三田市は遠い所にあると思い込んでいる。今日はそこのデイサービスの施設にお邪魔した。

カーナビを設定すると40キロメートル程で、その近さは意外だった。高速を利用すれば1時間は掛からずに着く予定になっている。しかし、だからと言って交通事情は分からないから、渋滞などの時間的な心配はある。遅刻しては不味いので、1時間半以上を予定して車を走らせた。

状況を見ると混んでいる事もなく、ゆっくり走れそうだ。阪神高速道路7号北神戸線を入ると、時々制限速度表示がが変わる。60㎞/hになったり70km/hになったり80km/hになったりする。早く着き過ぎるのを懸念して、私はキープレフトを守ろうと思った。前の安全運転をしている車に従ったりもした。

足の先が冷たい。そちらに温風の出口を変えてみたが、あんまり効果はなさそうだ。車に表示された気温は4度を示している。中は暖房が効いて暑くもなるが、粉雪がフロントグラスを掠めるようになった。雪だ。嬉しくなる。

段々降り頻る雪に代わり、無数の雪片が乱舞する。出雲に帰っていた頃は、凍った路面にチェーンがスリップをガードしながら走り、一色の雪景色の中をそれは吹雪に見舞われたかのようだった。そんな体験はしょっちゅうで、今の状況が懐かしさを誘発した。外の温度は2度になっている。

冬の出雲への行程は、周りが墨絵のような独特の世界になっていた。今こうして雪の夥しい程の妖精の乱れ飛ぶ様は、私に湧き上がる感動を齎した。左側を走っている数台の車は、ゆっくりと、しかも前照灯を点けていて、規則正しい走りをしていた。私も、その仲間に加わった。制限速度を越える事はなく、大袈裟だがブリザードの中を走り行く、まるで探検隊のようだった。

一瞬過ぎったのが、三田に行ったら雪が積もって、ちゃんと帰れるかと言う事だった。だが、この程度では路面に雪が積もり、凍る事はない。今まだ、午前中なのだ。

暫くして西宮山口東を出る頃には、もう雪のゆの字もなかった。あれは一体何だったのだろうか。雪が見たかった私に、一瞬それをプレゼントしてくれたように思えた。殆ど見なかった雪が、こうして今日に限って吹雪に近い短い間を楽しませてくれたのだった。

介護施設「ひなたぼっこ」は何度かお邪魔している。私を知っている方々もいるのでは、と想像していた。昨日の酒がまだ残っているような気がした。昨夜7時からは一切飲んでいない。それでも、多分泡盛が効いていたのだろう。決して二日酔いではないが、迂闊ではあった。しかし、動かし難い事実でもあったのだから仕方がない。

演奏をする時は持参するものが結構あり、そこは慎重に注意力が発揮されなければならない。必要に応じてラジカセだの伴奏CDだの、楽譜、それにオカリナ。これは、必要なオカリナをアタッシュケースに入れ替えたりしなければならない。その中は定員に溢れてしまう事もある。枠をこしらえて1個ずつ納まるように改造されているが、11個が枠内同居を入れての定員である。軽重はあっても、この中のどれを忘れても全く具合が悪い。

オカリナを忘れた時は、土下座では済まないだろう。卓球の全日本選手権で石川佳純を下して優勝したまだ10代の平野美宇が、3歳位の頃お母さんに負けて大泣きして言った言葉と同じだ。「うわ~ん、もうお終いだぁ」。それが映像から強く残り、重なる。

だが、矢張り1つだけ忘れていた。譜面台だ。最近、全部を暗譜する事が出来なくなったから、それも必需品になっている。それはそれ、スタッフの方達が、途中でも迅速に私の要求を満たしてくれた。楽譜を見なければならない場合は、小さなテーブルに分厚い何かの全集のようなものを横にして立て、そこに譜面の入ったファイルを広げて立てた。斜めになるので、おじゃみを滑り止めを置いてくれたりした。

その時は座って吹けばよくなった。だが、人前で座って演奏したのはこれが初めてだった。

私を知っていると言ったおばあちゃんがいた。何人か私も会っているような気がしていた。20人以上の方々であったが、男性は隅に2人いるだけ。大半の皆さんとても元気で、話にも反応して、言葉が跳ね返ってくる。10時半から11時半の時間だったが、11時45分まではいいと言って貰えた。喋り過ぎていたから、俄然私も元気になった。

