あらすじ
全七作からなる歴史小説短編集。戦国時代から江戸初期にかけての九州各地を舞台に、武家社会の「妻」の生き方を描いた短編集。豊臣秀吉の命で朝鮮に渡った夫に恋文を送る妻、キリシタンとしての生き方を巡って、夫と哀しくすれ違う公家の女など、七組の「愛」の形がここにはある。


ひと言
読み終えてやっぱり葉室さんの作品はいいなぁとつくづく思いました。今まで葉室さんの作品でこういう短編集ってなかったよなぁと思いながら、時代に翻弄されながらも山に咲く凛とした山桜のような可憐で強い女性たちの物語。題名の山桜記という名前もとても作品をよく表しているなぁと思いました。

千世はガラシャの小袖を胸に抱き、顔をあげた。涙がいく筋も頬を伝っている。何かを思い出す様子で千世は語り始めた。これまで、申し上げるのを憚って参りましたのは、ガラシャ様が亡くなられて後、わたくしが何を申し上げても言い訳になると思ったからでございました。関ヶ原の戦のおりに姉から言われるままガラシャ様に宇喜多屋敷へともにお渡りくださいますよう、何度もお願いいたしました。ガラシャ様に応じる素振りはございませんでしたゆえ、わたくしも屋敷に留まりますと申し上げたところ、それにもお許しはございませんでした。取り乱したわたくしが、なぜ、ともに残るよう言ってくださらないのでしょうか、と訴えますと、ガラシャ様は諄々(じゅんじゅん)とお諭しになられました。ガラシャ様は、キリシタンであるゆえ、自害するつもりはなかったけれども忠興様がそれをお許しになられず屋敷に留まるほか道はない、と言われました。そして、あらたまった様子で頼みがあると口にされ、自分が果たせなかったことを成し遂げて欲しいと仰せになったのです。果たせなかったこととは何でございましようか、とお訊きしますと、「夫をいとおしむ思いを貫くことです」とおっしゃられました。本能寺の変の後、忠興様とは心が通わぬ夫婦となったガラシャ様は、そのひややかな暮らしが堪えがたく、キリシタンとなってデウス様を大切に思うことでようやく生きる道を見つけられたのです。されど、かなうことならば夫婦として互いにいとおしむ道を歩んでみたかった、との思いがガラ シャ様にはおありでした。味土野に幽閉されていた間、幼い忠隆様を 慈しむことさえままならなかったのも心残りだとも仰せでした。わたくしが思いを貫き、ガラシャ様に代わって忠隆様のお幸せを見届けてくれれば、それがもっとも嬉しいことです、とおっしゃいました。時が迫る中、ガラシャ 様は辞世の和歌をわたくしにお示しになり、「ちりねべき時を知るとは、散るべき時は自らが決めねばならぬ、それでこそ、花であり、ひとなのだという思いを込めています。千世殿が散るのはいまではない、忠隆殿と思いを通わせ、花を咲かせた後のことです」と言われたのです。そのお言葉が胸に沁み、わたくしは燃え盛る炎を後に屋敷を出たのでございます。「さようであったのか」忠隆は感慨深げに深いため息をついた。
(参考 ガラシャ辞世 ちりぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ)
(花の陰)

