8月の最後の日、私は薬を貰いに行った。朝でも暑く、汗が腕に吹き上げて来た。

 

途中のお寺のガラス入りの掲示板に、「汝は代わる必要のない人生を生きている」と書いてあった。

 

A「代わる必要のないとは、どう言う事ですか」

 

B「先ず漢字に気を向けると、他の人と代わる事など出来ないと言う事です」

 

A「自分のままでいいし、そうであってこその自分だと言う事ですね」

 

B「そうです。前向いて生きると言う事です」

 

A「じゃあ、何もしなくてもいいと言う事で、してもしなくても自分なんですね」

 

B「そうなんです。自分は1人しかいないと言う事ね。でもね、変わる事は自由ですから、ここなんですよねえ」

 

A「何もしなかったら何もしなくて生きられるけど、それは勿体ない生き方だと思いました」

 

B「つまり、前向きに歩いていたら、人はどんどん変わって行くと言う事になるんです」

 

A「そうなろうとする気持ちが、自分をどんどん変えて行くと気付きました。どこでそんな気持ちになるのかが人生の勝負の時なんですね」

 

B「他の人にはなれないけれど、成長していく自分にはなれる。そのように一生気付きながら生きるのが人生なんですね」

 

私は自問自答しながら歩いたら、そこはもうクリニックだった。

 

明日からはもう9月。帰る時には、気持ちは昨日に続いていた。

 

年金暮らしの私が、休む暇もない数日を過ごしていて、こんな暮らしを学生時代からしていたら、もっと違った自分に変わっていただろうと思う。やっと自分が如何に掛け替えのない存在か、やればもっと凄い事に出会っていただろうと思う。歳を取ると、やけにそんな事に気づかされる自己矛盾。それでも、今思い実行する事が始まりだと思う。何が出来るかなど考え過ぎないようにして、只管前に進む事だと思った。

 

3時前に、もう仕事は止めなければ。そう考えて、バス停に急いだ。暑い。汗が額からも流れ落ちる。器械だけが並んでいる銀行のシャッターと入口が作り出す空間に入って行った。ひょっとしてクーラーは動いているのではなかろうかと。涼しくはなかったが、外よりはまだマシだ。

 

バスが来て、疎らな車内に入って行った。クーラーの小窓を自分の方に向けると、次第に火照りは納まって行った。

 

三宮に着くと、阪神電車に乗った。大石駅で降りて歩いた。熱中症になっては困るので、自動販売機にお金を入れた。だが、ポカリスエットは出て来なかった。

 

途中でファミマに入ってポカリスエットを買った。沢山あるではないか。外に出ると、何かぽつりとしている。慌てて傘を買った。「65cm折れにくい耐風554円+税」と言うビニール傘だ。勿体なかったが、まだポツリは続いていた。

 

真っすぐに北に向かって歩くと、10数分で灘区民ホールに着いた。ピアノ伴奏をして貰っているS.Sさんの生徒の発表会、「第22回リトルコンサート」が1時からあるのだった。誘いを受けて、必ず行くと決めていた。だが、1時から聴く事は出来なかった。年金暮らしの私に、こんなに休む暇もない仕事は珍しかった。

 

5回に上がると旦那のSさんが受付にいた。4時を過ぎていたのだが、彼はその発表会に5時半頃出る事になっていたのだ。彼に会ってほっとしながらホールの中に入って行った。

 

1部から4部までに分かれていて、1部は小学2年生までの部だった。「かえるのうた」とか「ブンブンブン」とか「パプリカ」まであった。それでも20人いる。2部は21人。これは小学3年生から6年生まで。

 

私は3部の6番バルトークの「ルーマニア民族舞踊」から聴いた。中学生だけだった。これは13人。この位弾けたら、私でも一目置かれたかも知れなかった。

 

10分の休憩があって、4部になった。これは高校生以上だ。最初に出て来た人を観て、えっと思った。横浜の妹と間違いそうだった。間違うと言うか、遠くから見ていてもそっくりだった。服の好み、帽子のグレー、動作もよく似た動きだった。顔も同じに見えた。ここは12人だった。

 

余りにも上手く、最後まで感動的な癒しを貰った。折角だから、曲名を並べてみよう。

 

