健康、美容産業は、まだ歴史が浅く、どれを信じたらいいか難しい所がある。

30年前と20年前とは言ってることが真逆だったりするし、

店によって、エステシャンによって行ってることが違う。

今でも違う。

さて、では何を信じるか。

勿論、自分の物差しに頼り、

そして、自分の身体で経験してみるしかない。


先日行ったエステで購入したPOLICYという化粧品。


色々なエステに行ってるが、

今回行った赤坂のラ・ポーニュのエステシャンは、

説明はちょっと長いくらい丁寧だったが、

ぜーんぜん、商品を売ろうとうるさくないところが気に入って

そこでおすすめしているPOLICYの洗顔料を購入した

6300円

自然化粧品なので長持ちしないという。

この値段は高いだろうか?


3日前から朝晩使ってみた。

これが……凄い!


何が凄いかは自分で経験するしかない。と上記した。


洗顔石鹸で顔を洗って顔が突っ張る。

なあんていうのは、かなり低レベルの話で、

最近は突っ張らない石鹸は数多く出ている。


石鹸が目に入ると目が染みて痛い。

なあんてことも絶対にない洗顔料も増えた。


泡立てて指の腹でゆるく洗うのは勿論。

それだと汚れが落ちた気がしなかったりする。


しかし、この洗顔料は凄かった。

ほとんど洗っていない。

顔に泡を乗せただけ。

洗い流しもすっごく楽。


私は洗面台で石鹸で洗顔するのが大嫌いだった。

何故なら、

顔に乗った石鹸を洗い流すためには

もうあっちこっちビシャビシャになるからだ。

しかし、これはそんなに頑張る必要がない。

泡を落とせばいいのだ。


そしてもちろん突っ張らない。

汚れが落ちた気がする。

が、大切なモノまで落ちていない気がする。

だからといって洗った後に肌が潤っている(必要以上にすべすべする洗顔料もあるのだ)わけでもない。

肌が.....ニュートラルなのだ!!!!


こんな経験は初めて!

すっごくいい感じ。


エステシャンがクレンジングして洗ってくれるあの柔らかなタッチで、

本当に汚れだけが落ちている感じがする。


実は、その赤坂のエステシャンは、洗顔料よりもクレンジングの方を薦めていた。

そちらはもっといいのかもしれない。


ネットでこの化粧品を調べてみた。

ネット販売はしていなかった。

というか、直営のエステでしか買えないような雰囲気。

そうか…………どうしようか?


歴史の浅い美容産業だから、

まだ間違った情報もたくさんある。

だからこそ自分の手で、自分の顔で確かめてみるしかない。


そして時々、こんなの初めて!みたいなことに出逢う。

そう、歴史が浅いから、日進月歩で進んでいるのだ。

新しいモノを試してみないことには始まらない。

しかし、高い。

その直営のエステに行くと

一回15000円弱かかり、さらに化粧品を購入するとなると……

そこまでする意味があるのだろうか?と思ってしまう。


しかし、化粧品の力でもしもお肌の差が大きく出ているのだとしたら~

やはりやってみる価値はあるのか?

これからゆっくり考える(・Θ・;)

MINIとサヨナラして10日

昨日新しい車が来た。


しかし、車を受け取ってそのまま磨き屋さんに入ってしまった。

家に来るのは三日後くらい。


新車を購入すると

オプションで磨きを勧められる。

確か4万円弱でやってくれる。


しかし、近所のプロの磨き屋さんに言わせると、

それは社員が適当にやってるから辞めた方がいいとのこと。


因みに、こちらのプロの磨き屋さんに頼むと

金額は2.5倍になる。

日数も掛かる。

でもパーフェクト……ということだ。


傷がつきにくくなる。

しかし、我が家に来るのは四駆の車だ。


そう、どちらにしてもこれらはすべて旦那からの受け売りである。

私はそれほど外見にはこだわらない。

多少傷がついていたってヘッチャラ。


でも、傷がないと

この間までのMINIのように高く売れることも事実。


何が得か考えてみよう~σ(^_^;)