「そなたが頼宣様に嫁ぐ日が近づいたころ、父上が輿入れ道具に片鎌槍を入れるよう言い遺されたわけを訊いたことがありましたな」清浄院に言われて、八十姫は肥後を発つ前に疑心が胸を過(よぎ)った日のことを思い出した。片鎌槍を輿入れ道具の中に見つけたとき、清正の死への疑念を深めたのだった。侍女が供した茶を飲んでひと息ついた清浄院は、ゆったりした口調で問うた。「そなたは自らの名の謂れをご承知でありましたか」「父上がつけてくだされたことは存じております」「ハ十という名には意味があるのです」「どのような意味がございましょうか。お聞かせくだされませ」八十姫は首をかしげて訊いた。名の謂れなど初めて聞く話だった。「八と十の間には、本来は九があります。父上はそなたに苦労がないようにと願われて、九を除いた八十という名をつけてくだされたのです」「――苦のないように、と」「そうです。父上は豊臣家への忠誠と徳川家への義理の間で随分とお苦しみでございました。それゆえ、そなたには苦がない一生を歩友せたいと思われた父上は、徳川家に嫁すよう計られたのです」清浄院は清正の生前を懐かしむようにしみじみとした口振りで言った。「それでは、あの片鎌槍を輿入れ道具に入れられたのは……」「加藤家は徳川家に対し、もはや武器を持って戦うことはないとの心構えをそなたの輿入れの際に、愛用の槍を差し出すことで、お示しになられたのです」「さようでございましたか」父はそれほどまで深い考えを持ってわたくしの行く末を案じてくだされたのだ、と八十姫は感慨無量の面持ちで目を閉じた。清浄院は静かに茶を口にした後、言い添えた。「京で秀頼様を守護して家康様との対面を成し遂げられたおり、父上はいずれご自分が亡き者にされることを覚悟なされたと同時に、加藤家の行く末が安穏ではないと見抜かれたのではないでしょうか」「では、父上は加藤家がいずれ取り潰されることもお見通しであったと申されまするか」「さようです。天下泰平のためにはいたし方がないと思われたに違いありません。それだけに、徳川家にあって、そなたには苦のないように生きてもらいたかったのであろう、と思います」 ……。……。「母上、ありかたく存じます―― 」と目をうるませて言った。胸が詰まり、後の言葉が出てこない。清浄院は澄明な眼差しを八十姫に向けた。「そなたは加藤清正の娘です。清く正しき道を歩むよう心掛けたうえで、苦のないように生きなされ」苦のないように、とは苦しみを避け、逃れよと言い聞かせているのではない。物事に囚われる苦から離れ、おのれらしく生きよとの教えなのだと八十姫は思った。
(くのないように)

「わたくしひとり、何も知らずに参りました。恥ずかしゅうございます」「なんの。御方は甲斐にとって何としても守り抜きたい花であったのだ。花の美しさを守ろうとするひとの心を、花は知らずともよいのではないか」穏やかな笑みを浮かべて忠茂はやさしく声をかけた。貞照は静かに目を閉じた。瞼の裏には、若き日の原田宗輔の笑顔が浮かんでいた。 二年後―― 忠茂は広間で庭を眺めながら上屋敷の鑑虎に手紙を認めていた。傍らに座っていた貞照が声をかけた。「何のお手紙でございますか」「牡丹を贈ってもろうた礼状だが、花の蓄が開くところも見たいと思うたゆえ、牡丹の木を下屋敷に移し替えてはもらえぬかと認めておる」書く手を止めずに忠茂は言った。「ならば、わたくしからも願いがございます」「ほう、御方が願い事とは珍しいな。どのようなことだ」「牡丹を移すおりは根から土が落ちぬよう、そして牡丹が気づかぬようにそっと移して欲しいのでございます」貞照の言葉に、忠茂は目を細めた。「牡丹が気づかぬようにか――」「さようでございます」「よきことを申す。なにゆえ、さように思いついたのじゃ」忠茂はやわらかな眼差しで貞照を見つめた。貞照は微笑んだ。「それが花の幸せにございますゆえ」
(牡丹咲くころ)
 

 

 

 

 

昨日から始まった名鉄百貨店のパン&スイーツまつり。パン好きとしては寄るっきゃないでしょう。各地の評判のパンがいっぱい出店されていますが、お目当ては覚王山にもう約2年前にオープンした生ジャムパン専門店の「玉のか」です。以前から一度食べてみたいと思っていましたが、今回名鉄百貨店に初出店です。大人の艶苺、カラマンダリン、茶葉入り玉露あんバター(値段は忘れましたが3つで1300円)をいただきます。包装にリベイクして…と書いてありジャムなのに…と思いましたがその通りトースターでリベイクしていただくととてもおいしいです♪。玉露のあんバターもバターが溶けパリパリのパン生地、あんとマッチしてこれもグッド!。また食べたくなる生ジャムパンでした。ごちそうさまでした♪

 

 

 

他にも食べたいパンがいっぱい。大阪から出店してくれて、私が今まで食べたカレーパンの中でも間違いなく3本の指にはいる「カレーパンノヒ」。以前、阪急百貨店の地下のお店に並んでいただいたことがありましたが、今日は誰も並んでいません。西日本揚げカレーパン部門の最高金賞を受賞したバーモントカレーパンと濃厚チーズカレーパンもいただきました。これはあまりカレーパンが好きではない女房もとてもおいしい!と太鼓判でした。できることならもう一度ぐらいパン&スイーツまつりに立ち寄り他のパンも食べてみたいです。ごちそうさまでした♪

