新型コロナウイルスの感染拡大で、ぼくがお手伝いに行っている高校も明日からしばらくの間休校になってしまいました。
3年理系向けの物理講座公開はサイトマップ3「物理ネコ教室」で全ページ読めます。ご利用下さい。次のバナーからアクセスできます。まだ、2年向けの公開ははじめたばかりなので、サイトマップには記載していません。あしからず。(*1)
(*1)順次、サイトマップは更新しています。2年向けの内容もサイトマップに載せていっています。
では、2年生講座第2回。今回はいよいよ「力のモーメント」です。これは、テコの研究からはじまります。テコといえば、アルキメデス。「足場があれば、テコで地球も動かしてみせる」なんてことをいったとかいわないとか、有名な逸話がありますね。
ということで、今回の冒頭イラストはアルキメデスさん。古代ギリシャの方なので、当然当時の肖像画はありません。後世の人がああでもないこうでもないと想像して描いた肖像画や像があるだけで、当然どれも違う顔です。上の肖像画は像からイメージをもらいました。また、別の肖像画をもとにしたイラストも描く予定ですが、今回はこちらの絵で。
さてさて、プリントの方は、例年、1時間をたっぷり「法則発見」遊びに使っています。
まず、プリントの前半を見ていただきましょう。
「1.剛体に働く力のあつかい方」はかんたんですが、非常に重要な内容です。ぼくは必ず実験を見せながら紹介しています。
大きさを持った物体を扱うのはこれが初めて。じつは1年でかなり高度な力学までやってきたとはいえ、ここまでは暗黙の了解で「物体の大きさはない」ものとして計算してきています。
どういうことかというと、大きさを持った物体は、ただ動くだけでなく、回転もします。例えば机を押したとき、机は滑って向こうへ動くこともありますが、滑らずにどたんと倒れることもありますね。でも、今までは「机が倒れるという現象は起こらない」ものとしていたのです。それは「物体に大きさがない」ことと同じなんですね。
大きさはないが質量はある物体は、理想的な存在です。専門用語では「質点」といいます。これまで物理で扱ってきた物体はすべて「質点」だったのですね。
大きさのある物体、すなわち剛体は、どこを押すかによって、回転のしかたが異なります。ということは、剛体にかかる力を考えるときは「どこに力がかかっているか」が新しい重要要素になってくるのですね。
これまでは力のベクトルをどのように平行移動させても、物体の運動はかわらないという前提で扱ってきました。
でも、剛体を扱うときには、力のベクトルの平行移動は「回転の効果がかわらない」範囲内でないとやってはいけなくなります。
それは、どういう条件でしょうか。あとで、書き込みプリントを見てみましょう。
さて、この講座の最大のポイントは「2.回転をきめる量」です。
図にあるテコの装置と同じものを黒板に用意し、図の(1)〜(3)のパターンでつりあう重りの数を予想します。(これもけっこう間違えますねえ)
それが、できたら、その実験結果を受けて、(1)〜(3)に共通することは何かを捜してもらいます。
共通の量が何か、見抜けるでしょうか?
これは、物理学者が物理現象の法則を見抜くときの思考を追体験してもらうための遊びです。
本当は、何人もの学者が何年も何十年もかけて研究するテーマですので、一時間くらいで発見できるはずがありません。でも、ある程度実験のお膳立てをしてあるので、ここからなら、現代人のみなさんだと、ある程度までは見抜くことができるんですね。
とはいえ、非常にハードです。法則をある程度までは見抜けるのですが、最後のピースまで解き明かせずに講座終了が近づく、というのが例年のケース。最後のピースを見抜ける人は、2〜3年に一人か二人、という状態ですね。まあ、そういう場合は、こちらも大興奮なわけですが。
こちらも、書き込みプリントをご覧ください。
というわけで「3.力のモーメント」以降が次回の講座、ということになります。でも、この講座は毎回大人気で、終了後は「毎回こういうのだったら、本当に楽しい!」といわれます。
・・・いやいや、毎回やってたら、教科書の内容が終わりませんがな・・・ごめんね。
実際の講座とは違う区切りになりますが、ここではプリントの左半分まで解説しておきましょう。
さあ、「3.力のモーメント」です。これはアルキメデスではなく、ガリレオが研究して見抜いた内容です。高校のカリキュラムでは物理基礎で運動の法則やエネルギーが終わってから、物理で力のモーメントに入ることになっていますが、科学史においては、力のモーメントの方が運動の法則より前に発見されているんですね。運動の法則を見つけたニュートンが生まれたのは、ガリレオが死んだ年です。
さて、高校生にとっては、この「力のモーメント」はある点で非常にわかりづらい内容になっています。この分野では、よく、入試問題の解説や、模試の解説を読んでも、何が書いてあるのか式の意味がわからない・・・と、相談を受けます。
