開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -21ページ目

講師辞めたいんですが、という相談

先日LINEで生徒さんから、易を立てたので見て下さいと連絡がありました。

 

彼女はとあるカルチャーセンターでお花を教えてらっしゃるのですが、どうも最近マンネリでやる気が無くなってしまった。もうカルチャーセンターの講師を辞めたいと思っていたようです。

 

そこで自分で占的を考えて易を立てて判断したのですが、この判断で良いかどうか教えて下さい。という連絡でした。

 

彼女が考えた占的は、

 

当面のカルチャーセンターの講師運

講師辞めて良い

講師辞めないのが良い

方針

 

の4つ。

 

占的としては、なかなか良く考えられていると思います。

 

で、得られた易は、

 

当面の講師運

山風蠱 上九

講師辞めて良い

風沢中孚 六三

講師辞めないのが良い

水山蹇 九三

方針

雷風恒上六

 

でした。

 

当面の講師運の山風蠱上九を本人は「もうやりきってやることが無い」と判断されていました。

 

自分のことでもあるし、とても的を得た判断だとは思うのですが、もし私ならもう少し辛口の言い方をするかもしれません。

 

たとえば、

「あ~、もうやってらんない。やる気出ね~」とかね。

 

まぁいずれにせよ、この易で本人が脱力してしまっているのは良く分かりました。

 

 

しかし、講師を辞めて良いかという問いに、易は

風沢中孚 六三

と答えます。

 

「お前さん、一人で悩んでたってどうしようもないだろ。そんなの所詮、お前の一人相撲だよ」とでも解釈しましょうか。

 

そして講師を辞めない、つまりまだ続けて良いかという問いの答えは

水山蹇 九三

でした。

 

水山蹇とは足萎えの意味。だから健常者に比べると目的地に到着するのに時間がかかる。

つまり、今すぐに辞めようったって、それは無理だよね、と易が言うのです。

 

この易を見て、私はこの生徒さんに、これじゃすぐに辞められないんじゃないの? と聞いてみたところ、今月から新しい講座が始まってしまって、まだ半年は続けなければいけないんです、とのこと。

 

まあ、水山蹇じゃ、すぐに辞めるわけにはいかないでしょう。

 

そして方針は

雷風恒 上六

 

雷風恒は「恒」という字がついているように、いつまでも同じなのが良いという意味ですが、上六というポジションでは、この同じ状態を続けることに飽き飽きしてしまって動きたくて仕方ない状態を意味します。

でも、今は恒を守らなければいけない時なので、動いてはダメ、と言われています。

 

とりあえず新しく始まった半年の講座は続けなければいけませんね、というお話をして納得してもらいました。

 

易は日常生活と共にあるべし、というのが私の師匠の考え方でした。

 

こんな日常によくあるちょっとした悩み事でも、易は明快に答えを示してくれます。

占的の大切さ

以前にご主人の病気(腸にガンが見つかった)のご相談をいただいた方から再び連絡がありました。

 

そこで手術をされたご主人のその後の様子を伺ったのですが、手術は成功しましたし転移もしていないとお医者さんが言うので一安心しましたとおっしゃるのです。

 

が・・・

以前にご相談を受けた際に立てた易では、どこかに転移していそう、ということと、場合によっては今年の年末が危ないかもしれない、というお話をした記憶があります。

 

そこで色々な面から体調を見てみたいと思い、あれこれと占的(易にする質問)を考えてみました。

 

まずは「当面の健康運」、そして「術後の経過」という占的で易を立てることにしました。

 

当面の健康運と術後の経過に安心できるような易が得られれば、年末もさほど心配無いのではないかと思ってのことです。

 

 

まずは当面の健康運。

これには

 

火雷噬嗑 六五

 

が出ました。

 

これを見てちょっと安心しました。

 

確かにお医者さんが言うように、手術は成功したし、転移もしていなさそうだな、と思いました。

 

 

そこで術後の経過、という占的で易を立ててみたところ、

 

水天需 九三

 

という不気味な易が出たのです。

 

 

ここで、あれ? と思ってしまいました。

 

現在は火雷噬嗑・六五 だから、現在は体調も良好なのだろうと思われます。

 

が、術後の経過が水天需・九三。水天需は待つ、という意味の易ですが、九三というポジションの場合、「泥に待つ」という言葉がついています。

 

これは水際の泥に足をとられて身動きがとれない状態を暗示しています。このままではどんどん泥の中に足がめり込んでいってしまいます。

 

これが何を意味しているのか。

 

これはちょっと安心できないな、と思いました。

 

 

そこで今度は「今後の病気運」という占的で易を立ててみました。

 

健康とは全く違う方向からこの方を見た場合、どんな易が出るのか。

 

私は臆病なので、こういうちょっとしたところも見ておかないと、クライアントさんに対してお話が出来ないのです。


これは師匠ゆずりで、私の師匠も自分が納得出来るまで気になることはとことん易を立ててらっしゃいました。

 

 

今後の病気運という占的で得られた易は

 

