太平洋戦争の軌跡―フォックスと呼ばれた男―を観た。
天気予報では大雪といわれたが、組合で行っているパソコン教室で組合員にPCを教えなければならないため、組合のある会館まで朝からでかけた。
いつもなら車でゆくのだが、昨日はさすがに帰りが心配なので、電車でゆくことにした。
相当つもりそうなことを天気予報でいうものだから、どうしようかとも思ったが、雪は降るがさほど積もる様子はない・・・。
組合の役員仲間と昼食をとることにし、せっかくなのでどこかかわったものでも・・・ということで、横浜ららぽーとへでむき、すり鉢? というような大きな器ででてくるうどん屋でみなうどんを食べて、用事のあるものが帰宅・・・。
時間のある私ともう一人が映画でもみるか~
となり、太平洋戦争の軌跡・・・という映画をみることになった。
昨日が初日ということであったが、さしがにすごい雪だったので、満員とまではいかなかったが、実話に基づいたこの映画、主演の竹ノ内豊が演じる大場栄大尉は日本人の本質と根底にある優しさを見事に演じていた。
戦争での戦いぶりをアメリカの将校などに評価されたが、多くの人を救えたかもしれないが、その分、多くの人を殺してしまった。といい、自分は少しも偉くない。 と自分を評した。
いざというときのリーダーシップ次第で人の運命は変わる。
本当に人々のことを考えて行動しているのか、はたまた自分たちの名誉のために人を踏み握ってでも行動するのか・・・・。
やはり、真の勝者は戦争では得られないがどうが、いざというときこそ、優しさとそれを発揮できる知恵を持ったリーダーが求められるのではないだろうか?
そして、それは現在の日本にも求められているような気がする。
これで公益法人が取得できるのか???
組織の隠ぺい工作・・・
自分たちだけがよければ適当に架空のものを作り出してそれをもとにストーリーを展開し、あたかも真実であるかのごとく見ているものを欺く行為!!
公益法人にはそのような行為はゆるされざる行為であり、そんな団体に公益をうたわせてはいけない!
人々を欺くことに公益性のかけらもない!!
おわかりになる方はすでにピーンときたことだろう
さて・・・・
八百長で13力士が調査にあがった相撲の問題、公益法人として認可したとしたらそれ自体もとわれそうな組織であるような問題になってきた。
疑惑解明へ外部委員を設置するというが、古い組織の体質というものはみなそんなものなのだろうか?
わが団体も公益法人取得に向けて動いている。
金の授受や利権、権力などのポジションなどに固執すれば、これらの問題が出てくる可能性も否定できないのかもしれない。
ただ、所属している一つの団体は信用ができ、公益性の高い事業で人々に貢献するための手立てを考えている・・・。
都道府県や内閣府で認可される多くの公益法人・・ ・・。
相撲協会の八百長はないが、天下りだけの問題ではなく、裏金資金をためるための架空の帳簿作成などがあるかもしれない。
きちんとした裏付けのもとに経理処理の確認などもおこなわれることを切望する。
すべての公益法人が偽りの下で生まれているとは思わないが、もう誰を信じればよいのか・・・・
今度そこ! ・・・は信じられるか?
管さんの内閣改造後の旅立ちとなる今国会、今度こそ・・・・
という改革推進の気持ちがうかがわれるようにも感じたが、国会運営はままならないようだ。
マニフェストでは、財源はたたけばいくらでもでてくるから大丈夫といっていた。そして、国民は閉塞感から改革を望んだ。
できる!
から、できるはずだ!
にかわり、
できると思う・・・
となり、
できるように思った。・・・・
となったのが今だ。
どんな組織でも、憶測が外れてしまうことがある。
KDDIも、スマートフォンは日本人になじまない!
あくまでいままでの日本独自の携帯のスタンスをとってゆけばいい!
いちじの流行りだろうし、スマートフォンは日本にねずかない!!
といっていたKDDIauの社長は退任・・・・
いままでの考えをそのまま踏襲すようとしたことがあだになった!!
auはあきらかにスマートフォンで出遅れ、その分減収減益となってしまった。
巻き返しにスマートフォン攻勢をかけてきたauは社長交代とともに、舵を180度転換させることによって再生を図ろうとしている。
そしてその効果は徐々に成果を出し始めた。
日本経済の再生も、その方向性を180度変えるなどのイノベーションが行われない限り、再生はしないのではないだろうか・・・?
