地元の文化活動
今日は朝大宮駅西口でご挨拶。休日や祝日は、平日ではお会いしない方々とお会いできるので楽しみでもある。
その後は大宮が誇る氷川神社における新嘗祭に参加。新嘗祭の厳かさもさることながら、数多くの七五三に参加をされている子供たちの元気さがほほえましかった。子供は素晴らしい。いつもいつも子供たちに元気をもらっている。
お世話になっている中央区の新井さんのダンスパーティーに参加。ブルースを私も踊った。その際のご挨拶でも述べたのだが、恥ずかしながら私は留学まで「Shall we dance?」を見たことが無かった。ところが、アメリカであの映画は素晴らしかったね、と何人もの友人に言われ、これは見なくてはならないと思ってNYのレンタルビデオ屋さんで借りた見たのだった。今日も、いきいきとダンスを踊っている皆様を見て、感動を覚えた。
その後に、大宮文化協会の発表会に参加。控え室で休むのではなく、時間の許す限り皆様の踊り、歌、詩吟、大正琴の演奏を見させていただいた。地元の文化活動に参加するのは本当に楽しく、また勉強にもなることである。どんなに文化保護!と叫んでも、その文化に親しんだことも無い人が言うのでは説得力が無い。万事、私は実践と実体験を通じて政策を考えていく姿勢を貫きたい。
大宮アルディージャは今日が最後のホームゲーム。大宮公園スタジアムは今後改修に入って、立派になる。そのゲームにおいて私もファンに混じって立って応援をした。中にはこの寒いのに裸で応援している方もあり、今日の応援は魂がこもっていた気がする。そして、何と優勝争いの先頭を行くガンバ大阪を終了間際のゴールによって撃破。興奮は最高潮に達した。小さいころから、スポーツは大好きであり、何度も見に行ったが、今日の勝利は格別であり、うれしかった。
最後はお祭り、おみこしの会。日本の文化、地元の文化に染まった一日であった。毎日毎日、日本と地元を勉強し、自分の幅が広がっている気がする。これも皆様のおかげであると感謝している。
結党50周年記念パーティー
朝は大宮駅東口にてご挨拶。相変わらず、タクシープールを横切る朝の通勤客の姿を危ないと思う。
そのまま電車に乗って国会へ。経済活性化税制議員連盟に参加。中小企業が抱える様々な問題について語り合った。ただし、私は中小企業の方と実際に話したいと思ってアプローチもかけているのだが、なかなかお返事も頂けないので、いま一つぴんと来ない論点があることも事実。こういう問題については、現実のお話を頂くまでは取り組まないこととしたい。むろん、景気回復を何としても図りたいという知識と経験に基づく信念による政策については全力で取り組みたい。
その後自民党結党50周年の記念式典に参加。大掛かりな演出が行われ、奥田経団連会長や宮本亜門氏等からのご挨拶もあった。私は戦後生まれであるが、それにしてもあの焼け野原からよくここまで来たと思う。これは諸先輩の血のにじむような努力が一番であるが、やはり自民党の役割は極めて大きかったと思う。自民党は政党であり、民主党は政党ではない、と言った私の友人の新人議員がいた。これは、自民党には核となる主義と政策があるのに対し、民主党には反自民という以外の共通の主義や政策がないからだという。この考え方が正しいかどうかは別として、日本という国に対する確固たるスタンスは自民党にあることは間違いない。
治水事業促進全国大会、青色申告会税制改正要望全国大会に出席した後、政策金融機関民営化に関する合同部会に参加。当初、私が孤立して「民営化!」と叫んでいた情勢は今やすっかり様変わりし、基本的な民営化路線がほぼ固まってきた。本日の取りまとめ案は、園田座長、中川政調会長、林芳正事務局長などが取りまとめていただいたものであったが、この内容で私にはほぼ異論がない。自民党は、利益代表ではなく、政策代表であるなとつくづく感じた部会であった。これはかなり公平かつ客観的な目か見てそう思う。今後とも、この路線を続けていきたい。
新しい政策シンクタンク
今日は朝さいたま新都心駅にてご挨拶。その後、地元のご挨拶周りをした後、表彰式に出席。さらに、お世話になった方のご葬儀に参列させて頂いた後、東京での政策シンクタンクに関するシンポジウムに参加。プロジェクトチームの一員として、多くの方に声をかけさせていただき、その結果40名もの参加を私関係だけでしていただいた。まことに感謝申し上げる次第である。
