あっという間に1月が半分過ぎました。

 早いですね… もうすぐコオ(のモデル)の父が倒れた日になります。

 

本編は今、3月の頭に入るかどうかってところですが、

ここまでで明らかになったのは、

1. 莉子が、あまり収入がない、8050問題に実は直面していること。

(まだ、言葉としては出てきてないですが)

2. コオの幼少期の姉妹の扱いの格差。

本気で虐待してる場合と違って、こういう表に出てこない毒親は、相当数いると思われます。

(ここの文章は、もちろん本人には了承撮ってます)

3. コオの実家でのネガティブな記憶は、大昔のことであるにも関わらず、コオの夫婦関係に影響を及ぼし始めていること。

残念なことですが、コオのインナーチャイルドはこの時点で、全く未成熟な子供として遼吾と対峙しています。そして遼吾はその意味がわからない。

 

そして、お父さんの介護問題、莉子のもう一つの問題が徐々に姿を表してきます。

 

堰を切ったように色々なことが起きてきます。

そこにコオがどう対処していったのか、あらゆる行政機関にコオは救いを求めます。

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、娘のコオは仕事帰りの面会でに父との短いが穏やかな時間を送る。
その一方で、コオの夫・遼吾に転院時の支払い、手続きを任せきりだったのみならず、そのあと一言もなく支払いもさせたままの莉子にコオは怒りを募らせる。そんな時に、半月締めの入院費の請求を渡したいと、病院側からいわれる。莉子に苛立ちをおさえられないコオは、自分から莉子に支払うと伝える気はない。それには理由があった。

 莉子は姉・コオの代わりに遼吾に繰り返し電話をするようになっていること、遼吾が

コオが折れれば済むこと、といったことで、さらにコオは爆発する。


***************************************************************

 

 「どうして?莉子がおかしいじゃない。何故私が折れなくちゃいけないの?私がなにか間違ったことしてるの?莉子はおかしいことをしてもいいの?莉子は・・・おかしいことをしても、誰も何も言わないの?何故私がいつも我慢しなくちゃいけないの?」

 

 コオは、いいながらめまいがしていた。まるで・・・小さい頃思っていた、どこかに溜まっていたドロドロとした汚らしいものがそのまま溢れて、流れているようで。みっともない、とどこかで思っているのに、止まらなかった。どうして。どうして私の味方をしてくれないの?どうして、いつもいつも、私に味方をしてくれる人はいないの?何故いつも莉子なの?

 子供が親に叫ぶように、遼吾に言った。

 

「あなたは・・・あなたは莉子と結婚してるわけじゃない!!」

 

 コオはこの部分は、全く子供のままだったのだろう。未解決の、未処理の感情は消滅もせずにどこかに溜まった膿のように何十年もそこにあったのだ。遼吾は、そこに、メスを入れてしまった。

 ただ、膿はあふれだしてしまったが、今回は決定的ではなかった。

 

 「そうじゃない、俺だって参ってるんだ。5分で終わるような話を何10分も職場にかけてきてしゃべるんだから。でも、お義父さんのこの後のこと、話さないわけにいかないだろ?」

 

 嫌そうに言った遼吾に、溢れ出した膿を無理やり封じ込めるように、コオは言葉を絞り出した。

 

 「私は彼女とは、外で、なら会う。ファミレスとかね。でも、うち・・・ここでも、実家でも、家の中で会うのはお断り。それが私の最大譲歩だよ…。」

 

 

 

************これまでの話********************************


父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、娘のコオは仕事帰りの面会でに父との短いが穏やかな時間を送る。
その一方で、コオの夫・遼吾に転院時の支払い、手続きを任せきりだったのみならず、そのあと一言もなく支払いもさせたままの莉子にコオは怒りを募らせる。そんな時に、半月締めの入院費の請求を渡したいと、病院側からいわれる。莉子に苛立ちをおさえられないコオは、自分から莉子に支払うと伝える気はない。それには理由があった。

コオの夫、遼吾の職場まで電話を掛ける莉子にコオはずっと腹を立てていたが・・・・


***************************************************************

 

 コオは、爆発した。

 

「お前が折れれば、済む話じゃないの?」

「何故?私が折れれば、って、何故?彼女のやってること、おかしいと思わないの?」

「だって、このままじゃお義父さんの話、進まないじゃないか。」

 

 遼吾の言うことは一つ一つはもっともではあったのだ。ただ、おそらく遼吾がわかっていなかったのは、コオがそもそも実家を嫌っていた大きな理由の一つがそこにあったことだった。

 

