************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、実家と連絡を絶っていた娘のコオは仕事帰りの面会で父との短いが穏やかな時間を送る。
一方父と同居のコオの妹、莉子はコオと、会話が食い違い険悪な状況が続く。1ヶ月が過ぎようかというとき、莉子は姉・コオの夫、遼吾に繰り返し電話をし、会って父の今後を話したい、という。

 コオは全くなじみのなかった日本の”介護システム”について、友人・響子にレクチャーをしてもらい、自宅に父が戻ってから介護サービスを受けるために必要な事項、介護認定・ケアマネージャーを決める件に手を付ける。

 準備を一通りしたところで、莉子と会う日がやってきた。

 「こんにちは。寒いから、早く済ませましょう。それで?病院からなんか受け取ってきたんだよね?」

 遼吾がコオに目を向けて言った。

**************************************

 

 「これ。半月締めだからって。請求書だって。高額医療費になる可能性が高いから、ちゃんととっておいてあとで申請すれば戻ってくる分もあるはず。」

 

 コオはぶっきらぼうに病院の請求書を渡した。コオは、何度も自分も入院しているから、高額医療費制度があることを知っていた。一定の額以上になると、申請すれば戻ってくる。教えてあげるなんて私、親切だよね?

 

 「それからね、パパが退院してからのケアマネージャーを決めなくちゃいけないけど、パパがお母さんの時の人がいいんだって。私名前も番号もわからないから、その、ケアマネージャーに連絡してくれない?父も退院したらお願いしたいって。万が一、今担当がいっぱいで無理だったら、大宮の男性ケアマネージャーっていうのを抑えてて、そっちにお願いできるから、それはお姉ちゃんがやる。ともかく、前のケアマネさんに連絡。それだけやって。それもできないなら、前のケアマネさんの電話番号と名前だけ教えてくれればこっちでやる。」

 

 「うん、わかった・・・それで、お金の事なんだけど。」

 

コオは、そのとき、ほとんどスルーに近い応答をされたのに、寒くて早く帰りたかったのと、莉子とあまり話をしたくなかったので、莉子の返答に注意を払わなかった。

 

 「今になっちゃったけど、お母さんのお葬式代、パパが、少しでいいっていうから四分の一持ってほしいの。50万円。」

 

 父は、母の葬式代の事は何も言っていなかった。母の残したお金をコオに持ってきたときでさえ。親族の一部だけでの少人数の葬式だったのに、びっくりするような額だった。(コオの、葬儀場に努めている友人は、それはぼられたね、といった)。

 どうやってその額を知ったのか、今はコオは思い出せない。父にきいたのか、それとも莉子のその時のことばで計算しただけだったのか。もしかしたら、莉子の言葉からだったなら、それは、単に莉子の嘘だったのかもしれない。ただ、母の葬式代を、コオが全く出していなかったのは事実だし、確か父が、母の残したコオの名義の通帳を持ってきたときに、「少しだけでも葬式代を持ってもらえると助かる」といったような記憶もある。

 だから、コオは、払うことにした。入院費を考えるなら妥当なところだろう。ただ、黙ってすぐOKするのはやはり癪に障った。

 

 「お母さんのお金の入ってる口座のキャッシュカード今もってないから今は無理だよ。」

 「俺が届けるから。とりあえず自分の口座からおろせばいいじゃないか。」

 

 遼吾がいった。 

 

 

 

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、実家と連絡を絶っていた娘のコオは仕事帰りの面会で父との短いが穏やかな時間を送る。
一方父と同居のコオの妹、莉子はコオと、会話が食い違い険悪な状況が続く。1ヶ月が過ぎようかというとき、莉子は姉・コオの夫、遼吾に繰り返し電話をし、会って父の今後を話したい、という。

 コオは全くなじみのなかった日本の”介護システム”について、友人・響子にレクチャーをしてもらい、

 自宅に父が戻ってから介護サービスを受けるために必要な事項、

 介護認定・ケアマネージャーを決める件に手を付ける。

 父に一応聞いたうえで、コオは母の時と同じケアマネージャにしたいと考える。 

 