 1.月の光  ドビュッシー

 2.エレジー  ラフマニノフ

 3.狩の歌  メンデルスゾーン

 4.ノクターンopp33-2  ショパン

 5.グノシェンヌ  2番、5番  サティ

 6.ノクターン「遺作」  ショパン

 7.喜びの島  ドビュッシー

 8.バラード1番  ショパン

 9.前奏曲「鍵」  ラフマニノフ

10.愛の夢  リスト

   エチュード「木枯し」  ショパン

11.即興曲No15-5  プーランク

   エチュードopp8-2    ショパン

12.スケルツォ2番  ショパン

      

ステージの後ろの板壁の色とよく似た色の服を着た高校生だろうか。その同じような色彩のワンピースは、絵のように見えた。私が画家だったら、この女性の絵を描いたに違いない。

 

最後の女性の演奏は圧巻で、始めのお辞儀にも当然のような拍手があったし、終わってからも、期待通りだったかのような大きな拍手だった。楽譜などは持って出て来ていない。こんなに長い曲が、全て暗譜だった。私にはない能力だ。

 

全て終わって、ロビーのソファーに座っていた。

 

「待っていてくれたんですね」

 

と旦那さんが出て来て言った。

 

「もうちょっと待って下さい」

 

暫くして、妹にそっくりのOさんが出て来て、受付の場所でゴソゴソしていた。幾つかのグループでまとまっていた人達も、やがてエレベーターに乗り、消えて行った。何で妹にそっくりのOさんがいるのかと不思議で、チラ見していた。それがこちらに向かって歩いて来た。すると、

 

「もうすぐですから」

 

と知らない筈の私に言って、ホールに入って行った。モニターには殆ど誰も映っていなかった。

 

また戻って来てゴソゴソし始めた。やっぱり、そこに妹がいるように感じた。似たような人はやっぱりいるんだと思った。

 

大きな荷物を持ってSさんもS.Sさんも出て来た。私もゴミ袋を持ってエレベーターに乗った。顔はしっかり見たが、これは妹のようではなかった。違うのはここだけだった。

 

外に出るとすぐ横に、狭い信号付きの横断歩道を越えた所に居酒屋はあって、お誘いのメールには「ホールから30秒です」と書いてあった。多分1分は掛かったと思うが、この表現はインパクトに富んでいた。妹に似たOさんは、一緒に付いて来ていて、やっと一緒に飲むんだと察した。

 

8人座りの入り口付近の座敷に上がった。フレンズ・ディスタンスにはもってこいだった。

 

ビールは美味かった。皆、コロナ禍以来こんなにして飲んだ事はなかっただろう。そのOさんとさえ、ずっと友達であったかのように気楽に話した。SさんやS.Sさんとは元よりだが、Oさんはつまり、S.Sさんとは高校時代からの友達だったのだ。ここに一緒にいる理由が氷解した。

 

Sさん縁の城跡や神社に荒れた山道を歩いて行ってみた話。そこに鷲が飛んでS.Sさんの頭上を10回程旋回して城跡に消えた話は、まるでドキュメンタリーだった。こんな話初めてで、とても興味深かった。

 

Oさんは留学した事があって、今も英語を教えたりしているらしい。

 

「1分でもいいから、全部英語で喋ってみて下さい」

 

と、無茶振りをした。発音も、話し方も、本場アメリカ仕込みだった。妹似のOさんの事が少しでも分かって新鮮だった。コロナの影響で他人と滅多に会わない暮らしをしていた私は、皆もそうであろうとは思うが、柄にもなくはじゃいでしまった。

 

Sさんは、

 

「プードルのチェリーちゃん、雷に怖がっていないかな。明かりを点けて来たらよかった」

 

と言った。2時間半もいた居酒屋に、入る時も出た時ももう雨は降っていなかったが、雷が轟いていたなんて、ホールの中では思う由もなかった。

 

S.Sさんには、本当にお疲れさんでした、と言いたい。

TVの所為? TVのお陰? どちらにしても、今日(13日)のTVが偶然にも言わなかったら、こんな夜遅く、恐ろしい状況の屋上駐車場には行かなかった。「ペルセウス座流星群は、今夜も観られます」。

 

今夜は椅子を持って出掛けた。家族は訝しがったが、段ボールで出来た椅子だと言ったら納得した。まさか、キッチンのあんな重い椅子なんて、持って行く筈がない。もうずっと前、卓球仲間の斡旋で、500円で買っていたものだ。もっと早く気が付けばよかったのに。