 幼かった頃から、両親が、特に母が「お姉ちゃんだから、莉子の面倒を見て」「お姉ちゃんなんだから我慢してあげて」というたぐいのセリフを繰り返した話は既に書いた。

 そして、コオが今持って納得の行かないのは、両親、これは父がよく言った”喧嘩両成敗”というものだった。

 幼い頃からあまり気の合わない莉子とコオはよく喧嘩をした。莉子は、両親の前ではおとなしく、姉につよくいわれたりするとすぐ泣くような妹だったが、両親のいないときは、かなりの反撃をした。守ってくれるものがなかったら、そうするしかなかっただろう。

 しかし、それは裏を返せば、父や母がいるときは常に守ってもらえるから反撃の必要などなかったということだ。

 

 もう、今は細かい内容など少しも思い出せない。なのに、当時の悲しいというより悔しくてやりきれない思いだけがはっきりと蘇る。もしかしたら、その時姉妹の間に起こったことは、コオが思っていたようにコオが絶対正しいものもあったからもしれないし、逆に莉子が正しかったのもあるかもしれない。

 でも、子供だった頃のコオは、何故、自分が喧嘩をしたのか、妹をぶったのか、話を聞いてもらいたかった。そしてジャッジしてもらうことを求めていた。父と母のいるところでは、莉子は常に守られているから、コオが喧嘩をしても相手は莉子ではなくなってしまう。では父も母もいなかったときの喧嘩は?絶対に私のほうが正しかったら私は正しい、って言ってくれる?莉子を叱ってくれる?

 

 そんなことはなかった。その場合は常に”喧嘩両成敗”といわれ、決してジャッジされることがない。コオがいくら自分は正しい、と主張しても聞き入られず、それはコオの自己肯定感を果てしなく下げていく原因になった。

 

 遼吾は、その、地雷を踏んだのだ。

 

 

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。

父と同居している妹の莉子と、姉コオとのやりとりは噛み合わず、険悪さを日々増すだけであった。一方2日後に父は意識を取り戻し、順調に回復。ERから別病院に転院することになった。転院前日に莉子は、姉ではなくコオの夫・遼吾に父の転院先への送迎を依頼する。 遼吾は、莉子が転院に必要なものをまったく用意していなかった事をコオに伝え、コオは、激しい怒りをおぼえる。

 父が話すことが回復につながると信じるコオは転院先の病院に仕事帰りに毎日のように立ち寄り、日々、父との短いが穏やかな時間を送る。

 その一方で、夫・遼吾に転院時の支払い、手続きを任せきりだったのみならず、そのあと一言もなく支払いもさせたままの莉子にコオは怒りを募らせる。そんな時に、半月締めの入院費の請求を渡したいと、病院側からいわれる。莉子に苛立ちをおさえられないコオは、自分から莉子に支払うと伝える気はない。それには理由があった。


***************************************************************

 

  コオは、子供の頃から莉子がいつも他人に対し、過剰なまでの気を使うのを、いらだちを持ってながめていた。まるでそのしわ寄せのように、家族に、特にコオに対してわがままなことがいつも気に入らなかった。父や母が、ひたすら妹ばかり甘やかすのも面白くなかった。

 相手が他人だったら、友人だったら、「ほんとごめんね、ありがとう、こんなこと頼んじゃってごめんね・・・!」から始める莉子。しかしコオに対して、はいつも「お姉ちゃんは私にやってくれるのが当然」という態度と言葉だった記憶しかない。

 しかも、他の人にいい顔をしているから、私はいつも悪者にされる。

そんなふうに実家にいる頃のコオは感じていた。もっとも、母も父も、ともかく莉子には甘かった。そして、コオにはまるで呪いのように「お姉ちゃんでしょ」を繰り返していたのだから、莉子がコオに対して取る態度も言葉も、当然といえば当然だったのかもしれない。

 

 だから、コオは、思っていたのだ。もちろん、父のために私は入院費を支払うだろう。けれど、その前に、莉子は私に、少なくとも遼吾にあやまれ、と。遼吾に無茶なことを頼んだ莉子は許せない。あやまるまで、もう私は莉子のためには動きたくない。

 親である父はともかく、独立して家庭をもったコオには、莉子はほぼ他人だ。ましてや、”私の夫”遼吾にとっては。コオの結婚によって義妹となったが、血の繋がりもない、他人なのだ。

 他人なら気を使うんだから、遼吾にだってちゃんと気を使うべきだろう。

 

