読んだり観たり聴いたりしたもの -128ページ目

ベストフレンズ いつまでも!/J・ウィルソン

ウィルソンの新刊を見かけたので、久しぶりと思って借りてみた。

内容はまあまあ。引越で離れてしまう親友のドタバタを描く。

読んで驚くのは、英国の児童のおやつ事情のすごさだろう。シュガーシュガーシュガー、ポテチという感じ。肥満と虫歯が凄そうだ。
母親世代のファッションや育児に対しての考え方や、地域社会における女児児童と安全の意識など、色々透けて見える所が興味深かった。とくに10数年前の著者の本と比べての変遷が面白い。



J・ウィルソン
ベストフレンズ いつまでも!

PS3/スポーツチャンピオン/SCE

さて、アドパ専用ルータとして購入する事になったPS3だが、やはりゲームもしたい(当然)、どうせならMoveにも興味があるから、と言う事で、選択したMoveタイトル。本体同梱版がある事も前提。

プレイの感想だが、まず、感度は良い。モーションコントローラは体験会でも触った通り、きびきびと反応した。
大量CMでもおなじみの卓球もすいすいプレイできる。

収録スポーツが、卓球・ボッチボール・ビーチバレー・アーチェリー・グラディエーター・ディスクゴルフと、結構地味と言わざるを得ないが、やってみると意外と楽しい。
特に楽しかったのがボッチボール。ドッヂボールではない。これは一言で言うと、地べたでボールでプレイするカーリングと考えると分かりやすいだろう。

とにかく画面は綺麗で、色々凝ったオブジェクトも動いていたりして存在感がある(ゲーム内容自体には関係ないが)。
選択出来るプレイヤーキャラが欧米向けのかなりバタくさいデザインで、慣れればどうと言う事もないが、若干違和感。
メニュー回りはこなれてない。そこは完全にWiiスポリゾートが3枚ほど上である。数人で組合せを変えていろんな種目で遊ぶ、と言うようなときには結構めんどくさい事になる。また、ロードがかなり長いのもネックだ。どの種目も設定を決めてからプレイ開始までに10秒以上掛かる。また、モーションコントローラのキャリブレーションを毎試合前に行うのも面倒だ。

対戦ツールとして1本あるとかなり楽しめるだろう。ただし、ディスクゴルフ以外はプレイ人数分のモーションコントローラが別途必要になるので注意。結構高いんだよね。

最初は結構簡単なのだが、中盤以降かなり高難度調整となっており、ライトなプレイヤーは地獄を見る事ができるだろう。

SCE
スポーツチャンピオン

ポジティブ病の国、アメリカ/B.エーレンライク

この本は、ポジティブシンキングというものの闇と、同時にアメリカ社会の抱える闇について書いたものである。

一般的には、ポジティブシンキングは良いものだと思われている。日本でも、明るい性格が好まれる。明るく前向きな意識と免疫力についての相関の研究もある。

ただし、何事も極端は良くない。ポジティブシンキングを信奉するあまり、ネガティブを一切受け入れられなくなったアメリカ社会の実例が、この本では多数語られている。
例えば、筆者が乳ガンを患った際に参加した患者の会では、ポジティブシンキングでガンを克服しよう!というのがスローガンのようなのだ。別に良い事だと思うだろう?しかし、このモットーはこの会の会員達にかなり極端に作用しているのだ。ポジティブシンキングがガンや闘病生活のQOLに良い効果をもたらすだろう、という程度の甘い考えではない。もしあなたのガンが治らないとすれば、それはポジティブシンキングが足らないから。そこまで言い切ってしまうのだ。すでにこれはポジティブシンキング教以外のなにものでもない。
この会では、闘病の辛さや予後の心配など、ネガティブな感情や話は、一切タブー扱いなのである。うっかりガンであることの愚痴をこぼそうものなら他の会員から痛烈な批判をくらう。会員達はポジティブシンキングでガンを克服した元患者をカリスマのように崇め、それらカリスマが話す、ガンは得難い素晴らしい体験でした、というメッセージを競うように繰り返し、乳ガンになって良かった、私の人生の最高の贈り物です、というような正気を疑うほどの超ポジティブシンキングにのめり込んでいるのだ。一方で医学的な治療はあまり重視されない。本気で、ポジティブシンキングだけで治ると思っているのだ。

これは病を治したいあまりの特殊な例という訳ではない。

他には、日本でもかなり流行っているが、一種の成功本ブームがあるらしい。これは、成功は考える事によってもたらされる、思考は現実化する、ポジティブシンキングで人生を良くしよう、という様な内容の自己啓発本のグループだ。成功したければ、成功している自分をひたすら思い描け、という様なよく聞く内容である。これは、目標について熟慮すると、そこへ至る道が自然と分かってくるし、常に目標を意識して行動が変わるので成功に近づくのだ、だから成功をひたすら考え、そして「それに向けて行動しろ」という様な意味なのだろうと思っていたが、違うのだ。
本当に、「思うだけ」で良いのである。成功はポジティブシンキングそのものがもたらすのだ。だから成功出来てないとすれば、あなたの行動が悪いのではなく、ポジティブシンキングが足らないのだ。これが成功本の説く、超ポジティブシンキングである。
アメリカではこうした内容を広く講演する事を生業とするモチベーションスピーカーという一種のカウンセラーが大流行の様子である。彼らは概して儲かっておりそのリッチさを惜しげもなく晒し、人生で成功する事なんて簡単なんですよ?ポジティブに考えるだけなんです。あなたはなぜまだ成功してないんですか?と迫ってくる訳だ。

他にも、ネガティブだからという理由で解雇されるなど多数の事例が載っている。

どうしてこのようなポジティブシンキング病が流行っているのか、著者は分析しているが、ヨーロッパからの移民というアメリカの由来のもつ開拓者精神や、そこで元々維持されていたかなり禁欲で厳格な宗教規範の変遷など、色々な要因はありそうだが、はっきりとした事はまとめられていない。

ポジティブシンキングは、アメリカではビジネスであり政治なのだと言う事がよく分かった。
一儲けしようと思うなら形ある商品など何も要らない。あなたは考えるだけで成功しますと説き、本を書いて売ればいいのだ。成功からほど遠くそしてこれからも決して成功しないだろう人達が群がってお金を落としてくれる。
また、仕事を首になったり、社会保障の不備から貧困や劣悪な境遇に苦しんでいる人達が居たなら、彼らの怒りの矛先が向く前に政治家や資本家はこう言えばいい。あなたが酷い環境に苦しんでいるのは、私のせいではありません。なぜなら、あなたは考えるだけで成功出来るのだから。まだ成功していないのなら、どうしてもっとポジティブシンキングしないんですか?と。

結局、極端な考え方、たとえそれがポジティブでもネガティブでも凝り固まった考えでは身を滅ぼすと言う事だ。自分で正しくよく考える事ができなければ、より考える事のできる奴の餌になるだけ。これが競争する資本主義社会の本質である。


