「くそっ! くそっ! 一体どうなっているんだ、警察の組織は!!!!」
 刑事が目の前でネズミの姿に変えられ、猫と人の混ざり合ったような怪物に連れ去られて数日後、部下は強

制退職処分となった。
 理由は勝手な捜査を行ったためだという。
「おかしい。何で単独で調査していたことを知っているんだ。私はまだ誰にも刑事の話をしていないのに!」
 無職になった部下は、悪夢のような出来事を思い返し、荒れ狂った生活を送っていた。
「これは絶対……上層部が絡んでいる。刑事の推測通りだったんだ」
 退職にはなった。しかし、人を動物に変える技術を持った妖しい組織と警察がつるんでいるのなら、何故自

分を野放しにしたのか?
「違う……組織から追い出したことで、今度は私を犯罪者として扱うつもりなんだ」
 無職となっていれば、向こうからして都合が良い。
 部下は舌打ちをした。
「刑事……こんな時、私はどうしたら……」
 退職後は部屋に閉じ籠っているが、常に何らかの人の気配を感じる。
 おそらく、監視されているのだろう。
 もう警察は誰も信用できない。
 部下は頭を抱えた。
「私一人ではできることがほとんどない」
 警察という大きな組織も、ビーストトランスという謎の組織も、到底一人では太刀打ちできるものでは無い。
 では、自分はどうしたらいいのだろうか?
 部下は考えた。
「警察がグルだとしたら、マスコミも同じだろう。規制をかけられる。世に公表しようとしても無意味だ。ヤ

られるだけだ。それなら大人しくしている方が良い」
 部下には頭の中に浮かぶものがあった。
 それは……コンピューターウィルスだ。
 部下は幼少期よりパソコンが得意で、様々なプログラミングコンテストで賞を獲得していた。
 リアルでは例え一人であっても、ネット世界では一人では無い、可能性は無限大だ。
 ネットからの攻撃で、警察に一矢報いることができるかもしれない……部下はそう考えた。
 幸いにも、警察の情報管理サイトの脆弱性は、勤務時に見ていて既に知っている。
「じっくり計画を立てよう」
 部下は表面上大人しく過ごしながら、水面下で復讐を始めることを心の中で誓った。

「ん…」
「あっ…目が…ナナミちゃん、この人、目を覚ました!」
「うん。良かったね!」
 白髪の女性がゆっくりと目蓋を開けた。
「私……」
 白髪の女性は腰を起こした。
「だ、大丈夫ですか?」
 ナナミが女性に声を掛けた。
 めえは少し緊張して、反応を見ている。
「ここは……」
 女性はナナミを見た後、周囲を見渡して言った。
「ここは、めえちゃんの家です。さっき私達の前で倒れたので、お布団まで運んで来ました」
「そうなの……ありがとう……」
 女性は何だかぼんやりとしているように見える。
「あ、あの……名前は……?」
 めえが女性に向かって聞いた。
「名前……」
 女性は記憶を探っているようだった。
「わからない……」
 女性は頭を左右に振りながら言った。
「!? それじゃあ、どこから来たの?」
 めえは続けて質問する。
「それもわからない……」
 めえはナナミと顔を見合わせた。
「ナナミちゃん、これって……」
「うん……記憶喪失……?」
 名前もどこから来たのかもわからない。
 しかし、背中にはめえ達と同じ羽紋がある。
 一体この女性は何者なのだろうか……?
「ただいま」
 めえとナナミが目を見合わせて悟っていたところに、山での修業を終えた美が帰って来た。
「あっ、起きたのか」
 美は相変わらず、外人ではあるが節操が無い。
「はい……」
 白髪の女性は小さく返事した。
 何だかややこしくなりそうな雰囲気がした。
「めーえー、そろそろご飯の支度手伝……ってって……?」
 けえがめえ達の部屋にやって来た。
「えーっとこれは……」
 めえとナナミは、必然的にけえと美に記憶喪失の女性について話をすることになった。

 誰もいない山の中。
 結局、めえやななみは新たな妖魔の世話をしていて、追い掛けて来なかった。
 妖魔の中にも温厚なタイプがいるらしいことはわかってきた。
 それは、人の中に悪人がいることからも、各個体の性格に寄りけりということは頷ける。
「まあ、修業は一人でやる方が捗るからな」
 美はそう言って、目を閉じた。
 目を閉じると、色鮮やかな世界が消え、暗黒の世界に身を委ねる。
 そこは完全なる自分の世界。
 目で見るのではなく、心で視る。
 今まで見えていなかった繋がりが視えてくる。