**************************************

 

 その日も寒い日だった。

 もう3月だけれど、最近の冬は温暖化のせいで温かったが、今年は寒い。いや、平均的なのかもしれない。

 1月にはがっつり積もるほどの雪が降ったし、雪がなくても、こんな寒さの中、コオは外に立ちっぱなしなど嫌でたまらなかったが、嫌々、本当に嫌々、莉子が指定した公園に、遼吾と車で出かけた。

 実家から、自転車でコオなら5分、莉子なら10分弱か。コオが小さいころはなかった公園だ。ボールをけるくらいのスペースはあって、子供たちがよくサッカーをしている。コオがよく行っていた歯医者のそばの公園は、寒いせいか数人の子供がいるだけだった。

 コオはぐるりと見渡して、やはり全然わからない、と思った。何故、ファミレスの個室で話すのはダメで、公園はいいのだ?

 莉子はブーツにショートコートを着て現れた。いつも思うのだがコオより背が高く、一時期服飾メーカーに勤めていたせいなのか、服を選ぶのも、いいものを選ぶ。直しの必要がない、うらやましい体型だ。化粧もふくめて、きちんとしている、という印象だ。対するコオはいつもの通りすっぴん。化粧は面倒だし、お金がかかるから、めったにしない。それもあまり気にしない。服のセンスが全くないのが分かっているのと、何を着ても見栄えがしないと思ってるから、服へのこだわりもほとんどない。足が痛くなるのが嫌で、靴は常にスニーカーだ。

 いつも莉子を見るたびに、コオは(姉妹とはいえ、私とは違う世界の人だよなぁ)と思っていた。もっとはっきり言えば、他人だったら、学校で同じクラスにいても、コオと友達にはならなさそうなタイプ。それが、もっともコオと莉子の間をよく表していると思う。

 

 「遼吾さん、こんにちはー」

 

 莉子の甲高い声を聴くだけでコオは頭痛がしてきそうだった。

 ここまで妥協して出てきたんだから、遼吾、仕切ってよね。

 

 「こんにちは。寒いから、早く済ませましょう。それで?病院からなんか受け取ってきたんだよね?」

 

 遼吾がコオに目を向けて言った。

 

 

 

 

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、実家と連絡を絶っていた娘のコオは仕事帰りの面会で父との短いが穏やかな時間を送る。
一方父と同居のコオの妹、莉子はコオと、会話が食い違い険悪な状況が続く。1ヶ月が過ぎようかというとき、莉子は姉・コオの夫、遼吾に繰り返し電話をし、会って父の今後を話したい、という。

 莉子会うまでの間に、コオは全く知らない”介護システム”について、高校時代の友人・響子に教えてもらい、役所と連絡を取りはじめる。

**************************************

 

「パパ?」

「うん?」

父は、回復はしていたが、調子が悪いと熱を出した。熱を出すと、途端にしゃべることがはっきりしなくなり、会話が通じない気がする。そういう日は、あまり、たくさん質問したりしないように、少し短めにコオは面会を切り上げることにしていた。この日は少し、具合が良くないようだったが、コオは起きなくていいから、といって、耳に顔を近づけて、大きな声で聞いた。

 

 「退院したらさ・・・お母さんのときみたいに、リハビリとかのプログラム作ってくれる、ケアマネージャーが必要なんだって。それで、パパは,

男の人のほうがいい?それとも、お母さんのときと同じ人がいい?」

 「うーん、そうだなぁ、まぁお母さんのときと同じ人なら、まぁ、またお願いしますよ、ってことになるなぁ、慣れてるから・・・」

 「そう。じゃあ、その人のほうが良ければ、頼んでみるけど。それでいい?」

 「まぁ、その場合は、どうも、久しぶり、ってなるよなぁ・・・」

 