 

遠いスロープではなく、手前の車が上る道から上がった。この広い駐車場は暗く、とても9時10分とは思えなかった。誰もいない。と言うか、明かりは皆消え、車は1台もなかった。正確に言うと、いつもの私の定位置近くにたった1台の車が前照灯を点け、正面の壁を照らしていた。私はそこまで行かずに様子を窺った。すると、すぐにその車は、スロープを下りて行った。

 

2階の明かりが少し見えはするが、誰一人いる気配はなかった。木曜日が9時には誰も居残りがない決まりになっているのか、お盆に関係しているのか、それは分からない。兎に角、こんな状況は私には好都合だった。他人の気配がないのも、車が1台もないのも初めての事だった。

 

今日は昼間から、雲がなかった。最高の状況が初めて訪れようとしていた。だが、雲は東側はべったりと張り付いていて、北から西にかけては殆ど雲はない状態だった。何かあったら大声を出して叫ぼうと思った程、恐ろしさは免れなかった。だが、それ以上に星が私を見つめてくれているようで、そんな事は考えなくなっていた。

 

定位置には行かず、車が止められる1ケ所を選んで、そこに椅子を設えた。こんな楽な事はない。なぜ気が付かなかったかと言うより結果論だが、昨日だったら座っていても2つしか流星を見る事が出来ず、2つ位で座るなんてと思っていただろう。

 

 

昼は此処に来ていたが、車は100台以上止まっていた。結構広いのである。私は、2匹のメダカが死んだ。今4匹で、メス3匹と小さなオスが1匹になった。それで、楊貴妃のオスを2匹買いに来た。値段が少し上がっていた。他の種類もあるが、楊貴妃の2倍の値段はする。それでも折角ならと、銀色に輝く雷電を1匹と楊貴妃1匹を買う事にした。

 

「雷電は雌雄を見分けるのが難しいでしょう」

 

と、一度も会った事のない女性店員に言った。プラスティックの四角いケースに入れては見つめていたが、

 

「多分、としか言いようがないです。でも略オスだと思います」

 

と言った。

 

「分かりそうになかったら、楊貴妃のオス2匹でもいいですよ。これは分かり易いと思うので」

 

と言った。周りにいたお客も興味を持っているのか、その選別をじっと見ていた。

 

「これオスですね」

 

と言って、私にもその楊貴妃を見せた。すぐにオスだと分かった。

 

「OKです。オスですね、それは」

 

そうして、2匹を連れて帰る事になった。死んだ理由を、彼女も温度が30℃を越えている事を指摘した。最近、餌の食べ具合も悪く、動きも鈍かった。家では、全面的に水槽の掃除をして、水もすっかり換えた。その所為か、心配していた縄張り争いもなかった。少しは温度も低くはなったかも知れないが、結構温く、しかもメダカには熱く感じられるだろう。カルキがメダカを弱らせたり死なせたりするといけないので、カルキ抜きをしない分、浄水を使った。

 

6匹(オス3匹メス3匹)は元気に動き回り、餌も喜んで食べた。私が水槽に近付き餌の入った器を取ったらすぐに寄って来る。少しずつ、何度でも与える事にしている。その方が、餌が残らない。メダカはお腹に餌を溜める事が出来ないので、すぐになくなる位が水を濁らせないで良い。

 

それでも心配は、水温である。私は閃いた。冷蔵庫で氷を作っているが、それも浄水で作っている。これを3、4個水槽に入れたら、水温が少しでも下がるし、近くに寄って行って涼をとると思った。水槽の中で温度差が生まれる。すると氷に近付くメダカもいる。メダカも、その差を楽しんでいるようにさえ思われた。

 

もう卵を産む事もなくなっているが、やっと1匹孵った稚魚を、カルキ抜きをしないで水替えをした所為で死なせてしまった。その後、別の容器に卵を入れ、一か八かで放って置いた。大分経って、何だか動いているのが分かった。稚魚だった。2、3日して、もう1匹孵った。これは是非大きくしたいと、今丁寧に餌やりをしている。細かい餌なので、爪楊枝の尖っていない方に乗せて水に浮かべる。餌が小さ過ぎて、食べているのかどうかが分からない。

 

余談だったが、この明るい時と暗い時の同じ駐車場の様子を感じて貰いたかった。

 