むむむむむむmmmm

チューブ製品を使う。

新品の時はいいが、減ってくると結構使うのが面倒。


歯磨き粉、ファンデーション、他のクリーム類。

さかさまに置いておいたりするが、

それでももっと減ってくると、下から丁寧に押し続けて、

残ったクリームを絞り出す。

これが結構面倒な感じがするのだ。


私が使用しているBBクリームは、

下から丁寧に押す状態になって、

そろそろ終わりだわぁと感じてから、

一か月以上持つ。

つまり一か月以上は、毎回結構面倒な思いをして使っている。

そして思う。

他の人もこうやって最後の最後まで絞り出しているのだろうか?

それとも結構残っていても

出が悪くなったら捨ててしまうのだろうか?


私は基本的に貧乏性なので、最後の最後まで絞り出す。

というか、まだ出てくるなら出しているわけだ。

私の力で絞り出せなくなった時が捨て時と言うワケ。


しかし、上記のとおり、結構面倒な感じがする。

だって、一か月以上、その面倒な思いを抱きつつ、

チューブを絞り出して毎回使用する訳だ。

思い切って捨ててしまって

新しいモノを購入するってのはどうだろうか?


瓶とか、ケースとかに入れてくれたらいいな。

終わりが分かりやすい。

目に見えるから、なくなったことが如実に分かる。

そして指で最後ふき取るようにクリームを取れば終わってしまうわけだ。


チューブは中が見えない。

マヨネーズのように中が見えるのも実際困る。

ここに見えているのに、最後の最後まで絞りきれない。

最後はさみで切って、ヘラとかでこそげ落としたい衝動にも駆られる。

しかし、そこまではやらない。

そして、指は結構痛くなっている。


みんなどうしているんだろう?


そういえば、家で、生活の中でやる些細なこうしたことって、

他の人はどうやっているんだろう?って知らないことがたくさんありますねぇ。

マリナーズでひどい扱いを受け続けてきた岩隈選手が

やっと先発で使われることになりました。


開幕後、ずっとリリーフピッチャーとして、

それもロングリリーフと言うことで、

時々しか使われなかった岩隈。


いいピッチングをしても1回で交代されたり、

一度は、ワンポイントで使われたり、

日本での活躍を知っている人には

考えられない使われ方を続けてきた。


それも先発ローテーションが安定して活躍しているチームならともかく、

先発ローテーション入りしている5人の出来がよろしくない。

エース、ヘルナンデス以外は防御率も低く(高くかな?)