特に、こだわりがないようだ、と判断して、父のケアマネージャーは基本母の時に頼んでいた人に頼もうと思った。・・・もちろん、担当人数に空きがあれば、だが。

 そこでふと、連絡先も、名前も知らない事に気づいた。

 

「パパ。お母さんのときのケアマネージャーさんの名前わかる?」

 

 こんな最近の記憶は、厳しいかも、と思いながら聞いた見たが、果たして父は思い出すことはできなかった。

 仕方ない。莉子が知っているはずだから、この仕事は莉子に振ろう。

 

 これで、ほぼ、莉子に話さなければいけないことの準備は整った。

 意外にに手際よく進められている自分に、コオは少し驚くとともに、大幅に手間を省けたのは友人・響子のおかげだ、と心のなかであらためて感謝した

 

 

 

 

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、実家と連絡を絶っていた娘のコオは仕事帰りの面会で父との短いが穏やかな時間を送る。
一方父と同居のコオの妹、莉子はコオと、会話が食い違い険悪な状況が続く。1ヶ月が過ぎようかというとき、莉子は姉・コオの夫、遼吾に繰り返し電話をし、会って父の今後を話したい、という。

 莉子会うまでの間に、コオは全く知らない”介護システム”について、高校時代の友人・響子に教えてもらい。動き始めることにする。

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 まずは、役所だ。響子に教わったとおり、高齢介護課に電話をかけて、まずは

 

 「全然わからないので教えて下さい」

 

と言った。ともかく、役所用語はわからないことが多いから、最初にそう言っていくほうが無難だ。思えば、これは多少なりとも役所と良好に話ができた数少ないうちの1回だった。もっとも、既存の情報を引き出しただけだったからかもしれない。何らかのトラブルに新たに対処する、という場面では常にこの後、コオは役所の愚かさを思い知ることになる。

 いずれにしてもコオはこのとき、入院している父が退院することになりそうであるということ、認定調査を受けたいこと、そして、ケアマネージャーを決めたいのだが、という話をした。

 

 「ああ、そうですね、認定調査の日程調整までも少しかかりますし、調査後も介護認定決定までは結構時間がかかるんですよ。」

コオの理解だと、認定が降りていない場合でも、それは保険が使えないだけで、100%払えば、病院の自費診療と同じ扱いでサービスは利用できるのかと思っていたが、どうもそうではないようだ。

 「それで・・・ケアマネージャーさんをこちらで紹介してほしい、ということでしょうか?」

 「あ、紹介していただけるんですね。多分、母が4ヶ月前に亡くなったんですけど、その時の人になるんですか?」

 「いえ、そうとは限りません。もし、本人のご希望があって、しかもそのケアマネージャーの担当人数に空きがあるなら頼むことはできると思いますよ。」

 「本人の希望、きいてもらえるんですか?」

 「ええ、例えば、男性にしてほしい、とか女性じゃなくちゃ嫌だ、とか、そういうご希望は伺えますよ。もちろん、その時にご希望にあうケアマネージャーがいるかどうかにもよりますが。」

 

 コオは、少し考えた。父に・・・聞いてみてからのほうがいいかも。でも、とりあえずは抑えておいたほうがいいかもしれない。

 

「わかりました。紹介していただけますか?父に一度聞いて、その上でもう一度ご連絡します。」

 

役所は、隣町に本拠がある、男性のケアマネージャーがいる、と調べてくれて、決めたら電話をくれ、と言われた。

 

 

「ただ・・・」

「はい?」

「お姉さんは、お父さんとご同居じゃないんですね?」

「あ・・・ええ。妹が同居してるんで。」

「すると、キーパーソンは、妹さんということになりますね。」

 