確かに、信念がなければ政策の決定は行われないだろう。
方向性を見つめなおして、再出発し、捨てるべきはすて、変えるべきは変える。
方向修正は手遅れにならないように、徐々に常にしなければ日本丸のような大型客船は方向転換が間に合わなくなってしまう。
できる! ときのことのみしか考えていないと、間に合うものも間に合わなくなる。 できない場合の退避策、迂回路の探索など、カーナビのように瞬時に決めなければならないことは、事前にそのとにの対応も含めて考えておくべきであろう。
変化を恐れず、改革を推進しない限り、組織の水は腐敗し、再生の時期を失えば沈没しかねないのだから。
教師がモンスターペアレントを提訴!?
モンスターペアレントが叫ばれて久しいが、友達の教師もこの扱いに大変苦慮しているそうだ・・・。
自分の子供をもっといい学校に進学させるように指導しろとか、修学旅行の写真が少ないだのなんだの・・・・
対応マニュアルもあるようだが、教師が持たない。
医療機関にも救急車要請でも、猫が病気になったとか、切り傷程度でも出動要請を行うなど、身勝手な人たちが増えてきている。
自分、そして自分の子供に対する愛情は異常なまでに濃密になってきたせいではないだろうか?
さて、今回は、この父母からの執拗な訴えに耐え切れなくなった教師が、不眠となり、その責任を逆にこの父母を提訴したという。
今後は、これらの提訴も多くなってくることが予想され、教師 vs 父母 とのバトルが激化することが想定される。
やられてだまっているのも限度がある。
ストレスで不眠や自殺に追い込まれる教師が多くなってきている。
一方で、いじめによる不登校、自殺も減る様子がない。
思うに、少子化の影響で、個人に対する思い入れがあまりに過剰になってきているのではないだろうか?
もし、一家7人家族などが普通であるなら、一人ひとりに対してそれほど神経質になる時間的な余裕もない。
当然、学校の先生方に感謝はすれど、細かいこと一つ一つに対していちいちクレームをいれるようなこともないだろう。
かまいすぎ、かまわれすぎが現代の少子化によってもたらされたあらたな悲劇といえるのではないだろうか。
社会にでればストレスにさらされ、無視されたり、いじめにあったりすることも多くなる。
かまわれすぎた子は、これらに対処できなくなる。
親を見て子は育つというが、大人にっても親だより・・・・
自分の子供のしつけはわかないだろうし、甘えの構造の中で育った大人が日本中にあふれると思うと、先行き心配である。
ここは裁判をしてでも、学校教育の教師を守ってゆく基礎を構築してゆく必要があるのではないだろうか。
フェイスブック・・・・・
アメリカのハーバード大学の構内交流サイトとして始まったフェイスブックというサイトがある。
このサイトが爆発的な広がりをみせ、いまや全世界で5億8千万人もの人が登録して活用しているという!
チェニジアでの軍事政権が崩壊したのも、言論の自由を奪われた人たちがこの交流サイトを通じて輪を広げた結果だという。
いま、真の民主主義が一部のものの権力により歪曲された正義を正す道具としても動き出した。
このサイト、実名にて登録し、友達とつながってゆくことがメインとなっている。
MIXIも以前は会員制で紹介者なしには入ることができなかった。
数年来合わなかった、会えなかった級友に、MIXIでも多くおめにかかることができたが、それを凌駕するようなサイトのようだ。
すでに、このサイト創始者で現在26歳のマーク・ザッカーバーグのサイト構築やその後の人生が一変した話などは映画化されたが、企業資産価値がなんと4兆円というから驚く。
世の中を動かすのは、もはや国会議員だけではなくなりつつある。
多くの輪をつなげて国民の声があがるようにしてゆく工夫が必要になってくるだろう。
情報の隠蔽もWikiLeaksによってすぐに表にでるようになってきた。
一部国家では、これら民衆の力が結束することをおそれ、ネットの自由閲覧なども規制してしまうところがあるが、それこそはネット!
全世界を通じている流通網を駆使すれば、これら規制を突破することもさほど難しくないだろう。
ネットが発展しすぎると、そして先走りしすぎると、いけないしネットによって自殺者がでるなど、ろくなことはないからあまりインターネットなんてやらない方が良い・・・と数年前にぼう会長からさんざんいわれ、組織のIT化がかなり遅れてしまったことがある。
当時の上の人たちは、これらの発展によって、組織内部の人たちに知られたくない様々な情報が流れることが一番こわかったのではないだろうか・・。
いま、知らしむべからず・・・・は通用しない世の中になっていることを、知らしむべき時代になったようだ。
タイガーマスク
各地の児童養護施設に、ランドセルや文房具などが伊達直人の名前で届けられている現象が起こっている。
漫画、タイガーマスクである主人公、伊達直人が孤児であり、自分を育ててくれた施設に恩返しの意味も含めてその施設に伊達直人として贈り物をするという展開になり正義の味方として悪役レスラーを正義のパンチでぶちのめしてゆくストーリーだ。
漫画、しかもかなり古い漫画がこんな形で復活したというのはうれしく感じる。
世知がない世の中、やたらと刃物で切り付けたり、拳銃を乱射したりがおきているが、こういったあたたかい話もあってよいのではないだろうか?
