戦争防止の誓い
朝は与野駅でご挨拶。朝6時代からご挨拶を始めたが、歩いていても寒く、ましてそこで1時間以上立っていると凍えるような寒さで最後は口が回らなくなってしまった。それでも、自分の熱い思いと、皆様朝早くから通勤ご苦労様です。皆様がご苦労されていることを無駄にしたくない、何とか応えたいという思いを伝えたく、ご挨拶を継続した。
その後、埼玉県の戦没者追悼式に参加。追悼の言葉を述べられた遺族代表の方は、結婚わずか1年8ヶ月で新婚の夫を失い、その後女手一つで残された息子を育て上げたということ。涙が出た。この戦争で、ご家族を亡くされた方の思い、そしてその後必死にこれまで悲しみに耐え、頑張ってこられたご努力を思うと、心の底から亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、ご遺族の皆様の思いを大切にして、二度と、いかなることがあっても戦争を起こしてはならないという決意を新たにした。私は、内戦が続いたエルサルバトルやベトナムなどにも行き、足や目や腕がない人々を多く目にした。また、ベトナムでは枯葉剤の影響で頭が二つあったり、頭が異常に大きい人などの写真などを目にした。イラク戦争を肯定する人々は、劣化ウラン弾で多くの子供たちが奇形になっていたり、あるいは白血病で苦しんだりしていることを知っているのだろうか。アフガンやイラクの戦争が政治的に間違っていたかどうかは結果論としてわからない。しかし、米国が劣化ウラン弾を多数用いたことは明らかに非難されるべきである。それすら肯定してしまう人々は、自分の子供が劣化ウラン弾によって苦しむことすら甘んじて受け入れるのだろうか。私は断じてこの国の平和、そして国民の命、家族の絆、子供たちの未来を守りつづける。
その後国会に移動して、党本部で消費者団体訴訟制度の議論に参加。中間とりまとめがほぼ終わった。そして、都市基盤整備事業推進会に参加。
その後は新人研修会として続いている財政勉強会に参加。山本先生や山際先生の肝いりで続けられているものであり、極めて有意義な勉強会である。私は、二つの点を主に主張。一つは、税は増やせばよいというものではなく、それが与える影響について、歴史的な時間軸、国際的な観点等々広い視点から見なくてはならない。その意味からすると、お金を稼ぐ企業、中小企業の国際競争力を失わせるような税制は反対であるということ。そして、相続税は日本の原風景を失わせている大きな原因の一つになっており、このような悪影響は取り除かれるべきである、ということである。
外国人労働者受け入れ問題の部会、最後は外交勉強会でジョージタウンロースクールが同じであり、ワシントンでお会いしたこともある阿川尚之氏の講演を聞いた。外交問題は、私は米国にも言うべきことはきちんと言うべきであって、絶対服従外交にすべきではないと思う。そのために、私は米国がWTO違反を直さないという点について断固たる対応をしてきた。日米関係の重要性は日本にとって永遠のテーマである。その時代によっても違うだろう。しかし、日本という国に対する誇りを持って対応したい。