 今、ここに人はいない。
 しかし、様々な生命が〝気〟を発しているのがわかる。
 溢れ出た〝気〟を体に取り込み、イメージした力に変えて放出するのが、退魔師の修行である。
 しかし、これがなかなか難しい。
 〝気〟を物理エネルギーに変えるには、その変換過程をちゃんと〝理解〟していなければならない。
 そのため、繰り返しコツを掴む練習が必要なのだ。


 妖魔は生物に憑依し、その体を変質させる作用のある霊体であることが多い。
 退魔師に求められるのは、その霊体を体から押しだす力。
 しかし、これは火と違って目に見えない。
 故に、自分で開発するしかないのだ。
 逆説的に考えると、様々な方法があるのだが、最も有名なものは〝音〟である。
 犬の鳴き声は魔を払うというが、あれは犬が出した〝気〟に押し出される結果、魔が体外に出ることに起因する。


 美は周りの気を自らに取り込み、自分のエネルギーとして活用するイメージをする。
 〝気〟を取り込むと体に力が漲るのを感じる。
 ここまではどんな状況でもできるようになった。
 問題はアウトプットだ。
 火を起こすなど、そのエネルギーを変換する過程を理解できた技はいくつか習得できた。
 しかし、自分で作り出した技はまだ一つも持ち得ていない。


「……」
 美がイメージできたのは波動だった。
 これは、テレビゲームの技からのイメージの側面が強い。
「はあああああああ!」
 両手を前に押し出し、放出するイメージをする。
 しかし、放出した〝気〟はすぐに拡散してしまった。
 〝気〟を放出した後はどっと疲れが押し寄せてくる。
 重要なことは、体を動かす〝気〟と放出する〝気〟の分量配分を調節すること。
 そうすれば、疲れることなく、体は動き、技もたくさん使うことができる。
 世に伝わる英雄は皆、この所業ができていたという。
「こんなことではダメだ……お父様……」
 半人前の美は、父の偉大さを痛感した。

「ん……」
「あ、目を覚ましそう」
「とりあえず、命に別状はなさそうだからよかったね」
 めえとナナミは外で倒れた白髪の不思議な女性を見て安心した。
 あれから家の中に運び、けえの服を借りて布団に寝かせたのだった。
「めえちゃん、あの人、背中に〝羽紋〟があったけど……」
「うん……。でも、めえ、初めて見る人。親戚は全員知っているはずなのになぁ」
「隠されていたとか?」
「うーん……でもそういう人がいてもおかしくはないかも……」
 めえとナナミはほぼ確信している。
 背中に羽のような痣があるのは、憑きモノの子だ。
 女性も何かしらの動物に変身できる可能性が高い。
「何だ、また妖魔か?」
 少し離れた場所から見ていた美が言った。
「妖魔じゃない! んもう……でもめえと同じと思う」
「妖魔じゃん」
「むきー!」
「めえちゃん、ムキになっちゃダメダメ!」
 美の発言に挑発されためえをナナミが止めた。
「さて、それじゃあ、俺は修行に行ってくる」
「……お腹が空く前に自分で帰ってくるのよ、今度行き倒れてたら知らないから!」
 めえは少々皮肉を交えて、美に言った。
 本当は美の修行に興味があったが、この女性を放置するわけにもいかない。
「……夕方には帰る」
 美はそう言って、庭から山の方へ走って行った。

 地球上の生命の起源は、外から飛来した生命が進化したものである。


 ならば、外にはその〝元〟となった生命が存在するはずである。


 これら地球外生命体の可能性を示唆し、地球上の生命の起源は地球外であると唱える説を、パンスペルミア説という。


 何故、人々はUFOを目撃するのか?


 ミステリーサークルは何故できるのか?


 ドラゴンなど幻想動物は誰の手によって生まれたのか?


