ミロス・フォアマン1) 監督
宮廷作曲家のサリエリはモーツァルトの卓越した才能に驚きつつも,下品な行動にいらだちを感じます。モーツァルトの才能への羨望,そして嫉妬の念を抱き,苦悩の末,モーツァルトを死へと追いやっていくというお話
「カッコーの巣の上で」とはミロス・フォアマン監督つながりですが,そしてヴィンセント・スキャヴェリも出演していました
舞台は18世紀,ウィーンです。宮廷作曲家のサリエリ (F・マーリー・エイブラハム)は時の皇帝ヨーゼフ2世2) に仕えていました。ウィーンと言えば現在ではオーストリアの首都ですが,この当時オーストリアはハプスブルグ家が統治してハプスブルグ帝国と呼ばれていて,神聖ローマ帝国の領域のひとつでした。
皇帝がオペラを依頼するためモーツァルト(トム・ハルス3) )を呼び出します。
その時,サリエリが苦労して作った歓迎のマーチを皇帝自らが弾きます。
モーツァルトはその曲を一度聞いただけで,楽譜も見ずに弾いてしまいます。
しかもダメ出ししたうえ,訂正して,見事に仕上げてしまいました。
これにはサリエリはショックでしょう。
通常,楽譜の原本は,練りながら作るのでいくつもの加筆訂正があるものです。
しかし,全くの訂正のない楽譜はモーツァルトの頭の中でできあがったものを書き写しただけの完璧なものでした。
音符1つ変えるだけで破綻が生じ,楽句1つで曲全体が壊れる,そんな楽譜を見てサリエリは思い知りました。
モーツァルトの音楽は偶然の作品ではなく,神の声による響きなのだと。
五線紙に閉じこめられた小さな音符のかなたに至上の美を見たとも言っていました。
サリエリはモーツァルトの作曲があまりに完璧であるため,モーツァルトは真の作曲者である神の器に過ぎないと考えたのでしょう。
ちなみにモーツァルトの正式名称はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト,ミドルネームでこの映画の題名である 「アマデウス」 はラテン語で「神の愛」を意味します。
ついでにこの場面の撮影でコンスタンツェが食べていたNipple of Venus (天使の乳首)とはマジパンの塊だったそうです。マジパンとは正式にはマルチパンと言ってアーモンドの粉と砂糖を混ぜたお菓子でクリスマスケーキの上に乗っているサンタクロースのようなのイメージです。お菓子と言ってもお飾りなのでおいしくないですね。
彼女もまずいと思いながら,吐き出せることを知らずに15個ほど食べてしまい気分が悪くなったと語っていました。
サリエリも宮廷作曲家としてヨーゼフ2世に仕えていたわけですから,いわゆる「勝ち組」にいるわけです。
しかしモーツァルトの天分を見抜く能力があったが故にモーツァルトが天才だということを誰よりも理解しました。
モーツァルトは天才,Gifted (ギフテッド)なのです。
天才と非天才 (凡人というにはサリエリがかわいそう),この2人の対比がこの映画の中核になっています。
これでモーツァルトが人格者であれば何の問題もなく,サリエリも負けを認め,尊敬のまなざしで接するだけだったのでしょう。
神に認められた人間(モーツァルト)が好色,下劣,幼稚な若造であり,自分(サリエリ)にはその天分を見抜く能力だけが与えらたことが極めて理不尽だと感じ,十字架を焼きます。
そして殺意が芽生えます。
でも,モーツァルトは飲めば陽気で,流れている曲をバッハ風に弾いたり,サリエリ風に弾いたり,一緒にいるとものすごく楽しそうな人ですね。劇中ではヘンデルは嫌いだと言っていましたが本当のモーツァルトはヘンデルを尊敬していたようです。
この映画にはもちろんたくさんのモーツァルトの楽曲が流れます。
クラシックファン,モーツァルトファンにはたまらないでしょうね。
モーツァルトは生涯,17ものオペラを完成させています。未完成のオペラやオペラの範疇に入らない歌劇も含めるともう少し多いのかもしれません。
そのうち5大オペラと言われるのが,「後宮からの誘拐」,「フィガロの結婚」,「コジ・ファントゥッテ」,「ドン・ジョバンニ」,「魔笛」です。
まず,ドイツ語でのオペラを強く押して完成させた「後宮からの誘拐」
上演のあとで皇帝がモーツァルトに「音符が多すぎる」と言ったのに対し,モーツァルトが「そんなことはない。ちょうどよい数です」と答えたという場面がありますが,このエピソードは事実として伝わっています。
次に禁止されていたはずのバレエのあるオペラ,「フィガロの結婚」
しかし,皇帝があくびをしたので9回で公演中止。長すぎたからでしょう。3時間くらいになります。