B.エーレンライク
ポジティブ病の国、アメリカ

彼氏彼女の事情/津田雅美

こつこつ読んで、全21巻を読み切った。

読んで損したとは思わないし、トータルで見てもそこそこ面白い話だったが、やっぱり残念ながら当初のパワーは続かなかったな、と言うのが正直な感想。

最終話にある雪野のセリフ
「昔はあんなに『完璧な優等生』ってあこがれたけど…親からすると」「さびしいよ…」
これが、ここまで読んできた読者の、作品に対する感想そのものではないかと思う。
綺麗にまとまりすぎて登場人物も上手くいきすぎて、しかもそれらは読者を置きざりにしてしまっているので、充足できない不完全燃焼感が残ったまま。
ただ、それも20巻まで降下し続けた期待と感動度を思えば、かなり持ち直した方だと思う。
それはひとえに21巻冒頭に入れられた浅葉のエピソード「語られない話」が出色の出来だったから。

当初は確かに神懸かり的な面白さがあった。文化祭の後ぐらいまでは本当に凄かったと思う。
しかし、その後、修学旅行を除いて2年間丸々学園生活を端折ってしまうという暴挙に出た。
折角の学園生活なのにそれは酷い。有馬の2年間の苦悩という設定はあったとしても、もったいなさ過ぎる展開だ。
そしてその代わりに入れられた周囲キャラのエピソードが、だらだらだらだら続いて食傷する。
特に一馬の話など、主人公でもないのに一体何巻に渡って描くつもりだと、作者に不信感をもつほど。
そして、語られるべき話ではあるが父親世代の話がまた長い。

これらのエピソードと、現在進行中の主人公達の状況・心情との接続が、まったく上手くいってないから違和感を感じるのだろうと思う。唐突に発生して、描きっぱなし、出しっぱなしで、他にはほとんど関係なく勝手に終了。ほとんど作者が、今ちょっと描きたい話を思いついたから入れたね、というノリである。これでは読者はついて行かれない。

基本的にはそう絵が上手い作者ではないので、登場人物の心情的な部分を描き切れてない・表現し切れていない所が大きい。特に優秀な人物というものの本質的な理解が不足しているようで、結果、できた人物が薄くなってしまっているのが致命的だ。
最終巻最終コマの「「ああ 面白かった疲れた-」って 言って死ぬのが 夢なんだ」という生徒諸君のような雪野のセリフは確かに感動的だが、もちろん共感度はナッキー程ではないな、と感じてしまうのが、その人物の厚みのダイレクトな比較故だろうと思う。

当初のタッチのまま、恋愛コメディ路線で短くまとめていたら素晴らしい作品になったかも知れない。

ただし、対象読者が多分女子中高生という事を考えると、この世代の平均的読者にもっとも響く表現をと考えると、案外これはこれでありなのかも知れない。想定外の外野が文句垂れても作者にははた迷惑かもしれないので、そこは謝っておこう。

津田雅美
彼氏彼女の事情

宇宙の白鳥(スワン)/山本ルンルン

仕事場に3巻セットがあったので、何気なく手に取ってみた。
聞いた事もない著者の女の子向けコミックスのようだった。うる星やつらのランちゃんのようなキャラ絵は見た事あるような無いような。

で、読んでみると、これが凄い。
朝日小学生新聞の連載らしいが、全ページフルカラー原稿で、彩色のセンスが抜群だ。絵も細部まで細かく描き込まれており、子供向けだからと手を抜いているような気配は微塵もない。独特のタッチは好き嫌いあるかも知れないが、キャラも描線がシンプルで綺麗で、非常に可愛らしい。どこでも切り取ったらそのままポストカードになりそうな雰囲気とセンス。

ストーリーは軽いタッチのSF&学園物といった趣で、普通の小学生がひょんな事から宇宙パトロールの見習い候補生になってしまい、小学生としての生活と宇宙パトロールとしての冒険との二重生活を頑張る、という様な話である。
広大な宇宙が舞台なので、いろんな特徴を持った異星人や異境の星が登場し様々な事件が起こるという、21エモンのような雰囲気で飽きさせない。

ただ単に、SFドタバタを描くだけではない。主人公の星野コロナを宇宙パトロールに推薦した月島ランのオタクでマイペースな独特の人物造形もそうだが、実生活の小学校での生活で描かれるリアルな小学生としての事件や悩みや、そこまで至らないようなちょっとした雰囲気などが、寓話的にかつ写実的に丁寧に配置されており、全体として非常に厚みをもった存在感のあるベースストーリーとなっている。この安定感のある基盤があるから異星人とのドタバタが非常に際だって生きてくるのだ。しかもユーモアだけではなくかなり毒のあるテーマ・表現も扱っており十分に大人の鑑賞にも堪える内容である。

他人に気を配って何事にも一生懸命に頑張るコロナと自分本位でマイペースなランは、どちらも対等に描かれている。そして彼女たちのささいな違いなど吹き飛ぶほどに形態、行動、習慣、何もかも異なる異星人達。ランにも異星人達にも翻弄されるコロナの経験を通して、どんな存在も皆それぞれで良いじゃないか、という暖かい容認のメッセージが伝わってくるように思われる。

と言う訳で面白くて3巻すぐに読んでしまった。
是非とも他の作品も読みたいと思う作家であった。

山本ルンルン
宇宙の白鳥(スワン)

ニンテンドー3DS/任天堂

以前のエントリで、3DSは欲しいソフトが出るまで見送り代わりにPS3を購入する、と書いた。

そしてPS3を予定通り購入したのも既に書いた通り。
小遣いも潤沢な訳ではないので、予算を振り替えた以上、予定通り3DSは延期の筈だった。
しかし買ってしまった。

実は今度新しく来たスタッフがゲーム好きで、「3DS?予約してるんで2/26に買いますよ」てなものである。
そして休み明けに3DSを職場にもってきてくれたので、仕事がはねた後に早速見せてもらった。

すると、非常に3Dなのだ。

以前、泉佐野くんだりまで3DSを体験しに言った話は書いたが、その時とまるで見え方が違う。結構良い感じに3Dしているのだ。環境やソースの違いも大きいだろうが、やはり慣れも重要だと思った。
そして、彼女自慢のうさぎの3D写真も見せてもらったが、その毛のもふもふ感が、これまた良い感じに撮れているのだ。

よし、すぐ、買おう。そう決心した。買ってぶっちゃんの3D写真を撮りまくろう。

もともと3DSはいつかは購入する予定だった。そして購入したらみけぼんもぶっちゃんも3Dで写真を撮ろうと楽しみにしていた。だが、みけぼんは3DSの発売を待たずに急に死んでしまった。
みけぼんの3D写真も撮りたかったよ。