真ん中辺では歌を歌って貰った。依頼されていた曲は模造紙に歌詞が書かれ、ホワイトボードに貼られた。時間が押しているようなので5曲を4曲にした。私が拍手した位、皆さんとても元気だ。これが本当にデイサービスの利用者さんかと思える人達もいた。1人など演歌も好きで、「糸」などはしょっちゅうカラオケで歌っているようだった。

ここの方々は、歌がとっても好きと言う事だった。最初に利用者の皆さんが手に文字を書いたカードを持って歓迎して貰い、帰りには代表にからお土産を頂いた。立って渡そうとされたがそれは制止し、「ありがとうございます」と言って握手をした。細かったが、ここまで生きて来た重みのある、おばあちゃんの手だった。

「皆さんに言える事は1つです。大切なのは『今』だと思っています。昨日の事はもう過ぎ去った事。こうして演奏を聴いて貰ったのももう終わりました。明日の事は分かりませんが、今を楽しく明るく生きる事で、素敵な明日が来ると思います。私も頑張ります。ありがとうございました」

私には私の「今」の課題がある。何処でも精一杯に演奏する事。体調をよく管理して演奏に臨む事。忘れ物をしない事。

帰りに目に入った予定に、今日の私のオカリナの演奏と、1週間先にはトランペットの演奏がある事が予告されていた。荷物を車に入れてもう1度戻り、コーヒーを頂いて帰途に就いた。帰りはゆっくり地道を通るルートを採用した。

私が演奏している時も、知っている歌は口遊んでいる人がいた。そんなに元気一杯の人ではなかったが、スタッフの1人が、数人横のその人を温かな目で見ていた。私が想像するに、余り歌を歌ったりしない人だったのではと。

そんな1人ひとりの顔を思い浮かべながら、雪も全く見る事のない道をのんびりと走った。

お土産? 創業享保元年で、三百年が経った老舗「笹屋伊織」の京菓子、お手作り最中。当主は十代目だ。2つ最中に餡子を詰めて食べたが、御所の御用として仰せつかった程の貴重な最中として味わわせて頂いた。代表の銘菓は毎月20・21・22日の限定販売となる「どら焼」だと書いてある。これも一度食べてみたいと思った。

終わった事は猛スピードで遠ざかって行くが、これから起こる出来事が、また呼び込まれて行く。
同期の会と言うのがあり、三ノ宮に行った。

12時には40分早かった。当番の2人が来ていた。12時からの会には、店にはまだ入れない。

三ノ宮のヤマハに行った。オカリナ20号を買った。そして、文化ホールの担当者と、暫し電話で話をした。

再び戻ると、もうその店の3階には殆どの仲間が集まっていた。同期なので、同時に退職した仲間だ。今年度の務めが終わる者2人が、最後に全員を召集する日である。つまり、次の係が決まる日でもある。

14人が集まった。女性は4人。勿論飲み放題だったが、刺身に至っては、それぞれの産地が書かれた紙が付けられていた。美味い。

よくぞこれだけの料理が運ばれるものだと思った。皆、笑顔で運んで来る。感じのいいこの店の名前は「土佐清水ワールド」と言った。

いつもは同期の会長が最初の挨拶をするのだが、今回は一番遅く来た者が挨拶をした。最後に来た者が誰か、私は、それを担当の心遣いだと思った。

そこまではいいが、最後の挨拶は、一番最初に来た者になった。「それは私です」、そんな番組があったなあと思った。しかし、それでは最後までゆっくり楽しく飲めない。仕方がないけど、その時が来たらアドリブで喋ろうと思った。それしかない。

楽しく食べて飲んで語った。最後の話? そんな事、知った事ではない。ビールを飲み、芋焼酎のお湯割りを飲み、日本酒を飲んだ。明日は、三田にオカリナ演奏に行くのに、こんなに飲んでいいのだろうか? いいのだ!