このオペラで伯爵夫人がスザンナに手紙を書かせる二重唱の場面は「そよ風に寄せる」という別名で呼ばれ,「ショーシャンクの空に」でアンディがレコードの曲を刑務所全体に流した曲です。
「ドン・ジョバンニ」も5回で公演打切りになります。
「アマデウス」は「ドン・ジョバンニ」序曲の冒頭の演奏から始まり,サリエリの「モーツァルト,モーツァルト」と叫ぶ声に続きます。
この部分の曲は父がウィーンに出向いた時や亡くなったあと黒いマスクの人物が現れる時にも流れ,象徴的に使われています。
「ドン・ジョバンニ」は女たらしのとんでもない男で,だました女の父親の亡霊によって地獄に堕ちるといった内容です。モーツァルトは亡くなった父と「ドン・ジョバンニ」の登場する亡霊を重ね合わせて,自分のだらしない生活を責めていると感じたのでしょうか。
そしてだんだん弱っていき,「魔笛」の演奏中に倒れてしまいます。
サリエリが家に運び,書きかけのレクイエムを完成させます。
そして精根尽き果て死んでいきます。
モーツァルトは最後までサリエリはいい人だと思っていました。
この映画は,アカデミー賞の作品賞,監督賞,主演男優賞 (F・マーリー・エイブラハム),脚色賞,美術賞,衣裳デザイン賞,メイクアップ賞,音響賞と8部門を受賞した作品です。
主演男優賞にはトム・ハルスもノミネートされていましたが,現実にはモーツァルト役よりサリエリ役が選ばれました。
この年のアカデミー賞作曲賞は インドへの道(1984)のモーリス・ジャールが受賞しています。
彼は受賞のスピーチで「アマデウス」がアカデミー賞作曲賞にノミネートされなかったことに感謝の意を表しますと言いました。
「アマデウス」のエンディングクレジットで流れたピアノ協奏曲 第20番, K.466,第2楽章は非常に美しい曲です。作曲賞にふさわしい。
オープニングクレジットの交響曲 第25番, K.183もいいです。ちなみにこの曲は,モーツァルト 17歳の時に作った曲です。
残念ながらこれらの音楽は映画「アマデウス」のための作曲ではないのでモーツァルトはノミネートされていません。
個人的にはこの年の作曲賞には「ナチュラル」のランディ・ニューマンに受賞してほしかったです。
アメリカ映画協会(AFI)のアメリカ映画ベスト100(1998) で53位に選ばれています。
1) ミロス・フォアマン
チェコスロヴァキア出身です。
両親は第二次世界大戦中,プロテスタントで反ナチスのレジスタンスに参加したとしてナチスに逮捕されました。ふたりともアウシュヴィッツなどで死亡しています。
「プラハの春」を弾圧するためのソ連によるチェコスロヴァキアへの軍事侵攻を機にアメリカに移住しています。
カッコーの巣の上で(1975),アマデウス(1984)で2度,アカデミー賞監督賞を受賞しています。
「アマデウス」の舞台はウィーンですが,撮影はプラハでおこなわれました。
2) ヨーゼフ2世
ハプスブルク家の当主でマリア・テレジアは母親です。またマリー・アントワネットは妹に当たります。
オーストリア=ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝(在位1765~1790年)で同時にオーストリア大公として統治しています。
ハプスブルク家が支配したオーストリアは現在のオーストリアだけではなく,その周囲のチェコ,スロヴァキア,ポーランド南部,北イタリアも含みました。さらにオスマン帝国からハンガリーも奪い広い範囲を支配しました。
ウィーンはそのハプスブルク帝国の首都として大いに繁栄したようです。
ヨーゼフ2世はイタリア人が占めていた音楽の分野でドイツ音楽を意識してモーツァルトを実際に宮廷音楽家として雇っていたことでも知られています。ただ,かつて強引に謁見した父レオポルトに反感を抱いていた母マリア・テレジアや宮廷から嫌われたことから,モーツァルトにはたいした仕事は依頼しなかったようです。
3) トム・ハルス
「アマデウス」の撮影前にはギターの弾き方しか知りませんでした。ミロス・フォアマンは,ごまかしはきくが,ピアノを弾けるようになればいいと言ったところ,ハルスは半年間,毎日6時間かけてピアノの弾き方を学び,映画に登場するモーツァルトの曲はすべて弾けるようになったそうです。半年で本当に弾けるの?才能があるのかも。
「アマデウス」以外にはあまり有名な映画には出ていませんが,なんといっても,ジョン・ランディス監督,ジョン・ベルーシ主演のアニマル・ハウス(1978)が印象的です。