たとえ発売日に予約していても、みけぼんの3D写真は無理だった訳だが、ぶっちゃんの3D写真は撮れるものなら今すぐに撮っておきたい、そう思った。後で、とかそのうち、とか思っていると、思いもしない事が起こって、それが永遠に果たせなくなる事があるのだ、という事を学んだからだ。

そんな訳で、我が家では急遽3DS入手作戦を展開する事とした。と言っても大したことはなく、平日は町中まで買いには行っていられないからネットで見かけたら即購入すると言うだけの作戦だ。
発売から数日は結構品切れで、ネットショップは軒並み足元を見たプレミア価格となっていた。いくら欲しいからといっても定価より高く購入するような恥ずかしい真似はしたくない。結構潤沢に出荷されてるみたいなのでそのうち買えるだろうと思っていたら、Amazonで入荷を見つけたので何度かリロードしながら購入に成功した。
色はアクアブルー。なぜなら何とかカゴに入ったのがこっちだったからだ。

こうして買えたのはよいが、入荷待ちで、手元に届くまでには数日かかる事となった。

そうしたら、それから程なくして別件で街に繰り出す事になって、ついでに日本橋のソフマップに寄ったら、3DS山積み。
すぐに欲しかったので、Amazonはキャンセルしようと、1台買って帰ったところ、Amazonはいつの間にか発送準備中になっていた。たしかにその日の朝にはまだキャンセル出来たのだ。こうして3月の初週に我が家にいきなり2台の3DSがやってくる事となった。

気を取り直して、早速3DSで遊んだ感想を。

まず、肝心の3Dについて。

一言で言うと、3D立体視には、訓練がいる、と言う事。
購入日より翌日、翌日よりその次の日。見れば見るほど目が慣れて3Dの立体感を感じやすくなる。体験会で数分見たぐらいではあまり立体に見えない事もあるのだ。あと体験会では非常に気になった目の疲れ。これも、慣れたら全く感じなくなった。3DMAXで1時間プレイしても、DSをプレイした場合と目の疲れは変わらない感じだ。ただし、後述するように姿勢はかなり疲れる。また、上の3D画面と下の2D画面の間で視点を動かしても、全く何の違和感も感じない。リッジレーサー3Dをプレイしているのだが、下のマップをチラチラ見ても大丈夫なのだ。

3DSと2つの眼球の相対的位置関係では、3Dに感じられるエリアがかなり狭い。本当に、ポイント、という方が分かりやすいほどだ。その位置で3DSをホールドし続けなくてはならない。すこしでもずれると上画面の3Dが壊れてダブってしまったりする。つまり、非常に固まった姿勢でゲームをプレイする必要がある訳で、これは正直かなり肩が凝るだろう。これはバーチャルボーイのエントリでも書いた点である。
安定した3D視点を持続させるには、後頭部・両肘・両手の甲の計6カ所を、壁や枕や自分の膝などに押しつけて、動かないように固定する事だ。色々試行錯誤して、楽でかつ安定する姿勢を見つけるとようやくゲームに没入出来る。

あと、高詳細の液晶はやはり綺麗で嬉しくなってくる。

驚いたのが、本体スピーカーの音質の良さである。本当に吃驚するほど綺麗に聞こえるし、3D画面とも相まって、非常に立体音場感が強く感じる。

豊富な本体機能や内蔵ソフトなどもあるので、ある程度はやむを得ないかも知れないが、本体やソフトの起動や切替が、かなりもっさりでやや苛つく。この辺はファームアップで改善に期待したい所。

肝心の3D写真は撮りまくっている。画素が粗いのは分かっていた事だが、明暗でさらに粗くなる感じなので、特に明るすぎる所が飛んでしまうのは非常に残念だ。屋外でも綺麗に撮れるようになって欲しい。
あと、はやく3D動画を撮れるように本体更新を待ちわびている。

ともかく購入して良かった。
内蔵ソフトやその他の話はまたいずれ。

任天堂
ニンテンドー3DS アクアブルー

4機種対応D端子ケーブル『コレだけ D端子ケーブル』/ゲームテック

PS3を購入する事にしたのは良いが、一つ問題があった。

我が家のTVは、12年前のブラウン管だが、一応1080i対応のHDタイプである。その入力系統は、コンポジット&S端子×3、D3×2の5系統となる。
そして、接続機器はというと、

VHS&DVD&HDDレコーダー(S端子)
LD&CDプレーヤー(コンポジット)

Wii(D端子)
XBox360(D端子)
PS3(D端子)
PS2(S端子)
Nintendo64(S端子)
DreamCast(S端子)
スーパーファミコン(S端子)
サターン(S端子)
メガドライブ(コンポジット)
ツインファミコン(コンポジット)
Xbox(コンポジット)

と、明らかに入力端子数をオーバーしているので、3つの入力切替機を多段的に使用してやりくりしている訳だ。
今回、設置スペースの関係もあって、メガドライブとツインファミコンには退役願ったので幾分減ったとはいえ、PS3の追加では、端子数が少なくしかも切替機が高額なD端子の奪い合いとなるため非常に頭を痛めた。D端子切替機とケーブルを購入するとコンポジットが同梱されているPS3の専用ケーブルも合わせ1万弱程度の出費を覚悟しなければならない。

そんなときに発見したのがこの商品である。
まさに青天の霹靂。この、Wii、PS3、PS2、Xbox360の4つのゲーム機に対応した、ゲーム端子に特化したD端子切替機付ケーブルで、我が家の問題は一気に解決した。

まず、上でも書いたように、MDとFCは退役。使用頻度の少ないLDとXboxは、レコーダーの入力に接続し、レコーダーを起動して入力切替で表示させる。レコーダー自身はS端子でTV接続。これでS端子1つ消費。

次に、使用頻度が最も高いWiiは、折角端子があるもののこの商品を介さず、直接TVのD端子に接続。これでD端子1つ消費。
そして、PS3、Xbox360、PS2は、「これだけD端子」で接続。これでD端子2つとも消費。

残った、64、DC、SS、SFCは手持ちの4系統S端子切替機を介してTVのS端子に接続。これでS端子2つ目消費。

何とこれだけで完成!。切替機もたった1個だけしか必要なくなってしまった。無駄な機器と配線が減ったので、嘘!、という位にラックがスッキリした。

また、TVも含めた上記の全機器の電源を1本のタップから分岐で取っていたのだが、流石にPS3も加わるとタップの定格を超えるので、この配置換えの際にもう一本タップを壁から引き直して、電源の不安材料も解消した。

端子やケーブルも安っぽくなく、接続もしっかりしていた。難点と言えば、ネットでのレビューでも良く批判されているが、切替スイッチから各ゲーム機までの分岐コード長が50cmと結構短く、つまり端と端を拡げても1m弱の距離しか稼げない訳で、このスペースにゲーム機を4台並べなければいけないとなるとかなり苦しいだろう。うちはラックなので、上下に2台2台と置いて接続したが、それでもギリギリの長さだった。