 キーパーソン。

 この言葉は、このコオの8050戦争で、この後、長い間コオを悩ませることになる。役所や、施設とのやり取りで常に、最終的はこの「キーパーソン」すなわち、意思決定をする人間が誰かが重要になる。父のリハビリや入浴プログラムをどうするのか、主治医をどうするのか、はては入所施設をどこにするのか。ありとあらゆることはキーパーソンからのOKがないと、何も進まない。いや、進められない。 キーパーソンが何も言わず、動かなければ、周りがいくら何を言おうが、ことは進まないのである。

 ただ、これはまだまだ先の話で、このときは、最終的にキーパーソンからの連絡があればいい、というだけを聞いて、コオは電話を切った。

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、実家と連絡を絶っていた娘のコオは仕事帰りの面会で父との短いが穏やかな時間を送る。
一方父と同居のコオの妹、莉子はコオと、会話が食い違い険悪な状況が続く。入院費の請求を病院側から知らされたのをきっかけに莉子は姉・コオの代わりに遼吾に繰り返し電話をし、会って父の今後を話したい、という。

 莉子会うまでの間に、コオは全く知らない”介護システム”について、高校時代の友人・響子に教えてもらうことにした。ランチをともにしながら、響子は丁寧に説明をしてくれる。

**************************************

 

「そっか、じゃあ、私が知らなかっただけで、母も多分、ケアマネージャーがいたはずだよね。」

「絶対いたはずだよ。麻痺があったんだよね?しかも退院した後は、ずっと自宅だったんでしょ?」

 

 気がつくと、ランチを食べながらもう2時間近くが経過していた。コーヒーを飲みながら、響子は積み上げていたファイルをとんとん、とまとめた

 

「在宅介護になる予定なので、ケアマネージャーについて相談したいんです、って電話するといいよ。役所に。介護保険課、とか高齢介護課、とかそんな名前だったと思うけど、まぁ、大丈夫だよ。どこに電話しても回してもらえるから。」

「わかった・・・ありがとう、響子。めちゃくちゃわかりやすかった。今日のランチはもちろんおごる。ほんとにありがとう。」

「じゃ、今日は甘えることにするわ。現役介護の先輩だから、私。いつでも聞いて。」

 

 響子はにっこり笑った。

 これから施設に行く、という響子と途中で別れて、コオはしみじみと思った。

 素晴らしい。

 打てば響くというか、この会話のテンポ。こちらの知りたいことをわかりやすく教えてくれて、お互い(とコオは思っている)会話に無駄がない。通じ合っている感覚。彼女といると心地が良い。何時間話していても、楽しくて、時間がすぎるのが惜しいくらい。これは高校時代から変わらない。いや、むしろ歳を重ねてからのほうが、うまく会話できているような気がする、とコオは思う。

 

(高校の時の友達となら、いっつもこんな感じで楽しいのに。・・・莉子とはどうしてこういかないんだろ。おんなじ高校出身なのにな。)

 莉子と会う日のことを考え、コオは小さくため息をついた。

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、実家と連絡を絶っていた娘のコオは仕事帰りの面会で父との短いが穏やかな時間を送る。
一方父と同居のコオの妹、莉子はコオと、会話が食い違い険悪な状況が続く。入院費の請求を病院側から知らされたのをきっかけに莉子は姉・コオの代わりに遼吾に繰り返し電話をし、父の今後を話したい、という。

 莉子と合うまでの間に、コオは全く知らない”介護システム”について、高校時代の友人・響子に教えてもらうことを思いつき、メールを送る。

**************************************

 

 「久しぶり!ごめん、呼び出して」

 「いいよ、いいよ。新駅のそばにさ、いい店があるからそこに行こう!」

 邑木響子は、15時には、施設に入っている父のところに行くという。彼女の母は実家にいて、彼女が通い介護をしている。大変だね、お兄さんいるのに、というと、兄は、あてにならないけど、そのかわり私のやり方に文句はつけないから、と響子は笑った。

 子供がいなくて共働きの彼女は、夫婦仲ががよくて、洒落た美味しい店を発見して二人で食べ歩くのが好きだ。遼吾など、「旨い店、響子さんに聞いといて。彼女がうまいと言うなら間違いないから。」というくらいだ。

