「刑事……行ってきました……」
「おう、どうだった?」
「何というかその……」
ビーストトランスに入って出てきた部下はもじもじしていた。
「その?」
「女性の裸は苦手で……あんまり直視できませんでした」
部下は恥ずかしそうに言った。
「馬鹿野郎! 男ならそんなことに恥ずかしがるなああああ!!」
刑事は部下にゲンコツをお見舞いした。
「イテテテ……どうもこの手のものは苦手でして……」
「論外だな。おまえはまず、女の裸に見慣れるところから鍛え直さないといけないようだな」
「ひぃぃぃぃ」
部下は何をされるのか怖くなった。
「それより、何か怪しい情報は掴めたのか?」
「えっと……その……ずっと下向いていたもので」
「馬鹿野郎!!!!!」
刑事は再び部下にゲンコツをお見舞いした。
ビーストトランスに部下を送り込んだのは失敗だったようだ。
「もうここはいい。件の病院と研究所が隣り合った施設に行くぞ」
「へ、へい!」
ベテラン刑事と部下はビーストトランスでの調査を断念して、最重要捜査施設に向かうことにした。
「はぁ……はぁ……何だ……ここは……」
情報を掴んだ施設は人里離れた山の中に建てられていた。
「まさかこんなにも山の奥だったとは……周りから見つからないようにしているのか……しかし、これはビンゴだな。研究所だけならまだしも、こんな山の中に病院があるのはおかしい」
「はぁ……はぁ……そうですね」
二人は山の途中まで車でやってきたが、怪しまれないようにある程度まで登ると、そこから徒歩でこの施設を目指してきたのだった。
「まずはこの施設の周辺捜査だ。周りの状況を把握するぞ」
「へい!」
二人は山奥の施設周辺を警戒しながら捜査し始めた。
見たところ、入口にはパスが必要のようで、容易には中には入ることができなさそうだった。
窓もマジックミラーとなっており、恐らく、中からは外の様子は見られるが、外からは中の様子が全く見えない。
ますます怪しさが濃厚になる。
二人はとりあえず、張り込みをして、どういう人物が出入りするのかを観察することにした。
施設から少し離れたところにテントを張り、三日間張り込みをしたが、人が出入りする気配は全くなかった。
「誰も出入りしませんね」
「……もしかしたら向こうに気付かれたか……」
「出直しますか?」
「いや、シッポを掴むまでは帰れないぜ」
「それでこそ、刑事です!」
二人は様々な可能性を議論した。
しかし、すべては可能性の中の話。
アクションが起こらない限り、何も見えてこない……
「今日のところはテントに戻ろう」
「わかりました」
刑事の判断で二人はテントに戻った。
「ふぅ。張り込みは辛抱強さが試される。場合によっては数カ月単位だ」
「それはつらいですね」
部下はそう言って、刑事にジュースを渡した。
「あぁ、だから本当はもっと人数が交代でやった方がいいんだが……もうお前以外には信用できないからな」
「刑事……。是非、真相を確かめましょう!」
「ああ。食料は1週間分だったか。とりあえず、あと三日張り込んで何もアクションがなければ、一度戻って作戦を立て直そう」
「わかりました」
一日中、施設を見ているのは結構暇でつらいが、刑事の信頼を感じて、部下はやる気になった。
部下は尊敬する刑事に信頼をもらって嬉しかった。
目を閉じて喜びを噛みしめ、刑事の方を見る。
すると、刑事の体がどこかおかしかった。
「刑事……あれ、そんなに耳、大きかったですっけ?」
「んあ? 耳? 何を言って……!?」
気付いた時には遅かった。
刑事の耳はどんどん大きくなっている。
「しまった! 嵌められた!」
「け、刑事!」
刑事の全身が毛深くなっていく。
信じられない光景に部下は唖然としているしかできなかった。
「クソッ、お前に異常がないことから察すると、恐らく原因はこのジュースだ。俺たちが張り込んでいる間に奴らが何かやりやがったんだ」
「わ、私が渡したジュースで……」
「うろたえるな! 俺はもうダメかもしれない。お前はすぐにでも逃げろ。そして、この件から手を引いて、警察も止めるんだ。わかったな」
「そ、そんな! それじゃあ、この事実は誰にも」
「お前を巻き込んだのは俺だ。お前まで危険なチュッ……目に合わせられ……」
「ああ……刑事が……刑事が……ネズミに……」
刑事は小さなネズミの姿になってしまった。
本当に人が動物に変身する薬を奴らは製造していたのだ。
しかし、敵は強大すぎる。
自分ひとりには荷が重過ぎる。
しかし、刑事をこのままにはしておけない。
ここからは自分がしっかりしなければならない。
「刑事……私が何としてでも……元の姿に……」
心に意を決した部下は、すぐに刑事を胸ポケットに入れて、テントから外に出た。
「!?」
しかし、外に出た瞬間、人間ではない者が待ち構えていた。
「あはははは。容易い仕事だったわ。まさか何の疑いもなくすり替えたジュースを飲むとは。わかりやすいようにパッケージに偽装していたのに」
「お前がやったのか! 刑事を戻せ!」
「あははは。それは無理だね。最近、チョロチョロしているネズミが紛れているとは聞いてきたが、こう堂々とここに来るとはね。この山に入った時点でお兄さん達は袋のネズミだったのさ、ネズミだけに」
「……」
相手は女。しかし、猫のような姿と混ざり合っている。
「おっと、逃がしはしないよ。あたしは暗殺部隊所属でね。人を殺めることには慣れているんだ」
「……」
「ほらよっ」
「!?」
女は目にもとまらず早さで動き、部下の胸ポケットを爪で引き裂いて、ネズミになった刑事を奪った。
「ああ、刑事!」
「ヂュー!」
刑事はシッポを掴まれ、宙ぶらりんにされる。
部下は涙をこらえた。
「さーて、おっさんはどうしてやろうかな。人獣の餌にでもするか」
「刑事を返せ!」
部下は勇気を振り絞って言った。
しかし、敵は余裕の笑み。
「ふふふ。その必死な顔を見ていじめたくなっちゃった。お兄さんもヤッちゃおうかと思ってたけど、見逃してあげるよ」
「!?」
「じゃあね、生きたければもうここには来ないことだね。あと、警察上層部はうちの圧力の下だから。サービスに教えてあげるよ」
女はそう言って、ネズミに変えられた刑事を握ったまま、施設の方に向かって行った。
「刑事……刑事いいいいいいいいいいいい!!!」
部下はその場で叫ぶことしかできなかった。