第二の母と、"知らないことは恥、わたしは恥" について。 | 加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

毒親育ち、アダルトチルドレン、恋愛依存(DV)などの実体験を元に、"わたし" を生きる方法を伝えています。
▶︎セッション実績…2013年〜 5000件以上
▶︎メディア…NHK(クローズアップ現代+/あさイチ他)/朝日新聞/他多数。
▶︎著書「ワタシの母は毒親でした。」


加藤なほですsmile
 





今日は第二の母とお茶の約束があった日。



何年も前から知っていた場所に
先月やっと訪れることができ
そのとき1番に思ったのが
「(第二の)母と来たい!」
だったのです。



その想いを叶えに、
午後とある数寄屋カフェへ。



これは第二の母と出かけた苔寺にて第二の母が撮ってくれていたわたし。

実はこの月、とてもたのしい予定ばかりを入れていたけど、その反面、わたしは躁鬱みたいに気持ちがアップダウンしていて、夜になると何度も「死にたい」と感じた月だった。

楽しい!がたくさんあったのに、それはウソじゃないのに、ものすごくキツイ思いをしていたとき。





第二の母との出会いは、

2015年秋から通っていた福島塾。




社長や士業の先生方、医師など、

福島先生の講座に集まる人々は、


SNSで起業したわたしにとって

なのか、

そもそも自信がなかったから

なのか、

気が引けてしまい、



1回目(福島塾好きすぎて、わたしは4回受けているのだよ笑)の受講中の半分あたりで


福島先生を嫌いになりかけて

行くのをもうやめそう


という、すり替えが起きたほど笑

(失礼極まりない!)




その講座、1回目の受講中の

最終回で仲良くなったのが

第二の母

でした。


↓ここにいっぱい母との写真があった♡

2017年、髪の毛のプリンが激しくて恥ずかしい笑

↓1年後、2018年のパーティー

わたしの雰囲気が1年でなんか落ち着いた気がする笑



↓2019年の第二の母とわたし。

本当にだいすき♡




今日出かけた数寄屋カフェ、

たまたま特別なお茶席が開催されていて、

せっかくなので参加することにしたの。




お茶席に憧れつつも、

お茶を習ったこともなければ、

(小さな頃、祖母からお抹茶の立て方を教わったくらい、

お茶席のマナーもわからないわたしだけど、


「イスがあり、堅苦しくないお茶席なので」

と受付の方にも言われたこともあり、

参加することに。




が、

イスはあったけれども、

初めて経験する "会" でした。



よくわからなすぎて、

ここに文章で書くこともできない

わたしなのですが 笑

(用語がわからないのだ泣)




「わからないことがいっぱいだぁ!」

とつぶやいては、

「どうやるの??」

と隣の母(第二の母ね)にたずねる。




「ほー!

知らないことがいっぱいだぁ!」


「ゆうこりんがいつも教えてくれる!」

と数回母にいうわたし。




すると母はこう言った。




「いいのよ〜♪

これから知ってけば〜♪」




まるで鼻歌を歌うかのような

軽やかな言い方で

微笑みながら言ってくれたのだ。



思えば、苔寺に行ったとき

お庭やお寺などをみていたときにも

無知なわたしに母は

お庭の見方や歴史を教えてくれた。




そのときもわたしは、

「知らないことがいっぱいだぁ!」

「恥ずかしい〜!」

と何度も口にしていたのだけど、


その日も母は、

「いいのよ〜♪

これから知ってけば〜♪」

と何度も返しくれていたことを思い出した。




わたしは、

母のこの言葉

この言葉を放つときの雰囲気

にとても心が軽くなるのだよね。


インスタのストーリーズにアップした動画。




なぜならわたしは、

知らないことは恥

(知っていること

 =恥ではない

 =大人 みたいな数式)

という世界で長年生きてきたから

だと思う。






なぜこんなふうに思ったのかな?

と自分に聞けば、

毎回出てくる人物が2人。




実の母親

若かりし頃付き合った彼氏

だ。




そしてその2人の、


「ェェェ知らないの!?」


という、

わたしをバカにするかのような

(わたしにはそう感じたのだ)

言い方と表情がすぐさま脳裏に浮かぶ。




悪気はなかったのかもしれないけれど、

2人の "それ"  は

"わたし" の中で

そっくりなものとして存在してる。




おそらく、

幼い頃からの母の反応に、

(もうめっちゃ言われた!わたしは存在することがもう恥なんだ という思い込みがしっかり出来上がるほどにね。

「恥ずかしい!」とよく怒鳴られ、怒られた。

今思えば、母だって知らないことめっちゃあるくせに笑

子どもの頃ってそういうの、わからんよね)


若かりし頃の彼氏の反応を重ね、 

わたしはこの思い込みを強めたのだろう。


(この彼氏にもよく言われたなー。

『やさしく、「それはねなほちゃん、」って教えてくれたっていいじゃん!』

と今では思うけど、当時は、

"知らないわたしは恥ずかしい"

がダントツで強かったから、↑こんな言葉は思いもつかない。

ホント、セルフイメージの通りよね、言動も行動もさ泣)




9年前に心理学に出会ってから、

心の仕組みがわかり、

いろんなことを知り、


わたしのみてる世界と他者が見てる世界は

こんなにも違うのか

(自己肯定、自尊心が高い、親がよい(ざっくりの表現でごめんよ)人の世界

わたしのような世界)

ということを知っていくことになるのだけど、



「知らないことは聞いたらいい」

「知ったかぶりは

大体相手にはバレるものだから、

正直に 

"わからないの"

と言った方がむしろステキ、

"教えてください"

"なあにそれ?"

と言おう。

そういう人の方が愛されるし、

かわいらしいんだ」


ということも学んだし、

体感したし、

そうなりたい!と思ったから、

自分の感情を見つめながら

チャレンジをし、取り入れてきた。




恥ずかしいほど

プライドがクソ高かったださいわたしには、


このチャレンジももちろん

すごく怖かった。




だけど、もう楽になりたかったから

いろいろとがんばったしがんばれた。




今や、

「知らないことがいっぱいだぁ!」

「恥ずかしい〜!」

とペロンと言えるようになったのは、

20代のときの比べたら大成長ではあるが、


やっぱりまだ、


知らないわたしは恥ずかしい


と、どこか少し責めているんだな

と今日感じた。


第二の母の言葉に

ホッとするわたしがいたからね☺️



第二の母は、

素直でやさしく、

情に熱く、義理人情を重んじる人であり、

とってもキュートな一面をもち、

年下のわたしにも

おちゃめな姿を見せてくれたり

わたしが得意な部分を、頼って甘えてもくれる

かわいらい人。




"知らない"

とことを責めていないし、

恥とも思っていないから、

わたしにそんなふうに伝えられるのだと思う。




劣等感や責める部分

って、

本当に他者に影響を与える


(これが毒親になる。

受け容れている度合いが高ければ、毒親と子に思われることは少ない と、5500件以上セッションをしてきて140回弱おはなし会をしてきて出てる結論の一つ)


と思っているわたし。




もっともっと自分を見つけて

許し受け容れていこう


と思うのであった。







わたしからみて

自分を許し受け容れている度合いが高い

第二の母もさとちゃんも、

ともにいて、

わたしがわたしらしくあれる人。




それは、

ふたりがそうだから。




わたしも誰かにとっての

この2人のようでありたい。



わたしにはまだ長い道のりだけど、

ここ数ヶ月、

ちょっとずつその過程を

改めて楽しんでる。




大きな実験を越えたからこそ、

今それを改めて楽しめているんだ。












 

 

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加藤なほ