 二人は小さいけれど、ランチタイムでかなり混んでいるカジュアルフレンチの店に入った。

 

 「さてと。何からいく?お父さんのことだよね、介護関係ね。」

 

 響子は肩からかけたかばんから、どっさりとファイルを取り出した。さすが、響子。頼りになる。

 

 「うん、私、母のときも亡くなる直前まで実家と連絡してなかったから何も知らないんだ。病院でね、退院するならケアマネジャー決めないとって言われたんだけど何のこと?」

 「ああ、そりゃ、そばに年寄りがいなかったらわからないよね。」

 

 響子は、笑った。

 

 「介護認定は受けてる?」

 「・・・なに?それ。」

 

 「うん、介護保険、ってあるじゃない。あれって、ある年齢になったら自動的にみんな払ってるわけだけど、あれを、使って、介護サービスを利用すると、健康保険みたいに安く済むわけ。だけど、使うためには介護認定を受けなくちゃいけないの。つまり、この人は介護が必要です、って役所が判断して、はじめて介護保険を使うことができるようになる。自立、ってつまり一人で暮らせます、って判断されると介護保険は使えない。」

 

 「介護認定がじゃあ、最初だね。それはどうしたらいいの?」

 

 「申込みは介護保険の窓口。病院にいる場合はね、役所の調査員が本人の状態を確認に病院にいくわけ。で色々質問するの。日付は病院のケースワーカーと役所でしてくれると思うけど、家族も立ち会うね。それでね、どれくらい介護が必要なレベルかっていうのを1から5で決める。」

「成績表みたい。」

 

「で、そのレベルによって、どこまでのサービスを受けられるかが決まるの。でね、要介護がつくと、病院から出たとき、ケアマネージャーがつくの。」

「そこで出てくるのがケアマネージャー、なんだ。マンツーマンでつくの!?」

「まさか。一人のケアマネが何人かを担当してるね、通常。で、在宅でどんな介護サービスを受けられるか、ある程度管理してくれるわけ。ケアプログラムも作ってくれるよ、ある程度こっちの希望も聞いてくれる。」

 

 初めて聞くことばかりだった。響子の持参したぶ厚いファイルは、実際に彼女の母のケアマネージャが作成しケアプログラムで、どんなことをどれくらいの価格でできるのか、響子は丁寧に説明してくれた。

 

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、実家と連絡を絶っていた娘のコオは仕事帰りの面会で父との短いが穏やかな時間を送る。
一方父と同居のコオの妹、莉子はコオと、会話が食い違い険悪な状況が続く。入院費の請求を病院側から知らされたのをきっかけに莉子は姉・コオの代わりに遼吾に繰り返し電話をし、父の今後を話したい、という。場所についての奇妙に神経質な指定にコオは違和感を覚える。

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 「結局…あの子の思い通りにしなくちゃいけないわけ?なんでいつもそうなの?」

 

 コオは荒れたが、それよりも、むしろ困惑してた。莉子は・・・昔より、更になにを・言っているのかわからない。

  

 「変なのわかってる。しかもたったこれだけの話するのに、俺30分もかかったんだぜ。」

 「・・・選択肢なんて結局無いじゃない。家でヒステリー起こす莉子に会うくらいなら、公園のほうがマシ。」

 

 冬だっていうのにバカみたい、とコオは腹立たしげに付け加えた。

・・・これが予想の斜め上を行く莉子の反応に、コオも、遼吾も、不吉な気配を感じた最初の出来事だった。

 

 さて、コオは、途方に暮れた。

 公園で莉子に会うまではまだしばらく・・・1週間はある。病院からは、”退院してからのケアマネジャー”をきめないと、と言われた。ケアマネジャーってなんだろう?どうやって決めるんだろう?介護保険・・・ってなんだろう?