さて実際の使用感はどうか。

XBox360は専用ケーブルを使っていた時に比べ、特に信号の劣化は感じない程度。PS3はD端子ケーブルがないので比較不能。PS2はこれまでのS端子からDになり大幅に綺麗になった。
コードが短いので、切替スイッチが非常に中途半端な位置に来てしまうが、まあ慣れれば問題ない。スイッチ自体は機種名記入されているので非常に分かりやすい。

多機種持ちにはかなりお奨めである。各ゲーム機の専用D端子ケーブル×4+D端子切替機+D端子ケーブルをすべて定価でそろえる事を考えると、その1/5の出費でD端子化が完了する驚異のコストパフォーマンスだ。PSのAVマルチがちゃんと2本ある所など、「分かっている」商品だと言える。
ただし、最近のHDTVを購入していれば、360とPS3はHDMIだろうから、よくよく考えれば結構ニッチな商品かも知れない。

ゲームテック
4機種対応D端子ケーブル『コレだけ D端子ケーブル』

愛猫みけぼんとの別れ

この1ヶ月ほどを思い返すと夢か現か分からないような気分になる。

愛猫みけぼんを失って、すでに半月以上が過ぎ去った。2011年2月23日午前5時10分、妻と私とが見守る中、みけぼんは永遠に静かになってしまった。持病の慢性腎不全の悪化から来る尿毒症による発作だった。
1997年4月13日、学生だった私と妻は草津川沿いの新幹線高架下でまだ生後1日2日の5人姉弟の子猫が入った段ボールを拾った。猫用ミルクを哺乳瓶で与えて育て、3人は里子に出し、手元に残したみけぼんとぶっちゃんの二人の猫とは家族として共に過ごしてきた。当時まだ結婚しておらず同居していなかった妻の元で育てられた8ヶ月ほどの幼猫期と、私自身が入院した3ヶ月間は、私にはブランクがあるが、妻と合わせれば、生まれてからその鼓動が止まる瞬間まで、その生を見届けた事になる。

体調がおかしいと気づいてから、本当に早かった。
2月13日がちょうど定期検診だったので尿検査と血液検査を行った所、数値がかなり悪化している事が分かった。レントゲンやエコーで腎臓その他の異変がない事を確認してから、腎不全の一時的な急性症状である事を想定して、投薬による治療を始めたのが2月13日だった。薬を食べやすいようにといつものフードの缶入りウェットタイプをもらってきて、その夜にあげてみると、普段カリカリタイプの療養フードばかりで久々の缶だった事もあり、薬が乗っていても驚くほど喜んで食べた。振り返ると、これが喜んで食べた最後の食事だった。尿毒症による食欲減退と嘔吐で、翌日からはもう、殆どなにも食べられなくなった。あんなに好きだった水さえ飲めなくなっていた。元々とにかく薬が嫌いだった。そこへ、粉薬は水で溶いて注射器で、錠剤はピンセットで、喉の奥へ押し込んでみるが、嫌がって暴れて上手くいかない。すこしでも逸れればその場で出してしまうし、一旦胃に入ったと思っても、味が刺激するのか、後で吐いてしまう。吐いて吐いて辛そうで可哀想で、しかし薬で何とか治って欲しいし、無理して飲ませるが、もう反射のように吐いてしまうようになってしまった。最後には投薬係の妻の姿を見るだけで、反射的に吐こうとするほどだった。
これはまずいと掛かり付けの動物病院の休みが明けた15日の朝一で受診し、点滴をしてもらい。今後しばらく点滴で様子を見る事となった。自宅でできるよう手順や注意を教えてもらい、明日は往診で指導を受けながら点滴の練習と言う事になった。

自営業をやっていて本当に良かったと思った。ギリギリの一線さえどうにかしのげば、あとはどうでも時間を作れる。そしてなにより、みけぼんと出会って14年弱、最初の1年は学生、次の4年は勤め人、残りの9年を自営業として、自宅でほぼ一緒に過ごす事が出来た。事務机の端やプリンタの上などから作業を見守られたり、膝に抱いて仕事をしたり、多くの時間を共有できたからだ。妻と二人の猫の4人で同じ時間を一緒に過ごし仲良く暮らす、これが私が会社を辞めた理由であり、それは間違っていなかったと思う。

16日に往診で点滴レクチャー。少し嫌がるが、何とか手順通りできた。翌17日にも往診で点滴指導。今から思えば、すぐ先にある闇を認めたくないという意識だったのかも知れないが、この時点では、まだみけぼんは大丈夫だと思っていた。以前と全く同じ状態は流石に無理としても、点滴で多少は回復するなり、また回復が少なかったとしても、注射や点滴、投薬など療養の程度は増えても、それでもその一段下がったレベルで安定するのではないか、そんな風に考えていたように思う。まさか死ぬ、などとは思いもしていなかった。
連日の投薬責めの辛さからか、尿毒症の症状からか、久しく絶えていたが、この日の朝、みけぼんが布団に来た。いつもなら妻の布団に潜り込んで寝ていくのだが、この時は来ただけで入らなかった。入れなかったのかも知れない。しかし、来た事すら久しぶりだったので、これは回復の兆しかも知れないと妻と喜んだ。

しかし、みけぼんは確実に衰弱していった。布団まで来たのも、ほとんど最後の気力を振り絞って、という事だったのかも知れない。足腰に力が入らないようで、歩くとよろよろとなってしまう程だ。それでも気丈にトイレまで歩き用を足す。前後に砂も掘れない状態でもトイレまで行く様子がいじらしかった。あまりの衰弱ぶりに、この日から24時間必ず誰かが見ている事とした。このときにはみけぼんはこたつの中に入れた猫ベッドがお気に入りだったので、こたつの横に座布団を並べて一緒に寝た。

そして19日に通院し、血液検査をして集中点滴の効果を計った時点で、現実を見つめざるを得なくなる。BUNもクレアチニンも測定器を振り切るほどの数値だった。これは腎臓がもう何も機能していない事を現している。腎臓が機能しない限り、点滴にしろ投薬にしろ何をしてももう、それは対症療法にしかならないと言う事だ。あと数日かも知れないので覚悟して欲しい、と医師に言われ、みけぼんは死ぬかも知れない、という思いもよらなかった認識を前に、妻と泣いた。回復の見込みがゼロではないので、奇跡を信じて最小限の治療をしましょうと医師は言った。私も妻も、みけぼんに辛い思いをしてまで生きていて欲しいとは思わなかった。それがみけぼんの希望だとは思えないからだ。投薬は儚い希望的効果の割にみけぼんの負担が大きすぎる。結局、毎日割合負荷の少ない点滴を続け、貧血の注射を打ち、戻し止めの注射もすることとした。戻し止めの注射は自宅でも行うので、教えてもらって練習した。仕事も妻と交代でやりくりした。なんやかんやと忙しくバタバタしていると幾分気も紛れるが、みけぼんの横についてじっと見守ると、どうしようもないほどの寂しさがこみ上げてきて涙を禁じ得なかった。

