筮前の審事(ぜいぜんのしんじ)
私の易の師匠、横井伯典からは「筮前の審事(ぜいぜんのしんじ)」ということをやまかしく言われました。
筮前の審事とは、実際に易を立てる前にクライアントさんの事情を詳しく聞いておく、ということです。
今回のご相談にはどんな事情があるのか、どのような経緯でその問題になったのか、この問題に関わる人間とその関係、そして何を相談に来られたのか等々。
自分の前に座るに至った経緯を根掘り葉掘り詳しく聞いておけ、と言われました。
でないと、実際に易を立てた際に、易が何を言っているのかが分からないからです。
これは易だけでなく、タロットや六壬などの卜占であればどんな技術を使う場合も当てはまることでしょう。
「黙って座ればピタリと当たる」というのが理想かもしれませんし、私自身、ある先生の鑑定を受けた際には、こちらから話をする前に、その先生から「あのね、君ね、仕事っていうのはね・・・」とこちらの悩みをズバリと先に答えられたこともあります。
が・・・
全てのクライアントさんに対してそんなことが出来るわけではないし、よく師匠が言ってらしたように「俺ぁ、神様じゃねえんだから、そんなに何もかも分かってたまるかい」ってなもんです。
先日、ある生徒さんから、この「黙って座ればピタリと当たる」を易でやってみたいという話がありました。
クライアントさんが目の前に座ったらすぐに易を立てて、このクライアントさんは何の相談でここに来られたのかを見てみたい、と言うのです。
それをやっていいかどうか、というのも易を立ててみたそうです。
そしたら、出た易は、
地火明夷 六五
だったそうです。
地火明夷とは太陽が地面の下に隠れてしまい、明るさが傷つく、という意味です。
明るさ、つまり知恵、知識、明察などもこれには含まれます。
そして六五という5番目のポジションには
「箕子の明夷(めいやぶ)る」という言葉がついています。
箕子というのは、殷王朝の最後の王様、かの暴君として名高い紂王の異母兄です。
そして、中国史上最も頭が切れた人物の一人だそうです。
その天才的に頭が良い箕子は、異母弟であり王様である紂王の悪政を諌めたそうですが、紂王はその言を聞き入れなかった。
そこで箕子は気が狂ったふりをして奴隷に身をやつして粛正を免れたそうです。
ということは、この易の「箕子の明夷る」という易の言葉は、そんなことは止めておけ、という忠告であろうと考えられます。
もし易でクライアントさんの悩みを予め分かったとしても、そんなことを続けていたら、いつか落とし穴に落ちて痛い目に遭うだろう、ということも裏に含んでのことでしょう。
その易を見て、この生徒さんも納得したようです。
やはり師匠が言われた通り、「筮前の審事」は大事ですね。
講師辞めたいんですが、という相談
先日LINEで生徒さんから、易を立てたので見て下さいと連絡がありました。
彼女はとあるカルチャーセンターでお花を教えてらっしゃるのですが、どうも最近マンネリでやる気が無くなってしまった。もうカルチャーセンターの講師を辞めたいと思っていたようです。
そこで自分で占的を考えて易を立てて判断したのですが、この判断で良いかどうか教えて下さい。という連絡でした。
彼女が考えた占的は、
当面のカルチャーセンターの講師運
講師辞めて良い
講師辞めないのが良い
方針
の4つ。
占的としては、なかなか良く考えられていると思います。
で、得られた易は、
当面の講師運
山風蠱 上九
講師辞めて良い
風沢中孚 六三
講師辞めないのが良い
水山蹇 九三
方針
雷風恒上六
でした。
当面の講師運の山風蠱上九を本人は「もうやりきってやることが無い」と判断されていました。
自分のことでもあるし、とても的を得た判断だとは思うのですが、もし私ならもう少し辛口の言い方をするかもしれません。
たとえば、
「あ~、もうやってらんない。やる気出ね~」とかね。
まぁいずれにせよ、この易で本人が脱力してしまっているのは良く分かりました。
しかし、講師を辞めて良いかという問いに、易は
風沢中孚 六三
と答えます。
「お前さん、一人で悩んでたってどうしようもないだろ。そんなの所詮、お前の一人相撲だよ」とでも解釈しましょうか。
そして講師を辞めない、つまりまだ続けて良いかという問いの答えは
水山蹇 九三
でした。
水山蹇とは足萎えの意味。だから健常者に比べると目的地に到着するのに時間がかかる。
つまり、今すぐに辞めようったって、それは無理だよね、と易が言うのです。
この易を見て、私はこの生徒さんに、これじゃすぐに辞められないんじゃないの? と聞いてみたところ、今月から新しい講座が始まってしまって、まだ半年は続けなければいけないんです、とのこと。