 コオは知っていた。

 莉子が頻繁に遼吾に電話をかけていることを。莉子はコオが請求書を受け取った頃、何度も父のことについて話がしたい、とかけていた。

 しかも職場で仕事をしている時間に、何度も。

 コオは頑なに莉子が謝るまで話はしたくない、と言い続けていた。

 遼吾は莉子の電話攻撃に困り果ててはいたが、相手をしない訳にはいかない、といった。

 そして、コオに言ったのだ。

 その言葉は、コオを逆上させるに十分だった。

 

「お前が折れれば、済む話じゃないの?」

 

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。

父と同居している妹の莉子と、姉コオとのやりとりは噛み合わず、険悪さを日々増すだけであった。一方2日後に父は意識を取り戻し、順調に回復。ERから別病院に転院することになった。転院前日に莉子は、姉ではなくコオの夫・遼吾に父の転院先への送迎を依頼する。 遼吾は、莉子が転院に必要なものをまったく用意していなかった事をコオに伝え、コオは、激しい怒りをおぼえる。

 父が話すことが回復につながると信じるコオは転院先の病院に仕事帰りに毎日のように立ち寄り、日々、父との短いが穏やかな時間を送る。

 その一方で、夫・遼吾に転院時の支払い、手続きを任せきりだったのみならず、そのあと一言もなく支払いもさせたままの莉子にコオは怒りを募らせる。そんな時に、半月締めの入院費の請求を渡したいと、病院側からいわれる。


***************************************************************

 

  この時点でも、そしてこの後も、コオは一貫して母がコオ名義で残したお金を父のためにすべて使おう、と考えていた。

 それなりに、まとまったお金ではあったけれど、見たこともない、というほど大きくはない。入院費に使っていったら、手術でもあったら一瞬で吹っ飛ぶ可能性もある。それでも、10年以上連絡を絶っていた実家の母が、コオの名義で残していたお金をコオは自分のために使う気はさらさらなかった。もしそれがなかったとしても、コオは父の入院費は、自分の親だからある程度もつべきなのだろう、とも思っていた。

 だから、コオはその時点では、本当に、ただ、莉子に対する腹立たしさから支払いをしなかったに過ぎない

 

 その莉子への腹立たしさ、血が沸騰するような苛立ちには、わけがあった。何も知らない幸せな他人にはわからない、といつもコオが思う、そして、何10年にも渡ってコオの中に消し炭のようにくすぶるわけが。

 

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。

父と同居している妹の莉子と、姉コオとのやりとりは噛み合わず、険悪さを日々増すだけであった。一方2日後に父は意識を取り戻し、順調に回復。ERから別病院に転院することになった。転院前日に莉子は、姉ではなくコオの夫・遼吾に父の転院先への送迎を依頼する。 遼吾は、莉子が転院に必要なものをまったく用意していなかった事をコオに伝え、コオは、激しい怒りをおぼえる。

 父が話すことが回復につながると信じるコオは転院先の病院に仕事帰りに毎日のように立ち寄り、日々、父との短いが穏やかな時間を送る。


***************************************************************

 

 回復と同時に、父は少しずついろいろなことをリクエストするようになった。

「老眼鏡がないと、辛い」「上履きを買ってきてほしい」などのリクエストは、コオはそのままFaxで莉子に流した。

 父が転院した後、遼吾にもコオにも、莉子からの連絡はなくコオは、それにずっと腹を立てていたのだ。FAXも、雑に『父より 老眼鏡が必要とのこと。』とだけ書いて送った。

 父に会いに来るのも、リクエストに答えるくらいは何でも無い。問題は、莉子だ。何故莉子は、遼吾に転院時の雑事をやらせて、挙げ句に支払いもさせて、一言も無いのだろうか?普通なら・・・普通なら、義兄に払わせていたら、自分の方から返しに来るのが筋だろう。私へのあてつけに遼吾に払わせた?だったらそれは遼吾が怒らなければいけないのではないか?

 それを思うたびにコオは腹立たしさで、何も言わない遼吾に八つ当たりをしたくなる。

 

 「なんで、おかしいっていわないの?」

 

 コオは、お金を払ったことが気に入らないのではなかった。莉子が、それに対して何も言ってこないことが、気に入らなかった。そして、遼吾が、何も言わずに支払ったことがまるで莉子がやっていることを認めているかのように思えて、それが嫌でたまらなかったのだ。

 それでも、父に、転院前のJ医大医療センタの費用を遼吾が払ったことを、コオはいいあぐねていた。

 コオは、父に穏やかな時間を過ごさせてやりたかった。さんざん働き、倒れた母の面倒を3年間ちゃんと看た父のことを、もうこの時点では、コオはある意味許していたのかもしれない。

 

 そうして、入院から3週間も過ぎたころだったろうか。いつものように短い面会時間を終えたコオは、病院から半月締めの請求書を渡したいと言われた。コオはいった。

 

