――シャラン

 ――シャラン

 秋の到来を告げる、鈴の音が鳴り響く。
 獣達は人に近付いた姿に変え、人々は獣に近付いた姿に変え、八百万の神々を迎えたもう。
『尾天』は古来より、すべての生命が等しくなる場所。
 祭りの際は、弱肉強食の垣根を越え、共に生きることの喜びを分かち合う。
 さぁ、因縁の渦巻く常世の姿を変え、共に杯を交わそうぞ。

 ――シャラン

 ――シャラン

『尾天祭り』が始まった。
 市内で一番大きな規模の初秋祭りだ。
 僕は尾天市に住んでいるが、少し遠出をしなければならないため、今までこの祭りに足を運んだことはなかった。
 しかし、一人暮らしを始めた今、立地的に祭り会場は近い。
 日和に誘われ、やおよろずのメンバーで祭りに参加することになった。



 祭り当日、僕達は部室で集合して祭りに参加することになった。
「こんちはー」
「お、来たな、アキ」
 部室に入ってイキナリ目に入ったのは狼男だった。
「うわあああぁぁああああー!」
「またセオリーな…いい加減そろそろ慣れろよ。本気で噛み付くぞ」
「はぁ……はぁ……徹夫さん……インパクトあり過ぎですって……」
「ん? そうか? 一応、服は着ているんだけどな」
「いや、服以前に、体全体けむくじゃらじゃないですか……」
 世にいうヒトの形をまとまった狼の姿。映画のCGでよく用いられる典型的な狼男だ。
「も、もしかして、その姿のまま祭りに行くんですか?」
「おうよ」
「ダ、ダメですって! 目立ち過ぎます!」

 僕は慌てて徹夫に変身しないで行くように説得を試みた。
「いくらケモノに仮装している人が多いからって、徹夫さんの姿はデカいし、目立ち過ぎます」
「そうか? でも、半獣化しているのは俺だけじゃないぜ」
「あっ……」
 徹夫が鋭い爪で指し示す先には、半獣化したやおよろずのメンバーが他にもいた。
 ユイはウサギ、ハルはイタチ。
 メンズはみんな半獣化していた。
「えっ……そんな格好で大丈夫な祭りなの……?」
 みんなケモケモしい。

「うん、着ぐるみの人もボディペイントの人も多いから大丈夫だと思う。むしろ、これくらい変身してた方が大学の面子にバレないらかね」
 ユイはそうって、長い耳をぴくぴく動かした。
「アキ、まぁ、そんな心配すんなって、これを見てみろよ」
 ハルが部室に置いているタッチPCを起動して、動画サイトを検索した。
 タッチPCに映し出された映像は去年の尾天祭りの様子だった。
「これが……尾天祭り……」

 話には聞いていたが、ちゃんと見たことはなかった。
 それはまさにケモノイベントとも呼べる予想以上にケモ度の高い祭りだった。
 もちろん、一般客もいる。
 しかし、その多くがケモ耳のカチューシャを頭に付けていたり、シッポのアクセサリーを腰に携えている。
 着ぐるみも犬猫から始まりドラゴンといったものまでいろんなケモノの形態があった。
 動物のボディペイントをしている人達はなかなか露出度が高くセクシーだ。
 一言で言って、カオスだった。
 この中に半獣化したメンバーがうまく紛れることができるだろうか?

「……」
 否。僕はそう思った。
「いや……紛れ込めない……確かに着ぐるみに近い形態だけど、みんな目や耳やシッポが自由に動き過ぎるし……」
 しかし、三人は半獣化した姿で祭りに出る気満々だった。
 どうしたらいい?
 完全獣化ではそれはそれで問題があるし、一番良いのは人間の姿だけど、それじゃ満足しそうにないし……
「少し遅くなりましたー!」
 僕が考えている後ろから元気な日和の声がした。
「……!!」
 振り返ると、日和だけではなかった。
 やおよろず女子ズは夏祭りらしい浴衣姿になっていた。

「ん?」
 が、見上げるにつれて何かがおかしい。
 もふっ。てかっ。ごつっ……
 女子ズもみんな半獣化していた。
「日和……その姿はマズイよ、耳が大き過ぎる」
「えー、そうかなー」
「愛子は鼻が伸び過ぎ、耳も大き過ぎ、着ぐるみの域を出ている」
「う~鼻が伸びるのはどうしても」
「彩音さんは……ヒョウ柄好きでも服来てください。捕まります」
「えー、毛で覆われて見えないならいいじゃんさー。着ぐるみだって服来てないし」
 彩音は浴衣さえ着ていなかった。
「ダメです」
「引っ掻くよ」
「脅しても警察の方が強いです」
「くっ……真人間め……」
「ハヤセは……毛が生えていないのがおかしい。着ぐるみにさえ見えない」
「だってアシカだもん」
「シズは……お、おっぱ……張り過ぎ……」
「……だって……伸びるんだもん……」
 半獣化だけでもいろいろ問題があった。

「全員、半獣化N・Gです! もっと獣化度低くしてくださあああああい!!」
 僕は何故かみんなに向かって叫んでいた。
 ビックリしたりして、気が強くなっていたのかもしれない。
 やおよろずのメンバーにはぶーぶー抗議されたが、僕は正論を唱え続けた。
「アキがそこまで言うなら仕方がない。これで勘弁しといてあげよう。去年はあのまま行ったのにねー、ハル」
「そうだな……まぁ、こういう姿もたまには悪くないか」
 結局、メンバーは耳シッポレベルで収めてくれた。
「ははん、実はあたし達のこういう姿を見たかったんでしょ? 男の子は耳シッポレベルが一番好きだもんね。ウケも良いみたいだし」
「ち、違うし……」
「ふーん、顔真っ赤だけど?」
「か、からかうなよ、日和」
 浴衣+ケモ耳+ケモシッポの女の子。確かにこれはくるものがある。

「女はいいとしても、男は誰得なのか……」
 徹夫が言う。
 いや、意外にケモ耳シッポ男子は腐女子とかにはウケそうな気がする。
「よしよし、それじゃ、みんな行こうよ! 祭りはもう始まっているよ!」
 浴衣を揺らし、耳とシッポをぴくぴく動かしながら、日和が言った。
「……可愛い」
「ん? アキ、何か言った?」
「な、何でもない。は、早く行こう。僕は初めてなんだ」
「そっかー! それじゃ楽しいこといーっぱい教えてあ・げ・る」
 日和が小悪魔的に微笑む。
 耳シッポレベルは……悪くないかもしれない。