ただ、あまりマスコミでこれらの善意を過剰に報道しないでほしい・・・・。
どこかで中傷や非難も起こるのが世の常だ!
日本はこの不景気にもかかわらず、ユニセフへの寄付は年々増加し、昨年でも188億にも上り、世界一になっているという!
しっかりした基金を作ったら? といった話もちらほらきくが、個人的には個人のささやかな寄付がどんな思いで、そしてなんのためになどといった一切のことを不問にして個人的に行う善意はそのままそっとして受け取ってもよいと思う。
便乗した悪人が何かしでかすといった気配があれば問題だが、報道が過熱すればそのような事態になりかねることも想定される。
個人的な善意は、そっとみまもってもよいのではないだろうか・・・。
拾得物として云々といった話もでているようだが、極力人々の善意に対しては、柔軟な対応をしてほしい。
日本経済をみれば不景気だし、同じ直人でも国政をみれば閉塞感が漂ってはいるが、国民にはまだ温かさが残っているし、世界にほこれる優しさを感じることもできた。
人へのおもいやりが欠如していると思われるこのごろだが、これら思いやりをもった人たちの行為を通じて、まだこの国もほんのりとした温かさが残っていると感じることができた。
日本の再生は、「おれがおれが!」といった権力闘争や、市場主義、利己主義からではなく、ほのぼのとした温かさを感じられる個人の小さな炎の連携から行われていきそうな気配を感じた。
成人式
昨日は、朝から風がつよく、この冬一番の冷え込みになったという。
今日はそれに輪をかけて寒さが厳しくなっているが、成人式を昨日迎えた人たちにはかなり厳しさを覚えるような洗礼を受けたのではないだろうか。
神奈川県内の新成人は85229人・・・78年の次ぐ少なさだったという。
次女も今年の成人式に出席・・・・。
これで成人式とは当分縁がなくなることとなる。
さて、各地の成人式を見ると、さまざまな成人式があることがわかる。
ディズニーランドや鴨川シーパラダイスなどに招待されるところもあれば、参加賞などがもらえたり、何ももらえなかったりするところもあるようだ。
ネットでそれらの情報はすぐに好感されるから、市長さんたちは大変だろう・・。
真っ先に有権者となった人たちからの成人式に対する評価がされるだろうからだ。
一方、成人式にもかかわらず、日本刀を振り回したり、暴れまわったりする新成人がまだいるようなことも報じられている。
アドレナリンの分泌が多いことはわかる・・・。
だが、暴れる舞台をまちがってはいないだろうか。
それすらわからないから成人式の式場であばれてしまうのだろう。
はたして、そのような者たちが新成人として式に参加する資格があるのだろうか?
各地で、新成人たちに式を作らせたり、さまざまな取り組みで、荒れる成人式を阻止する試みも行われている。
が、バリケードを作ったり、警察が持ち物検査を念入りにするような成人式は避けたいものだ。
成人するということは、権利と与えられた義務に対する責任を持たされる。
ということだ。 自立した人間としての第一歩から、人の迷惑になる行為を行っても、自分だけよければよいといった考えがあるのなら、成人の免許制度も考えなければならなくなる。
しかしこの制度、つくられて一番困るのは、一定のポジションに立つ大人である可能性も否定できない。
とにかく、新成人を歓迎し、その晴れ着に似合うような日本経済になってほしいものだ。
弧舟を読んでみた。
弧が問題になってきた。
高齢者に限らず、若者にもその波が押し寄せてきている。
そんな状況の中で、退職後の初老の人たち・・・
いわゆる団塊の世代の人たちの現在おかれている立場を代弁するかのような本である渡辺淳一の弧舟を読んでみた。
大手企業の重役クラスにいた人たちが退職後、どのようになってゆくのか・・・
定年が迫ると、最初に選択が迫られる。
飛ばされるか、窓際に追いやられるか・・・・
そして栄転ではなく、たいていの場合、いまのポストとはほど遠い部署に転属させられてしまう。
ここに組織の抗争が加われば、組織内部での勝ち組と負け組がでてしまうことになる。
それを嫌って、退職の道を選択した主人公の威一郎は、いままでの華やかな役職のポジションを持った会社人としての生活から、周囲の環境が一変してしまうことにショックを受ける。
家庭では、普段いなかった時間に夫がいることにストレスを感じる妻など家族との間に葛藤を生じ、その狭間で生きがいを求めて若い女性にすがりたくなってくる。
趣味に走ろうと努力したが、碁の倶楽部もなにもかも、平日に暇つぶしをしているのは、行き場をなくした老人達の集まりに感じて抵抗を持つようになる。