 「あ、でも、そのへんは全部妹がやってるんですよね。父と同居の。」

 

 コオは、断じて、このまま黙って自分が支払うつもりはなかった。

 

 

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。

父と同居している妹の莉子と、姉コオとのやりとりは噛み合わず、険悪さを日々増すだけであった。一方2日後に父は意識を取り戻し、順調に回復。ERから別病院に転院することになった。転院前日に莉子は、姉ではなくコオの夫・遼吾に父の転院先への送迎を依頼する。 遼吾は、莉子が転院に必要なものをまったく用意していなかった事をコオに伝え、コオは、激しい怒りをおぼえる。

 父が話すことが回復につながると信じるコオは転院先の病院に仕事帰りに毎日のように立ち寄り、日々、父との短いが穏やかな時間を送る。


***************************************************************

 

 父は、過去のことは本当に詳細に覚えていたけれど、最近のことはかなり記憶があやふやなようだった。また、やはり、脳の言語野で脳出血があったせいなのだろう、いくつかの特定の文字を書くことができなかった。話すのは問題がなくても、ひらがなの特定の文字が出てこない、とはとても奇妙で、不思議な現象だ、とコオは思った。

 

 「出血があったことで、その一部に炎症が起きてるんだと思う。まずはそれを回復させないとね。私が会社で調べてる細胞はね、出血が脳であると、わーってそこによっていくんだよ。それ以上異常をひろげないために。」

 

 コオが話をしていると、検温に来た看護婦さんが

 

 「まぁ、小坂さんの娘さん、すごい!お医者さんなんですか!?」

 「いやぁ、娘はね、脳の専門家!」

 

 ちがうから、とコオは笑いながら、父が軽口をたたけるようになったのが嬉しかった。

ともかく、確実に話すほどに父は目に見えて回復していった。

 

 

 

 

 

************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。

父と同居している妹の莉子と、姉コオとのやりとりは噛み合わず、険悪さを日々増すだけであった。一方2日後に父は意識を取り戻し、順調に回復。ERから別病院に転院することになった。転院前日に、莉子はやりとりがうまくいかないコオの代わりにコオの夫・遼吾に送迎を依頼する。

 遼吾は、莉子が転院に必要なものの手筈を保険証ですら用意していなかった事をコオに伝え、コオは、激しい怒りをおぼえる。


***************************************************************

 父の入院した先は、西寿駅から徒歩15分ほど行ったところにある脳神経外科専門の個人病院、紅(くれない)病院だった。西寿駅は、コオの通勤路上にあるから、立ち寄るのには便利だ。結構古い病院というイメージは正しくて、この病院のそばに実家があるというコオの友人は、昔からある病院で、今の院長は2代目のはずだよ、と教えてくれた。

 

 6人部屋の病室は、病院の性質もあるのだろう、ともかく老人が多かった。自力で食べられない人もいた。脳にトラブルが合って入院している人ばかりだから、仕方ないといえばそうなのだが、意味のある言葉を喋れる人はむしろ少数派だった。

 19時の面会終了時間は、コオには少し厳しかったが、できる限り、帰り道病院によって5分か10分だけ父と話す。ときには父の病院の夕ご飯に当たるときもあるので、父が食べ終わるまでそばにいて帰るのがコオの日課になった。

 父は、調子がいいと昔話をした。父が子供の頃の話し。横浜の学校で成績が良かった話、高校の話。大学の話。ボート部で座礁した話。それは、一度もコオが聞いたことのない話も多かった。

 

 人と話すことは、脳機能の回復につながる。

 

 それはコオの確信に近いものだった。身体のリハビリは病院に任せればいい。でも脳の回復のリハビリなら、私のほうが専門、といってもいい。この病室は話ができない人が多いのは、病院の性質上仕方がない。

 ならば。

 コオは、ひたすら毎日、父の話を聞き、父に質問をし、父に話をしてもらった。回復のためだけではなく、ほんのいっとき、穏やかな時を父にあげれられれば、それでいい。

 

 そんなふうに思っていた。

 

 

*************これまでの話********************************

父が脳出血で深夜から明け方にかけ、救急搬送されたと妹の莉子から連絡があった。
父に万が一のことが起こることを考えて、早いうちに妹の莉子にFAXで送ったToDoリストからはじまったコオと莉子のやりとりは険悪さを日々増すだけであった。

 2日後、父は意識を取り戻し、順調に回復しERから別病院に転院することになった。

転院前日に、莉子はコオの代わりにコオの夫・遼吾に送迎を依頼する。

転院の朝、コオは遼吾と二人で父に面会し、遼吾のことも認識したことを確認する。

 