シンポジウム自体は多くの参列者にご参加頂き、大成功だったと思う。中川政調会長や安倍官房長官、下村事務局長、世耕党改革実行本部事務局長等の話にもあったとおり、自民党としてはこのような民間の皆様の叡智を吸い上げようとする改革について本気である。今回の選挙でも明らかになったとおり、今後、政党間はますますどちらの政策が優れており、そして実行力があるか、ということが問われることになる。そのためには、霞ヶ関だけでは、省庁横断的な改革や、あるいは当該省庁に対してマイナスとなるような改革政策は出てこないため、このような民間の叡智に頼る必要があるのである。
私自身は、米国に見られるようなポリティカル・アポインティーに似た、民間と官とがリボルビングドアーのように行き来する制度が必要であると思っている。新しくできるシンクタンクで、人生を賭けたある政策について立派な提言をした人が、当該政策の実現を目指して政府に入るのは極めて正しい方向性であると信じる。政治家にはなりたくないが、政策は実現したい、という民間の方は多いだろう。このような人にも道を自由に開くことによってこの国は柔軟性を身につけ、そしてより良い方向に進んでいくことになろう。
その後は新世代情報通信政策勉強会に参加。国際競争の観点から質問をした。
さらに自民党学生部大会のレセプションに参加。立教大学の学生から環境について質問を受けたが、このような学生の真剣なまなざしに非常に感銘した。学生のうちから政治家と自由に話せるということは素晴らしいことである。私も機会があればどんどん話をして、後輩の道しるべとなることができればと思っている。
日本の風景を守る
環境保護という政策がある。最近ではこの政策を掲げる方も多く、時代を経ると共にますます大切さを増している。私の場合は、自然とともに育った感が強く、これまで米国のイエローストーンやアフリカのサバンナやサハラ砂漠、南米のイグアスの滝、コスタリカの熱帯雨林等々旅行もかなり自然志向のところも多い。したがって、環境保護には大賛成である。
それと同じくらい、あるいはそれよりも私の中に強いのは日本の風景を守る!という思いである。これまで外国を回っていつも思い出すのは日本の風景であった。それは、高層ビル立ち並ぶ姿ではなく、ざりがにやめだか、ふなや亀などと遊んだ風景である。宮崎アニメを見ていつも感動するのは、この「日本の風景」がかならず取り入られている点である。心のふるさとを感じるのは、ビルではなく、日本の自然に対してである。私が政治家になった理由はいつも言っているように、この国の歴史、文化、自然、人を守るためである。自然は我々を育ててくれた原点である。
今日は高沼用水を歩くウォーキングツアーに朝から参加。約7kmの道のりをこの用水にしたがって歩いた。まだ自然が残っているところ、無残にもコンクリートに固められ、フェンスで囲われてしまっているところ、そもそも地下に隠されてしまっているところ、さまざまな場所を歩きながら、赤とんぼに出会う嬉しさや、ごみがたまっている悲しさなどいろいろな思いに出会った。このツアーを企画された「こうぬま・水と緑を楽しむ会」の三浦さんの説明を聞きながら、この活動の素晴らしさとともに、今後の日本の未来への不安を感じた。今残っている自然も区画整理のもとに姿を消すかもしれないということ。子供たちは、私や私の先祖がずっと見てきた日本の風景を見ずに、どうやって「日本人」として育っていくのだろうか。
前にソウルの韓国人に東京に行ったときの感想を聞いたことがある。それは「ソウルと同じだ!」というものであった。同じようなビルが建ちならぶ無機質な街。これをどんどん広げていくことで子供たちの心には日本人がずっと培ってきた何かがなくならないだろうか。
その後、地域のさまざまな文化や芸術(埼玉会館の書道)を見ながら、日本という国の行方を自分は「日本」という国の誇りとともに守って行きたいという思いをますます強くした一日であった。
農業について
本日も寒い一日だった。あの暑い夏の選挙から数ヶ月しかたっていないというのが嘘のようである。
本日は、市民の森で行われた農業祭に参加をしたことに関連して、農業についての考えを述べたい。
農業はまさに国の根幹に関わる産業である。どんなに偉そうなことを言っても、人間は食料がなければ生きることができない。自然に生えていたり、あったりするものを取るだけでは到底まかなうことができないだけの人間がこの地球上にいる。それを支えているのが、農業であり、酪農であり、漁業であり、また林業である。農業は、毎日毎日手入れが必要であり、天候との戦いもある。実に根気のいる頭の下がる労働が我々の食べている農産品の背景にはあるのだ。私は、今農協やNOSAIなど、農業関係の全国大会などには参加をしている。本日の農業祭も楽しみにしていた。