一人ひとり、近況報告。但し、今年思う事を漢字1字で話さなければならなかった。それぞれが、その漢字を言いながら話した。1分でと言ったが、長い者が殆どだった。私の順番は、最後に回って来た。

漢字は2つ頭に在った。1つは「淡」。人生は淡いものだとの意味で。もう1つは「燃」。やっぱりこれにした。オカリナがなかったら、干乾びた蛙のようになっていただろうと言った。その日を燃えながら生きて行きたいと。

軈て1時間45分の飲み放題もラストオーダーとなり、そろそろ2時間が過ぎようとした。好きな事が言えるのがこの同期の会である。いい雰囲気の間に、終わりとなった。次の係2人が決まった。と言っても、あいうえお順で、次は分かっている。また今度の6月に会い、次の旅行の方面が決まる。

私の挨拶が・・。

まあ雰囲気として、皆が楽しかったと思えるだろう話題を読み上げて、締めくくろうと思った。鞄にその紙を入れていたのを思い出した。私の話はそこそこにして、それを読み始めた。実は明日(21日)デイサービスからの依頼によって三田まで行くが、そこでも、また23日の加古川での老人大学でもこれを話せばどうだろうと、その反応を見る予行の意味もあった。

深く考えると全く不快な内容もあろうが、私はこれが昨年の始めか一昨年の終わりかに放映された「笑点」でのお題の答えでもあり、その話の面白さを披露したいと思った。何度読み返しても面白く、多分その場は笑いに満ちるだろう。実際、ここでの反応も、笑いで終わった。

「殆ど皆が知っている事かも知れませんが、何度読んでも面白いので、これを聞いて、笑ってお開きにしたいと思います」

「笑点」お題 18才と81才の違い

◎道路を暴走するのが18才、逆走するのが81才

◎心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才

◎偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才

◎受験戦争を戦っているのが18才、アメリカと戦ったのが81才

◎恋に溺れるのが18才、風呂に溺れるのが81才

◎まだ何も知らないのが18才、もう何も覚えていないのが81才

◎東京オリンピックに出たいと思うのが18才、東京オリンピックまで生きたいと思うのが81才

◎自分探しの旅をしているのが18才、出掛けたまま分からなくなって皆が探しているのが81才

◎「嵐」というと松本潤を思い出すのが18才、鞍馬天狗の嵐寛寿郎を思い出すのが81才

最後に明日のデイサービスでは、私が考えた事を付け加える積もりでいる。

◎ 〇〇〇〇○○なんて考えた事もやった事もないのが18才、○○○○○○にこれ以上ない喜びを感じるの   が81才

よくぞこれだけの事が、あの「笑点」から生まれたのを感心する。これで笑ってもらえたら、皆さんまだまだお元気だと思いたい。(○○○○○○は、施設の名称だが、ここに何が入るか当ててみて)。

皆は全員、近くでお茶をした。私はケーキも注文した。滅多に食べないので、今食べないといつ食べられるのだろうと言う、私の浅ましい発想からだ。

私の書き写していたこの「笑点」の話が気になったと見え、書き写している者がいた。周りのものは「何を勉強しているのか」と訝しがったりした。他に3、4人が、携帯やデジカメで、私の殴り書きの、お世辞にも綺麗だとは言えない文字のそれを写していた。

そこで別れ、男ばかり5人が残った。三ノ宮の水車のある店「正家」に入った。そこで飲み直し。銘柄なんか気にしないで、日本酒を飲んだ。誰かが玉子焼きを注文した。ざる蕎麦も幾つか注文した。

「お一人について何か1つはご注文下さい」

と言われた。こんな事聞いたのは初めてで、余程経営が苦しいのではないかと思った。文句を言っても仕方がない。蕎麦がまた増えた。

ここは三ノ宮。外に出るとそこで皆別れる。別れた筈だった。T君が、

「もう1軒行こう。どこでもいいから」

と私に言った。ここからバスで帰る積もりだったが、

「元町まで行く?」

と聞いた。

「何処でも言い」

と言う。

雨の霧の中を、元町まで歩いた。10数分で辿り着く。

「トイレに行きたい」

と言い出した。外には公衆トイレはない。

「じゃあ、切符を買って駅の中へ入ろう」

と言ったが、駅員さんに聞いてみる事にした。

「トイレに行かせて貰えますか」

「ああどうぞ」

と言う事で、ただで済んだ。

私が行きたかった所は、1つ前のブログで分かるように、「ひょうたん」の餃子屋さんだった。

「どうかな。空いているかな」

と彼は言う。

「空いているよ」

と私は言う。

7人で一杯になるこの店に、2、3人が雪崩れ込んだ。おっとっと、と思った。よく並んでいる店だから、どうかなと思ったが、奥に2人。今入った素敵なカップル。おお、ラッキー。犬を呼んでいるのではない。おっさん2人は無事に入れた。後、1つだけ席が空いている。