私も妻もクールでドライな方である。また一応理系でもある。愛猫は何物にも代え難い家族の一員として、私や妻と同等の存在として見なしてきた。しかしもちろん、猫は人間ではない。意外に思うかも知れないが、安易に擬人化したり心情を過度に慮ったりすることに対しては一線があった。
今こうして終わりを迎えようとしていたみけぼんの生涯を振り返ってみると、多分、平均より飛び抜けて幸せに生きた猫だろうと思う。その最期も、それほどには酷く辛い思いをしないで済みそうだったので良かったと思った。もっとこうしてあげたら良かったのにと悔やむ事も別段はなかった。強いて言えば、晩年はずっと療養食だったので、死の間際には好きなだけ美味しい猫缶なんかを食べさせてやりたいと思っていたが、尿毒症で何も食べられなくなってしまったので、それだけは残念だったと思った。
従って、愛猫の死という、極近い避けられない未来を前に胸中に去来するのは、その愛猫の死を哀れむ気持ちではなく、愛猫を失う果てしのない寂しさだった。みけぼんがもういない、という暮らしが想像できなかった。

19日からは妻と交代で、24時間態勢で見守る事となった。仕事はもうほとんどスタッフに任せきりで顔出す程度でこなし、一人が見守っている間にもう一人が仮眠を取り家事をこなしてそして交代するという感じだった。

20日になると、ほとんど一人では歩けないほど足腰が弱ってきた。短い距離を動いたり寝返りは打てるが、僅か数メートル先のトイレまで行くのもかなりの大仕事と言う感じだった。なので、なかなかトイレに行かず、連れて行っても出ずでかなり心配した。尿が出ないのはかなり深刻な状態と聞いていたからだ。掛かり付けの動物病院も休みで、あちこち電話をしたりして気をもんだが、夜遅くにトイレに行けてほっと安堵した。

みけぼんは本当に幸せそうな猫だった。いつでも尻尾は上へ伸びていた。上へ伸びて先がちょっとだけ?マークのように曲がっていたのもぼーっとしたみけぼんの性格を良く現していると思う。何をしても怒った事もなく、嫌な事があっても、すぐに忘れてしまう。そんないつでも幸せなみけぼんが、特に好きだったのが、私の入浴後に洗面所その他で横倒しにされ激しく全身を撫でられる、通称なかよしタイムだったかもしれない。
もうほとんど動こうとせず、トイレすらも大変な状態でも、私が風呂から出た気配を察知して、こたつ内のベッドから這い出てきて待っていてくれたのだ。
もしも本当にそれがなかよしタイムを待っていたのだとして、みけぼんの生涯にそれほどまでに楽しいと思える時間が存在し得たのだとしたら、どんなにか幸いな事だろうと思い、泣きながら撫でた。

21日になると、みけぼんは真っ直ぐ腹這いで座っている事さえ困難になって、ずっと横倒し姿勢のままとなった。起きあがる事すら困難で、わずかに顔を上げて一声鳴いたのをトイレの希望かと判断して抱えて連れて行くと、果たしてトイレだった、という様な感じであった。しかし、そんな状態でも一度かなりの意志で動こうとする時があった。気合いを入れて起きあがって、2,3歩歩いて倒れてしまい、倒れたまま数分呼吸を整える、そしてまた起きる、というように、明らかに移動したがっていた。擬人化して考えると長年暮らした家のあちこちを見ておきたい、という事かも知れないが、確かにあちらこちらへ行きたがっている様子だったので、手助けしながら一緒に家の中を見て回った。
先日までの寒さが嘘のように、ぽかぽかとした暖かい日だった。みけぼんの好きだったブロック置き場からベランダを一緒に眺めた。やはり大好きだった窓際の猫サンルームで、長い事一緒に外を眺めてた。あまり暖かいので、窓を開けると静かな風が涼しく心地よいほどだった。みけぼんも落ち着いた呼吸でじっと外を眺めて日差しに目を細めていた。この時、その真偽のほどは分からないが、こんなにみけぼんと心が通い合った事はないと感じた。みけぼんと私は同じ日差しの中で同じ気持ちでふれあっていた。宝石のような時間だと思った。私の代わりに仕事に行ってくれた妻がくれたプレゼントだと思った。
夜にももう一度家中を見て回った。妻も一緒に、みけぼんを抱っこして想い出を語りながら回った。みけぼんのためにもなるべく楽しい雰囲気にしたかったが、どうしても涙が溢れて喉が詰まってしまった。

22日には、みけぼんは生まれて初めての粗相をした。ベッドでおしっこをしてしまったのだ。みけぼんがトイレ外で漏らしてしまったのは、この時と、この後亡くなった際に失禁したのと、生涯でたった2回だけだった。少しでもトイレが汚 れていると厳しく掃除当番を叱責しすぐさま掃除を要求する程の、本当に感心するほどトイレにはちゃんとしていた猫だった。
そしてこの日は一段と症状が悪化した。もう寝返りも自分ではできなくなっていた。また、眠れなくなっているようで、ずっと目を開けているようだった。遠くでもはっきりと分かるほどに口臭がきつくなった。そして、表情がガラッと変わってしまった。よその猫のようだった。特に夕方の往診の後には手足末端の過敏症状もはじまり、迂闊に撫でる事もできなくなってしまった。先生の話では、もって3日、痙攣が出たらもうだめ、との話だった。
それ以前からもそうなのだが、尿毒症による意識障害があり、私や妻の事をどれほど認識しているのか、どんな気分でいるのか、それは分からない状態だった。途中からもうずっと、何も分からず、反射で反応しているだけかも知れなかったのだ。でも、この日の変化は、さらに大きなものだった。多分、もうみけぼんには私や妻の事が分からない状態だったと思う。表情も強ばり、不安がって、何よりこの時初めて、みけぼんにシャーと威嚇されたのだ。生まれて初めての事だった。
慣れ親しんだ家で好きだった人に囲まれているはずが、見知らぬ場所で、知らない人間におびえながら死ななければならないとすれば、それは不憫に感じ、できればこの時間が短い事を願った。
しかし、こんな状態でも、夜私が入浴後には、みけぼんは仲良しタイムの反応をしたという。私が風呂から出た音とを聴いて、もうほとんど動かない手足をバタバタさせたという。わたしは刺激しないよう気を付けてみけぼんの頭を静かに撫でて泣いた。
少しずつチックの頻度が増えてきた。時折定まらない焦点のまましきりに視線を彷徨わせるような事もあった。息づかいが浅く早くなり、時折はーとため息のように深い息をついた。自力では無論の事、もうトイレに連れて行く事もできない。手足は過敏で触れないし、急な動きがあると体液や内臓の荷重に影響して心臓に過負荷を掛けてしまう恐れもあるからだ。