 

珠のか 覚王山店

名古屋市千種区山門町2

 

あらすじ
コロナ禍以前の2019年より、自身の乳がん発覚から治療を行った22年にかけて発表された7編と書き下ろし1編を含む、全8編を収録。誰かの価値観を押し付けられることが多いこの国で、自分のヒーローは自分でしかない。フィクションだからこそ描ける、「自分を生きたい」という力強いメッセージに溢れた傑作。


ひと言
書店員さんのコメントに「心の奥底に封印しているもの、表に出せないでいるものを、この一冊がこっぱみじんにしてくれました。そして、どこまでも、自分を大切にしようと語りかけてくる。この本を1人でも多くの人に読んでもらいたい。」というものがありました。自身の乳がんと闘った西さんがすべての毎日を闘う女性のために書かれた本だと思いますが、 「わたしに会いたい」の副題である I miss me がすべてを表しているように思いました。この本を読んですぐに「くもをさがす」も読んでみたいと図書館に予約を入れました。

そもそも私たちは、散々、乳房をさらけ出してきた。Instagramも、それはOKにしている。男性と女性で違うのぱ、乳首ではなく、乳房の有無のはずだ。なのにどうして、私たちは乳房を晒し、乳首を隠さなければいけないのだろう。小さな水着で、貝殻で、あんなに必死に??謎は深まるばかりだった。その謎に答えをくれるかのように、露(あらわ)のパソコンに、ある記事が現れた。
それは、現代の若者たちが、いずれコロナ禍が収まったとしても、今後マスク無しではもう生活出来ないだろう、というものだった。大学生や高校生たちは、入学当時からずっとマスクをつけている。つまり彼らは、クラスメイトや同級生たちに、自分のマスク無しの顔を、ほとんど見せていない(もちろんそれは、職場でも同じだ)。その生活を続けてゆくうち、彼らはマスクを取るのが、恥ずかしくなったのだという。お弁当を食べるときに口を見られるのが嫌でたまらないから、トイレで食べている、そう答えている女子学生までいた。コロナ禍の前は、彼らは人前で何かを食べていた。鼻だって口だって、堂々と見せていた。なのに、それらを(図らずも)隠し続けた結果、ただ見せることに抵抗を感じるようになる。つまり人間は、何かを隠し続けると、それが恥ずかしいものになるのだ。
露は合点がいった。私かずっと乳首を隠していたことで、いつしか乳首が「恥ずかしいもの」になってしまったんだ。そして、私のグラビアを見ていた人は、それが「恥ずかしいもの」だからこそ、あんなに見たがったのだ!
(あらわ)

 

この連休中、親戚の人に「デ カルネロ カステ」の抹茶とあんこカステラをいただきました。津で人気のお店で、大阪や東京にも出店し、今回中日ビルにも出店したカステラ屋さんです。かわいいだけでなく、下の方にカステラのおいしさを邪魔しないように少なめに敷かれた小豆がいいアクセントになり、全体的な抹茶の味と相まっておいしいです♪。

 

 

他にも 安心安全の材料を使用し食べやすく歯応えのある固さに焼き上げ、美味しく楽しく食べられる「わんこのカステラ」などもあり、犬だけでなく人間も食べてみたいカステラがいっぱいです。美味しかったです。ごちそうさまでした♪

 

デ カルネロ カステ ナゴヤ

名古屋市中区栄4 中日ビル B1F

 

あらすじ

誰かに親切にしなきゃ、人生は長く退屈なものですよ 
18歳と8歳の姉妹がたどり着いた町で出会った、しゃべる鳥〈ネネ〉ネネに見守られ、変転してゆくいくつもの人生―― 助け合い支え合う人々の40年を描く長編小説。

(2024年「本屋大賞」第2位) 


ひと言
2024年の本屋大賞の発表直後に図書館に予約を入れ、大賞の「成瀬は天下を取りに行く」は15人待ち、第2位のこの「水車小屋のネネ」はラッキーなことに2人待ちで、借りて読むことができました。著者の津村さんが「「読んでいる人が、自分はここまでの恩恵にはあずかれないと思うような作品を書きたくないと思った。登場人物を特別にしたくなかった」とインタビューで答えているように、出会ったことで『人生を変えた』と称されるような人物としてではなく、現実にあり得る範囲で誰かに善意を手渡すことができる地に足の着いた人物として描かれていて、その何気ない特別ではないささやかな優しさが書店員さんの感性に触れたのだと思います。とてもステキな作品でした。

