2日前、オクサンのクルマに雷が落ちました。
町外れのコンビニの駐車場で、オクサンがクルマから降りようと扉をほんの少し開けたとき、落雷に遭ったのです。
轟音と光がいっしょに来て、一瞬、目の前が真っ白になったそうです。クルマを降りたら、コンビニの外にいた客が目を丸くしてこちらを見ていたと。そりゃ、そうでしょう。
クルマに落雷しても、中にいる人は安全で、クルマそのものも特に異常はないというのが、物理学の教えるところ。
オクサンはぴんぴんしていましたし、クルマは塗装がちょっと剥げただけで、普通に動いています。
でも、ほんとうに運がよかった・・・
落雷があったとき車中にいたのが、幸運でした。もし、一歩外に出たときに落雷があれば、クルマから「飛び火」して人体にも落雷していたでしょう。外に出なくても、扉をもう少し開いて、足が地面についていたら、危なかったかもしれません。
落雷の話は「物理ネコ教室」の講義として紹介する予定だったのですが、こういう事件が身近に起きたので、予定を変更して、落雷の原理とその対処法を書くことにします。
(冒頭のイラストはオクサンではなくとっぴくん。他の記事のために用意してあったイラストですが、話題にぴったりなので使用しました)
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さて、マンガやアニメで、落ちてくる雷をひょいっと避けるシーンがあります。雷は雷雲と地上との間に流れる大電流ですが、なんとなく、上から下へ落ちてくる感覚がありますね。だから「落雷」と書くわけですが。でも、後の説明を見るとわかりますが、雷は上から下へ落ちてくるわけではありません。
これに限らず、雷に関しては、流布する誤解がかなりあり、ときどき新聞記事にも間違いが見られます。命に関わることですから、正しい知識が必要ですね。
では、落雷と静電気のお話を始めましょう。
Q 雷が鳴っているとき、次の1〜6のケースで、危険なものと安全なものを分けなさい。
1.大きな木の下に立っている。
2.金属を身につけている。
3.町の中で、建物の間に立っている。
4.ひろい野原に立っている。
5.手作りの小さな小屋の中にいる。
6.自動車の中にいる。
・・・ちょっと、考えてみて下さい。
・・・どうですか?
6.のクルマの中は、最初にあげた実例からわかるように、もっとも安全なケースです。でも、雷が鳴り響いているとき、金属製のクルマの中にいるのは、怖い気もします。
電場の中に、金属などの導体を入れた場合、電気力線は上図のようになります。
電場というのは、電気的に一種の緊張状態にある空間のことです。こすって帯電させた下敷きの近くに手の甲を近づけると、産毛がざわざわと逆立ちますね。あれは空間が電気的に歪んでいて、その歪みに従って産毛が逆立つのです。
図の矢印は電気力線といって、電場の様子を目に見えるようにするためにしたものです。力線と呼ばれる矢印は、ファラデーが磁石の回りに鉄粉を巻いたときにできる模様から考え出したもので、今でも電場の様子を表すのに使われています。
さて、導体中には原子が無数にあります。原子は正電荷を持つ原子核と負電荷を持つ電子からできていて、導体の場合はこの電子の一部が原子から離れ、原子間を自由に動いています。これを自由電子といいます。自由電子が離れた原子は負電荷が足りなくなって正のイオン(陽イオン)になっています。
電場中に金属を置くと、金属中の自由電子が、電場とは逆向きに静電気力を受けて移動します。自由電子は図の金属の上部にたまりますから、ここは電子が過剰で、負に帯電します。一方、図の金属の下部では、移動した電子の分だけ電子不足になり、正に帯電します。
上下にたまった正負の電荷が、正から負に向かう新しい電場をつくります。この場合は、下から上に向かう電場ですね。図の上では、下から上に向かう電気力線が追加されることになります。
もともとあった下向きの電気力線と新しくできた上向きの電気力線は打ち消し合って消えてしまい、金属内部では電気力線がなくなります。つまり、金属内部では電場がゼロになるわけです。
電場がゼロということは、電気的な緊張状態がなくなるわけで、外部の電場の影響は消えてしまいます。これを物理学の専門用語で「静電遮蔽(静電シールド)」といいます。
6.のクルマの中は、まわりを金属で囲まれていて、静電遮蔽状態になっています。電気的な無風地帯になっているのですから、仮にクルマに落雷することがあったとしても、内部はなんの影響も受けないんですね。落雷から身を守るとき、この静電遮蔽という知識は必須です。
この場合の電場を電気力線で描くと次の図のようになります。
電気力線がクルマの外側だけにあるのがわかりますね。内部には電場がなく、安全地帯になっていまs。雷はこの電気力線に沿って流れますので、仮に雷がクルマに落ちても、クルマの表面を伝って地面に流れ、電流がクルマの内部に入りこむことはありません。クルマの中の人(赤い色で示してあります)は安全です。
