ミロス・フォアマン監督
「レナードの朝」とのつながりは病院
「レナードの朝」の病院は神経内科メイン,この映画は精神科メインです
刑務所での労働逃れのため精神異常を装って病院に来たマクマーフィ(ジャック・ニコルソン)が,病棟で独裁的な態度をとる看護師に対抗して奮闘していくお話。
テーマ曲が流れ,オープニングクレジットが終わると, ラチェット婦長(ルイーズ・フレッチャー 1))らが出勤して病院の一日が始まります。
最初に,お薬の時間,Medication time。流れる曲はジャック・ニッチェ2) の曲でMedication Valse(投薬ワルツ)という曲です。美しい曲ですね。
マクマーフィは好戦的で勝手な発言が多く,課せられた労働をサボり,逮捕歴が5回あるつわもの。労働逃れで精神異常を装っているのかどうかを見極めるために病院に入院しました。
患者は円形に座って,ラチェット婦長が仕切って意見交換をします。集団精神療法3)ってことでしょうか。
患者は様々です。
のちにいろいろな映画で活躍する俳優が出ています。
ビリー(ブラッド・ドゥーリフ)
どもりの演技がうまい。母の目が気になって,メンタルが弱いのがよく分かります。
この俳優,ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔(2002)では狡猾なグリマ(蛇の舌)役として出演していました。
テイバー(クリストファー・ロイド)
この映画が映画初デビューでハーディングをいじる役柄でした。
バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985)でデロリアンからタイムマシンを作るドクの役が一番有名でしょう。ドクを見た時,「カッコーの巣の上で」に出ている俳優だとは気づきませんででした。
彼もこの映画がデビュー作です。プロデューサーのマイケル・ダグラスとは舞台時代からの友人でロバート・ゼメキス監督の ロマンシング・ストーン 秘宝の谷(1984)やデヴィート自身が監督したローズ家の戦争(1989)で共演しています。背が小さく(147cm)特徴的なので忘れませんよね。バットマンリターンズ(1992)では敵役ペンギンを演じていました。
フレドリクソン(ヴィンセント・スキャヴェリ)
この役者も特徴的な顔をしているので,出演しているとめだちますね。
ゴースト/ニューヨークの幻(1990)での地下鉄のゴースト役なんかが印象的です。
左:ハーディング(ウィリアム・レッドフィールド),この映画のあとまもなくなくなっています。
右:チェズウィック(シドニー・ラシック),この映画の中のcrazy度は一味違っていました。
すごい,渾身の演技ってところでしょうか。
別のお薬の時間,Medication timeで流れる曲は 「グリーンマイル」で紹介した "Charmaine" です。
しかし,この音がうるさい,野球のワールドシリーズ4) を見たいと言ってマクマーフィは行動を起こします。しかしラチェット婦長が絶対的な管理体制を敷いており,いいように収められてしまいます.
管理者=組織,社会としてのフレッチャー婦長に対し,個人=人間としてのマクマーフィの対立になっています。
反体制,自由と権利の対立といったアメリカンニューシネマの精神を受け継いだ作品になっています。
自由を求めてバスを乗っ取り,釣りに出かけるといったエピソードは自由への渇望をちょっとだけ実現していますね。
でもこれがマクマーフィは危険人物という判断材料になってしまいます。
チェズウィックの "I want my cigarette." から始まった暴動,そして電気ショック3)
チーフ (ウィル・サンプソン)が話せると知って
マクマーフィ I can't take it no more. I gotta get outta here.
もう我慢できない。俺は出ていく
チーフ I can't. I just can't.
俺にはできない。できないよ
マクマーフィ It's easier than you think, Chief.
思ってるより簡単だよ,チーフ
チーフ For you, maybe. You're a lot bigger than me.
あんたにはそうかも。あんたは俺よりも大きい男だ
身長 201cmのチーフがマクマーフィに向かい俺より大きいというのは不思議です。でもチーフの「オヤジはでかかった。酒を飲んで小さくなったところを始末された」という言葉にネイティブアメリカンがいわれのない差別を受けてきたことがうかがわれます。
話せないと偽り,本当の自分を消して生きる事を選び,この精神病院にこもったのではないのでしょうか。
マクマーフィはネイティブアメリカンを差別しませんし,この病院にいるいわゆるイカれた連中も差別していません。
脱走前夜,夜勤のタークル(スキャットマン・クローザース,「シャイニング」でジャック・ニコルソンと共演しています)に賄賂を渡し,女たちを引き入れるという暴挙の末,眠ってしまうという失態
翌日,ビリーがはだかで出てくるとみんなが拍手しますが
ラチェット 恥ずかしくないの?お母さんが知ったらどういうかしら
ビリー 言わないで
ラチェット 誰がそうさせたの?
ビリー マクマーフィ
そのあと,ビリーが自殺し,マクマーフィがラチェットに襲いかかり,首を絞め ,ロボトミー手術3)をされてしまいます。
人間の自由を奪い,感情を押さえつけ,管理者側の思いのままに動かそうとする非人間的な扱いです。
しかも不可逆的処置なのでしょう。
チーフ 今なら逃げられる。俺はバカでかい山みたいに大きな男の気分だ
Now we can make it, Mac; I feel big as a damn mountain.
ここまで言ってマクマーフィの頭に創に気づきます。ロボトミーの創です。
チーフ おまえなしでは行けない。こんなおまえを置いてはいけない。一緒に来るんだ。
I'm not goin' without you, Mac. I wouldn't leave you this way... You're coming with me. Let's go.