ヘルナンデスとバルガス以外はちょっと計算できない。

3番目だと思っていたベダートが故障者リスト入りした時も、

何故かマイナーからラミレスを上げてきて先発にした。

この時はびっくりして倒れそうでしたぁ~。


文句を言いだすときりがないので、

このマリナーズの監督コーチ陣の策のなさについては今日はこのくらいにしておきます。


さて、岩隈選手の初先発は

7月3日のオリオールズ戦


初先発でプレッシャーもあるから大変だろうけど、

なんとか成功してもらいたい。


とにかく1試合だけではなく、

先発ローテーション入りして、

数試合投げさせてもらえさえすれば、

他の先発ピッチャー(ミルウッドやノエシ)よりは、

ずっと安定して信用できるピッチャーであることは証明できるはず。


もしも一回だけのチャンスでうまくいかなかったら、

もうマリナーズではなく、

どこかにトレードに出して貰った方がいい。

使ってくれるチームに行った方が彼のためですから。

ダイアン・キートン主演の『デンジャラスな妻たち』という映画を見た。

日本未公開作品

原題「Mad Money」


廃棄処分になる紙幣を

そこの掃除婦たちが組んで盗むという話だ。


話が始まったあたりからなんとなくこの映画はハッピーエンドになるように感じた。

日本では少ないが、

海外では犯罪者がそのまま逃げ延びるという作品がたくさんある。

特に、この映画のように犠牲者がないような犯罪に置いては……


しかし、時々、警察での取り調べを受けている犯人メンバーの証言が挟まれる。

つまり彼らは捕まったのだ。

ということを知らせながら映画は進む。


とにかく、犯罪は大成功である。

犯罪だけではなく、彼らの恋愛関係も人間関係もすべてうまく行く。

ハッピーエンド過ぎる映画である。

が悪い気はしない。


そもそもこうしたグループで金銭を盗むような犯罪の場合、

ドラマで見る限りだが、

必ず分け前などから仲間割れすることによって事件が発覚してしまう。

または、どこかで失敗する。

ところが、この映画の犯人グループはそもそも女性3人なのである。

清掃員という仕事をしている3人の女性。

彼らは、最初の盗みの時にとにかく割り切れない1ドル札を両替して等分に分けようとする。

それが女だ。


そもそも、食事に行っても女性は1円のくらいまで割り勘にする傾向がある。

最近は面倒なので、適当な半分にすることも私は多くなったが、

若い頃はとにかくきちんと分けた。

男はそういうことをわずらわしいと思うのか、けち臭いと思われそうで厭なのか、

結構適当に分けることもある。


そのきっちりした平等性が、この犯罪グループの成功につながっていると思う。


仲間割れしなければ結構盗みは上手く続けられるのかもしれない。

と思わせる。


小さなトラブルはあるけれど、

それでも彼女たちは、旦那や恋人を巻き込んで

それでも仲間割れしないで犯罪をし続ける。


拘置所に入ってからも彼らは裏切らない。

それどころか、他の人を守ろうとする。

そして数カ月後も。


彼女たちはこの犯罪を通して、素晴らしい友人までゲットしてしまう。


日本では、数十年前までこういわれていた

「男の友情は素晴らしいけど、女には友情はない」と。

しかし、現代は間違いなく逆に感じられる。

女性は友人関係をひどく大切にしているが、

大人の多くの男たちは、以前からの友人を失ってしまっている。

不思議な傾向だが、事実だと思う。


女の方が、見栄とかが少なく、

1円のくらいまで均等に分けようという基本的精神が

逆にサバサバした、しこりの少ない人間関係を維持できるようになっているのかもしれない。


この作品は、お金を盗むグループの活動がメインになっているが、

実は、家族、友人、などの人間関係を描いた作品だった。

今回も重松清さんの作品を一冊だけ図書館から借りてくる。

以前からチェックしていた「エイジ」と言う作品。


読み始める。

あまり面白くはない。

一章に一度くらい、

うーん、この表現はなかなかいいぞ!という文章に出逢う程度。

登場人物の、

先日読んだ「きみの友だち」にちょっとダブル。

ああ、こういう人物が好きなんだ。

そのうち、

ああ、これは誰か強烈なモデルがいるのかな?


重松清さんの本は、

調べてみたらこれが5冊目

すっごく面白かった2冊と

たいして面白くなかった1冊がある。

だから、これもこの程度か……でも仕方ない。

本も当たりはずれがある。

読む時間が無駄っていう本もたくさんある。

重松さんのように一度好きになった作家には、

この「時間の無駄」と感じるほどの外れ作がないから嬉しいのだ。


そして、読み進める。

半分過ぎたあたりから、かなり凄い!