条件は今までよりは良く、雲量は全体を見渡すと4割位だ。だが、厚ぼったい大きな雲が、東から西に流れている。折角大きく開いている星の見える部分が、時間と共に北を中心とした場所を覆う事になる。雲は、悠々自適、勝手気ままだ。そのまま広がって移動するかと思えば、水蒸気の水滴が蒸発するのか、雲がなくなったりもする。

 

肝心の流星群の事だが、何だか現れる気がしない。でも、段ボールの椅子に座り首を空に向かって曲げていた。すると、えっと言う間もないほど短い流星が走った。1秒もかからず、すぐに消えた。9時22分の事だった。1つも見えないだろうと思っていた私は、たったそれだけの事に驚喜した。

 

もう1つ同じ様に短いのを見たのが、35分。スーツと長く尾を引いたのが41分。3秒は光っていた。次は44分。いい感じだ。これも3分以上長く眺められた。これで11時まではここにいる決心をした。

 

それから、飛行機が小さな星のように東から西へ、カシオペアの下を通った。西側の1つの星が飛行機の所為で動いているように見えた。その瞬間に極々短い流星が2つ見えた。10時30分頃だっただろうか。それからは、もう流星を見る事はなかった。11時には腰を上げ、未練を感じ乍ら、スロープを下って行った。あんなに輝いていつも私と共にいた木星も、帰りにはとうとう姿を見せてはくれなかった。

 

1時間に30個見える事が保証されているなら満足感はあるだろう。平均して2分に1個は見られるからである。でも、そうでないのがまた面白いのかも知れない。1分間に何個も流れる、そんな流星の宇宙ショーを見てみたいものだ。そんな事あるだろうか。

 

昨日で取り敢えずけりを付けた積もりでいた。だが、TVを見てしまっては放っては置けなかった。つまり11日から13日まではペルセウス座流星群は見られると言う事になれば、11日は1つも見られなかったが、もし13日に見られたと言う話しになった時、私の未練は募るばかりだと思ったのだ。

 

未練と言えば「北の宿から」がすぐに思い出される。阿久悠作詞、小林亜星作曲、都はるみ歌。それにしても名歌だが、特に作詞には驚かされる。なんと凄い詞を作った事だろう。ほとほと感心する。

 

♪着てはもらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます・・。

 

ここまで心を焦がす事はないにしても、6個も見る事が出来たのにまだ未練があるなんて、流星には責任も何もありはしないけれど、その魅力は果てしない。

 

本格そば焼酎「雲海」を飲んでから出掛け、帰ってからも飲んだ。これだけ癖のない、しかも美味い焼酎は、久し振りだ。雲がなかったらなどと言うのは、「雲海」に申し訳ない気がする。宮崎のこの焼酎は、雲海を美しいとさえ思っているのである。やっぱり、流れ星を見たら感動する。

この疲れは重い。

 

今日(12日)は、夜9時に着くように、カインズまで歩いた。雲も大きく覆っている方角と、雲も少なくて、所々星が瞬いているのが見える方角とに分かれていた。ペルセウス座流星群が9時頃からよく見られると言う話だった。

 

カインズの2階部分の駐車場は、星の観察には、回りを見渡せるのと自然に外灯が消える利点があった。欠点は、車が上がって来るスロープを、たまに人が歩いて上って来る時と車がぐるっと上って来る時だ。私も怖いが、この暗い所で空を見つめている人間を目の当たりにして、向こうの方がぞっとしていたかも知れない。そんな時は、努めて星を見上げるようにしていた。

 

妹からメールが来た。返事しようとしていたら視界に短い流れ星が目に入った。慌てて見上げた。するとすぐに、今度は長い流れ星を目で追う事が出来た。これは、まだまだこれから見られると言う期待を持たせた。この時が9時35分頃だった。

 

首を擡げ、只管に上方を見つめていた。その2つはペルセウス座の辺りで見られる事はなかった。木星だけはいつでも友達であるかのように南の東寄りに輝いていた。その左には少し明るさの落ちた土星が、間が2つが最接近した頃の3倍は遠退いて並んでいた。

 

首が痛い程ではなかったが、まるで今までやっていなかった部分のストレッチをしている気分だった。流れ星か? と思う事があったが、それは全部飛行機かヘリコプターかだった。それが流れ星だったら満足しただろう。2つ以外は見る事もなく、諦めた。9時35分の1時間後10時35分にその場を下りて行った。じっと突っ立っていた所為か、脚が固まっていて迂闊にもよろけた。

