************これまでの話********************************


父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、娘のコオは仕事帰りの面会でに父との短いが穏やかな時間を送る。
その一方で、コオの夫・遼吾に転院時の支払い、手続きを任せきりだったのみならず、そのあと一言もなく支払いもさせたままの莉子にコオは怒りを募らせる。そんな時に、半月締めの入院費の請求を渡したいと、病院側からいわれる。莉子に苛立ちをおさえられないコオは、自分から莉子に支払うと伝える気はない。それには理由があった。

コオの夫、遼吾の職場まで電話を掛ける莉子にコオはずっと腹を立てていたが・・・・


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 コオは、爆発した。

 

「お前が折れれば、済む話じゃないの?」

「何故?私が折れれば、って、何故?彼女のやってること、おかしいと思わないの?」

「だって、このままじゃお義父さんの話、進まないじゃないか。」

 

 遼吾の言うことは一つ一つはもっともではあったのだ。ただ、おそらく遼吾がわかっていなかったのは、コオがそもそも実家を嫌っていた大きな理由の一つがそこにあったことだった。

 

 幼かった頃から、両親が、特に母が「お姉ちゃんだから、莉子の面倒を見て」「お姉ちゃんなんだから我慢してあげて」というたぐいのセリフを繰り返した話は既に書いた。

 そして、コオが今持って納得の行かないのは、両親、これは父がよく言った”喧嘩両成敗”というものだった。

 幼い頃からあまり気の合わない莉子とコオはよく喧嘩をした。莉子は、両親の前ではおとなしく、姉につよくいわれたりするとすぐ泣くような妹だったが、両親のいないときは、かなりの反撃をした。守ってくれるものがなかったら、そうするしかなかっただろう。

 しかし、それは裏を返せば、父や母がいるときは常に守ってもらえるから反撃の必要などなかったということだ。

 

 もう、今は細かい内容など少しも思い出せない。なのに、当時の悲しいというより悔しくてやりきれない思いだけがはっきりと蘇る。もしかしたら、その時姉妹の間に起こったことは、コオが思っていたようにコオが絶対正しいものもあったからもしれないし、逆に莉子が正しかったのもあるかもしれない。

 でも、子供だった頃のコオは、何故、自分が喧嘩をしたのか、妹をぶったのか、話を聞いてもらいたかった。そしてジャッジしてもらうことを求めていた。父と母のいるところでは、莉子は常に守られているから、コオが喧嘩をしても相手は莉子ではなくなってしまう。では父も母もいなかったときの喧嘩は?絶対に私のほうが正しかったら私は正しい、って言ってくれる?莉子を叱ってくれる?

 

 そんなことはなかった。その場合は常に”喧嘩両成敗”といわれ、決してジャッジされることがない。コオがいくら自分は正しい、と主張しても聞き入られず、それはコオの自己肯定感を果てしなく下げていく原因になった。

 

 遼吾は、その、地雷を踏んだのだ。