それは、この「3.力のモーメント」の内容の半分、はっきり書けば(b)のやり方を忘れてしまっている(あるいは、最初から無視してしまっている)のが原因です。
(b)が理解できれば、むつかしいと敬遠されがちな「力のモーメント」は、ぐっと簡単なものになります。これも、書き込みを見てから、解説します。
まず「1.剛体に働く力のあつかい方」から。
図に描いてある通り、力のベクトルは作用線上で平行移動する限り、物体への回転の効果が変わりません。図にあるような簡単な実験(バットでなくても、教室にあるホウキでかまいません)をすれば、押す位置によって物体の回転方向が逆になったり、回転しないことがあったりするのを見せることができます。
「力のベクトルを平行移動してよいのは作用線上だけ」というルールを忘れてしまうと、のちに作図によって剛体のつりあいを考えるときに大失敗します。
いよいよ、「2.回転をきめる量」の「法則発見」遊びです。
まず、重りの数を予想する実験ですが、これは、間違う人もいるけれど、順当な結果を予想できる人はけっこういます。とくに(3)の斜めに引っぱる場合が難しいのですが、これも装置で見せます。
まず、実験結果から。(1)(2)は・・・
これは、かんたんですね? でも、じつはこのおもりの数の予想を間違える人、毎年、ちらほらといるんですね。これは、シーソーの原理とでもいえばよいのでしょうか。子どもでも、公園のシーソーで遊んでいるとき、体験的に知っている場合があります。
さて(3)は・・・日常生活の中で、(3)の実験にあたる経験を持つ人はほとんどいないでしょうから、理屈で考えるしかありません。結果は・・・
おもりは2個でした。
さて、今度はいよいよ「法則の発見」です。
テコがつり合っている(1)と(2)に共通するのは、どんな性質でしょうか?
これは、必ず見抜ける人がいます。
「テコの左側と右側で、おもりの数と支点からの距離をかけた値が、どれも同じになる」と答えた人が正解。
(1)はテコの左側がおもり1で、距離4に対し、てこの右側ではおもり4で、距離が1。(2)では、テコの右側ではおもり2で、距離2。いずれもおもりの数×距離=4となっています。
おもりの数は、おもりの重さを決めます。つまり、テコを引っ張る力です。支点からの距離は「うで」と呼びます。
だからこれは、「テコがつりあうときは左右で『力×うで』が同じになる」という法則ですね。
でも、これではまだ完全に法則を見抜いたとはいえません。(3)が残っているからです。
テコを引っ張るおもりは2個。(2)と同じですが、支点からの距離は(2)の2倍で、4めもり分ありますね。これだと「力2×距離4」でかけた値は「8」になってしまい、今までの「4」と食い違ってしまいます。
ここで、質問をします。
「この(3)でも、(1)(2)と同じように、力×うで=4となっているとすれば、この実験結果はどう考えたらいいか?」
さすがに、これは苦労します。
しかし、例年、ちゃあんと、見抜く人が現れるんですね。
「2の力を、テコに垂直な方向と平行な方向に分解すると、垂直な方向の成分が1になります。その1を力と考えれば、(3)も力1×距離4=4となって、(1)(2)と同じです」
お見事!
剛体の力のつりあいが、垂直な力とうでの組み合わせで決まっているということが見えてきます。
でも、じつはこれでも、剛体のつりあいのひみつは、完全にわかったとはいえません。
最後の質問をします。
「今、力を分解するとてこに垂直な力が1になり、力×距離が4になる、という正解が出ました。でも、別の見方もできます。この力をそのまま2と考えれば、力2×距離=4となりますね。そうすると距離は2ということになります。この実験で、2の距離がかくれているはずなので、それをみつけてください」
これが超難問。よほど頭のやわらかい人でないと、発見できません。2〜3年に一人二人しか見抜けないといったのは、そういう意味です。
しかも、いきなり見抜ける人は少なくて、勇気ある人たちがつぎつぎに間違いの答を発表していくのを聞いていて思いつく、という例が圧倒的に多いですね。間違いが正解を導くわけで、これは、研究者が実際に研究する場合にもよく起こることです。というより、ほとんどのケースが間違いから生まれるといった方がよいでしょう。
さて、その間違い例の代表を紹介しましょう。
「テコの糸がかかっているところから、滑車までの、テコに垂直な方向の長さ」という答。これは、毎年登場します。
これが間違いなのは、テコのつりあいを保ちながら、滑車を下ろしていけばすぐにわかります。
ほら、テコから滑車までの距離はどんどん増えていきますから、距離2になる、というわけにはなりませんね。
でも、さきほど書いたとおり、こういう見当違いの意見を聞いていて、ふっと別の発想を思いつく人がいるんですね。
では、2〜3年で一人二人しかいないというその大発見を紹介しましょう。
それは・・・・
・・・・
・・・・
じゃじゃ〜ん!