5.の手作りの小屋はどうでしょう。よくキャンプ場などでみかける雨しのぎの小屋ですが、屋根が金属、壁は木造というのが一般的です。こういう小屋は、一回りしてアース線を確認してみて下さい。シロウトが建てた小屋の場合、アース線が無い場合があり、危険です。この場合は、屋根だけが金属部分なので、屋根の内部は静電遮蔽されて電場がゼロになっていますが、肝心の人間はその外にいますから意味がありませんね。次の図のように、屋根の下部から出た力線が人間の頭部につながりますので、雷が落ちたときは人体に電流が流れ、危険です。小屋の中やテントの中で落雷に遭うというのは、こういう場合です。
でも、屋根から地面にアース線(大地アースにつなぐという意味の言葉で、実体は金属線です)が引いてある場合、地面と屋根の間で自由電子が移動できますので、クルマの中と同じ静電遮蔽ができます。
電気力線は図の通りです。アース線が引いてある小屋の内部は電場ゼロになり、安全ですね。
なお、アース線が引いてあっても、古い小屋の場合、アース線が切れている場合がありますので気をつけて下さい。これは住居の場合も同じです。
4.広い野原にぽつんと立っている場合は・・・非常に危険です。なぜでしょうか。
このケースは、落雷に関連して、電場の理解に重要な話がからみますので、少し詳しくお話しします。
この図を見て下さい。
赤いのが金属などの導体です。正に帯電している様子を描いたものです。
図を見てすぐに気がつくのが、電荷の分布が一様でないことです。
正電荷同士は互いに反発しますので、互いに押し合った結果、角の部分に電荷が密集するんですね。
電気力線の本数と電気力線を作っている電荷量には密接な関係があります。この図では電荷1個から電気力線が1本出るように描いてあります。また、ここでは詳細は省きますが、電気力線は導体表面に必ず垂直になります。図の垂直マークはそれですね。
この2つのルールに基づいて電気力線を描くと、上の図のように、密集した電荷から出てくる電気力線もまた密集することになります。
電気力線が密集している場所では電場が強くなっていますから、上の図では、導体の角の部分、つまり尖ったところの周辺の電場が強くなっているのがわかります。
電荷量が多いと電場も強くなり、あまりに電場が強いと、周辺の空気にも異変が生じます。
通常は、原子核の回りの電子の分布が電場から力を受けて変形し、原子1個1個が正負の極に分かれる誘電分極と呼ばれる現象が生じます。
でも、電場が強すぎると、図のように、原子核の回りの電子の一部が引きちぎられ、原子から遊離してしまうんですね。電子を失った原子は陽イオンとなり、遊離した電子と共に、一種のプラズマ状態を作ります。正負の電荷を持った粒子がいっぱいあるので、電場によってそれが力を受け、陽イオンは電気力線と同じ向きに、遊離した電子波電気力線と逆向きに、動き始めます。
つまり、空気中に勝手に電流が生じるわけです。
これが、雷が落雷する直前に生じる「お迎え放電」と呼ばれる現象の正体です。(*1)
さあ、用意がととのったので、最初の問題に戻りましょう。野原にぽつんと人が突っ立っているケースです。
普通は、地面も人間も金属のような導体とは見なせませんが、雷のように高い電位差の現象では、むしろ金属と同じ仲間として振る舞います。電流の元となるイオンを含む水分に満ちている地面や人体は、自由電子を持つ金属と同様な導体とみなせるんですね。
すると、地面と人間は、導体として一体となっているわけですから、平面から針のような人間の体が突き出ている形になります。つまり、人間が先ほどの図の「尖った場所」になるんですね。
電気力線は、当然、尖ったところに集中し、その周辺は強い電場になります。当然、空気はイオン化して遊離電子と共にプラズマ化し、局所的な電流の流れる状態になります。
雷が落ちるときの様子を高速度撮影すると、落雷の前に下の図のような放電光が観測できます。これが「お迎え放電」と呼ばれる現象。その正体は、プラズマの局所電流です。
雷雲から伸びるプラズマの局所電流と、人間から伸びるプラズマの局所電流がつながると・・・
大電流が流れ、落雷となります。
よく、木や建物に落雷するのは、それが高い場所まで伸びていて「雷雲に近いから」などと誤解されますが、まったく違います。
より尖ったところ、電場が強く、プラズマ電流がある場所に雷は落ちるんですね。
4.広い野原に立っている人の周辺は、今述べたように電場が強く、プラズマの局所電流が生じていますから、非常に危険な状態であることがわかります。
なお、最初に紹介した「落ちてくる雷を避ける」アニメの話は、これで誤解が解けたと思います。
雷は「天から落ちてくる」のではなく、すでに「自分から伸びている」のです。どんなに素早い動きができても、雷を避けるなんて、不可能ですね。
さて、ここからは現実的な話になりますが、広い野原にいるとき、雷雲が近づいてきたらどうしたらいいでしょう。
クルマもなく、アースされた小屋もない・・・
答は・・・
尖らない。
・・・
え? わからないですか?
