アクアパステルの谷川です。
先日、「守りの設計」から
1年の振り返り記事を書きました。
これからの在り方として
「認定制」という形にしなくても
よかったのかもしれない。
私の名前を背負って
活動してもらうのではなく、
学んだその先は
それぞれが自分の名前で
自由に育てていけばいい。
そんなことを書いて。
そのあと、ふと思ったんです。
……あれ?私、
どうしてこんな結論になったんだろう?
去年いろいろあったから?
「守りの設計」を考え続けたから?
…もちろん、それもあります。
もう少し遡って考えてみたら…
どうやら私、
昔からこういう人だったみたいです。
「資格嫌い」ではありません
先に言っておきますと…
私は「資格」そのものを
否定しているわけではありません。
むしろ、
自分から資格取得に励むタイプ。
一から知識を身につける際に
体系立てができたものに触れられるから
すごくありがたいと思ってました。
IT業界にいた頃、
・基本情報技術者
・応用情報技術者
・データベーススペシャリスト
を取得しました。
特にデータベーススペシャリストなんて
落ちるたびに
「もう私は無理〜〜!泣」と思いつつ、
何度も挑戦しました。
恩師との
「デスペまでは取ろうね」
という約束もありましたし……
合格したときは、
「やった。ここまで来られた!!」
と思いました。
もちろん
その後仕事で使えてこそ、ですけどね。
資格は取ることがゴールではなく、
学んだ知識を使えてなんぼ。
実は、
これは昔から、
あまり変わっていません。
でも、インストラクター認定では……
一方、パステルでも
いくつかインストラクター認定を
受けてきました。
講座そのものは楽しかったし、
技法を学べたことにも価値を感じています。
でも…
認定証をいただいたときの私、
「あ、もらえるんですね。」
という温度感だったんです。
文章に書くと
ちょっと冷たいですね…
正確に言うと、
私の中に二人いたんだと思います。
パステル講師の私にとっては
あの楽しかった時間の記念品。
今でも大切です。
でも、仕組み屋の私は
「これは何を保証したことになるの?」
と、こっそり首をかしげていた。
情報処理技術者試験に合格したときのような
「よし、届いた!」
という感じが、あまりなかったんです。
当時は…
受講後、即認定される仕組みだから
そういうものなんだろうって
流していました。
最近になって、
「なんで、私は、
こんなに感覚が違ったんだろう?」
と考えてみたんです。
資格は「肩書」ではなく「到達確認」だった
たぶん…私は、資格を
「誰かに認めてもらった証」
として見ていたのではなく、
「自分がここまで来たという到達確認」
として見ていたんです。
・基本情報なら、ここまで。
・応用情報なら、さらにここまで。
・データベーススペシャリストなら、
専門分野の一定水準まで。
勉強して
分からないところを潰して。
試験を受けて
届かなければまた勉強して。
最後に合格通知が来る。
私にとってのよろこびは
肩書が増えたことより、
「ここまで理解できるところまで来た」
と確認できたことだったんだと思います。
逆に、
講座を受けたら認定される仕組みは
「学んだこと」には価値を感じる。
だけど、「認定」そのものには、
私はそれほど大きな意味を
感じていなかったのかもしれません。
だから私、
昔から資格をいろいろ持っている割に、
資格を前面に出すことには
あまり興味がなかったんです。
今さら納得しました。
昔の講師認定の違和感につながった
パステルのインストラクター講座を
受け終わった後、
「で、ここからどうやって、
先生になるんだろう?」
と真っ青になったことがあります。
描き方は学んだ。
資格もある。
でも…
描けることと、人に教えられること。
教えられることと、活動を始められること。
始められることと、無理なく続けられること。
これは全部、別。
私は資格を取ったことで
何かが完成したとは
もともと思っていなかったんですよね。
あくまで、資格はひとつの区切り。
その先で、
実際に使えるのか。
自分で判断できるのか。
相手に合わせて伝えられるのか。
そこからが本番。
考えてみれば、
完全にITの仕事と同じです。
私が認定すると何が完成する?
私自身もインストラクター講座を作ろうと
何度か構想もしました。
でも、どうしてもあと一歩完成しなかった。
私が認定したあと…
- その人は本当に教えられるのか。
- 活動を始められるのか。
- 困ったときはどうするのか。
- 無理なく続けられるのか。
そこまで考え始めると
認定証を1枚渡したことで、
「この人はもう先生として大丈夫です」
と、私が言い切ることに
どうにも納得できなかったんです。
そして、
……いや、待って。
//
そもそも、
私のお墨付きって、そんなに必要?🤔
\\
…いらんやろ。苦笑。
渡したいのはお墨付きではない
私が渡したいのは、
「谷川が認めました」
という肩書ではないんです。
渡したいのは
- 技術
- 考え方
- 描き方のコツ
- うまくいかなかったときの判断軸
- 人に伝えるための工夫
- 自分で応用していくための土台
『実際の場面で
使える知識、知見そのもの』
でした。
そう考えると、
「アクアパステル 認定〇〇」
正直、意味あるのかなと。
(本当に申し訳ないけど、
私はそこまで意味を乗せなくてもいいかと…😇)
技術を身につけたら、
その先はその人自身の名前で
活動すればいい。
私の名前を借りなくても、
「私はこれができます」
と言える方が、ずっといい。
技術は渡す。看板は貸さない
というわけで…
今の私の方針を一言で書くなら、
技術は渡す。看板は貸さない。
書くと、ちょっと強いですね…
誰かを突き放したいわけではありません。
むしろ、逆で、
私の名前がないと成立しない人を
増やしたいわけではない。
その人の知識、経験や
感性と組み合わせて
自分の名前で立ってほしい。
その中の知識、経験の一つとして
お役に立てたらそれでいいやん。
だから私は、
認定講師を増やす人ではなく、
実際にできるようになるための
技術や知識を渡す人でいい。
そう思っています。
資格はあってもいい。でも、それがゴールではない
資格には「価値」があります。
勉強するきっかけにもなる。
体系的に学ぶ道しるべにもなる。
自分が一定のところまで到達したことを
確認する方法にもなる。
だから、
私は資格を否定しませんし
他の認定制度を
否定したいわけでもありません。
ただ、
私自身は資格を
「肩書」より「到達確認」
として見てきた。
そして、
その先で使えるかどうかを
大事にしてきた。
自分が講師側になった今も、
たぶん、同じなんでしょう。
資格を渡すことより、
その人が本当にできるようになること。
私が認めることより、
本人が「私はこれができる」と言えること。
今はまたお休み中ですが、
心身がしっかり回復できたら
そちらに時間を使いたいなと思っています。
ITの世界で資格を取り始めてから20年以上。
パステルに出会ってからも、
長い年月が経ちました。
ITの資格観とパステルの講座設計が、
まさかここでつながるとは
思いませんでした。
(仕組み屋、こんなところにもいました…!)
これからのアクアパステルは
認定資格を増やす方向ではなく。
技術や知識、考え方を
しっかりお渡しする方向へ。
学んだあとは、
どうぞご自身のお名前で。
私のお墨付き?
たぶん、そんなに、要りません。
その代わり、
「ちゃんと使えるものを学べた」
と思ってもらえる講座は、
これからも作っていきたいと思っています🌱


















