***************************************************************

 

 数時間後。

 会議が終わったコオは、再び腹を立てていた。しかもかなり。

 

 会議の途中の遼吾から電話が入った。遼吾はめったに音声電話をかけてこないから、それだけでも、緊急だということがわかったので、コオは会議を一時抜けた。

 転院先で、保険証を求められたが預かっていないから、父の誕生日他を教えてほしい、という電話だった。しかも、J医大医療センターで、父の入院費を遼吾が精算したという。転院先の入院手続きをどうするのかも、まったく聞いていなかったので、保留で、とりあえず第2連絡先として自分の名前を書いたという。

 「莉子さん、ほんとに何もやってなかったんだよ。転院先への連絡も何もね。」

と遼吾は、淡々と言った。

 

 信じられない。

 100歩譲って、私に頼んだのなら、姉なのだから入院費は払ってくれ、ということならまだわかる。しかし、頼んだ相手は、彼女にとっては義兄だ。私が、腹を立てていたから、私に頼めないから遼吾に頼んだのだ。保険証も用意してない、支払いも遼吾にまかせた?義兄なんて、他人ではないか。他人に自分の身内を任せるのみならず、なんだ、このやり方は。

 コオは莉子に激怒していたが、同時に遼吾に腹を立てていた。

 

 何故、これは間違ってる、と言わないの?何故莉子に言われるがままに動いてるの?俺は関係ないって、何故莉子に言わないの?何故、黙って支払うの?

 

 今考えれば、省エネ・遼吾は言われたことをただやっただけ、だったのだろう。そして、莉子とのやり取りのほうが面倒くさくて、よりエネルギーを消費するからやらなかっただけなのだろう。

 それでも、その時のコオは、遼吾がまるで莉子に味方をしているように思えて、遼吾にひたすら腹を立てていたのだった。

 

 

 

*************これまでの話********************************

父が脳出血で深夜から明け方にかけ、救急搬送されたと妹の莉子から連絡があった。
父に万が一のことが起こることを考えて、早いうちに妹の莉子にFAXで送ったToDoリストからはじまったコオと莉子のやりとりは険悪さを日々増すだけであった。

しかし、2日後父は意識を取り戻し、順調に回復しERから別病院に転院することになった。

転院前日に、莉子はコオの代わりにコオの夫・遼吾に送迎を依頼する。腹を立てるコオに遼吾は、「大事なことは、お義父さんの回復」と言い聞かせる。しかしコオは、父が遼吾を認識していることを確認してから、送迎を頼むことにする、と遼吾と話し、転院の朝、二人で病院に向かった。

 

***************************************************************

 

 面会者は、ERに入るにはER内から開けてもらう。

 コオと遼吾がついたとき、ERからインターホン越しに外側で暫く待つように言われた。

 少し、離れた場所に、ソファのおいてあるスペースを見つけて、コオと遼吾は、自動販売機で飲み物を買って、そこで待つことにした。

 

 「・・・転院先に言って手続きのこととか、聞いてるの?」

 「いや。ただ、転院先まで連れてってくれって。それだけ。」

 「・・・なに、それ?」

 

  遼吾は基本的に省エネだ。興味のないことには、最低限の労力しか払わない。人が物を落としたのを見ても、「落としましたよ」と知らせるのがせいぜいで、拾って差し出す事はしない。結婚前からロボットみたいだ、とよく思ったものだ。

 でも、莉子も莉子だ。ただ転院先に連れて行ってくれって・・・入院手続きのこととか、どうするつもりなのだろう。

 しかし、時間のほうが気になっていたコオはそれ以上は考えず、看護婦に呼ばれるまで、いつERへのドアが開くのかばかり見ていた。

 

 「嶋崎さん、どうぞ!」

 

コオは頭を下げて、遼吾と病室に入った。父は起きていた。

 

 「おはよう。今日はね、嶋崎くんも連れきたの。わかる?」

 「おお、おはようございます、すみませんね、迷惑かけて。」

 

父は、どれくらい記憶があるかはわからないが、少なくともこれで遼吾は知らない人ではなくなった。よし。

 

「今日ね、病院、ここから移るんだって。聞いてる?」

「ああ、そうなんだ。でどうやっていくんだ?」

「私ね、仕事があるんで転院先まで一緒に行けないんだ。それで・・・莉子もこれないっていうし、それで、嶋崎くんが一緒に行ってくれるから…ごめんね。一緒に行けなくて。会議があるから抜けられないの。」

 

父はまた、それは申し訳ない、と遼吾に頭を下げた。