突然T君が血相を変えた。

「ありゃ、ポーチがない」

「えっ?」

「あの中には診察券や色々入っている」

「じゃあ、来た道を駅まで辿ってみたら」

と、ややいい加減な事を言ったが、それしかない。彼は雨の中を傘も差さないで、飛び出して行った。もし帰って来たら、「正家」にあるかも知れないから、そこに電話をしてみたら、と言う積もりだった。

私は餃子を2人前ずつ注文した。そして、泡盛も2つ。彼が戻って来るまで、その儘でいた。

左隣のカップルの、恰好いい昔の私みたいな男が(ちょっと言ってみたかった)私に聞いて来た。

「これでいいでしょうかね」

と、タレの事を言った。普通タレと言えば「王将」の餃子のタレみたいなのを言う。

「ここはこれですよ。これがお薦めで、美味いから。私はこのタレを食べにここに来たんです」

と、味噌ダレを指差した。その隣の綺麗な彼女は、とてもいい顔で微笑んでいた。いいなあ、若いってこんなにいいもんか。いや、ちょっと違う。この2人はテレビに出ている2人ではないかと思わせられた。品がある。愛想も良い。世慣れているのか堂々としている。味噌ダレに納得しているようだった。

その内、T君が戻って来た。まさか通り道に落ちている事はないだろうと思いながらも、在る事を密かに願っていた。

「あった」

と言って顔を見せた。私も、「良かったなあ」と言いながら、不思議だなあと思っていた。

「駅で聞いたら、『これですか』と言われた。それですと言ったよ。『さっき男の人が届けて行きましたよ』と言われて」

多分トイレを借りた時だったんだと思ったが、なぜその鞄から飛び出してしまったのか。まあ、はっきり言えば不注意だが、玉にはある事だ。手に戻って良かった。

「一度パチンコ屋で財布を落としていたけど、これも戻ってきて。12、3万円入っていたけど、中を見ずに届けていたんだねえ」

「へー、そんな事が・・。僕は同じような不注意で、鞄を開けたら袋に入ったオカリナが飛び出していたんだよ。それに気付かずに、なくしてしまったよ。命の次位に大事なオカリナだったけど、警察にも駅にも届けなかった。在る筈ないと頭から思ったから」

そして、濃い小さなグラスの泡盛を飲んだ。隣りの2人は恋。

もう1杯注文し、餃子は更に1人前ずつ注文した。私は願いが立て続けに叶った。その前は唐揚げ。今日は餃子。しかも「ひょうたん」の味噌ダレの餃子だ。旨い。満足だ。

三ノ宮まで戻り、そこで彼とは別れた。私はもう出発しそうな高速バスに乗った。家に着いたのは7時を大分過ぎていた。昼から酒を飲んで、次にコーヒーを飲んで、又5人で飲んで、最後は2人で飲んだ。最後は全く予想だにしなかった展開だが、そんなに親しくもなかったT君と2人で飲むなどは、不思議な世界の話だ。

彼は、私の拙いオカリナのCDを聴いて、すぐに電話をくれた男だ。もうあれから1年以上は過ぎているのに、今でも同じ事を言う。それに、いつでもそれを話題にする。

その彼が、3曲聴いた所で電話してくれた。大した事のない、ピアノ伴奏のS.Sさんも忙しい中録音場所に来てくれて、一発勝負で12曲を録音したCDだ。じっくり時間が掛けられたらもっと良いものにはなっていたかも知れないが、時間を掛けるだけ費用も重なる。

「3曲まで聴いたけど、全部聴くのが勿体なくて電話した」

と言ってくれた。この事は、内心とても嬉しい事だった。彼はオーディオ通でもあり、家の一室をオーディオルームにしていて、総額約3,000万円の機器で聴いてくれていたのだ。