大晦日は、昼過ぎに水車を動かした後、聡は夕方の早くに山下さんの家へと向かった。何時に行くかぎりぎりまで悩んだけれども、妹さんがまだお寺に出発していなくて家にいるんなら、それはそれでいいかと思った。山下さんがすでにそば屋に出かけているんなら、それもそれでよかった。状況がどうなるのであれ、聡にはとにかく、自分の心が決まったことが良いように思われた。
陽が傾くと、すぐに雪が降り始めた。予報の通りだった。自分が訪ねて打ち明けたことで、山下さんが変な顔をするんなら、すぐに借家に帰って酔ってさっさと 寝ようと思った。そのために、マウンテンパーカを買った帰りに少しだけ日本酒も買った。酒のことはよくわからなかったけれども、とにかく酔って横になって目をつむったら明日が来ることだけは知っているから、今日だけはそれに縋(すが)ろうと思った。それで目が覚めたら水車小屋に行く。通りがかりの農家の軒先に飾られたしめ縄を少しの間眺めていると、だいだいの表面に白くてふわふわしたものがくっついているのが見えた。雪が降り始める中、聡は山下さんの元へと急いだ。
アパートに到着し、山下さんの家もちゃんとしめ縄を飾っていることに感心しながらドアホ-ンを押して、鮫渕です、と聡は大きな声で言った。はいはい、と中から声がして、太い毛糸で編んだ暖かそうなカーディガンを着た山下さんが出てきた。黄緑色だった。こんばんは、と聡が言うと、こんばんは、と山下さんは言った。「何かあったんですか?」「何もないけど」聡が答えると、数秒間を空けて、そう、と山下さんはうなずく。「少しだけ話をしたくて」「中に入る?」「ここでいい」聡の言葉に、山下さんは無言でうなずく。「話したいことがあって。自分のことなんだけど。自分は若い時にひどい挫折をして、もう、自分は終わった人間なんだと思ってて、それならどこにでも行ってそこで消えようと思って、ここに働きに来た」山下さんはじっと聞いていた。聡が、次の言葉を探しながら息を吸うと、続けて 、という声が聞こえた。

「何でもどうにでもなったらいいと思ってた。でも、きみの就職が決まった時に 、一年後もうまくやれてるだろうか、そうだったらいいなと思ったんだ。自分のことでも他人のことでも、一年後のことなんて考えたのは二十歳の時以来だ」 顔が熱 くなってきたので、聡はフードを剥いで玄関口に立っている山下さんを見つめた。山下さんも、目を逸らさなかった。「そういうふうに思えるってことは、まだ終わりじゃないからだと気が付いた。きみが近くにいると、自分はたぶん勇気を持つことができる 。報われないことを恐れなくて済んで、自分がそうしていたいだけ誠実でいられるんじゃないかと思う。守さんを迎えに行った時だってそうだった。そのことについて、感謝を伝えたかった。どうもありがとう」山下さんは変な顔はしなかった。代わりに、ほんの少しだけ笑って、話を聞けて 良かったと言った。「今お茶を滝れたところで」「うん」「飲んだらネネの様子を見に行って、浪子さんと守さんのところに行く」聡がうなずくと、山下さんが手を伸ばして、聡の前腕にそっとさわった。「それまで話をしていって」「わかった」それから一緒に行ってもいい。目の前を横切る雪が強くなるのを眺めながら、聡はその向こうにいる山下さんをじっと見つめていた。そして、自分はもう、どうでもいいなどと思うことはないだろうということを、強く確信した。
(第二話 一九九一年)

 

4月23日の栄の中日ビルのリニューアルオープンから4日、早く食べてみたかった大阪北浜で有名な「パンカラト」のパンを買いに中日ビルに行ってきました。

 

 

カラトの看板商品の 野菜の美・食パンなどはだいたい11時以降ぐらいにお店に並ぶとのことで買えませんでしたが、クロワッサン(350円)もちっとカレーパン(400円)ゴルゴンゾーラとほうれん草クロックムッシュ(300円)を購入。レンジで少し温めていただきます。さすが大阪で評判のパン屋さん、どれも後味がとてもよくておいしいです♪。野菜の美・食パンと紅茶のクリームパンも狙っていたので、また時間をずらして買いに行きます。中日ビルは他にも行きたいお店がいっぱい。ブルーボトルコーヒーは結構な行列だったので今日は断念。これからも楽しみの多い中日ビルでした。ごちそうさまでした♪