夜も更けて23日の2時頃に、ひときわ動きが激しくなった。チックが連続し、視点は定まらず、時折小さくうめき声が漏れる。大きなチックの動きで体が敷布からずれていくほどだった。これはもしかするといよいよかも知れないと息を詰めて見守り、仮眠の妻を起こすべきかどうか悩んでいるうちに、気配に気づいた妻は起きだした。みけぼんの症状は落ち着いていった。こうした症状は周期的に変動すると調べてあったので、ひとまず妻と代わって仮眠を取った。5時に起きると、特にそれ以上の変化はないようだったので、もう一眠りしようかと思い、布団に潜るが、ぶっちゃんが吐いた事もあり、やはり起きだしてみけぼんを見守る事にした。
みけぼんの様子は急変した。2時頃の症状よりさらに激しい症状が来た。慌てて妻を呼び二人で見守ると、程なくしてみけぼんの命をさらってゆく痙攣発作が起こった。力の限り手足としっぽを伸ばし、背は反り、痙攣でガクガクと震えながら、頻繁に呻いていた。呻くと言うより、ランダムに声が漏れるという感じだった。口からは泡を噴いていた。私も妻も、みけぼんの名を呼びながら見守る事しかできなかった。痙攣発作中は見た目には酷い事になっているが、本人は意識が飛んでいるので傷みも苦しみもないと調べて知っていたので、その点は大丈夫だったが、一方で、もう今この瞬間がみけぼんとの別れの時なのだという事も知っていたので、落ち着いて冷静に見守る事はできなかったかもしれない。とても長い時間だったようにも思えるし、あっと言う間だったようにも思う。実際は多分1分程度の時間だったと思う。みけぼんは、突然動かなくなった。一瞬前まで激しかった声も呼吸音も静かになった。胸も上下しなくなった。手足も突っ張ったまま止まった。何もかもが一度に動かなくなった。ああ、みけぼんは死んだんだな、とはっきり分かった。みけぼんの名をひたすら呼びながら妻と泣いた。もうみけぼんには何も聞こえなかっただろうが、最期まで頑張った事を褒め、一緒に生きられた喜びを伝え、私たちに与えてくれた幸せに感謝した。ふと時計を見ると5時10分だった。ベランダから東の空を見ると、かなり白んでいて、うっすらと朝焼けが雲を縁取っていた。

ひとしきり泣いた後、みけぼんを綺麗にしてあげた。病床から引っ張り出して新しいフリースを敷いて寝かせた。口の泡と失禁の跡を綺麗に拭き、目を閉じさせた。そして死後硬直が始まる前に、手足を自然に曲げて段ボールの棺に入れて落ち着いた姿勢にした。
凄く好きで食べたかったろうに、尿毒症のために食欲が失せてしまいとうとう食べさせてやれなかった、ささみの猫缶を入れてあげた。あまり好きではなかったかも知れないが、そこそこは食べていたいつものフードも入れてあげた。蛇口から直接飲むのが大好きだった水も、小さなポリ袋に入れて置いた。うさぎの毛でできたネズミのおもちゃも入れた。そして、どんなおもちゃより好きだった、私の丸めたティッシュも入れた。妻と私の髪の毛も切って入れた。そうして最近お気に入りだったプーさんのフリースブランケットを掛けた。

私はいかなる宗教も信じていないし、霊魂や死後の世界、輪廻転生なども信じていない。
死とは終わりであり無であり、どのような意味においてでも、みけぼんは、もう、どこにも存在しない。どんな事があっても、もう絶対に存在し得ない。そう知っている。
だから、かつてみけぼんだった猫の骸に対するケアが、すでに存在しないみけぼん自身や所謂霊魂などに対して何らかの作用をもたらすなどととは、もちろん露ほども思っていなかった。
ただ、みけぼんは、もう、いないという現実をやすやすと受け止めるには、私の精神は強度が甘く、そしてみけぼんの存在は大きすぎた。
今までずっと存在してきたみけぼんが、死という若干の変化はあっても、何らかの形であたかもまだ存在するかのように振る舞う事は、私の精神の安寧を支えた。宗教というものが人間の精神の弱みに澱むうたかたであると言う事がよく分かった。ただ、もちろんそれに溺れきる事もできなかった。いっそ、霊魂や死後の世界での再会などを、心の底から信じる事ができるなら、そうしたある意味無邪気な精神であったなら、どんなにか楽なことだろう。それでも、そのような形だけの振る舞いでも、涙と同じような精神安定効果があったと思う。
私はこれまで、人に対しても動物に対してでも、幼い子供の頃を除いて、本心で冥福を祈った事などない。冥など存在しないから福などありようがない事を知っているからだ。もちろん、そんな私でも、社会通念上必要とされる場合には必要とされるパフォーマンスを行うし、問われれば模範的な回答を返す事もできる。自分がたとえ信じていなくても、そうする事が期待されていると察すれば、相手が信じている仮定を受け入れて、それに合わせた反応をする事は別に難しい事ではないからだ。しかし、自分のプライベートでは、そのような迷信くさいごちゃごちゃしたものは一切シャットアウトしている。
だから私はみけぼんの冥福も祈らない。みけぼんは、私と妻の前で最後の鼓動を打ち終えた瞬間にその存在を終えているので、その後の幸せなど、そして当然その後の不幸などもありはしないのだ。意味があるのはそれ「まで」の幸せであり、ことみけぼんに関する限り、私はそれは十分なものであったと思っている。みけぼんの生は十分に幸せだった。だからもうそれ以上幸せを祈る余地もないしそもそも意味もないのだ。
それでも、みけぼんの死に際して、何らかのみけぼん的存在があり続けるかのように振る舞う事は、私の心に開いた大きな寂しさの穴を埋める役に立った。私は寂しかった。あんなに愛した猫がもういないという事実が信じられないほどだった。私は私の精神の安寧という利己的な目的のために、架空のみけぼん的存在を不当に利用した事になる。しかし、もしも生前のみけぼんがそれを知っても、多分それほど気にする事はなかったのではないかとは思う。
妻も私と同じ無神論者だが、同じような対応だった。無言のうちに、共通の認識を図ったかような連係プレーだったと思う。