まあ、水山蹇じゃ、すぐに辞めるわけにはいかないでしょう。
そして方針は
雷風恒 上六
雷風恒は「恒」という字がついているように、いつまでも同じなのが良いという意味ですが、上六というポジションでは、この同じ状態を続けることに飽き飽きしてしまって動きたくて仕方ない状態を意味します。
でも、今は恒を守らなければいけない時なので、動いてはダメ、と言われています。
とりあえず新しく始まった半年の講座は続けなければいけませんね、というお話をして納得してもらいました。
易は日常生活と共にあるべし、というのが私の師匠の考え方でした。
こんな日常によくあるちょっとした悩み事でも、易は明快に答えを示してくれます。
占的の大切さ
以前にご主人の病気(腸にガンが見つかった)のご相談をいただいた方から再び連絡がありました。
そこで手術をされたご主人のその後の様子を伺ったのですが、手術は成功しましたし転移もしていないとお医者さんが言うので一安心しましたとおっしゃるのです。
が・・・
以前にご相談を受けた際に立てた易では、どこかに転移していそう、ということと、場合によっては今年の年末が危ないかもしれない、というお話をした記憶があります。
そこで色々な面から体調を見てみたいと思い、あれこれと占的(易にする質問)を考えてみました。
まずは「当面の健康運」、そして「術後の経過」という占的で易を立てることにしました。
当面の健康運と術後の経過に安心できるような易が得られれば、年末もさほど心配無いのではないかと思ってのことです。
まずは当面の健康運。
これには
火雷噬嗑 六五
が出ました。
これを見てちょっと安心しました。
確かにお医者さんが言うように、手術は成功したし、転移もしていなさそうだな、と思いました。
そこで術後の経過、という占的で易を立ててみたところ、
水天需 九三
という不気味な易が出たのです。
ここで、あれ? と思ってしまいました。
現在は火雷噬嗑・六五 だから、現在は体調も良好なのだろうと思われます。
が、術後の経過が水天需・九三。水天需は待つ、という意味の易ですが、九三というポジションの場合、「泥に待つ」という言葉がついています。
これは水際の泥に足をとられて身動きがとれない状態を暗示しています。このままではどんどん泥の中に足がめり込んでいってしまいます。
これが何を意味しているのか。
これはちょっと安心できないな、と思いました。
そこで今度は「今後の病気運」という占的で易を立ててみました。
健康とは全く違う方向からこの方を見た場合、どんな易が出るのか。
私は臆病なので、こういうちょっとしたところも見ておかないと、クライアントさんに対してお話が出来ないのです。
これは師匠ゆずりで、私の師匠も自分が納得出来るまで気になることはとことん易を立ててらっしゃいました。
今後の病気運という占的で得られた易は
地雷復 初九
これを見た途端、ゾッとしました。背筋に寒いものが走ったような気分です。
地雷復は「復活」を意味します。そして初九というポジションは、この地雷復という易の中でも最も力のあるポジションです。
これは、病気が復活する暗示。
そして地雷復は12月の易。まさに年末です。
最初にご相談を受けた際に出た易でも、年末が危険だと言われていたので、この最初に出した易と見事に一致してしまいました。
そこで、更に追い込むように「病気(この方の場合はガン)は再発するのか」という占的でも易を立てました。
その結果は・・・
艮為山 六四
と出ました。易を知っている方ならお分かりかと思いますが、艮為山という易は、重卦と言って、同じ易が重なった象。
つまり、繰り返しを暗示します。
病気が繰り返す。これは再発する覚悟をされておいた方がよろしいでしょう。
蛇足ながら付け加えるならば、病気の判断の場合、艮はガンを暗示します。
ここまで易を立てて自分なりに納得できたので、全てお話いたしました。
お医者さんはこの先どう考えてらっしゃるか分からないけれど、どこか他に転移していて年末頃までに再発する可能性があることを覚悟しておいて下さい。
こういう易は外れた方が良いのですけれど、最悪の状況も考えられますので、そのための準備もしておかなければいけませんね、とか、幸いお子さん達はもう成人して社会人になっているので、この点は安心ですねとか、いろいろお話をさせていただきました。
よく師匠からは「易は占的が全て」と言われましたが、実際にクライアントさんのご相談を受けていると、この言葉が本当に身にしみます。