日本の食糧自給率はいまや40%を切っている。これは、海外との競争だけではなく、日本の農政の失敗や、そもそもどこの国でも若者の農業離れが進んでおり、産業転換なども原因であろう。私の専門分野である通商交渉の現場を見れば、日本市場において農産品が狙われているのは明らかである。それは、通商交渉とは取るものと譲るものの相互関係があってはじめて成り立つものであり、日本の場合は工業品が強いため、農産品が狙われる運命にあるのだ。これに対抗していくにはどうすればよいのか。
先日農産品の輸出促進を考える会に参加したことの話をした。松岡会長がおっしゃっていたように、守りというものは、守ろうとしてはだめである。攻めなければだめである。これはスポーツでも通じることであるが、日本の農業がどんどん攻められてしまったのは、まさに守りのみを従来の農業族が国際力学も知らないで主張し続けたからである。また、農水省も国内だけを見て無駄な減反政策や小手先の政策を繰り返した。おそらく、その時点では仕方のない面もあったのだろうが、今から振り返ってみてこれらの政策や戦略が失敗だったのは明らかである。
私の選挙区は都会であり、農業は決して多くない。しかし、農業が国の根幹に関わる産業であることにかんがみ、世界の感覚を肌で感じてきた私だからこそできることもあると信じており、農業の未来に力を尽くしたいと思っている。
陳情の列
今日は朝土呂駅でご挨拶。ここ土呂駅は私の前の前の自民党代議士である福永健司先生が作ったともいわれる駅であり、感慨深い。
今日はここからが怒涛の日。まず、財政金融部会に参加してこの分野の税制要望を聞く。そして、農業共済(NOSAI)の全国大会に参加。その後、地元の吉田弘県議、鈴木弘県議、上三信彰市議等から陳情。自分が幹事になっているさまざまな新人の会等の日程調整や、膨大な資料を検討した後、まず経済産業部会に参加。その後環境部会に参加。
今この分野でもっとも問題になっているのは環境税である。私もこの部会で声を大にして発言したのは、増税には反対であるということである。京都議定書は、日本の古都の名前が冠されている重要な条約であるし、環境政策が重要なのはいうまでもない。しかし、その環境政策に名を借りて増税をしようというのは、よほど必要性と効果について国民すべてが納得する場合を除いては絶対に反対である。環境省はクールビズを推進したり、すごく良いことをしており、素晴らしい省である。しかし、この環境税だけは日本そして国民にとってマイナスとなる施策であり、国民の代表として受け入れることはできない。また、灯油等一部のものだけに課税をすることによって、たとえば冬の北海道など寒い地域だけ不当に高い課税を受けることになる。このような不平等な税には賛成することができない。
経済産業部会では、私は企業(大企業、中小企業)側に配慮した税制について賛成の意を表する発言をした。日本の生活水準が保たれているのはなぜか、税が払えているのはなぜか、それは企業が頑張って、そして国民を雇用しているからである。これだけ国際競争の厳しい中、企業を狙い撃ちするような税制をしても、それは結局国際競争の敗退、利益の喪失、そして大量解雇や減棒といった形で国民に跳ね返る。特に弱い国民が真っ先に首を切られるだろう。ジュネーブや中国、あるいは韓国に行ったことがある人ならすぐ分かる理である。私は国民の幸せを何よりも守りたい。そのためには、この国の経済を守らなくてはならないのである。
議員会館に戻った後は陳情や取材の列。私は頼まれたことで、自分が納得することは実行するし、実現する。ひるまないし、恐れない。日本という国を守るためには、突き進むのみである。ただし、間違ったことはしない。金のためには働かない。私が働くのは「正しい」ことのためである。
このような陳情や取材を次々にこなし、皆さんの思いを受け止め、頭にたたきいれた後、NY時代の恩師である桝田淳二弁護士夫妻と食事。久しぶりにリラックスができた時間となった。やはり、恩師はありがたいものである。桝田先生は日本から唯一アメリカに一人で挑戦をしている弁護士である。その勇気と実行力、そしてこれまで12年間もNYで成功し続けている実力にはいつも頭が下がる。私が国際社会で挑戦し続けてこれたのも桝田先生というモデルがあったからである。そして、NY勤務時代はオフィスの皆様にも本当に可愛がって頂き、お世話になった。今の私があるのも、周りの皆様に恵まれ、そして支えて下さったからである。そのような感謝の念を抱きつつ、少しでも恩返しをしたいという気持ちが私のエネルギーのもとなのである。