ストーリーが繋がってきて、

展開が早くなる。

つまり私がページをめくる手を止められなくなる。

素晴らしい本だと思う。


そりゃあそうだ、この本は何かの賞を取っているはず。

調べると山本周五郎賞だった。

山本周五郎さんの本はあまり読んでないから、

この賞の意味するところがあまりわからないが……ともかく


私の感想は、

現代の男の中学生の気持ちが、分からない。

重松さんの本を読むと、

現代の中学生の心が本当によく描かれている。

そして、その書いていることが分かればわかるほど、

中学生の気持ちが分からない。という結論に進んでいく。


それにしても、「いい!」

この微妙な感覚をずーっと私の心に残し続ける。

訳のわからなさを。

そして中学生は中学生なりにとっても考えているんだなと。

そりゃあそうだ。

自分の中学生の頃だってきっとモノを考えて、悩んで生きていたのだ。

そして、現代の中学生はまた違う悩みも増えている。


この本では、「すぐに切れる中学生」と言われることの多い時代の中学生を描いている。


でもすべては大人が言ってることで、

時代は多少変わっても、

中学生の考えることにそれほど変わりはないのかもしれない。


どうしようもならない時代の中で

カッコ悪いことが大嫌いな中学の男の子が最後に救われるのは、

好きなことをやることだった。

好きなことがあることは素晴らしいことだ。

好きな人がいることも素晴らしいことだ。


そう、好きと言うことでいろいろなことが救われることがあるのだろう。


私の中学時代は好きなことに埋めつくされていた。

将来になるものも決まっていた。

好きなことにまい進し続けられた私は、

やはり幸せな時代に幸せに生きられた中学生だった。

でも、それでも、それなりに悩みはあったのだと思う。


感想文を書くのが非常に難しい。

そのくらい微妙な心のヒダを見事に表現している本であり、

つまりは、

本を読まなければこの微妙さも分からないし、この雰囲気も分からない。

映画を作ってこれを伝えるのも至難の技だろう。

そう、重松清の本を読まなければこの世界観を共有することが出来ないならば、

これほど作家として凄いことはないのかもしれない。



5年前家を購入しようと東京の住宅を見て回った。

マンションも見たが、何故か戸建の方が安い。

そもそも、男は自分の土地を持つことが夢のようで、

我が家もそんな旦那様なのか戸建になりました。

戸建なんて男が居なくちゃ住みたくない。

女ひとりならマンションの方が便利で楽で心地いいはず。


今日は東京の戸建について

最近の東京の家と言えば、

とにかく土地を切り売りしているので、

狭い土地にこれでもか!と言う感じでたくさん家を建てる。

それでないと高くて購入できない。

小さな土地をどう生かすかを考えた家づくり。

結果、

2階にキッチン&リビングという家が人気だ。した。

何故ならなるだけリビングを広く取りたいというのがみんなの希望。

核家族化で同居人数が減っていく傾向があるから、

当然リビング重視です。

部屋数が少なくてもいいから、

リビングが広い方がと考える人が増えている。

そこで、我が家も多分に漏れず2階がキッチンとリビングという作り。

しかし、住んでみて思ったのです、

これはあまり便利ではない。

日常的にはひとつだけ、

買い物した荷物をすべて2階まで運ばなければならない。

買い物はかなりの重労働なので

重いモノはほとんど宅配で頼むのだが、

玄関から2階に運ぶだけでもかなりタイヘン。

以前のように1階にキッチンがあれば、

この労働は必要なかったのだわ。

でも、それはまあ運動だと思えばいいけれど、

問題は、歳を取ってからです。

歳を取って歩行がままならなくなった時にどうするのか?

2階に生活の中心がある以上、

2階なしには生活できない。

しかし、お風呂は1階。

義理の母が大腿骨を骨折して杖歩行になった時、

田舎の家は広かったので、

もう一切2階は使用しないつもりで、

すべての生活必需品を1階に移動した。

そもそもトイレもお風呂もキッチンも1階にあったから、

寝室その他を1階に移動すればよかったのだ。

しかし、

東京のこの家のように

2階にキッチンがある以上それは不可能なのだ。


年老いて、歩行が困難になった時、

さてどうするか?

この家には住めないということだ。


東京には2階がリビングの家ばかりがどんどん立ち並んでいる。

結局、若い時と、

子どもが小さい時と、

中高年と、

老年と、

家を住み替えろと言うことだろうか?

それが出来る人はいいけれど……ヽ(;´ω`)ノ

生まれて初めてトラックを運転しました!!


年取ると、初めてのことってどんどん減るんじゃないかと思っていたけど、

いやいや、どうして?

初めてのこともたくさんあります。


勿論、荷物があるのでトラックをレンタカーしたわけです。


借りてきたレンタカーはなんとマニュアル。

マニュアルの車を最後に運転したのは一体いつだろう?

思い出せないくらい昔。

実際、全くと言っていいほど忘れていましたね、運転の仕方。

ギアを上げていくのは大丈夫だったけど、

スピードが落ちてきた時にどうするんだっけ?