シマさんと1度かれの家に行き、私のCDとシマさんのシマ唄のCDを聴かせて貰った事がある。私のラジカセなどとは音が違った。もう1度行って、聴いてみたいと思う事がある。私のオリジナル12曲を。下手でも、心地よく感動的に聴こえる。

かれが屡々言う事は、演奏する時には私の作曲した曲をメインにして演奏すると良い、と言う事だった。いつでもその考えは彼からブレた事がない。そこまで言ってくれる者も殆どない。これは、真摯に受け止めて置こうと思っている。

何れエレキベースの甥とチェロの蘭奈さんと私のオカリナで演奏する時が来ると思っているが、もしその時が来たら、オリジナルを数曲甥にアレンジして貰って演奏したいと思っている。

ああ、もう夜中の2時半を過ぎている。明日は8時半には家を出なければいけない。練習も何もしていないしどうなるか分からないが、楽しんで貰えるように1時間、演奏したいと思っている。こんなに楽しい同期の仲間が15、6人いるなんて、まるで551の蓬莱のように、豚まんがある時のあの映像のように楽しい。
元町も、昼は雨だった。

オカリナの練習の後は、ただでは帰らない。私が行きたかったのは、「ひょうたん」の餃子。ここの餃子は味噌だれだ。それは堪らない。それを泡盛で食す。けれど、ここは素通りした。

もう1つ行きたい所があったからだ。ドイツ。ニューミュンヘン大使館だ。ここのビールは絶品で、唐揚げは病み付きになる。久々に、泡盛よりビールを飲む方が勝った。エレベーターで3階に上がるよう指示された。待つ事もなく、花金でありながら、空いていた。

生ビールの中を注文した。唐揚げ3個と一緒に。先に運ばれたビールをグイッと飲みながら、唐揚げを待った。やっぱりデカい。塩を振りかけた。斑な雪景色のようになった。

運んで来た女性に聞いた。

「ここの唐揚げは持ち帰りも出来ますか」

「ええ、出来ますよ」

「デパートにも出されていますよね」

「そうですね。でも鶏が違うのです。大阪の鶏と神戸の鶏と」

「ああ、そうなんですか。やっぱりここで持ち帰る方が美味い唐揚げを食べられるのですね」

と言って笑った。

普通の黄色の生ビールの後は黒ビールを注文した。今正にビール祭りで、小さなカードにシールを10枚貼ると、もう1杯ただで飲める。但し2月末までに10杯飲まなければその特典は発効されない。ジョッキが運ばれると、取っ手に1枚シールが付いて来る。今で2枚、手慰みに貼った。後8杯も飲める訳がなく、また2月末に2、3回も来れるのでもない。

何故、3か月位延ばせないのだろうか。作戦と言えど、あからさまに飲める筈のない事を証明しているようなものだ。大抵商戦とはこんなものだ。もう1杯注文した。

「3枚貼ったってもう1杯飲める訳でもないし、すぐにまた来れる訳でもないし」

と言うと、品の良い女性はビールを運んで来て笑った。それしかないではないか、笑うしか。

私の右の席には家族らしい4人が座って、飲んだり食べたりしていた。

暫くすると、もう帰るのか皆立ち上がった。そして私に、

「良かったらどうぞ」

と、自分達が飲んで貼った紙のカードをくれた。とってもいい顔で差し出してくれたものだから、

「あ、いいんですか」

と言って受け取った。開けて見ると、何と7枚のシールが貼ってあった。私のカードには3枚貼ってある。

「いやー、もう1杯飲めます」

と言うと、益々相好を崩した。早速自分の3枚をこの7枚のカードに張り替えた。1センチ四方の生ビールのシールが10枚綺麗に並んだ。さっきの女性を呼んだ。

「10枚になったんだけど、もう1杯飲めますか」

と聞いた。えっと言う顔をしたがすぐ笑顔に戻り、

「ええ、いいですよ」

と言って5種類のビールを示した。

「この中から選んで下さい」

右側3つは普通の生ビールと黒ビール、それに両方を混ぜたハーフアンドハーフ。普通のビールにしようと思ったが、左の背高グラスに入った2つが目に入った。一番左はかなり濃い色をしていた。