 その謎を解く鍵は、宇宙的視野による考察が必要であろう。


 彼等は単純である。


 しかし、その能力は人々にとって的である。


 故に、人々は視えざる彼等をこう呼ぶだろう。


 〝悪〟と――

前作『ケモッ娘変身譚』はこちら


こんなアンケート見付けました。

「【男性編】なりたい動物ランキング」  1位ネコ 2位犬 3位イルカ 4位ワシ 5位タカ

「【女性編】なりたい動物ランキング」  1位ネコ 2位イルカ 3位犬 4位ワシ 5位ペンギン

「【完全版】変身ジャンルに関するアンケート(獣化メインタイプ)」

プレプロローグ




ノートブック     




第一章「霊媒始奇」           10 11 12
 




第二章「人獣変化」           10 11 12 13 14 15 16 17 18 19
 




第三章「♂♀性外」           10 11 12 13 14 15 


第四章「未来日記α」         10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100

第五章「生死聖外」          10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

第六章「魔刻星外」 1 2 3 4 5


「めえ二号! 最初に生まれためえの方が偉いから子分にしてあげる」
「調子に乗るなよ、妖魔。俺はいつだって狩れるんだからな」
「わー! 剣を出しちゃダメ! アブナイ!」
 はしゃぐめえに苛立つ美が出した短剣を止めるナナミ。
 てんやわんやの中、美はめえのペースに巻き込まれていた。
「いいか、俺はめえじゃない、メイ。メ・イ。わかったな?」
「めえ……」
「……。もういい。俺は修行に行ってくる」
「修行?」
「〝気〟を操る修行」
 めえは美と対戦した時に、美が炎を出したことを思い出した。
「面白そう! めえもやる! 教えて! 教えて!」
 楽しそうなことに興奮しためえはぴょこんと狐耳とシッポを生やした。


「べー。誰が妖魔に教えるか」
「むきー! この子、恩を仇で返す気だよ、ナナミちゃん!」
「そ、そうね……」
 めえはナナミに助けを求めたが、ナナミは少し呆れた顔をしていた。
「めえも炎出したいいいいい」
 めえは再び床でジタバタ暴れ始めた。
「……これが本当にあの時相手した妖魔なのか……」
 幼稚すぎるめえの数々の行動に、美は頭が痛くなった。
「それじゃあ、俺は行ってくる」
「あ、待って。めえも付いて行く」
 めえを振り切って、そそくさと美が庭から外に出ようとする。


 その時、庭の向こうに白い人影が現れた。
 長い白髪を持つその女性は、ふらふらとこちらに近付いてくる。
 その女性は奇妙な格好をしていた。
 体中を草で編んだ野生児のような服を着ている。
 その場にいた全員が、その女性に釘付けになった。
 ポカンとミステリアスな女性の出現に口を噤んだ一同は、次の瞬間、女性が倒れるまで魅入られていた。
「あっ……」
 女性は足元から崩れ落ち、その場に倒れた。


「めえちゃん、あの人、倒れたよ」
「うん……どうしたんだろう? 行ってみようか、ナナミちゃん」
「……」
 めえとナナミが外に出ると、美も気になったようで、無言で付いて来た。
「あのー、大丈夫ですか?」
 めえが女性の肩を揺らす。
 しかし、全く意識がない。
 女性は眠ってしまっているようだった。
「……。うーん、とりあえず、めえの家に運ぼうかな」
「うん。そうだね……」
「……」
 めえとナナミは女性の肩を借りて、女性をズズズと引きず出した。
「二号も手伝ってよ。めえとナナミちゃん、身長低いから引きずっちゃう。足持って、足」
「二号じゃない! わかったよ」
 何だかんだ文句を言いつつも、美は良心的な人のようだった。
 そして、この謎の女性は程なくして、美同様、めえの家で暮らし始めることになる……



 動き出した物語はまだ多くの謎を秘めている。
 ビーストトラスの裏と表。
 次元はさらに拡大していく――

「キュ……キュン! キュウウウゥゥン!」
 山を歩いていた狐は、突如、全身が冷たい冷気で包まれることに気が付いた。
「ハッ……ハッ……ハッ……キュキュウゥゥ……」
 周りの空気が冷たくなったと思ったら、今度は体熱くなってくる。
 今まで感じたことのない熱さ。
 狐はその場に体を横たえた。
「ハッ……ハッ……」
 奇妙なことに、狐の体が少しずつ大きくなっていく。
 シッポは短くなり、全身を覆う獣毛が肌に吸収され、手足の指が伸びていく……
 得体の知れない現象に狐は戸惑った。
 足の骨格が伸び、耳が短く丸くなる。
 複乳が一対を残して消失し、その一対が異常に膨らんでくる。
 体中の毛が消失する一方、頭部の毛は著しく伸びてゆく。
 頭部から生えた毛は美しい純白の髪だった。
「ハッ……ハッ……はぁ……はぁはぁ……」
 マズルが短くなり、ヒゲが消失する……
 狐の鳴き声から女性のうめき声に変わる。
 そう、狐は一人の女性へと姿を変えていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 ここで、狐の記憶は曖昧になり、やがて、女性の記憶がよみがえる。
「はぁ……はぁ……あたしは……」
 女性は意識を取り戻した。
 激しい頭痛がする。
 女性は頭痛が収まるまで、しばらくそのまま横になって休むことにした。
 その女性の背中には――羽の形を模した痣があった。