 

実は昨日(11日)の夜もここに来ていた。何だか1人は怖いが、10時から11時までいた。1つも見る事はなかった。帰ってからよく考えたら、日にちを1日間違えていたのだ。

 

今日は、家に着くと10時50分だった。だが、帰路の15分がどれだけ辛かったか。満足出来ず、ガッカリした気分が体中を巡っていた。21日からネオワイズ彗星を見ようと努めていたが、どう言うものかがよく分かっていなかった事と、毎日雲量が多く辟易していた事が重なって、疲れも溜まってしまった。

 

勿論見られなかったが、明るさも次第に肉眼では見えない位の暗さになっていたのだろう。次に見えるのは6,500年先と言うから、宇宙は気が遠くなる位面白い。

 

私は、7月21日と30日に2度も、10秒間目で追える、オレンジ色の大きな流星を見た。1つは5秒で雲に隠れてしまった。しかし、これは鳥肌が立つ位感動した。こんな流星見た事もなく、夢見心地だった。

 

そして、ブロ友のKiLaLaさんには、「ライオンズゲイト」の事を教えて貰った。毎年7月26日に門が開き8月12日に閉じると言う事。8月8日が一番エネルギーが強く注がれる事。簡単に言えば高次元のエネルギーが地球に注がれ、意識の向上を齎すと言うものだった。8月に入ってからだったが、私はウオーキングの時は太陽のエネルギーを意識して感じる事にしていた。初めて知る事だったから。

 

兎も角、彗星や流星や流れ星(流星も流れ星も同じ意味だが、文字で見たり発声したりすると雰囲気が違うので、別物のように分けて書いた)や木星と土星の事等、取り敢えず12日をもって終わったと思っている。こんなに星等に執着した事はなかった。その発端は、世界を撹乱した新型コロナウイルスのパンデミックだった気がする。

 

兎に角疲れた。また、天文学者たちはかなりの忍耐力をもって研究に従事していると思った。とても私には無理だと思わされた。子供の頃、母や妹達と家の庭に茣蓙を敷いて寝転び、次から次へと流れる流星を見て楽しんだ事を思い出す。えも言えぬ美しい満天の星は、必ずやどこかでまた見たいと思っている。

なかなかネオちゃんに会えない。もし犬か猫を買う事があれば、ネオと名付けたい。

 

それはそれとして、7月21日にネオワイズ彗星を見る為に外に出た。見える訳がない、こう曇っていては。大体西北西の方向だとは分かっているが、この2、3日は2、3等星の明るさで見える事になっていた。雲さえなければの話だが。その時は、彗星とは明らかに違う方向に、オレンジ色の、まるで1番大きいソーセージのような物体がおよそ10秒間くらい動いて行ったのを見た。

 

それから毎日のように8時前から9時近くまで、家の門の内側からや外側から見たりした。明らかに雨の日以外は、空が雲で覆われていても、その隙間から見られるだろうとの甘い考えから、暫く見る日が続いた。

 

つい数日前、オカリナのとても上手いふんずさんに「不審者と間違えられないように」と言われてからは、遠くに観察場所を探して、その時間帯(8時前から9時まで)は移動した。全く考えもしなかった不審者。確かにそうだなあと思った。

 

彗星は、太陽に近づき過ぎると、よく崩壊すると言う。その点、ネオワイズ彗星は毎日地球に挨拶してくれる。今年の3月28日にNASAの赤外線衛星が見つけたものだ。その名から、ネオワイズと名付けたと言う。

 

7月一杯で段々肉眼では見えなくなるらしい。地球から遠ざかる関係だが、その時は6等星の明るさしかない。明るさって、人間に見える一番暗い投球の星が6等星だ。彗星だから、一定の明かりには見えず、時には少し明るくなったり暗くなったりして、地球に接近してくれる。8月は7日位まではまだ地球に見える位置にいるが、肉眼では見えるか見えないかの微妙な場所を通過している。

 