 このときはコオは、介護、という言葉を知っているだけで、それ以外何も知らなかった。名前は聞いたことがあるけど・・・さっぱりだ。システムもわからなければ言葉もわからない。

 コオはWeb検索をかけてみたが、役所のホームページはわかりにくく、、もともと苦手な役所用語が多いのもあって、全く頭に入ってこない。コオはダラダラ検索するのをやめて考えた。

  一番いいのは、おそらく介護に関わった人に直接聞くことだ。・・・そうだ、響子。彼女は同居はしてないけれど、近所に住んでいるご両親の通い介護の経験がある。その実家には、彼女の年の離れた兄もいて・・・かなりうちと近い状況だ。彼女に聞けば、きっとわかりやすく教えてもらえる。地区で色々制度が違ってたりしても、響子の住む家はうちと近いから、多分共通のはず。久しぶりに会えるのなら、せっかくだから、一緒にランチでも食べられれば、楽しいだろう。

 コオは、高校時代の友人、邑木響子にメールを送ることにした。

 

 《久しぶり!ちょっと教えてほしいことがあるのだけど・・・ランチおごります!ご予定いかが?》

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、娘のコオは仕事帰りの面会でに父との短いが穏やかな時間を送る。
その一方で、コオの夫・遼吾に転院時の支払い、手続きを任せきりだったのみならず、そのあと一言もなく支払いもさせたままの妹・莉子にコオは怒りを募らせる。そんな時に、半月締めの入院費の請求を渡したいと、病院側からいわれる。莉子に苛立ちをおさえられないコオは、自分から莉子に支払うと伝える気はなかった。莉子は姉・コオの代わりに遼吾に繰り返し電話をし、父の今後を話したいという。

コオは渋々「家ではなく、外で会うのが条件」ということを遼吾に伝える。

それはもちろん、屋外の意味ではなかったのだが・・・
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 遼吾は、ホッとしたようだった。

 ここまで妥協したのだ、という思いもあってコオは、後は遼吾に任せてスムーズに事が進むことを疑わなかった。外で話せば、莉子が騒ぐのも限界があるだろう。彼女がヒステリーを起こすなら、恥ずかしいからと言って、もうその場で帰ればいいのだ。 

 決して100%納得がいっているわけではないが、ここらへんが落としどころなのだろう。コオはそんなふうに考えていた。

 ところが。

 

 「・・・あのさ、嫌だって。会うのは家にしてくれって。」

 

 遼吾がひどくめんどくさそうに言ったのは次の日だった。

 

 「嫌って、私だって嫌だけど?家でやったらヒステリー起こし放題じゃないの。それが嫌だからファミレスで会うって言ってるのに。」

 「それがさ…」

 

 遼吾が伝えたのは、全く、コオが予想だにしなかった答えだった。

 

 ご飯を食べる目的以外で、飲食店に行くのはお断り。

 誰が聞いているかわからない。

 だから公園などの外ならいい。

 

 「・・・ファミレスの個室、とかなら。」

 「俺もそう言ったよ?でも、ダメなんだって。誰かが聞いてるからって。」

 

 またもやコオはめまいをおこしそうだ、と思った。

 公園が良くてファミレスの個室はだめ?

 そもそも、こんな話、誰かが聞いてどうするっていうの?秘密でもなんでも無い。個人の家庭の事情を聞かれるのは気分は良くないけど、それだけのものだ。お金の話になったら多少・・・そりゃ、聞かれたくはないけど、聞かれたからといってなんだろう?

 莉子は・・・被害妄想だ。

 

 それが、コオが莉子の異常さを感じた最初だった。

 まだ、病気だとは思っていなかった。もともと、細かいというほどではないが、子供の頃からコオがどうでもいいことを気にするのだ。というより、コオと莉子が気になるところが違うのは、単に相性が悪いだけだと思っていたし、子供の頃から、コオは莉子が気にすることを大抵「バカみたい」と密かに思っていた。その延長線でしかなかったのだ。