 

パンカラト 名古屋

名古屋市中区栄4 中日ビル B1F

 

あらすじ
少年時代に村塾の恩師から薫陶を受けた筒井恭平は、師が隣藩で殺害された事実を知り、真実を突き止めるため命懸けで隣藩に潜入を試みるが──。人を愛するとはどういうことか、人生を切り拓くための教育とは何かを問う、感動の長編時代小説。


ひと言
最近、読書のブログを整理していて、葉室 麟さんのこの本を読んでいないことに気がつきました。葉室さんの小説はほんとうにやさしいものが多く、とても元気をもらえる作品が多いのでまだ読んでいない作品を読みたいと思いました。

与五郎は学問こそ、さほどのことはないようだったが、貧しい家の子や弱い者にはやさしかった。弁当を持って来ることができない子に、自分の弁当を分け与えるのはいつものことだった。さらに体の弱い子を気遣い、腕白な子には、
「強いとは、弱い者を助ける勇気があるということだ。力があっても弱い者を助けることができなければ弱虫だ」
と繰り返し諭した。
(一)

「あれは何という木でしょうか」清助様が何気なく訊くと、「柚子でございます」吉乃様は優しく答えました。この日、清助様と母上様が言葉を交わされたのは、この二言だけだったのです。清助様はため息をつくように言われました。「もっと母上と話せたらよかったのだが、何も言えなかった。ただ、あの時の柚子の花の香りだけは不思議に覚えている」「また、お母上様にお会いできるのではありませんか」とわたくしが言いますと、「そうだろうか。あれから九年もたっている。その間、一度も会えなかった」「でしたら、今年、お会いになれるのではございませんか」「なぜ、そう思うのだ」「柚子は九年で花が咲くと申しますから」「どういうことだ?」わたくしは、父から聞いていた桃栗三年柿八年、柚子は九年で花が咲くという言葉をお教えしました。清助様はその言葉を何度も繰り返され、「九年待てば花が咲くのか」と言われました。「きっと、咲きます」わたくしの言葉に、清助様は微笑みました。
(六)

お咲さんは本当に儀平のことが好きでした。わたしは幼いころからお咲さんを知っていましたから、いつ、どのようにしてお咲さんが儀平のことを好きになったのか、存じております。そのことをお咲さんは恥ずかしがり、誰にも打ち明けず、胸に秘めていました。儀平と心が通じあうようになった時、お咲さんは花が開いたように美しくなりました。でも、そんな幸せは長く続きませんでした。お咲さんは、儀平と結ばれることが世間では許されないことをやがて知ったのです。儀平の女房になったのは、わたしでした。わたしは何度かそのことをお咲さんに詫びました。儀平の気持も伝えました。お咲さんが病で寝ついた時、見舞いに行ったわたしが儀平の話をすると、お咲さんは透き通った微笑を浮かべて嬉しそうにうなずいていました。―― わたしは、思いがあれば生きていけます やせ細ったお咲さんはそう言っていました。わたしも、そう思いました。ひとは思いがあれば生きていける。でも、本当にそうだったでしょうか。お咲さんは恵まれないまま死んで行きました。ひとり、淋しく。好きなひとに看取られることもなく。ひとはやはり、思いだけで生きられるものではないのだ、と思いました。わたしもようやく、そのことに気がつきました。どうぞ、わたしのことはご放念くださいませ。手紙の最後は、―― お慕い申し候 と書かれていた。およう、と名が記されている。
(十)