地雷復 初九

 

これを見た途端、ゾッとしました。背筋に寒いものが走ったような気分です。

 

地雷復は「復活」を意味します。そして初九というポジションは、この地雷復という易の中でも最も力のあるポジションです。

 

これは、病気が復活する暗示。

 

そして地雷復は12月の易。まさに年末です。

 

最初にご相談を受けた際に出た易でも、年末が危険だと言われていたので、この最初に出した易と見事に一致してしまいました。

 

 

そこで、更に追い込むように「病気(この方の場合はガン)は再発するのか」という占的でも易を立てました。

 

その結果は・・・

 

艮為山 六四

 

と出ました。易を知っている方ならお分かりかと思いますが、艮為山という易は、重卦と言って、同じ易が重なった象。

 

つまり、繰り返しを暗示します。

 

病気が繰り返す。これは再発する覚悟をされておいた方がよろしいでしょう。

 

蛇足ながら付け加えるならば、病気の判断の場合、艮はガンを暗示します。

 

 

ここまで易を立てて自分なりに納得できたので、全てお話いたしました。

 

お医者さんはこの先どう考えてらっしゃるか分からないけれど、どこか他に転移していて年末頃までに再発する可能性があることを覚悟しておいて下さい。

 

こういう易は外れた方が良いのですけれど、最悪の状況も考えられますので、そのための準備もしておかなければいけませんね、とか、幸いお子さん達はもう成人して社会人になっているので、この点は安心ですねとか、いろいろお話をさせていただきました。

 

 

よく師匠からは「易は占的が全て」と言われましたが、実際にクライアントさんのご相談を受けていると、この言葉が本当に身にしみます。

 

易は風諌(ふうかん)

もう、ここ数年に渡って度々ご相談に来られている方が先日いらっしゃいました。

 

彼女のご主人はお坊さんで、彼女も僧籍を得て、夫婦して仏の道に精進されているのならは問題は無かったのですが・・・

 

ご相談は、嫁姑問題から始まりましたが、その姑も痴呆症になって施設に入れざるを得ない状態になり、この問題は落ち着きました。

 

が、数年前にご主人の浮気が発覚しました。それも自分の娘とほとんど年の変わらない女性、それも相手にもご主人と子供がいるという、世に言うW不倫。

 

数年続いたこの不倫で子供も生まれて、ご主人が自宅に帰ってくるのは月に1~2回。葬式等の仕事が入った時だけだそうです。

 

もう主人のことも不倫相手のこともなんとも思わなくなりました。私は自分の子供を守って、自宅とお堂を守っていくだけです。

 

という心境になってらしたそうですが、先日、また久々にご主人が自宅に戻ってきた時に「腹が痛い」ということで最近地元にできた大きな総合病院で検査を受けさせたところ、医者が言うには「腸閉塞です。それもこれまで見たこともないほどパンパンに詰まってます。このままでは手術してお腹の中に詰まったものを取り除くしかありません」。

 

とのことで、緊急手術をして、お腹に詰まったものを取り出したのは良かったのですが、「S字結腸にガンがあります」と言われたそうです。

 

この時点で相談に来られました。

 

今後のご主人の体調や対処の仕方、もしものことがあった場合どうすればいいか等々。

 

実際に得た易は省略しますが、最悪の結果も考慮に入れておかなければならないように私には思えましたので、その旨は正直に伝えたところ、「私もそんな気がしていました。覚悟は出来ています」とのこと。

 

最悪の結果になった場合のシミュレーションをしながら、様々な処理の相談をしましたが、不倫相手との間に生まれた子供のことが気になっているとのこと。

 

「子供には罪は無いし、あの女(不倫相手)がまともに育てるとも思えないし(ネグレクトらしいです)、この子がある程度育つまで、私が学費を援助しようかと思うんですが」ということで、なんて心の広い方なんだろう、さすがに仏の道を志すだけのことはあるな~と思って易を立てました。

 

そして得た卦は、

 

火地晋 九四

 

でした。

 

この易を見た私は、易の冷徹さ、厳しさに頭をぶん殴られたような衝撃を覚えました。

 

易は、安易なヒューマニズムなど、ものの見事に吹き飛ばしてくれました。

 

 

火地晋九四にはネズミが出てきます。丸々と肥え太った大きなネズミです。これは欲の塊の象徴です。

 

つまり易は、「そんなことはお前の思い上がりだ。ただ自分の欲を満たしたいだけだ。そんなことはお前のやることではない」と言うのです。

 

しかし易経の火地晋九四にはただ一言「貞しけれどあやうし」とだけ書かれています。

 

 

 

師匠はよく「易は風諌(ふうかん)だ」と言われていました。

 

まるで風が吹くが如く、簡単な言葉で諌める。

 

しかしこの簡単な言葉を甘くみるとどんなことになるか、俺は沢山の客を見てきたからな、俺にとっては易の言うことは絶対なんだ。

 

「易は風諌(ふうかん)」改めてこの言葉を思い出した一件でした。