みけぼんは火葬する事にした。もし生前のみけぼんに死を理解する能力があったなら、死後は私や妻の側に居たいと思うだろうと考え、骨にして身近に置く事にしたのだ。
掛かり付けの動物病院が開いたらすぐに電話し、みけぼんの死を伝え、予約していた往診をキャンセルした。そして、動物の斎場を紹介してもらった。ネットで裏を取ってみても悪くは無さそうだったのでそこに決めた。早速その市内にある動物霊園に電話して、その日の最終の火葬の予約をした。そうしてその日はみけぼんと最後にゆっくりと過ごす日とした。
息を引き取ったばかりでは暖かく柔らかだったが、だんだんと冷え、手足もすぐに硬直してきた。もう何日もグルーミングしてない訳だが、毎日ずっとなで続けてきたので、それほどフケが浮く事もなくツヤもあってとても綺麗な毛並みだった。ずっと何も食べていなかったのだが、やはり点滴のせいか、意外とふっくらとしていた。本当に綺麗でつやつやで、焼いてしまうのがもったいないと思った。妻と二人で撫でては泣き、泣いては撫でた。
段ボールに入ったみけぼんを連れて、想い出を語りながら、ゆっくりと家中を回った。
リビングでゲームをしている私や妻の膝の上でくつろぐのが好きだった。妻と交代でみけぼんを膝に載せ、もう一人がゲームをプレイした。みけぼんと一緒の最後のゲームなので頑張って、何とか出たハイスコアにはみけぼんの名前でエントリーしておいた。
それから少し早いが、ひな祭りという事で、買っておいた雛あられをみんなで食べた。みけぼんの分は私が代わりに食べておいた。
昼時になったので、やむなく少しだけ仕事に行った。スタッフにみけぼんが死んだ事を伝え、頑張って協力してくれたお陰で納得のいく看病ができた事を感謝した。スタッフは二人ともみけぼんの事を思ってか、涙をこぼしてくれた。小一時間仕事をして、後は頼むとスタッフに仕事を丸投げして家に帰った。
妻はみけぼんに手紙を書いていた。得意のみけぼんイラストも沢山あった。手紙は棺代わりの段ボールに入れた。私は家族4人で写した写真をさがし、印刷して段ボールに入れた。
そうして何度も何度も、撫で、語り、泣き、そして撫でた。思えば撫での好きな猫だった。そして、あっと言う間に夕方になってしまった。名残惜しかった。最後にもう一度我が家を回った。

サービスの良い霊園で、迎えの車に家族も乗れるとの事だった。備え付けの棺には入れず、膝に抱えて車に乗った。妻は始終泣いていた。霊園に着いたら、一旦安置し、受付をしてから斎場に向かう段取りだった。電話の予約時には、儀式っぽいものは何も要りません、火葬だけお願いします、と伝えたが、何らかの理由により、無料だから、という事で、どうしても焼香やら何やらの手順を踏んでくれ、との事だった。突っぱねるのも面倒なので、その通りにした。少し離れた斎場までまた車で移動した。もう本当に、みけぼんの形をしたものの存在は、これでお終いなのだった。焼かれて骨になってしまう。ほんの3kgの小さな体だから、焼き時間はほんの30分ぐらいだった。
待合室で待つ間に、妻が骨壺を大きくしたいと言い出した。骨を全部持って帰りたいとの事だったので、妻の望むようにしてあげたいと思い、係の人に頼んで変更してもらった。
お骨上げに行くと、みけぼんはすっかり骨になっていた。頭蓋骨は白いが、手足や脊柱などがうっすらピンクで綺麗な色だった。顔が上に来るように、足や尻尾の方から、なるべく骨をくずさないように拾って入れた。みけぼんを構成していた欠片たちは、いろんな形をしていた。手足の長い骨や、脊柱のごつごつした骨。信じられないほど細い肋骨。尻尾の小さな骨や、さらに小さい指の骨。意外と長いあごの骨。大きな眼窩の空いた頭蓋骨。
小さな骨は割と堅くしっかりしているが、大きな骨は焼けてもろくなっており、ちょっと力を入れるとすぐ崩れてしまうので、なるべくくずさないように気を付けて骨壺に入れた。細かい骨は箸でつまみにくく苦労していると、係の人が気を遣って、もう熱くないはずですからと教えてくれたので、細かい所は網から机に落として、手で集めて骨壺に入れた。丸ごと全部持ち帰る事ができた。行きは大きなずっしりした段ボールだったのに、帰りは小さな軽い壺(それでもLサイズだが)になった。帰りは車が出ないので、骨壺をできるだけ揺らさないようにして、地下鉄で帰った。

帰宅後、とりあえず骨壺を仕事部屋の机に置いた。そのうちリビングの本棚を整理して安置場所を作る事にした。
仕事場のイスに座り、みけぼんの骨壺を膝に置いて抱きかかえると、涙が出た。しかし、寂しさは幾分紛れるような気がした。何となく、落ち着いた、暖かい気分になるような気がした。ロケットのような身につけられる小さなケースを買って、みけぼんの小さな骨の欠片をもらって、持ち歩こうと思いついた。また、これまで取り貯めたデジカメ写真を一旦全部プリントしてみようと思った。やはりモニタじゃ味気ない。

13日に何かおかしいぞとなってから、僅か10日で、みけぼんは骨の欠片になってしまった。みけぼんが確率的には私より先に死ぬだろう事は知識としては知っていた。しかし、それが今年で、今月で、こんなにあっけなく起こる事だとは、夢にも思っていなかった。14歳を目前にした死は、決して猫にとっては短すぎる生涯という訳ではない。しかし20年生きる猫もいる。じゃあみけぼんも20年生きるだろうと何の根拠もなく考えていた。
一寸先は闇。来年の今日には、ぶっちゃんも死んでしまっている可能性だってある。みけぼんの急変を思えば、来月の今日にはぶっちゃんを偲んで泣いていてもおかしくはない。人間だってそうである。事故や病気でいつ死ぬかなんて誰にも分からない。今年の正月休みを家族4人で当たり前のように笑って過ごしても、来年の正月には、自分一人で泣き暮らしている可能性だって絵空事ではない。命って儚いな、幸せって脆いな、とつくづく思った。大事にしなければならないと身に浸みた。ぶっちゃんと暮らせる日があと何日あるんだろう。妻と過ごせる日はあと何日あるんだろう。分かっているのは、それには物理的な上限があって、最大でも3万日、せいぜいの所は1万5千日しか、私自身の寿命が残されていないと言う事だ。もちろん時間の長さが幸せの尺度とはならないが、無駄な事で時間を浪費してしまったら勿体ない。今後はもっと自分の幸せにフォーカスした生き方を意識しようと決意した。

みけぼんが死んでしばらくは、最後に一緒に遊んだのを除いて、ゲームもあまりする気になれなかった。音楽も聴く気にならなかったし、本やネットの掲示板も読む気にならなかった。所謂ショックという事だろう。ブログも書くべき記事がたくさん溜まっているのだが、もちろんそんな気にはなれなかった。そこで、みけぼんの最期の顛末をまとめておこうと、1週間後ぐらいから、こつこつとこの文章を書いていったが、確定申告などもあって忙しかったため、結局一月近く掛かってしまった。