「これは何ですか」

「地ビールです」

「どっちがお薦め?」

彼女は濃い方を指さした。

「私はこっちが好きです」

何と素敵な答え方だろう。こう言われると、

「じゃあこちらにします」

と言わない訳には行かなくなる。この人に言われたら従うしかない、そう感じさせたのだった。素晴らしい話術を学んだような気がした。

「開いてみたら10枚になっていて・・」

「まるで手品ですね」

そうして、もう1杯飲む事が出来た。焼きそばが食べたくなった。確か台湾焼きそばだったと思う。これが結構美味いのだ。

7+3=10。こんな事があっていいのだろうか。いや、いいに決まっている。しかし、そのタイミングと言うか、ドンピシャの成り行きに、驚くしかなかった。

あんまり酔わなかったが、ドイツを離れて日本に帰る事にした。ミュンヘン大使館から少し歩き、バスに乗った。雨は上がっていて、まん丸く膨れ上がったお腹を抱えながら、家に帰った。飲もうと思っていた残り少ない「北秋田」と「越後桜」。どうしようかなと思いながら、逡巡している自分を、外から眺めている。
まだ日は沈んでいない。鳥の群れか? そうではない。それは蚊の群れだった。飛蚊症である事を忘れていた。その時、悠々と、大きな黒い鳥が一羽、大空を飛んで行った。

ジョギングの途中だったが、一番遠いターンをする所にローソンがある。途中で店に入る事はないが、「北秋田」がどこのローソンにもあるかと言う疑問からだった。秋田の酒は吞んだ。新潟の酒も気になっていて、ジョギングの前に買ってある。値段はどちらも税込み998円だ。

このローソンにも、あっちのローソンと同じ720mlの酒がある。新潟の酒は数種類置いてある。税込みで1,008円のもある。998円と1,008円は見た目には開きがあるように見えるが、10円の差だ。新潟の酒でも、「久保田 千寿」は1,800円もしていた。

夕焼けの下方は海が焼けているように見え、その上は夕焼け空のようだった。やや薄くはあるが、焼けた空は美しい。これから起きる事が、待ち遠しい序曲となった。

最近4キロ弱走って30分を切る事はない。ジョギングを始めた1、2年は、大嫌いで不得手も不得手なジョギングが、最高26分で走れる事もあった。だが、走っていない数年が入り込むと、中国の春節祭から再び始めたジョギングで35分位だった。最近33分になったと思っていたら、今日はローソンで油を売っていたにも関わらず、31分で帰っていた。

半分も走っていると、Tシャツに長袖を着ただけなのに汗でびしょびしょになる。風呂に入ると汗を流した。上がると2本の瓶を炬燵板の上に並べた。ラベルがなかったら、どちらも緑色の同じ瓶だ。人生経験の第一歩を踏んだ幼い頃の私には、水が緑色なのだろうとしか思えなかっただろうような瓶だ。ガラスのお猪口を2つ並べる。

新潟のこの酒は「越後桜」と言う。越後桜酒造株式会社(新潟県阿賀野市山口町1-7-13)と書いてあった。毛筆の文字は矢張り上手いが、こちらの方がより行書になっている。墨はべたつく事もなく、普通の墨色だ。だが、私は楷書でべたつく前衛が好きなので、文字は「北秋田」に軍配を上げる。

どちらも美味かった。「北秋田」はさらっとした上善如水のようなフルーティーさが感じられた。「越後桜」は似たような味だが、ねっとりと口に絡んだ。だからどうだと言う話だが、結局は好みの差だろう。ご飯にしたりパンにしたり、私にはどちらも旨かった。

まだまだローソンには石川県や兵庫県の酒もある。我が「山田錦」もあるのだ。すると、秋田と新潟で終わらないだろう私の比較癖が頭を擡げるのである。

この720mlは皆大体1,000円だ。久保田も高いが、新潟と言えば最強の酒所と昔から記憶している。「雪中梅」もこの量で5,000円になるものもある。「越乃寒梅」となると8,000円にもなる。この酒造所(越乃寒梅)のものに焼酎もある。それが7,000円とは驚きだった。尤も、1升瓶で10万円とか上には上があるけれど、今は720mlでの話だ。