そう言って枕を押しつけます。この行為が許されるかどうかは議論の余地があると思いますが,自由を求めていたマクマーフィが生けるしかばね状態で生命を永らえることは望まないことは確かです。
そしてチーフはマクマーフィが動かせなかった浴室の手洗い台を剥ぎ取り,窓に向かって投げ捨てます。
夜明け前のまだ薄暗い中,チーフが走っていきます。ここで流れるテーマ曲が心に沁みます
「カッコーの巣の上で」は,もともとカーク・ダグラス主演で舞台で上演されていました。あまりヒットしなかったようで,息子のマイケル・ダグラスが権利を引き継ぎ,映画化したものです。
原作者のケン・キージーは完成した映画を見て映画製作者たちが自分のプロットと登場人物のすべてを "台無し"にしていたと憤慨し訴訟に発展したようです。最終的には興行収入の2.5%で和解していますが,この映画,1億ドル以上の興行収入があったようですのでたいそうな金額を手に入れています。
ジャック・ニコルソンも低予算(300万ドル)の映画のため少ないギャラの代わりに利益の一部を受け取る契約だったので相当な収入になったようです。
アカデミー賞の主要部門といわれる作品賞,監督賞,主演男優賞,主演女優賞,脚色賞をすべて受賞しました
ある夜のできごと(1934)以来の快挙でした。
その後,羊飼いの沈黙(1991)も5部門受賞しています。
アメリカ映画協会(AFI)の100年シリーズでは以下の部門に選ばれています。
アメリカ映画ベスト100(1998) で20位
この映画はぼくの知り合いで何人かがベストワンにあげている映画ですので,いろんな人の心に突き刺さったんだと改めて感じました。
1) ルイーズ・フレッチャー
この映画でアカデミー主演女優賞を受賞しています。
その後はあまり有名な映画への出演はないようです。でもこの映画の演技はアッパレでした。映画は自由を望む主人公であるマクマーフィよりに描かれていて,ラチェット婦長はすっかり悪者になっています。事実,AFIの選ぶHeroes & Villains (ヒーローと悪役,2003)ではなんと悪役部門の5位にランクインしています。
フレッチャー自身も自分の演技に心を痛め,何年も映画を観ることができなかったと言っています。
でもラチェット婦長は病棟の秩序のため,個々の患者のためを思って行動していただけなのかもしれません。悪意をもって行なったのではないのにちょっとかわいそう
2) ジャック・ニッチェ
作曲家であり,プロデューサー,アレンジャーです。
ローリング・ストーンズやニール・ヤングのアルバム作成にも参加していますが,なんと井上陽水の4枚目のアルバム「二色の独楽」のアレンジもおこなっています。
この映画の音楽担当はアート・ガーファンクルによる提案らしいですが,何かしら関係があったのでしょうか。映画音楽は相当数で担当しています。
スターマン/愛・宇宙はるかに(1984),ナイルの宝石(1985)はマイケル・ダグラスがプロデューサーを行なっているのでそのつながりでしょうか。
スタンド・バイ・ミー(1986)の音楽も担当しています。
でも最も有名どころでは 愛と青春の旅立ち(1982)ではないでしょうか。主題歌 "Up Where We Belong" はBillboard Hot 100で1位になっていますし,アカデミー賞歌曲賞も受賞しています。All Japan Pop 20でも1983/02,第3位のヒット曲でした。
もちろん "Up Where We Belong" はいい曲だと思いますが,「カッコーの巣の上で」のテーマ曲になるオープニングやエンディングに流れるのこぎりを楽器としたといわれる曲は哀愁を帯びて何とも言えません。
3) 集団精神療法
様々な人々と接することで「自分だけではない」という安心感を得ることができます。出席している人たちから,病気の症状や日々の生活上の困りごとへの対処法など,自分に役立つ情報を得ることができます。またグループで自分の言動が誰かの役に立ち,自分自身が必要とされている存在だと感じることができます。
良く映画にアル中や麻薬中毒を克服した人たちの会が出てきますが,そんな感じですね。
電気ショック,正式には精神科電気痙攣療法(ECT)electroconvulsive therapy
電気で頭部を刺激し,脳のけいれんを誘発し,様々な精神疾患によって障害を受けた脳の機能を回復することを目的にしています。精神症状が強く,全身状態が悪化していて副作用などの関係で薬での治療ができない場合などではECTは有効な治療だとしていまだに行なわれている治療のようです。
ロボトミー,前頭葉白質切截術
精神活動をコントロールする前頭前野と情動をつかさどる脳の基底部をつなぐ神経線維を切断するという治療です。医学的に有効であったことが報告され,1949年,この手技を開発したモニスはノーベル医学生理学賞を受賞しています。
しかし意欲や自発性を失い,無気力状態に陥るなど深刻な事例が相次ぎ,現在では実施されなくなりました。マクマーフィのような事例ですね。そもそも,医学的根拠がないのに患者をおとなしくさせるため,反社会性人格障害を対象にして,社会防衛の手段として手術を行なったことが多々あったようです。
4) ワールドシリーズ
1963年のワールドシリーズはニューヨーク・ヤンキースと,このたび大谷翔平選手が移籍したロサンゼルス・ドジャースで争われました。。
マクマーフィがTV見せてもらえないので勝手に中継のアナウンスをしていました。
「ドジャースの投手コーファックスがヤンキースの3番トレシュに2塁打を打たれ,続く4番バッターのマントルにホームラン」と叫んでいましたが,実際にはコーファックスが第1戦,第4戦とも完投してドジャースが4連勝で優勝しています。
来年は大谷君もワールドシリーズに出るかな。楽しみです。