って全然思い出せず、エンスト。

きゃぁ~、エンストする車って最近見ないかも。



stingのブログ

しかし、椅子が高く、視界が広くなかなか快適。

ハンドルに遊びが多くてかなりゆるやかなのは、ちょっと慣れなかったけど、

でもスピードが乗ってくると安定してきて

スピードをあまり体で感じないしかなり楽。


そんなわけで、マニュアルとっても下手な私は、

高速道路のみ運転したわけですが、

初トラックには間違いなく(笑)

結構、大変な思い出になるわけです。


前から見るとトラックなんだけど、

PAに止めて横から見ると、あらぁ~ちっちゃいぃ~。

2トントラックってこんなに小さいのだ。

そしてなんかバランスが変。



stingのブログ

はい、レンタカーです。


これで東京から、埼玉、群馬、長野を経由して

山梨から帰ってきました。

なかなかの長旅でした。


いつもと視界や視線が変わるというのは

ちょっと不思議な素敵な感覚です。


勿論トラックに乗せて頂いたことは何度かあるけれど、

運転するとまたひと際違った感覚を体感することが出来ました。

消費増税法案などが変な形で可決された。

民主党のごたごたや、その他の政党を含む、

日本の政党政治の不思議さは、この際さておき、

消費税増税について。


私は、かねてから消費税増税には賛成だった。

これはいつのことだろう。

記憶が適当だが、

十年以上前のコト。

最初の消費税の時かもしれないし、

適当な記憶で……m(_ _ )m


つまりかなり前から消費税を上げればいいとずっと思ってきた。

何故なら消費税ほど平等な税金はないと思っているからだ。


でも、その法案が長引くだけ長引いてこんな時期になった。

これまで、消費税の代わりに、いろいろなところに税金がかけられ、

増税になり、

もう何から何まで税金を払っている上に、

消費税増税は厳しいに違いない。

つまり何よりも先に消費税を上げればいいと思ったのに。


ニューヨークに住んでいたこともあって、

消費税10%くらいなら当たり前だと感じることが出来る。


そもそも消費税は、買い物をしなければかからないのだから、

お金を使う人、

逆に言えば使える人にかかる税金なのだ。

貧富の差にきちんと比例すると考えてもいい。

(お金がないのに使ってしまい借金生活する人なんかこの際論外)