暫く、720mlを味わってみようと思っている。

だいぶ「越後桜」も減って来た。まるで生きているかのように、緑色の瓶を透かした表面は、炬燵板に与える私の振動で揺れている。お好み焼きが、今日のは量といい味といい、とても美味かった。やっぱりまたパンが食べたくなった。食パンしかない。太るのは丸分かりだが、それでも食べたい。私の食べ方で。

先ず食パンをオーブントースターで、美しい焦げ目が付くまで焼く。フライパンで目玉焼きを作る。4枚入りの薄切りハムを4枚軽く焼く。好みに依っては、生のままでも良い。食パンにマーガリンを塗って、4枚のハムをはみ出ても良いので四葉のクローバーのように乗せる。その上に軽く塩を振った目玉焼きを乗せる。そして、牛乳を飲みながら食べると言う訳だ。

前は焼いた食パンにマーガリンを塗り、蜂蜜も塗り、海苔の佃煮を塗り、フライパンに乗っている目玉焼きの上にその食パンを押し付け、それを底から掬って皿に乗せて食べるようにしていた。

これで止めれば体重も現状維持だろうが、私は思い出したら止められない。まるでかっぱエビセンやポテトチップスのようだ。もっと面白く書く積もりだったが、敬体で書いてみたいし、物語風にもなるし、何しろ長くなるのが一番困るので。

あっこの酒も、3回金賞は受賞しているが、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2015」では、最高金賞を獲っている。

しつこいようだけど、「越後桜」を飲んだ後「北秋田」を飲むと、おーっと声が出そうな覚醒されたような味になる。人間と一緒で、固定した見方は良くないと思う。懐を大きくして見ると、この2つの酒の振り子のように、大きな振り子となって、今迄分からなかった部分まで、振れ幅に拾われて行く。旨い! どちらも旨い!
日本語を文章化するのに、大抵敬体と常体かのどちらかで書く。小説は大体常体が常だし、会報などは人によって敬体と常体に分かれる。自分の書き易い形を選べば済む事だが、読み手にどちらが効果的な書き方かを判断して書く決断も要る。何事も、最初が肝心だ。

私はやっぱり常体が好みだ。敬体の魅力もあるが、それで最後までと言う訳には行かない。美しい敬体で書く人を羨む時は、極一部に敬体を挿入したりする。

このタイトルは、私の感動をより鮮明に表すために、敬体にした。ブログや文章では慣れないので、殆ど常体である。

1行で済む事の前置きで、7行も費やしてしまった。敬愛する三島先生なら、何て仰るだろう。

出雲に住まう妹が電話して来たり、私が掛けたりすると、何でか2時間は掛かってしまう。最初に、5分で終わると宣言していても、妹の口は塞がない。屈託もなく締まりもない話題があちこち揺れ動き、とうとう2時間も言葉が彷徨う。

それはここでは全く関係ないが、ドコモの支払いをしに、ローソンまで行った。約1.2キロの距離を。車で。

毎月3,000円は越さない。これがガラケイの素晴らしい所だ。私は多分、いや絶対スマホにはしない。頑固なのもあるが、通話とメールが出来たらいい。しかもこの契約は、相手が黒電話であろうが昼であろうがドコモ以外の会社であろうが、ただだ。そりゃあ、海外は駄目。

土手鍋の2度目の具を取りに台所へ行った。牡蠣が入っていた。書きたい事はその事ではない。何だと思います? この書き方が敬体ですよね。

その、ローソンに行った時、支払いを済ませてぐるっと回った。パンが無性に食べたくて、もう昼ご飯は食べていたのに帰ってから食べようと思って買ったパン。それは「スパイスが効いたカレーパン(税込み150円)」新発売だった。体にいいナッツ類を買おうとしたが、思ったより高かったので止めた。目的はドコモの支払いだったから。

また、ぐるっと回った。カップに入った掻き揚げうどんが目に入った。各県の特色あるラーメンも魅力的で離れ難い。それも、止めた。自分でも本当に意志が強くなったと思った。そりゃあそうだろう、もう化石に近い歳だもの。

今度は、自らの意志で酒や焼酎やワインやウイスキーの並んでいる棚の方に向かった。大きなスペースだとお思いだろうが、両手を広げた位の範囲だから、何があるかすぐに分かった。

