その辻褄が合わないってことを
自分に対しての不誠実だと
思えればいいのにね
心の中に辻褄が合わない自分がもし
いたとしたら、感じたとしたら、
辻褄が合わない自分を責めたり、
辻褄が合わない自分を見捨てたり、
辻褄の合わなさに目をつむったり、
そのようなことをする
自分をしっかりと逃がさないようにし、
何故?
辻褄が合わないことを自分は
やっているのかをじっくりと考えてみる。
腹が立つのに笑っている私。
悲しいのにおどける私。
辛いのに泣けない私。
ついつい盛っちゃう私
そんな私たちに言ってやればいい。
あんたホンマ不誠実やな〜
ってね。
人は、他者に対しては敏感に
辻褄の合わなさを感じる。
不誠実さを叩いたりもする。
でもさ、
辻褄の合わない自分をまたこのまま
見逃すのかい?
不誠実な自分をまたこのまま
知らないふりをするのかい?
そいつが自分の苦しみの元凶かも
しれないよ。
そいつが自分が幸せになれない
理由かもしれないね。
元の根っこにあるものを探していく。
少なくとも、
自身で辻褄が合わない自分を
理解されている方は、
自身への誠実さをいかに追求するかが
課題であり、
その先に新たな扉が開いている。
人間は、
そもそもが
辻褄が合わないことを無理矢理合わせている
生き物ってのは確か。
じゃなきゃ生きれないから。
全ては自らの都合。
でも、
自身の辻褄合わせに気づく人は
辛いし苦しいもの。
自分に対しての不誠実さを
許せるか許せないか。
許せることを許してもいいし、
許せないことを許してもいいし、
そして、
どうしても許せないなら?
方法は様々あれど、
気づいてるなら、
ぐちぐち言わんと課題に引っ張り上げて、
人生かけて闘いなはれ
自身の誠実という自身の正義の為にね。
だーれも周りは関係ございません。
ご自身のために
そして、願わくば、責めの辛さから
人生を止める選択をしないで欲しい。
闘いはいつでも闘えるのですから。
自分という存在を自身が
覚知しているからこそ。
ご参考まで。
週末の台風。
進路予想にお住まいの方々、
十二分にご注意くださいませ。
なにごともなく、
誰もが平穏な週末でありますように。
本日の生き塾ブログは、
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つむらけんじ

