この疲れは重い。

 

今日(12日)は、夜9時に着くように、カインズまで歩いた。雲も大きく覆っている方角と、雲も少なくて、所々星が瞬いているのが見える方角とに分かれていた。ペルセウス座流星群が9時頃からよく見られると言う話だった。

 

カインズの2階部分の駐車場は、星の観察には、回りを見渡せるのと自然に外灯が消える利点があった。欠点は、車が上がって来るスロープを、たまに人が歩いて上って来る時と車がぐるっと上って来る時だ。私も怖いが、この暗い所で空を見つめている人間を目の当たりにして、向こうの方がぞっとしていたかも知れない。そんな時は、努めて星を見上げるようにしていた。

 

妹からメールが来た。返事しようとしていたら視界に短い流れ星が目に入った。慌てて見上げた。するとすぐに、今度は長い流れ星を目で追う事が出来た。これは、まだまだこれから見られると言う期待を持たせた。この時が9時35分頃だった。

 

首を擡げ、只管に上方を見つめていた。その2つはペルセウス座の辺りで見られる事はなかった。木星だけはいつでも友達であるかのように南の東寄りに輝いていた。その左には少し明るさの落ちた土星が、間が2つが最接近した頃の3倍は遠退いて並んでいた。

 

首が痛い程ではなかったが、まるで今までやっていなかった部分のストレッチをしている気分だった。流れ星か? と思う事があったが、それは全部飛行機かヘリコプターかだった。それが流れ星だったら満足しただろう。2つ以外は見る事もなく、諦めた。9時35分の1時間後10時35分にその場を下りて行った。じっと突っ立っていた所為か、脚が固まっていて迂闊にもよろけた。

 

実は昨日(11日)の夜もここに来ていた。何だか1人は怖いが、10時から11時までいた。1つも見る事はなかった。帰ってからよく考えたら、日にちを1日間違えていたのだ。

 

今日は、家に着くと10時50分だった。だが、帰路の15分がどれだけ辛かったか。満足出来ず、ガッカリした気分が体中を巡っていた。21日からネオワイズ彗星を見ようと努めていたが、どう言うものかがよく分かっていなかった事と、毎日雲量が多く辟易していた事が重なって、疲れも溜まってしまった。

 

勿論見られなかったが、明るさも次第に肉眼では見えない位の暗さになっていたのだろう。次に見えるのは6,500年先と言うから、宇宙は気が遠くなる位面白い。

 

私は、7月21日と30日に2度も、10秒間目で追える、オレンジ色の大きな流星を見た。1つは5秒で雲に隠れてしまった。しかし、これは鳥肌が立つ位感動した。こんな流星見た事もなく、夢見心地だった。

 

そして、ブロ友のKiLaLaさんには、「ライオンズゲイト」の事を教えて貰った。毎年7月26日に門が開き8月12日に閉じると言う事。8月8日が一番エネルギーが強く注がれる事。簡単に言えば高次元のエネルギーが地球に注がれ、意識の向上を齎すと言うものだった。8月に入ってからだったが、私はウオーキングの時は太陽のエネルギーを意識して感じる事にしていた。初めて知る事だったから。

 

兎も角、彗星や流星や流れ星(流星も流れ星も同じ意味だが、文字で見たり発声したりすると雰囲気が違うので、別物のように分けて書いた)や木星と土星の事等、取り敢えず12日をもって終わったと思っている。こんなに星等に執着した事はなかった。その発端は、世界を撹乱した新型コロナウイルスのパンデミックだった気がする。

 

兎に角疲れた。また、天文学者たちはかなりの忍耐力をもって研究に従事していると思った。とても私には無理だと思わされた。子供の頃、母や妹達と家の庭に茣蓙を敷いて寝転び、次から次へと流れる流星を見て楽しんだ事を思い出す。えも言えぬ美しい満天の星は、必ずやどこかでまた見たいと思っている。