私は、とてもいい場所を見つけたと思っているその場所の青空駐車場に行く為に、今日(30日)も7時30分に家を出た。昼は天気も良く、夜をとても期待していた。他には行かず、車が上って行くコンクリートの坂道を歩いて上がった。相変わらず幾つかの照明が邪魔になる。西南西から西がステージのように見える場所で立ち止まった。この明かりがなければ、随分空ははっきり見えるだろと思う。こちらの雲は、昨日の比ではなかった。丁度向こうに見えるビルなどの明かりは消すわけにも行かず、これらの明かりが消えていたら、途轍もなく美しい、降るような星空の世界が出現すると思った。

 

PCでの案内には、町明かりのある所は避けるようにと書いてあった。まあ、これでも見えるだろうと高を括っていた。すぐに8時に突入した。尾を引いた彗星が見える程明るくなく、6等星の固まりのようだと書いてあった。また、あの美しく輝く木星と土星が、半月より少し成長した月の左側下に、並んでいた。

 

日没後は数十分間は明るく、8時を過ぎると空は暗くなった。北斗七星の一部が見えなかったが、雲が少し移動したのだろう、すっかり7つが見えた。柄杓の下側の2つの星を5倍に延長した所に、確かに北極星はある。彗星がどうしても見えないので、カシオペアを、北斗七星と北極星の点対称の場所に見付けて遊んだ。

 

チカチカと輝く星が、ずいぶんの数見えて来た。60個や70個は見えている。その中でも、6等星はしっかり目を凝らさないと見えない。見えたと思っても、視界から消える程位く小さい。そこら中、動いているだろう位星を探した。溜息を吐きたい程、見つけたかなと思っても、全然動かない星ばかりだった。

 

自動的に消えるのだろう。8時半近くなると、あれだけ邪魔だった駐車場の明かりは消えた。いきなり空がよく見えるようになり、星が一段と輝いていた。月も美しく、木星は更に綺麗で、土星もそれよりは位が、まるで兄弟星のようだった。私を迎えてくれているような気がしてならなかった。

 

6等星の星たちが突然見えたりすると、空にはこんなに星がいるのだなと、感慨深いものがあった。田舎の広い田んぼの畦道に立って空を見たら、それは考えられない程の星の数や美しさ、昔の祖先達が見た星そのままだろうと思う。それなら、6等星の星だって暗くなく、その中に容易に動く彗星を見られる事だったろう。

 

9時まではいようと思っている。北斗七星の方を何気なく見ると、オレンジ色の大きいソーセージのような明かりが北斗七星の水を飲む辺りに入って行った。ぞくっとした。5秒以上見る事が出来た。だが、雲の中に入ってしまった。出るのを待って見たが、いつまでも出て来る気配はなかった。これはネオワイズ彗星ではない事は明らかだ。方向が全く違うからだった。

 

21日にも、同じものを見ていたと思った。あの時、彗星だと思っていたが、それは違っていた。それでも、どちらもすぐ近くを動いているものだ。

 

幾らでも見えるのは、飛行機だった。これさえも、広い所で見るとまた趣が違う。おっ、彗星かな。何遍かそう間違わせて貰った。9時になるのを待って、車の通る坂を歩いて下りた。2、3台の車がそれまでに下りて行ったし、こちらにやって来る人を2、3人見かけた。暗くてよく分からなかったが、不審者とは思われなかっただろう。ただ、疑問を感じられた事だろう。だったら、不審者ではないか。けれど、家の前よりよっぽどいい。

 

来た道を変える途中、月は右に見え、木星と土星が月の前に見えた。私を送ってくれているように見えた。暫く行くと、今度は左に月が見え、その後から木星と土星は付いて来た。小さい頃、月がついて来ると思ったが、正しくその感触を思い出した。木星も土星もついて来た。やっぱり送ってくれている感じがした。

 

家に着いた。空を見たが、彗星が見える訳もなかった。北斗七星の反対側に、木星と土星だけが並んで、それは大きく輝いていた。送ってくれたんだと、本当にそう思って部屋に入った。9時20分だった。

 

あのソーセージのような物体を見るまでは、明日はもう見なくていいと観念と言うか決心をしていた。何故なら、それはそれは疲れるからだ。首も痛い。脚の付け根が痛い。何よりも見られないので、心が痛いからだ。明日1日、見るのは半々だ。

 

そのソーセージのような物体が何か知りたくなって、PCで調べてみた。2度も見たからだ。こんな事が書いてあった。

 

国立天文台では、「あれは流れ星だったのでしょうか」という質問がよくあるそうだ。それだけで「流れ星です」との判断はできないが、次の条件すべてに当てはまるようなら流れ星の可能性が高いとの回答を見た。

