ひと昔前は「高校教師」や「家なき子」に代表される野島伸二脚本のテレビドラマの音楽を数多く担当し、最近では「砂の器」の音楽を手掛けた千住明の作品に注目だ。壮大にして過剰なまでに劇的なカンタービレ。しかしながら、その音楽は不自然ではなく聴き手をその世界(ドラマ)へとスマートにエスコートするのである。シリアスな題材やNHKのような少し「お堅い」番組の音楽でその本領は発揮されており、音楽の語り口にはこぞって一貫性を感じることができる


しかし、ここで紹介する音楽はシリアスでもなければお堅いNHKでもない。壮大なファンファーレに始まり流麗にして堂々たる金管と弦の響き。華麗にしてドラマティックな音楽はここでも健在であり、展開部でのメロディアスなサウンドは、美しくも劇的。番組を知らずとも、この作品の魅力に引き付けられるはずだ。千住の意外な一面ともいえるサウンドであり、放送音楽の域を超えた魅力を孕んでいるともいえるかもしれない。


【推奨盤】
ハンス・ロットをこよなく愛する『乾日出雄の勝手な備忘録』
小松長生/新日本フィルハーモニー交響楽団[2006年4月録音]
【EMIミュージック・ジャパン:TOCT-26733】

シューベルトの『死と乙女』という弦楽四重奏曲がある。これをマーラーが弦楽合奏に編曲したものを今日は紹介したい。ご存知の通り、タイトルは第2楽章で彼が作曲した同名の歌曲の主題を用いたことから、同じタイトルが付されているこの曲、マーラーの編曲により、音楽は一層奥行きを増し、全体を包み込む悲哀な情感もまた、説得力を増して聴き手に語りかけてくる。シューベルトが「死」を意識して作曲したといわれるこの曲を、マーラーが編曲をする・・・、必然的にこの曲のエッセンスは凝縮されるはずだ。
録音は結成して3年ほど経った水戸室内管弦楽団の演奏を薦める。精緻なアンサンブルと、緊張感と集中力。マイスターが揃っているだけあり、安心して聴き入ることができる名演だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
水戸室内管弦楽団[1993年録音]
【SONY CLASSICAL:SRCR 9502】
今日は、吹奏楽の定番中の定番、アルフレッド・リード作曲の通称「エルカミ」を紹介する。 吹奏楽を嗜んだ事がある方なら誰もが一度は演奏してみたいと思っただろうし、コンクールにこの曲で挑んで、いい思い出、いやな思い出が甦る方も多くいる事だろう。冒頭のトランペットのアタックから一気にテンションは最高潮に達し、スペインの「ホタ」や「ファンダンゴ」のリズムを駆使し、「スペイン王の行列」を幻想的かつ、活気に満ちた音楽で表現している。副題にはラテン・ファンタジーと名付けられているが、正にその副題どおりのファンタジックなリードの絶頂期の名品といえる。
録音は今の吹奏楽ブームの火付け役といえるシエナ・ウインド・オーケストラによる、溌剌とした演奏を紹介する。金聖響の無駄のないタクト捌きから、これほどまでにカラフルな音楽が奏でられる、その魔法使いのような彼の存在にいつも感服させられる自分である。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
金聖響/シエナ・ウインド・オーケストラ[2006年1月録音]
【avex:AVCL-25095】
アメリカのジュリア・リー・ニーバーガルは1886年に生まれ、1968年に没した女流ラグタイム作曲家である。ラグタイムというと、スコット・ジョプリンがあまりにも有名であるが、ニーバーガルもまた多作家ではないが、ラグタイムをいくつか残している。その代表作ともいえるのがこの「馬蹄のラグ(Horseshoe Rag)」である。恐らく、彼女の作品を耳にする機会は、そうはないといえるが、ジョプリンに負けず劣らぬ魅力を感じさせる作品といえるだろう。
録音はロシア出身のラグタイムの専門家であるアレクスェイ・ルミィヤンツェフのものを紹介する。個人的に少し響きすぎた音響が好きになれないが、併録されている他のマニアックなラグタイムはどれも興味深いものばかりである。資料的価値の高いこの録音はラグタイムファンなら必聴である。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
アレクスェイ・ルミィヤンツェフ(Pf)[2004年5月録音]
【赤坂工芸音研:AKL-018】
ブラームスが20代半ばで作曲したセレナードは2曲(ニ長調とイ長調)がある。それぞれハイドン風といった感じで、若さ溢れるブラームスを体感できる作品といえる。
第2番は第1番ほどには演奏される機会はないが、その明るく親しみやすい旋律と管楽器の色鮮やかさは第1番を超える魅力を感じる。全部で5楽章からなるこのイ長調のセレナードは、ブラームスの交響曲をイメージとは大きくかけ離れているが、ブラームスの作曲家としての道程を掘り下げるには重要な作品といえるだろう。
ここで紹介するマッケラスの演奏も実に明晰なもの。各管楽器が前面に押し出された豊かなサウンドが印象に残る好演である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
チャールズ・マッケラス/スコットランド室内管弦楽団[1998年11月録音]
【TELARC:CD-80522(輸)】
フランスの作曲家、エミール・ワルトトイフェルの作品を紹介する。ダンス・ミュージックのような大衆向けの作品を残し、現在は「スケートをする人々(スケーターズ・ワルツ)」とワルツ『女学生』でのみ知られているといっても言い過ぎではないといえる。ここで紹介する『女学生』は彼の代表作であるが実に親しみやすい快活なワルツである。本来は『学生の楽団』と訳されるはずの原題が、何を血迷ったのか『女学生』というタイトルで日本では今日まで来てしまっている。まぁ、曲の雰囲気は学生たちの元気溌剌にして無垢な陽気さを上手く表現しているといえ、どちらのタイトルでもそれはそれでいいような気がする自分である。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
ウィリー・ボスコフスキー/モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団[1976年録音]
【EMI:SAN-37】
バッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJ)のソリストとして多岐に亘り登場していた米良美一。映画「もののけ姫」で一世を風靡し、音楽以外でも話題を提供することも多くなってしまい、今となっては、当時の輝きが薄れてしまったのが残念である。もちろん、今でも演奏活動を行い、素晴らしい歌声を披露してくれているが、個人的にはBCJと共演していた頃の彼の歌声がとても好きだった。その一番輝いていた時期(個人的見解)に録音されたこの音盤を是非、コレクションから引っ張り出して聞いていただきたい。
米良の魅力である芯の通った歌声と、透明感のある高音域、低音域でも伸びのある、まるで空に長いアーチをかけるかのような息の流れは顕在で、実に自然な響きをもって聞き手に語りかけてくるのが特徴といえる。この録音でも、実に説得力のある歌唱を見せている。正に、名演である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
鈴木雅明/米良美一(C-T)/バッハ・コレギウム・ジャパン[1996年4月録音]
【BIS:CD-919(輸)】
アメリカ建国200年を記念して作曲されたデイヴィッド・デル・トレディチの大作を紹介する。『ファイナル・アリス』と題されたこの作品は、ルイス・キャロルの名作「不思議の国のアリス」を基に作曲され、初演では聴衆の熱狂的な歓迎を受けた事で知られている知る人ぞ知る「名作」である。
サックスやバンジョー、マンドリン、アコーディオンからなるフォーク・グループにバーバラ・ヘンドリックスの神秘的でかつ、安定した歌唱はこの録音(作品)の特徴と言え、大編成のオーケストラとともに物語は進行する。劇的要素とシンフォニックな趣が交差するその音楽は、常にヘンドリックスの存在感をもって中和され、協調されているといえるかもしれない。突拍子も無い展開から突如として湧き上がる官能的にもとれる響きの妙。デル・トレディチを物語るに外すことのできない名作と言えるだろう。とにもかくにも、ヘンドリックスの歌唱力と表現力には圧巻である。