こうですね。
しゃがみます。
しゃがむことで、体が丸まり、地面から突き出た「尖った場所」が最小限に小さくなります。まったく安全というわけにはいきませんが、次善の策としては有効。回りに高い木があれば、雷はそちらに落ちてくれます。
じゃあ、寝転がった方が平ぺったくなっていいと思ってしまいますが、これは別の意味で危険。
木などに落雷すると、その電流は地下深くに入りこまず、地表面を流れます。これを地電流といいますが、地面にべったりくっついて寝転がっていると、この地電流の直撃を受けることになりますから、却って危険なんですね。
知識が中途半端だと「生兵法は怪我の元」のことわざ通りの結果になります。くわばらくわばら。
3.町中で立っている場合はどうでしょう。
図を描けばわかりますが、雷雲から地面までのスケールを考えると、建物の尖りの方が人間の尖りより目立ちます。さらに、建物の一番上には避雷針とよばれる針状の金属が天に向かって突き出ています。(図には描かれていません)この避雷針はむしろ誘雷針というべき装置で、尖った避雷針の周辺は電場が強く、雷の落ちやすい状態をわざと作っています。
避雷針は地面にアースされていますので、落ちた雷は地面に逃げ、建物を害することはありません。建物の間を歩く人にとっても、避雷針が自分より尖った「誘雷針」の役目をしてくれるので安全なのです。
したがって、建物が乱立する町中は比較的安全な場所、ということがいえます。
2.金属を身につけている場合はどうでしょうか。
新聞記事でも、よく、落雷があったときの記事で「身につけていた金属に雷が落ちた」などという表現があります。
今まで紹介してきたように、雷にとって、人体は金属と同じ導体なのですから、雷が落ちないように身につけていた金属の装飾品を外すというのは、効果がありません。気休めになるくらいですね。
よくゴルフ場で落雷にあったり、傘を差していて落雷にあったりしますが、ゴルフクラブや傘の軸が金属製だから落雷したわけではありません。どちらも、「尖っていた」から落雷したのです。
そんなものがなくても、雷雲の真下、なにもない野原で、天に向かって人差し指を差し上げれば、尖った指先に雷がやってきます。(まさかやる人はいないと思いますが、やらないでくださいね)
最近、ようやく新聞記事からもこうした記述が消えてきましたが、ときどき、知識のない記者が誤解に基づいた記事を書くことがあります。正しい知識を身につけて、踊らされないようにしましょう。
1.木の下に立つ・・・一見、安全そうですが、むしろ危険。いや、かなり危険です。
木の葉っぱ部分は水分も多く、導体と見なせますが、木の幹はほとんどコルクでできていて、不導体です。雨の日は雨水が表面を覆って導体化するケースもありますが、小屋の壁と同様に不導体と考えておいた方が賢明でしょう。
つまり、このケース、5.のケースの「アースなしの小屋」と似ているんですね。
緑色の葉っぱ部分が小屋の屋根に当たります。雨宿りしている人との間に電気力線が走っているのがわかりますね。
木に落雷すると、電気力線に沿って、人間にも大電流が「飛び火」します。
雷が鳴っているとき、このように大きな木の下に逃げ込むのは、絶対にしてはいけません。
だいたい、こんなところでしょうか。
最後に、いままでの解説の絵を1枚にまとめた絵を載せておきます。
雷の季節には、十分気をつけてお出かけ下さい。
安全なクルマがあるといっても、クルマの乗り降りの際に落雷があれば、非常に危険です。
あとは運頼み、ですかね。
(*1)お迎え放電:ずいぶん昔のNHKの科学番組(たぶんウルトラアイだったと思います)で、この名称を聞きました。他に適当な名称も思いつきませんので、そのまま使っています。
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