これです。
「糸の方向に線をのばして、支点からその線に垂直に下ろした距離が2です」
大正解!
力2をこのプリントの最初で学んだ「作用線上は平行移動できる」を利用して、垂線の足のところへ移動させると、力2と支点からの距離2(これこそが、「うで」の本来の定義になります)が垂直な関係になり、かけるとちゃんと4になることがわかります。
ここまで見つかると、もう大拍手ですね。めったに見られない光景ですが。
ぼくは、こういう発見遊びをときどきやります。科学を本格的に学ぶなら、失敗の経験は避けては通れない「科学の王道」だからです。
もちろん、力を分解する方法を思いついた時点で「剛体のつりあいの法則発見」は成功しているのですから、最後のオマケは成功しても失敗してもかまいません。
こうして、ついにガリレオが見つけた「3.力のモーメント」について、高校の教科書でならう計算方法を学ぶことができます。楽しんだ分、記憶の定着も段違いによいですね。
さて、いま見つけた剛体のつりあいに必要な新しい物理量「力×うで」は、力のモーメントと呼ばれます。
第1のポイントは、力とうでが垂直である、ということ。これは、たいていの人は忘れません。
第2のポイントは、力と腕が斜めの関係にあるとき、力×うでの計算方法が2種類あるということ。このプリントで(a)(b)と描いてある図がそれです。
(a)は理解しやすい。ほとんどの人がこちらの計算方法を好みます。
問題は(b)です。
力のモーメントがわからなくなる人は全員が(b)の計算方法を忘れてしまったか、そもそも覚えていない人です。
つまり(b)の理解こそが、力のモーメントがわかるかわからないかの境目です。
(b)は、発見遊びでは正解者がめったに出ません。ということは、普通の感覚では思いつかない計算方法ということですね。したがって、この計算方法を身につけるのには、練習が不可欠です。
でも、これが本来の計算方法なのですから、ぜひ身につけたいところですね。
なお、2年生でこの分野を習うときには、すでに三角関数を理解していますので、力のモーメントの式をN=F・L ・sinθと書いて教えてもよいのですが、この公式は、大学で習うベクトルの外積を理解していないと、ほとんど役に立ちません。
一方、仕事の定義の式W=F・s・cosθは、高校でも習うベクトルの内積に当たりますので、数学で内積を学んだ後にその視点で式を見直すことには意味があるでしょう。でも、仕事を最初に習うのはまだ三角関数を学んでいないときが多いので、これもその時点では意味がないですね。
ぼくは、こういう余分な公式は、受験にとってもじゃまなだけだと考えています。物理量の定義として必要なのは、力のモーメントなら「力と力に垂直な方向のうで」であり、仕事なら「力と力の向きの移動距離」です。サインやコサインの式は、その定義から自分でつくればよいのです。
おっと、忘れていました。
3(問)ですが、これは力のモーメントの合計の練習です。でも、この問題は、力のモーメントの和がゼロのとき物体が回転しないことをイメージするように作っています。力のモーメントの合計が正なら物体は左回しに回転し、負なら右回りに回転します。
せっかく、力のモーメントが計算できるようになったのですから、こういう計算をして、物体がどう回転するかを判断できるようになりたいものですね。
今回はこのへんで。いつもと違って、プリント半分だけですが、内容が盛りだくさんだったので、これでよかったかなと思っています。
では、また。
※新型コロナウイルスをさけてお家にひきこもりがちな毎日。よろしければ、『さりと12のひみつ』や『いきいき物理マンガで冒険』『いきいき物理マンガで実験』で、充実したサイエンスライフをお送り下さい。Amazonへのリンクは下のお知らせのバナーで。
【追記】またまた、3の(問)についてのコメントを書き忘れてしまいました。追記しておきました。
・・・やれ、やれ。
関連記事
〜ミオくんと科探隊 サイトマップ〜
このサイト「ミオくんとなんでも科学探究隊」のサイトマップ一覧です。
*** お知らせ ***
日本評論社のウェブサイトで連載した『さりと12のひみつ』電子本(Kindle版)
Amazonへのリンクは下のバナーで。
『いきいき物理マンガで冒険〜ミオくんとなんでも科学探究隊・理論編』紙本と電子本
Amazonへのリンクは下のバナーで。紙本は日本評論社のウェブサイトでも購入できます。
『いきいき物理マンガで冒険〜ミオくんとなんでも科学探究隊・実験編』紙本と電子本
Amazonへのリンクは下のバナーで。紙本は日本評論社のウェブサイトでも購入できます。