清助は悲しそうに澄んだ目でさなえを見つめた。なぜ、悲しげな目をするのだろう、とさなえは思った。「わたしもね、自分のことが大嫌いだ、と思うことがよくあります。だけど、近ごろ違う風に考えるようになりました」「どんな風にですか」さなえは引き込まれるようにして思わず訊いた。「わたしは、幼いころから母と別れ別れに暮らしてきました。それが、先日ようやく会うことができたのです。その時、思いました。一緒に暮らせなくても、わたしのことを大切に思ってくれるひとがいる。だから、自分を嫌ってはいけないのだ。それは自分を大切に思うひとの心を大事にしないことになるから、と」清助の言葉は胸に響いた。(自分を嫌うことは自分を大切に思ってくれるひとの心を大事にしないことになる)さなえは、清助の言葉を胸の中で繰り返した。しばらくして、あわてた様子で侍女が戻ってきた。さなえが若い男と話しているのを見て驚きはしたが、永井家の息子だと聞いてほっとした表情になった。さなえと清助を許婚にすると親同士が約したのは、それから三年後のことだった。許婚になると聞いて、さなえは橋の上で会った清助を思い出して心が温まるのを感じた。(清助様はやさしい夫になってくださるに違いない)そう思うだけで日々を楽しく過ごすことができた。しかし、祝言をあげる前に清助の乱行が伝えられ、破談になってしまった。その上、清助は琴という女中と言い交わしているという話までもさなえの耳に入った。さなえは悲しかった。どうして清助は変わってしまったのだろうか、と思った。幼いころ、清助と会った時に感じたものは間違っていたのだろうか。清助か不行跡のため座敷牢に入れられたと聞いて胸を痛めた。
(十二)



 

 

4月13日 バンテリンドームのプライム1というチケットをいただきました。バックスクリーン上のプライムボックスだと思ったらなんと1塁側上の個室です。びっくり!びっくり!です。

 

 

部屋は室内の窓からグランドが見えるだけでなく、外に専用のシートがあり、ゆったりと観戦できます。

 

 

 

今日はラッキーなことに昇竜ユニホーム配布デーなので、ユニホームを着て記念撮影です。

 

 

本来の阪神の2023年の日本一ユニホームと2023年のリーグ優勝のハッピを着て応援です。

 

 

 

肝心の試合の方は、1回にサトテルのタイムリーで2点先取するも、6回にドラゴンズの集中打であっさり逆転されました。

 

 

それにしても今年のドラゴンズは強いです。田中の加入と周平が3番に定着、中田、細川も一発を狙いにいかずつなぐ野球に徹していて隙がありません。6者連続ヒットと四球であっという間に逆転です。

 

 

試合終了後はグラウンドウォークもできて大満足。

 

 

試合には敗れてしまいましたが、普段入ることのできないシートで観戦できとても楽しい一日でした♪

 

 

約2年前に大須にできて評判の「天むす屋 鬼天」が、約1年前に鶴舞公園内にもでき 今日のお昼にいただきました。一つ一つがやや小ぶりなので4つ、海老天(240円)しらす大葉(240円)舞茸(200円)サーモンタルタル(240円)をいただきます。しらす大葉や舞茸といった他ではまず食べられないおにぎりもあり、そのどれもがとても美味しいです♪。

 

 

やや小ぶりなので色々なおにぎりが食べられるのもグッド(値がはることになりますが…)。ごちそうさまでした♪

 

 

天むす屋 鬼天 鶴舞公園店

名古屋市昭和区鶴舞1  ツルマガーデン area1

 

4月5日 朝に自転車で鶴舞公園へ満開の桜を観に行った後、久しぶりに「スーリープー」に立ち寄りました。開店後10分ほどだったので店の外の行列は4人でした。ラッキー♪。紅茶のブリオッシュクリームパン(176円)、クロワッサン(270円)、ポークソーセージのクロックムッシュカンパーニュサンド(403円)をいただきます。初めてスーリープを訪れたのは2016年でしたがそのときに買うことができたアールグレイ&ホワイトチョコが衝撃的に美味しかったので、お店の方に「アールグレイはありませんか?」と尋ねたところ、アールグレイは10時過ぎからお店に並ぶとのことでした。今までまだ2回しか食べたことのないアールグレイですが、転勤でこちらのお店に行きやすくなったので、またアールグレイをいただけるのを楽しみにしています♪♪♪。

ちなみにネットにあがっていた スーリープーで食べるべきパン と2016年のブログも以下に載せさせてもらいます。

 

 

 

2016年11月16日のブログです

 

 

今日は東別院方面に出張。前から行きたかった「スーリープー」に昼食のパンを買いに立ち寄りました。キッシュもハーブフランクのフォカッチャもイチジクの赤ワインのくるみパンもすべてめちゃくちゃおいしいです♪。
中でもアールグレイとホワイトチョコ(258円)は絶品。こんなおいしいパン食べたことないというぐらいのおいしさです。
食べログ 3.71 愛知県No1のパン屋さん(11月16日現在)だけあります。合計2,462円も買ってしまいました。買いすぎやろ!。ごちそうさまでした。おいしいパンをありがとう♪。

 

スーリープー(SURIPU)
名古屋市中区千代田2