「な……なんだこれは……」
 いつものように漁に出た老漁師は網にかかった初めて目にする生物に目を見張った。
「こんな生き物初めて見るぞ……おい、お前、これがなんだかわかるか?」
「きょ……恐竜! 恐竜だよ、親方!」
「何だと! 恐竜! 何で恐竜がいるんだ!」
「そんなの俺にわからないよ!」
 混乱する漁師達。
 漁師たちが漁獲した網の中に入っていた恐竜のような生物は、1mほどの大きさで、ビッグファイブで絶滅したとされるプレシオサウルスに似ていた。


 漁獲されたこの生物はすぐに日本の分類学最高の機関に送られ、研究者達を驚愕させた。
 この突如持ち込まれた奇異な生物は、研究者達が扱いに混乱しているうちにすぐに死んでしまった。
 その後、様々な研究が直ちに行われ、やはりプレシオサウルスの仲間であることが結論付けられた。
 絶滅していたと思われた生物が実は生きていた!
 これは世界を震撼させる大事件である。
 研究者達は様々な仮説を立て、慎重に議論を重ねた。
 しかし、驚くべきことに、最初の一匹をトリガーとして、似たような報告が次々に舞い込んだ。
「一体……何が起きているんだ……」
 研究者達は困惑した。
 何故突如として、大量絶滅時代の生物が姿を現わすようになったのか……全く見当がつかなかった。


「まるで、地球が時代を遡っているみたいだ」
 研究者達は人々が混乱しないよう、報道を規制することにした。
 しかし、ネットが発達した現代で、そのような規制は無意味に近かった。
 沿岸沿いに住む人々の相次ぐ目撃例はまたたく間にネットを介して世界に広まり、何故、マスコミはこの事実を報道しないのかということについて糾弾される形になった。
 これを受け、研究者が会見を開き、ほどなく、地球規模の異変が起きていることが明らかにされた。
 人が獣になり、獣が人になり、死者がよみがえり、絶滅生物も復活する。
 この現象が何を意味するのか、知る者は人類の極一部に過ぎない。


「前回のセイガイ覚醒から、長い間この時を待っていた……再び〝星の消化〟は起こるだろう。私はあの時、生き残ってしまった。私は望む……今度こそ、私をアリスと同じ体に……」


 密かな噂が広まりつつあった。
 これら超常現象は総称して、かの有名な終末予言の再来を模して、〝ノストラダムス2〟と呼ばれることになる……

「刑事……行ってきました……」
「おう、どうだった?」
「何というかその……」
 ビーストトランスに入って出てきた部下はもじもじしていた。
「その?」
「女性の裸は苦手で……あんまり直視できませんでした」
 部下は恥ずかしそうに言った。
「馬鹿野郎! 男ならそんなことに恥ずかしがるなああああ!!」
 刑事は部下にゲンコツをお見舞いした。
「イテテテ……どうもこの手のものは苦手でして……」
「論外だな。おまえはまず、女の裸に見慣れるところから鍛え直さないといけないようだな」
「ひぃぃぃぃ」
 部下は何をされるのか怖くなった。
「それより、何か怪しい情報は掴めたのか?」
「えっと……その……ずっと下向いていたもので」
「馬鹿野郎!!!!!」
 刑事は再び部下にゲンコツをお見舞いした。
 ビーストトランスに部下を送り込んだのは失敗だったようだ。
「もうここはいい。件の病院と研究所が隣り合った施設に行くぞ」
「へ、へい!」
 ベテラン刑事と部下はビーストトランスでの調査を断念して、最重要捜査施設に向かうことにした。



「はぁ……はぁ……何だ……ここは……」
 情報を掴んだ施設は人里離れた山の中に建てられていた。
「まさかこんなにも山の奥だったとは……周りから見つからないようにしているのか……しかし、これはビンゴだな。研究所だけならまだしも、こんな山の中に病院があるのはおかしい」
「はぁ……はぁ……そうですね」
 二人は山の途中まで車でやってきたが、怪しまれないようにある程度まで登ると、そこから徒歩でこの施設を目指してきたのだった。
「まずはこの施設の周辺捜査だ。周りの状況を把握するぞ」
「へい!」
 二人は山奥の施設周辺を警戒しながら捜査し始めた。
 見たところ、入口にはパスが必要のようで、容易には中には入ることができなさそうだった。
 窓もマジックミラーとなっており、恐らく、中からは外の様子は見られるが、外からは中の様子が全く見えない。
 ますます怪しさが濃厚になる。
 二人はとりあえず、張り込みをして、どういう人物が出入りするのかを観察することにした。
 施設から少し離れたところにテントを張り、三日間張り込みをしたが、人が出入りする気配は全くなかった。
「誰も出入りしませんね」
「……もしかしたら向こうに気付かれたか……」
「出直しますか?」
「いや、シッポを掴むまでは帰れないぜ」
「それでこそ、刑事です!」
 二人は様々な可能性を議論した。
 しかし、すべては可能性の中の話。
 アクションが起こらない限り、何も見えてこない……
「今日のところはテントに戻ろう」
「わかりました」
 刑事の判断で二人はテントに戻った。