焼酎は25度。お酒は大体15~16度だ。ビールに至っては4度位なものだ。しかし私は、度数が低い程酔うように思う。焼酎は寝る前に小さなグラスでグビーッと胃に流し込み、後は水をグワーッと飲んで寝床に就く。

今日は1時から予約していた床屋さんに行ったが、そこは夫婦でやっている。私は話下手だし、黙っている方が似合っている。だが、ここの椅子に座ると向こうから話して来る。すると、私の化石のような口がこじ開けられてしまうのだ。また、私の中のエンターテナーの気持ちが頭を擡げ、ついつい喋ってしまう。

女将さんに、自分の手が凍る程冷たいと言うと、自分もだと言った。握り合えばいいのだが、そこまでしなくても、冷たさが感じられたらいいだろう。私の方が絶対冷たいので、勝負まで持ちかけたが、そんな冗談が言えるとってもいい女将さんだ。

寝る時布団に入ると冷たくてぞっとする話も共通していた。旦那さんが理髪師の資格を持っているが、女将さんは顔にクリームを塗ったり、洗髪したりする。だから、2人の連携が上手く行っている。すると主人に代わり、話まで炬燵やアンカの話にまで発展する。お客の話に相槌を打つ時は、「はいはいはいはいはい」と言う。可笑しいが笑えない。だって、「はいは一度でいい」と教育を受けて来たから。

焼酎の話から、こんな必要のない話までしてしまった私のブログなど、読む人が気の毒だ。時間の無駄と言うものだろう。申し訳ないと、ここでお詫びをして置こう。それでも読んで下さる方々とは、いったいどんなお方なのだろう。もしかして、アン王女だろうか。昨日、久々にTVで「ローマの休日」を観たのです。また敬体が・・。

さて本題に入ろう。私の頭でっかちにはほとほと愛想が尽く。2頭身じゃなかろうか。

ローソンの話。私は焼酎は芋か麦か黒糖の味しか知らない。胡麻と米も飲んだ事があるか・・。だが、日本酒は凄まじい程の種類と味がある事に、今頃になって気付く。それに、焼酎はあんまり酔わないが、日本酒は心地よく酔う。早く酔いが回るのである。飲み過ぎると大変な事になるのはしょっちゅうあったが、今は制御が利く。美味いのは分かっているので、それで日本酒が飲みたくなった。

新潟と秋田の720mlの酒が目から離れない。1,000円程だ。高いと言えば高いだろうが、極たまにはいいじゃないか。私が手に握り飯、いや握り締めたのはどちらだろう。当選した人は、好きなものを飲んで下さい。こんな時は丁寧な言葉になるのは何でだろ?

答えは、秋田です。ご免ね。もう敬体でも状態でもどちらでも、統一性がなくても許してね。このお酒、もう大分無くなってしまっていますので。

秋田県大館市有浦2丁目2-3 株式会社 北鹿。買ったお酒は「大吟醸 北秋田」。北が付くと演歌のタイトルにもなりそうだ。♪雪を踏み越え お前を探しに来たぜ ああ北秋田・・・。

精米歩合は50パーセント。1時間前から飲んでいるが、最初に口に含んだ時、美味い! と思った。この酒にした決め手はマリーさん達が秋田の人である事は元より、この筆で書かれた文字が私好みの女、いや文字だったからだ。濃ゆいベトッとした墨を使い、筆はきっと長峰だろう。それが私は好き。よく表現された文字に、惹かれたのだ。誰が書いたのだろう。有名人かそうでないかは分からない。

私は字は下手だが、書は前衛になると俄然好きに書けるのだ。自由だし、とことん長い穂先にべったりした墨を付けて書くと、墨の匂いと共に、まるでお香を嗅いだような気持ちになる。いい墨なら、さしずめ麝香か。

土手鍋と比例して「北秋田」も減って行く。美味い酒だ。だが、もっと美味い酒を知っている。それは「能代」だ。きっと岐阜の「女城主」もこれらの酒なら飲んでもいいと言うだろう。「よきに計らえ」と。ヤギも鳴くだろうな。うメ~。

「北秋田」の話で、こんなに長くなりました。私は節操がないのでしょうか。とっても美味いのです。もうすぐ「スパイスが効いたカレーパン」を食べます。楽しくて仕方がありません。

兎に角、美味いんです、好きなんです、このお酒。