ただ、勿論内容は精査しないといけない。


スーパーなどで購入する通常の食材には税金を掛けるべきではない。

これもアメリカでは当然のごとく行われている。

ニューヨークのスーパーで買い物をすると

レシートを見れば、どれに消費税が掛かっていてどれにかかっていないかすぐ分かる。

アイスクリームには消費税が掛かるが、

ヨーグルトには掛からない。

ま、アメリカ的に、生活に必要な食材と嗜好品を分けているわけだ。


お金がない人はアイスクリームは我慢すればいい。

当たり前のことだ。

最近は、こどもだけではなくて我慢するしない人が多すぎる。


お金がない人は、

煙草もお酒も、

つまり嗜好品を呼ばれるものは我慢すべきだ。

だから、煙草やお酒にはもっと税金を掛けていいと思う。


今回の消費税増税でも経済界からは反対の意見も多い。

つまりモノが売れなくなるというのだ。

しかし、上記のとおり、生活に必要なモノは購入するのだ。

お金がある人は、きっと贅沢品も購入するに違いない。

煙草やお酒を購入する人は、

それなりに生活に余裕がある人だから、問題ない。


消費税は、私たち個人にはごまかせない税金なので、

かなり平等に支払われる可能性がある。

早く消費税を10&とかにして、

その分、他の税金、

例えば、すでに稼いだお金を貯金しておくとつく利息に掛かる税金とか、

を少なくし、

所得税のようにごまかしやすいモノを少なくし、

もっと平等に

稼ぎが多く、贅沢な暮らしをする力のある人からたくさんとればよい。


ところで、このテーマ「政治が面白い」を書くのはかなり久しぶりだ。

何故なら政治が面白くないからだ。


それにしても、昨日のニュースでも街角でインタビューしていたが、

消費増税で「困る」と言う人は勿論たくさんいたが、

真っ向から反対する人の少ないこと。

これがギリシャやスペインなどだったら、

暴動になってるかもしれないのに。

これほど経済的に厳しい時の増税案だったら。


これほど素直な国民は世の中にないのだ。

これは単に問題意識が低いだけかもしれないけれど、

でも、とにかく政治家から見たら、

これほど扱いやすい国民はないのだから、

しっかり政治を行って、世の中が平和で豊かになるように

もっと頑張って貰いたいものだ。

『瞬 またたき』という映画を見て思った。

特に前半を見てて思った。

浅い……


作品がどうしようもないとか、

役者がダメとかそういう事ではない。


そもそも主演の北川景子さんは、真摯に役に取り組んでいる姿と、

モデル出身(ですよね?)とは思えない演技を見せている。

(演技的に問題があるとしたら、大塚寧々さんの方。これはさておき)


しかし、浅い。

これではテレビドラマだ。


演出が悪いのか?

それとも単にお金がなくて、時間を掛けられないのか?

勿論、時間を掛ければいいと言うものではないけれど、

実際、この映画でも田舎の緑が、

邦画によくあるとても美しい色を出していた。

しかし、その美しい景色もなんかとってつけたような気がしてしまう。

どうしてだろう?


そういえば、これの前につまらない邦画を見た。

こちらは本当につまらなかった。

『シーサイドモーテル』という作品。


小劇場でよくやりそうなストーリーだ。

アイデアは悪くない。

それをなんとかラストの写真にロマンチックに持って行きたいのだろうが、

どうにもこうにも………………………………浅い。

2500円出せば見られる中央線沿線の小さな小劇場でやっているような作品だ

(?????微妙な表現で失礼m(_ _ )m)

でも、これだけのメンバーが出演しているのだから、

映画なのだから、

そんな安い製作費で作れるとは思えない。


どうしてこういう作品が多産されているのだろうか?


小劇場をやってきて、時々こんな作品に出あった。

これは舞台作品ではなく、映画のような作品。

聞けば、演出家や脚本家が映画志望だという。

でも映画はお金が掛かるけど芝居ならそこそこの予算で作れる。

だから演劇を作った。

むか~っ( ̄へ  ̄ 凸

映画を作りたいなら映画を作れ!


この作品もアイデアだけは「それっ、面白いじゃん!」と始まってみたけど、

脚本が悪い。

役者も酷く下手に見える。


さて、元の作品に戻る。

『瞬 またたき』

これはそれほどひどい作品ではない。

でも、「浅い」と感じてしまった。


私が一番いいたいのは、

これでもいいじゃないっていう風潮がだんだん強くなることが怖いのだ。


この作品は何度も言うが悪くはない。

だからこういう作品があってもいい。

のだけれど、

こういう浅い作品ばかりになって、

今の若者たちが、そういう作品でしか理解できなくなったり、

簡単な感動ばかり求めていくことが怖い。

そもそも芸術とはそういうモノではないのだから。

そして、芸術に触れることで人々の感性はどんどん磨かれる。

たとえ、訳分からない作品でも、きちんとしたものならば、それに触れる価値がある。


そんなことをもう十数年考えながら作品を作ってきた。

そして、この作品を観てまた感じてしまった。


話は変わるが、この作品で、亡くなった彼氏の母親役を演じていた永嶋暎子さんという女優さん。

この映画では彼女だけが正しいだけではなく、

重みも存在感も出し、魅力的だった。

決して出しゃばらず、しかし、しっかり存在していらした。

昔から変わらない女優さんだ。


私は、永嶋暎子さんと一度ご一緒させていただいたことがある。

だから、とても印象深い方なのだが、

こういうしっかりした芝居をされる方が周りを固めてこその主演なのだ。

だから、この映画では、

永嶋さん以外の方に周りを固めて貰えなかった

北川景子さんが惜しい状態になってしまっていた。