戦争防止の誓い
朝は与野駅でご挨拶。朝6時代からご挨拶を始めたが、歩いていても寒く、ましてそこで1時間以上立っていると凍えるような寒さで最後は口が回らなくなってしまった。それでも、自分の熱い思いと、皆様朝早くから通勤ご苦労様です。皆様がご苦労されていることを無駄にしたくない、何とか応えたいという思いを伝えたく、ご挨拶を継続した。
その後、埼玉県の戦没者追悼式に参加。追悼の言葉を述べられた遺族代表の方は、結婚わずか1年8ヶ月で新婚の夫を失い、その後女手一つで残された息子を育て上げたということ。涙が出た。この戦争で、ご家族を亡くされた方の思い、そしてその後必死にこれまで悲しみに耐え、頑張ってこられたご努力を思うと、心の底から亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、ご遺族の皆様の思いを大切にして、二度と、いかなることがあっても戦争を起こしてはならないという決意を新たにした。私は、内戦が続いたエルサルバトルやベトナムなどにも行き、足や目や腕がない人々を多く目にした。また、ベトナムでは枯葉剤の影響で頭が二つあったり、頭が異常に大きい人などの写真などを目にした。イラク戦争を肯定する人々は、劣化ウラン弾で多くの子供たちが奇形になっていたり、あるいは白血病で苦しんだりしていることを知っているのだろうか。アフガンやイラクの戦争が政治的に間違っていたかどうかは結果論としてわからない。しかし、米国が劣化ウラン弾を多数用いたことは明らかに非難されるべきである。それすら肯定してしまう人々は、自分の子供が劣化ウラン弾によって苦しむことすら甘んじて受け入れるのだろうか。私は断じてこの国の平和、そして国民の命、家族の絆、子供たちの未来を守りつづける。
その後国会に移動して、党本部で消費者団体訴訟制度の議論に参加。中間とりまとめがほぼ終わった。そして、都市基盤整備事業推進会に参加。
その後は新人研修会として続いている財政勉強会に参加。山本先生や山際先生の肝いりで続けられているものであり、極めて有意義な勉強会である。私は、二つの点を主に主張。一つは、税は増やせばよいというものではなく、それが与える影響について、歴史的な時間軸、国際的な観点等々広い視点から見なくてはならない。その意味からすると、お金を稼ぐ企業、中小企業の国際競争力を失わせるような税制は反対であるということ。そして、相続税は日本の原風景を失わせている大きな原因の一つになっており、このような悪影響は取り除かれるべきである、ということである。
外国人労働者受け入れ問題の部会、最後は外交勉強会でジョージタウンロースクールが同じであり、ワシントンでお会いしたこともある阿川尚之氏の講演を聞いた。外交問題は、私は米国にも言うべきことはきちんと言うべきであって、絶対服従外交にすべきではないと思う。そのために、私は米国がWTO違反を直さないという点について断固たる対応をしてきた。日米関係の重要性は日本にとって永遠のテーマである。その時代によっても違うだろう。しかし、日本という国に対する誇りを持って対応したい。
熱い心
今日は指扇駅でご挨拶をさせて頂いた後そのまま電車に乗って国会へ。朝から全く隙のない日程。
まず経済活性化に関する税制について説明を受けた後、経済活性化に関する経済産業部会へ。ここで、私の思いを述べさせていただいた。すなわち、お金が一定程度はあるということは国民にとって最低限の幸せの条件である。そのためには日本という国がどのように経済を活性化・発展していくかというのは根本的な問題である。今は世界的な国際競争の中にあり、日本の企業のみが税制その他でそもそもの競争のスタート条件が不利になってはならない。ということである。また、中小企業は日本の経済を支える支柱である。いかに中小企業を活性化していくかということも国にとって重要な問題である。
次に三位一体改革の部会へ。今日は全国知事会等関係6団体からのヒヤリング。何が国民にとって良いのかという観点から話を進めたい。
農産物輸出促進の会に参加。農産物と知的所有権との関係の大切さ、戦略性について発言した。この会の課題も日本という国にとって極めて大切な問題である。
83会の幹事会に参加した後、コンプライアンスに関する勉強会。そして、医療改革制度に関する部会に参加。すぐに全国都市公園整備の全国大会に参加。事務所に戻ってマスコミの方の取材を2件受けた後、大学時代の友人のビジネスに関して会議。