【推奨盤】
乾日出雄の勝手なクラシック音楽備忘録
ゲオルグ・ショルティ/バーバラ・ヘンドリックス(S)/シカゴ交響楽団[1980年1月録音]
【DECCA:PROA-183】
ブラームスは合唱を伴う作品を多く残している。特にドイツ・レクイエムに代表されるオーケストラを伴う作品では、シンフォニーで聞かせる起伏に富んだ音楽とは対象的な静謐な美しさに溢れた音楽を成し、それこそがブラームスの魅力だと語る者も多いといえる。
ここで紹介する哀悼の歌(悲歌)もまた、美しさは他の作品の追随を許さないものがある。友人の画家の死を悼み作曲され、冒頭ではその悲しみに満ち溢れている。しかし、その悲しみに終始するのではなく、シラーの詩によって生命の浄化へと導かれて曲は終結する。最後に「愛する者の口で哀悼の歌が歌われることもすばらしい」と繰り返されるこの詩こそ、この曲の持つ真意を物語っていると言えるだろう。
ここで紹介するドレスデン・フィルの演奏も、実に抑制された情念を感じ取ることができるだろう。フランスの印象が色濃いプラッソンの指揮は、この作品をちょうど良い「軽さ」に纏め上げており、新たなブラームスの世界を体験できる。 重たすぎず、軽すぎず・・・、いい具合に仕上がっている。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ミシェル・プラッソン/エルンスト・ゼンフ合唱団/ドレスデン・フィルハーモニー合唱団/ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団[1998年4月録音]
【EMI:7243 5 56807 2(輸)】
神童というとモーツァルトやメンデルスゾーンが特に有名だが、19世紀に活躍したコルンゴルトもまたその一人として有名といえる。10歳にしてカンタータを作曲し、11歳でバレエ音楽も手掛けている。彼が残した作品に共通していえるロマン的で官能的な感情の起伏は、どこかリヒャルト・シュトラウスに通じる魅力と共通しており、それが彼の魅力のひとつだと感じる。
ここで紹介する彼の代表作といえるヴァイオリン協奏曲もまた実に甘美なソロに富んでおり、実にロマンティックな香りに溢れているといえる。特に第1楽章では、過剰にロマンティックになり過ぎではないかとも思えるほどにヴァイオリンが「歌う」のである。第3楽章では一変してヴィルトゥオーゾ的な冒頭ではあるが、中間部では相変わらずに甘いヴァイオリンの響きが印象的といえる。突然現れるハリウッド映画を髣髴とさせるサウンドもまた彼らしさを感じる。
19世紀を代表するメロディーメーカーといえるコルンゴルトは、もっと演奏される機会があってもいいと感じる自分である。ここで紹介するムターの演奏は円熟期に入った彼女ならではの安心感に満ちている秀演だ。旦那のプレヴィンもコルンゴルトのスペシャリストでもあり、オーケストラのバランス感覚は絶妙といえるだろう。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
アンドレ・プレヴィン/アンネ・ゾフィー・ムター(Vn)/ロンドン交響楽団[2003年10月録音]
【DG:00289 474 5152(輸)】