 

1.見えていた時間が「1秒以下」から長くても「5秒程度」まで(まれに10秒程度見えている流星もある)。

 

2.飛行機よりはるかに速く移動した。

 

3.日の出や日の入り前後の空が明るい頃ではなく、空は十分に暗かった(ごくまれに、昼間でも見ることができるような明るい流星もある)。

 

私が見たのは、2つともこの3つの条件に当て嵌まる。特に、21日に見たのは10秒は見えていたし、今日(30日)見たのは雲に入る前は5秒は見えていた。つまり、低い所に見えた流れ星だったのだ。

 

これは、何処かに隕石として落ちているのかも知れないとも書かれていた。流星の中でも特に明るいもののことを「火球」と呼ぶそうだ。上記の3つの条件に当てはまる明るい星をみた場合は、「火球」をみたと思われる、と書いてある。

 

こんな色の、大きな、すぐには消えない、初めて見る流れ星とは違うような流星。不思議な気持ちで見た2つの物体が流星だと言う事が分かって、少し安堵している。分からないままだったら、すっきりしないものがずっと頭に残っていたかも知れない。因みに、日本全国では平均すると1ヶ月に数個程度の頻度で目撃されているそうだ。

 

宇宙は巨大過ぎて人知の及ばぬ世界だ。星は星のように、月は月のように、太陽は太陽のように見えているだけで良かったのかも知れない。科学を駆使して分かっただけでも、納得の出来難い世界ではある。あのキラキラ光っている小さな星たちが、一番大きいと言われているたて座VY星は太陽の約1,700倍ある遥かに大きな星だったりする事を想像するだけでも、ひっくり返りそうだったりします。9,500光年も先にあるから見えないし、分からない所もまだまだあるそうだ。

 

そもそも太陽は直径が地球の109倍だと言うのは、誰でも知っていそうで、大きさでは、木星は地球の約10倍ある。

 

私達の住む地球だって、昔は太陽が地球の周りを回っていたと信じられていた。これを、太陽の周りを地球が回っている事が分かった時でも、殆ど誰も信じる者はいなかっただろうと思われる。

 

それで、地球は太陽のまわりを、およそ秒速30kmで周回して移動していると言う。

ネオワイズ彗星に出会える期待を持って、今日(29日)も日没後、会える奇跡を求めて出掛けた。

 

オカリナの上手いふんずさんがひとつ前のブログを読んでくれて、私の行動が不審者に思われないようにとのコメントを貰った事から、家の前で空を見上げる事は避ける事にした。もう1つは、街灯が明るくて周りの空がはっきり見えない事もあり、手で明かりを遮る事で肩が痛くなる事も我慢の限界だったからである。

 

日没後の7時30分頃に家を出た。天気予報では、垂水の辺りはこの5時間位の時間帯は雨だと書いてあった。外を見ると雨は降っていない。ひょっとしてと、微かな期待を抱いた。雲の隙間からは空が覗いている。歩いているのは西の方角だが、何とキャンバス全部を塗り潰したような雲が迫っていた。振り返った東の方にはそんなに雲はなく、キラッと数個の星さえ見る事が出来た。

 

西の方に空が見えなかったら、星どころか彗星など見える筈がなかった。それでも歩き、最初に家庭用品全般を扱っている大きな店の駐車場に上がった。磁石を出して見ると、自分がいる端っこは東側だから、向こうは西の空だ。しかし、やや明かりが多くて邪魔だったが、雲で覆われた空は、大きく広々としていた。ここは次の日からの候補の場所となった。

 

次にドラッグストアの横の暗い場所に向かったが、右手に明るいコインランドリーがあり、利用する人達の車もあった。奥に行ったが、人の車の側で西の空を見上げていたら不審に思われるかも知れなくて、ここは止めた。

 

スーパーマーケットに行ったが、明かりは多かったものの、西を向くとさほど気になる程でもなかった。しかし、人に見られる率は高い。10時までやっているので、ここは避けた方が無難だと思った。

 

次は、すぐ前のヤマダ電機に行き、そこから西と北西の間を見上げた。星はポツリポツリと、3つ4つ見る事が出来た。だが、回りは広く厚い雲で、他に星は見えなかった。風もなく、大きな雲は殆ど動く様子もなかった。このオープンな駐車場が観察にはいいかも知れない。店はもう閉まっていて、明かりは洩れず、人も殆どいなく。