心のよりどころはいままであまり相手にしなかったペットの犬とデートクラブの若い女性・・・・
そしてその犬や女性によって、生きがいを見つけてやる気をもう一度与えられるという展開だ。
60で定年は確かにいまのご時世、高齢化社会となったいまではあまりに早い引退と言わざるを得ない。
確かに若い人たちにも働き先が見つけにくくなってきている昨今ではあるが、生きがい、やりがいのある人生をもっと後押ししてれる世の中でなければ、国民は生きがいをなくしてしまう・・・・。
若者は柔軟性があり、高齢者にはだんだん柔軟性がなくなってくる。
生きがいも、いままでの価値観が構築されてしまっている高齢者であればあるほど、自分の価値観での生きがいしか求められなくなってしまっている。
若者は様々な経験を通して、生きがいをいろいろな角度から見出してゆけるし、方向転換もわりとスムーズに行うこともできる。
これら、年代によるギャップを理解してそれぞれの年代に応じた生きがいをもたらすことのできる社会がこれからの我が国の課題となってくるのではないだろうか。
その道の先駆者は現役を退いた方々が多くいらっしゃる。 そのなかで道を求めて模索し、若者と高齢者がコラボして新たに起業できれば、これからの日本も救われてゆくのではないだろうか。
引退後の人生・・・・
私の場合、自営業だから、自ら引退をいつにでも決められる・・。
が、その後の人生を生きがいあるものにするにはどうしたらよいか・・・。
そろそろ考える時期なのかもしれない。
個と弧
朝日新聞で、個と弧というタイトルで特集記事の掲載が始まった。
私の仕事も、現代の個、そして弧に向き合うことが多くなってきた。
高齢者の弧もそうだが、個が変に重視されてきたことも原因なのかもしれない。
ところで、私の周囲にも多くの未婚者がいるが、彼らも決して結婚を望んでいなかったわけではない。
出会いにめぐまれなかったとか、うまく相手に自分のに思いを伝えられなかった・・・。
などが理由の大半を占めるようだ。
一方で、多くの異性の友達がいて、ときめきをいつももってのびやかに過ごしている人たちもいる。
資本主義が競争原理に基づいているのと似て、恋愛も競争原理があることはわかるが、勝ち組と思っているだけの人たちのみで世の中をまわせるほど世の中うまくはいかない。
いま日本は急激な少子高齢化となりつつある。
結婚での負け組といわれる人たちが個となり、やがて弧となるだけではなく、核家族化、少子化によって、連れ添いに先立たれたり、別れたりで弧となる人も多く出てくる。
一生、ときめきを感じて生きがいのある人生をあゆめればそれでいいのだろうが・・・
そうでない人が多いことも弧が増える原因だろう。
さて、弧になるのは、障害を通じて伴侶にめぐまれなかったなどの原因のほかに、子供のころからでも組織になじめず生じる可能性があることも理解すべきではないだろうか。
そしてこれは、個性に対する日本の考え方がグローバリズムに即していないことがその原因のいったんではないだろうか?
また、それゆえのことなのか、日本では、個性豊かなことはよいことで、それを否定しないが、個人に入り込むな!
といった感情が強くなりすぎるように思うことがある。 しかし、そのことと個性とは少し違うようなきがする。
ただ、本来個々の特性を理解しあい、協調性を持った社会構築が望まれているはずであるにも関わらず、前述のとおり、日本では個は協調性がないとみなされ、弧として扱われていることもまた事実だ。
いま、それでなくても不況、一方で中国の軍事力故事や北朝鮮の挑発にみられるように、日本近海での有事の不安、緊張が高まる中にあって国民の不安が募る中、弧に対する不安は一層募ってきている。
では、これらを改善するにはどうしたらよいのだろう?
本来、個は集団組織を構成する最小単位であるはずだ。
しかし、いまだ日本においては、個を主張すれば弧になる風潮が多い。
特に、古い体質の組織にはこれが多く見受けられる。
幸い、公益法人制度改正にともない、公がさけばれるようになった。
天下りや組織内部の隠蔽体質など、いままでのそれら体質からの脱却をもって公とされるのであれば、個に開かれた組織を再構築する必要があるのではないだろうか?
物質の最小単位が原子であり、それぞれの原子は特有の性質を帯びている。
そしてそれらが協調して地球はできていることを忘れてはならない。
相性のわるい原子同士も含めて地球という組織はできている。
個を尊重し、うまくそれぞれを生かす組織作り!
これをもう一度日本の風土から改める時期になったのではないだろうか?
排他的、利己的な考えを改める必要性が問われている。