Hirogの業務日誌―広島大学総合博物館

スタッフたちによる記録やつぶやき


テーマ:
くまです.
最近,ブログの更新が進んでいないという
厳しい指摘を某所より受けております.
なんとかしたいと思います.

今日ヨダレカケさんが
インフルエンザにかかったとの連絡がありました.
私も先日かかりましたが,
彼はインフルエンザA型ということで,
B型だった私とは違う型のようです.
急に寒くなったので,
皆さんうがいと手洗いを
きちんとしてインフルエンザを予防しましょう.

話は大きく変わって,
1月8日にアップした記事
教育学部生物標本室の片隅に
の続報です.

記事をアップした後,館長から
「あの時代を考えると,わざわざ生物標本を見るためだけに,
広島県師範学校にいったとは思えないなぁ」という
コメントが寄せられました.

ということで,さきほど
大学の中央図書館へ,
戦前の中国新聞マイクロフィッシュを見に行き,
当時の行幸の様子を探ることにしました.

で,結論はというと,
館長の推察通り,
昭和天皇は広島県師範学校には立ち寄ってはおらず,
江田島の海軍兵学校(現海上自衛隊第1術科学校)にもちこんだ
生物標本をみられたことがわかりました.
そもそも,昭和天皇は
神戸港と江田島の瀬戸内海を軍艦で往復していました.

1936年10月27日付中国新聞夕刊
(一日前の26日の出来事を記事化)では,
『陛下の御造詣深い生物学の御資料として,
県下中等学校教員採集の県内分布
粘菌類および県下児童生徒採集の県内に生息する
陸産,淡水産,海水産の貝類と,その分※図標本などを
(※字間に微妙な空白があり,‘布’が入るかも?)
陳列,天覧に供するはずである』とある.

翌28日付夕刊では,
27日の兵学校行幸の様子が詳しく書かれていて,
午前中は閲兵式に臨み,
午前11時25分~2時までの休息時間に
生物標本を見られていることが書かれています.
記事では,
『(前略)午後二時までご休憩の間も,
広島県特産の貝類,粘菌類について
特別天覧をたまひ,
学術,工芸御奨励の大御心には,
校長供奏官恐懼した』
とのこと.
記事からは,昭和天皇は,非常に興味関心をもって,
この粘菌類と貝類の標本を閲覧されていることが伺えます.

引用した記事以外は,
すべて軍国主義一色の紙面となっていて,
師範学校に標本を見に立ち寄るという
軽々しい雰囲気は
全くもって伺うことはできませんでした.

ということで,
生物標本の天覧について
広島大学二十五年史に
書かれていないわけもわかりました.
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