最後は夢作り道場でベトナムの赤ひげとも言われる服部医師の話を聞いた。目の見えない女の子が病院に来て、お金がないため帰ろうとしたところ、同医師が自己負担で手術をしてその女の子の目を救った上、お金は要らない、今は勉強してほしい、そして将来お金を稼げるようになったら払ってね、と言ったという話に胸が熱くなった。同医師は患者は家族であるとのハートで医療活動を続けているということである。政治家もハートである。「国のため、国民のため」というハートを失ってはならない。改めて決意した。この夢作り道場では毎回心が熱くなる。一生この熱さを忘れないで前に進んで生きたい。
紀宮様のご結婚
今日は朝大宮駅東口にてご挨拶。この駅は、大門町の方から歩いていらっしゃる方および浦和や見沼方面バスからの降りていらっしゃる方が、タクシープールの入り口を列になって歩かざるを得ない。そして、タクシー乗り場の前を再び横切るようになる。さらに、送り迎えの車とバスが同じターミナルに入って、送り迎えの車は短いUターンをせざるを得ない。そのために大混乱に陥っている。さいたま市の管轄事業であるが、一市民としてもここはあまりにひどい現状である。皆様から意見をいただきながら、もっと安全で、大宮駅の玄関としてふさわしい駅前ロータリーの構築を考えていきたい。
今日は一日国会。三位一体改革や政策金融機関の民営化についての会合があった。私はこれら改革については急先鋒に立つが、今の流れはすごい。私でもびっくりするほどこれらの改革に対する動きは急かつ大胆である。自民党は、今や恐ろしいほど改革政党である。これは、実際に議論に参加した心からの実感である。
紀宮様のご結婚の記帳に行った。皇居には初めて入ったが、点々と続く黒塗り車の列に目が丸くなった。無論私は同期の国会議員の車に便乗させていただいたに過ぎない。それにしても、美しい自然が素晴らしいところである。
さて、紀宮様とは一度お話を直接させていただいた事があるが、高貴な雰囲気が漂うエレガントかつ知的な女性というのが私の実感である。それだけに黒田さんとのご結婚は心から嬉しいことである。私は日本の歴史をつなぐということを自分の人生目標にしているが、天皇家というのは日本の歴史そのものである。現在の日本国憲法では「象徴」となっているが、単なる「象徴」を超えた心のよりどころになっているような気がする。やはり、今日のご結婚は日本を愛する一国民として、本当に嬉しいことであり、単に私の汚い字で記帳をしただけでは足りない、言葉には言い尽くすことのできない祝福の気持ちがある。本当におめでとうございます。
地域コミュニティー
私は親がいわゆる典型的な転勤族サラリーマンであったこと、そして中学校、高校と私立に通い、大学も住んでいるところとは別のところに通ったことから、いわゆる地域コミュニティーというものを経験したことがない。政治家になって一番良かったと思えるのは、この地域のコミュニティーに呼んでいただき、皆様と触れ合う機会があることである。
今日は宮原駅西口で行われた「ふれあいフェスタin宮原」に出席。完全に地元の商工会の方が中心となって手作りで作られた祭りであるが、非常に大規模なお祭りである。子ども会の子供たちが仕入れてきた野菜を生き生きと販売する様子や数々の催し物を楽しんだ。他方、福祉ボランティアの皆様が障害者の方の実体験ということで行っていたアイマスクをして、白いステッキを持って歩くこと、および車椅子の体験乗車を行った。目が見えないというのは実に怖いことである。10メートルちょっとを往復しただけであったが、冷や汗をびっしりかいた。また、車椅子に乗るとバリアフリーの重要性を痛切に実感した。私の実家は、母を中心として目の見えない方へのボランティア活動を行ってきているが、国のレベルでも障害者の方へどのようなご支援ができるのか、じっくり考えていかなければならない。
その後は西区下宝来の公民館祭りに参加。市の無形文化財にも指定されている餅つき踊りを堪能し、自らも生まれて初めて餅つきをさせていただいた。つきたてのお餅をみんなでほおばって、とにかく楽しかった。
そして、中央区の区民祭りに参加。阿波踊りや鴻沼太鼓を堪能。あちこちからお声をおかけいただき、また魅力的な商品が安く売っていたため、両手いっぱいに買い物もした。二日間のお祭り、関係者の皆さんは大変だったと思う。感謝申し上げます。
その後与野本町駅で夕方の街頭演説。
最後は、大門町のお御輿の会(大門達)の納会に参加。お御輿は神聖である。昔日光の東照宮に行ってびっくりした思い出があるが、どこに行ってもお御輿にかける方の思いは熱い。町をとにかく