「ふぅ。張り込みは辛抱強さが試される。場合によっては数カ月単位だ」
「それはつらいですね」
 部下はそう言って、刑事にジュースを渡した。
「あぁ、だから本当はもっと人数が交代でやった方がいいんだが……もうお前以外には信用できないからな」
「刑事……。是非、真相を確かめましょう!」
「ああ。食料は1週間分だったか。とりあえず、あと三日張り込んで何もアクションがなければ、一度戻って作戦を立て直そう」
「わかりました」
 一日中、施設を見ているのは結構暇でつらいが、刑事の信頼を感じて、部下はやる気になった。
 部下は尊敬する刑事に信頼をもらって嬉しかった。
 目を閉じて喜びを噛みしめ、刑事の方を見る。
 すると、刑事の体がどこかおかしかった。
「刑事……あれ、そんなに耳、大きかったですっけ?」
「んあ? 耳? 何を言って……!?」
 気付いた時には遅かった。
 刑事の耳はどんどん大きくなっている。
「しまった! 嵌められた!」
「け、刑事!」
 刑事の全身が毛深くなっていく。


 信じられない光景に部下は唖然としているしかできなかった。
「クソッ、お前に異常がないことから察すると、恐らく原因はこのジュースだ。俺たちが張り込んでいる間に奴らが何かやりやがったんだ」
「わ、私が渡したジュースで……」
「うろたえるな! 俺はもうダメかもしれない。お前はすぐにでも逃げろ。そして、この件から手を引いて、警察も止めるんだ。わかったな」
「そ、そんな! それじゃあ、この事実は誰にも」
「お前を巻き込んだのは俺だ。お前まで危険なチュッ……目に合わせられ……」
「ああ……刑事が……刑事が……ネズミに……」
 刑事は小さなネズミの姿になってしまった。
 本当に人が動物に変身する薬を奴らは製造していたのだ。
 しかし、敵は強大すぎる。
 自分ひとりには荷が重過ぎる。
 しかし、刑事をこのままにはしておけない。
 ここからは自分がしっかりしなければならない。
「刑事……私が何としてでも……元の姿に……」
 心に意を決した部下は、すぐに刑事を胸ポケットに入れて、テントから外に出た。
「!?」
 しかし、外に出た瞬間、人間ではない者が待ち構えていた。
「あはははは。容易い仕事だったわ。まさか何の疑いもなくすり替えたジュースを飲むとは。わかりやすいようにパッケージに偽装していたのに」
「お前がやったのか! 刑事を戻せ!」
「あははは。それは無理だね。最近、チョロチョロしているネズミが紛れているとは聞いてきたが、こう堂々とここに来るとはね。この山に入った時点でお兄さん達は袋のネズミだったのさ、ネズミだけに」
「……」
 相手は女。しかし、猫のような姿と混ざり合っている。


「おっと、逃がしはしないよ。あたしは暗殺部隊所属でね。人を殺めることには慣れているんだ」
「……」
「ほらよっ」
「!?」
 女は目にもとまらず早さで動き、部下の胸ポケットを爪で引き裂いて、ネズミになった刑事を奪った。
「ああ、刑事!」
「ヂュー!」
 刑事はシッポを掴まれ、宙ぶらりんにされる。
 部下は涙をこらえた。
「さーて、おっさんはどうしてやろうかな。人獣の餌にでもするか」
「刑事を返せ!」
 部下は勇気を振り絞って言った。
 しかし、敵は余裕の笑み。
「ふふふ。その必死な顔を見ていじめたくなっちゃった。お兄さんもヤッちゃおうかと思ってたけど、見逃してあげるよ」
「!?」
「じゃあね、生きたければもうここには来ないことだね。あと、警察上層部はうちの圧力の下だから。サービスに教えてあげるよ」
 女はそう言って、ネズミに変えられた刑事を握ったまま、施設の方に向かって行った。
「刑事……刑事いいいいいいいいいいいい!!!」
 部下はその場で叫ぶことしかできなかった。