1ヶ月が過ぎようとしている今、みけぼんが居ない現実にはかなり慣れた。しかし、みけぼんを失った寂しさが塞がった訳ではない。目を閉じて在りし日のみけぼんとの暮らしを思い出すと、その表情を、声を、撫でた手に甘えて載せたあごの重さをありありと思い出すと、胸を掴まれたような強い寂しさに息も吸えない程だ。寂しさに不意に涙を禁じ得ない事もある。
私はこうしたみけぼんの居ない寂しさを、いつか自然に忘れる日が来れば良いと思う。極近い将来ではないだろうがいつかのその日はやってくるだろう。
妻は私とは違って、そうした日が来る事を寧ろ恐れている。忘れたくないと思っているのだ。その気持ちも分かる。
だからこうして文章を書いておいた。後に読めば色々思い出す事もあるだろう。

PS3/PlayStation3/SCE

と言う訳で、1週間ほど前になるが、雪の中トイザらスまで行ってPS3を購入してきた。
このネット全盛時代にわざわざ悪天候の中買い物に行ったのにはもちろん訳がある。
まず、壊れやすく修理代の高いソニー製品のため、メーカー保障以外に長期保障を付けてくれる事。次に、この機会にMoveでも遊んでみたいので、Move同梱版が安く手に入る事。さらに、今すぐ在庫がある事。
この3点を満たすショップと商品ををネットでガリガリ検索したのだが、意外と少ない。
また、Move同梱版はいろいろ種類があるが、肝心のゲーム内容が酷く評判が宜しくないものもある。なので、無難に評判の高いスポーツチャンピオンセットを購入することに決めた。するとますます選択肢が狭まって、結局上記条件を満たす中で、最も利便性が高いのが、近所のトイザらスだったのだ。もちろん、トイザらスよりもっと安い在庫が、長期保障を付けてくれる小規模ネットショップにも実際あった。しかし、果たして3年後にそのネットショップは存在し得るのか?という長期保障の本質とも言える観点から鑑みて、わずか千円程度の差額ならば大手を選ぶのが得策と判断したのである。

このような経緯で我が家にPS3がやってきた。
僅か2週間ではあるが、現世代機全機種持ち、という肩書きを名乗れることになったわけである。まあKinectが無いので若干心苦しい所はあるのだが。

PS3をリビングのゲーム機ラックに設置するにあたって、どうしてもスペースがないので、単に追加というわけには行かず、他の機種と交換設置とならざるを得なかった。360設置の際にメガドラ&メガドラCDにご退場頂いたように、今回はツインファミコンが退役となった。まあFCゲームの名作は多くがWiiのVCで無料で遊べるのでこのチョイスは問題ないだろう。それにどのみちこのツインファミコンはディスクのベルトが切れてしまって修理待ちだった。

新型PS3は成る程コンパクトだが、奥行きが結構ある。ラックに置くと本当にギリギリサイズだった。

ワイヤレスコントローラのDS3は、本体のUSBポートから給電して充電するのだが、何と、PS3の本体電源を切るとUSBへの給電も止まるので、コントローラを充電するには、本体電源を入れっぱなしにしておかないとダメ、という吃驚するような仕様だった。そんなアホな事はしたくないので、手近にルータのUSBポートを活用して給電した。Wiiでも良かったかも知れない。Moveのモーションコントローラも同じ仕様のため、そのうちスムーズな活用を考えないといけないだろう。素直に電池式にしてくれれはこんな苦労は無かったものを。

さて、ここからが本題である。
そもそもPS3を購入した目的は、アドホックパーティでエクサを一緒に遊ぶためである。
早速PlayStation networkにアカウントを作成し、ストアでアドパをダウンロードし、インストールした。そして起動してみる。ここまでとてもスムーズにできた。アドパは操作性は疑問な所もあるが、まあそんなに複雑なソフトでもないし、わりとまとまっている感じ。機能的には全く問題なく、すぐに義弟とも繋がりエクサのアドホック対戦はサクサクとプレイできたのだった。大満足である。買って良かった。

Moveやスポーツチャンピオンについてはまた日を改めて。

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DS/デューク更家の健康ウォーキングナビ/ドラス

DSを購入してすぐに、ブックオフか古本市場でDSソフトを物色している時に500円で見つけ、妻が嬉々として購入した物。
しかし、ちょっとプレイしてみて、内容がイマイチだとすぐに封印された。WiiFitやコナミのどこでもヨガなどと、ソフトウェアとしての作り込み内容を比較されての事だ。500円とは言え、かなり後悔していたような妻の口ぶりを覚えている。

日頃から慢性的運動不足な我が家ではフィットネス系ゲームソフトである程度の運動時間を確保している。体力・筋力の衰退を防ぐだけでなく、リラックス効果、自律神経の調整などの効果も期待しての事であるが、何より、肩こり腰痛の予防と治癒を目的の大きな部分が占めるのだ。
特に、妻は肩こりから来る頭痛が酷く、ちょっと肩が凝るような仕事を集中して行ったり、極度に緊張するような環境だと、あっというまに肩が凝って頭痛が始まり、最悪寝込んでしまう事が多かった。
これまではこうした肩こり頭痛の治療として、上記のような運動による肩こり解消効果を狙っていたが、確かに効果は無い事はないものの、ある程度のラインを超えてしまったような症状にはあまり効かず、むしろ予防効果ぐらいの感じであった。そのため、結局頭痛薬に頼る事が多かったが、これも常時飲んでいると効き目が薄れてくるし、重篤だとあまり効かない事も多かった。そんな時はもう寝るしかない訳だ。
そうして、いろんな運動やらをソフトや本などで試してみたが、これという物はなかなか無かった。

そんな時に、ふと忘れ去られていたこのソフトを起動し、何気なく、肩こりに効きそうな運動をやってみたのだ。

驚くほどの効果であった。
完全とまでは言わないが、妻の肩こり頭痛のかなりの部分が、デューク更家の運動で解消したのである。特に三種の神器の効果が抜群だったと思う。
と言う事で、妻はすっかりデュークが気に入ってしまい、それからこのソフトは定番となって、我が家の運動プログラムに登場する事となった。特に一緒にやらない時でも、妻は一人でしばしばこの運動をしている。その結果、以前なら二日に1回は飲んでいたような頭痛薬の消費量が激減し、今では月に1回飲むかどうかという変わりようである。

胡散臭そうなおっさん、としか思っていなかった訳だが、そして今でもそう思っていない訳でもないが、人物や理論はさておき、彼の運動プログラムの効果、これは間違いなくあると言える。誰にでも同様の効果がある訳ではないかも知れないが、肩こりに悩む人は少なくとも試してみて損はないだろう。

ただし、このゲームソフトウェアの出来自体が大したことがない、という初期の印象は別に間違っていない。
デュークの運動は良い物だが、それはDVDでも本でも、このソフトでなくても得る事が出来る。むしろDS版はムービーも粗いし、細かい動きの説明もイマイチだ。ただし、運動プログラム作成とその自動実行ができる点と、DSさえあれば出先などでもどこでもできる、というのはメリットだろう。


ドラス
デューク更家の健康ウォーキングナビ