 

今日は場所確認の下調べと言う事で、そろそろ帰る事にした。候補は2つが考えられた。

 

折角だから家庭用品全般を扱っている店の西側から駐車場に上がる道を歩いて上がった。西側を向くととても広く見えた。月もはっきり見えたが、邪魔になる明るさではなかった。8時30分だったか、駐車場のいくつかの明かりが全部消えた。ここがいいと思え、ここなら車で来てもチェーンで出入りを出来なくされる心配もない。歩くのは距離があり楽ではない。ビールを飲んでいなかったら車の方がずっといいと思った。

 

南の方にとても明るい惑星と、その東側に少し小さく暗い惑星が並んでいた。綺麗だなあと思った。この日にこんな星が見られるとは想像していなかった。明るい星が木星で、暗い星は土星だ。何だか得した気分だった。

 

車の通る坂を歩いて下りて、家へと向かった。星の数が増えたようだ。家にそろそろ着く頃に北斗七星が見えた。こんなに大きかったかなあと思いながら、感激していた。水を飲む方の2つの星の長さを約5倍に延ばした所に北極星がある。そんなに明るくはないが、韓国ドラマ「冬のソナタ」(韓国語ではキョウル・ヨンガ〖冬の恋歌〗がタイトル)では、ポラリスが印象的だ。

 

「冬のソナタ」のシナリオの第2話「はかない恋」7.山の尾根道のポラリスに関する台本のト書きと台詞を安岡明子の翻訳で載せてみよう。2003年頃の「冬のソナタ」を思い出したり夢中になったりした人もいるのではないだろうか。

 

 

山の中で道に迷ったユジン。必死で探すジュンサン、サンヒョク。先にジュンサンがユジンを見つける。暗い尾根道を手をつないでそろりそろり歩いていくユジンとジュンサン。

 

ユジン   「・・・どこだかわかって歩いているの?」

 

ジュンサン「不安?」

 

ユジン   (頷く)

 

ジュンサン「(指差して)あそこにWの形をした星・・・見える?」

 

ユジン   「カシオペア?」

 

ジュンサン「そう。その隣にポラリスが見える?」

 

ユジン   「ポラリス?」

 

ジュンサン「北極星のことだよ。あの北斗七星とカシオペアの間の大きな星のことだけど

        見える」

 

ユジン   「・・・うん、見える」

 

ジュンサン「これから山の中で道に迷ったら、まっ先にポラリスを探してごらん。それから

       (手本を示して)両手をこうやって広げて、羅針盤に見立てるんだ。さっき山小

        屋はカシオペアの方角にあったんだよ。だけど、今は・・・」

 

ユジン   「北斗七星の方がもっとよく見えるね」

 

ジュンサン「うん。だからあっちの方へ下りていけば、山小屋はあるだろう」

 

ユジン   「でも、星座は季節によって変わるんじゃないの?」

 

ジュンサン「いや、ポラリスは絶対に位置が移動しないんだ。だから、どこにいてもすぐ見

        つけられるだろう。(ユジンを見つめて)これから道に迷ったら・・・まっ先にポ

        ラリスを探してごらん。いつもその場所にあるはずだから」

 

ユジン   (ジュンサンを見る)

 

ジュンサン「行こう」   

 

 

家に着くと、北斗七星が手に届きそうな所に見える。柄杓の飲み口を5倍に延ばした所に、ポラリスが見えた。もう8時45分を過ぎた頃だ。雲はまだ北斗七星の左手辺りから覆い被さるように貼り付いてはいたが、出掛けた頃とは違って、星の数が少しは増えていた。これはチャンスだと思い暫く眺めていたが、全天が見えていないと、もう6等星位に暗くなっただろう彗星は、そう簡単には見つからない。外が暑いのを忘れていた。凄い汗である。堪らず家に飛び込んだのが、やっぱり9時前だった。

 

明日(30日)と明後日(31日)は最後のチャンスになるだろう。せめて雲がないか極少ないかのどちらかであって欲しい。8月になると太陽から離れ、地球から遠くなり、明るさも更に暗くなると言われている。この2日で目にしなかったら、ネオワイズ彗星はもう見られない事になる。そう思うと、それだけでどっと疲れて来る。